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第41話 可能不可能ではなく、実行する一択だ

「ランドルフ。不思議に思うか?」


 私はランドルフの独り言に質問をする。だが、それは仕方が無いことなのだ。


「ああ、何故シルファがここまでやってきたことが王都では、何も話には上がってこないのだ?」


 その言葉に笑いが込み上げてきた。そして紫煙を吐きながら答える。


「一番情報が漏れるとすれば、学園に行っている弟と妹からだ。だけど、エリーが言っていたように、尋ねられる話は『リリーガーデン』の商品のことだ。学生なんて軍事のことなど興味ないだろう?」

「しかし、先日騎士団に入団したと言っていたテオリーゼンは違うのではないのか?」


 ああ、仮にも騎士という戦う者たちの集団に入った弟の周りでは違うだろうと。

 さて、それはどうかな?


「レント。テオの腕前をどう見る?」


 私がどう動こうと対応できるように、隣で歩いている私の護衛に聞いてみる。

 私の側にいるということは、私の兄妹たちを目にすることも多い。


「一番最後に戻ってこられたのが、冬の長期休みのときでしたね。その時でも一部隊を任せてもいい素質はあったと思われます」

「テオは、戦う技術を得ることに意欲的だからな。ランドルフ。学生で一人だけ能力が飛び出ている者ってどう扱われるかな?」


 ランドルフにも覚えがあるのだろう。はっとした表情になって、そういうことかと言葉を漏らした。


「テオには実力は隠すようには言ってあった。だけど、戦闘馬鹿だからな。ふとした拍子に本気を出してしまったらしい。それから、周りからは距離を取られてしまったと笑いながら言われてしまったよ」


 まぁ、これが普通の辺境伯の息子であるなら、周りは高評価したのだろうけど、私が魔武器を作っていることが仇となり、ズルをしているように思われたと。


 このことがあったから、完全実力主義の叔父上が率いる黒騎士団に、ねじ込みたかったというのもあった。


 テオの実力なら黒騎士団でも、やっていけるだろう。


「王都に住む人々は無意識に戦の匂いを排除している。逆に私は戦いのことばかり考えている。そこの乖離だろうな」


 私はこの国の西側の守護者だ。そうでなくてはならない。

 それとは対照的に王都は目新しい物に敏感で、噂話に花を咲かせている。一番の王都の者たちの目を眩ませているのが、母の存在だ。


 次々と辺境伯である娘の私から、贈られてきた珍しいものを周りに広め、それが人々の噂に上り、私の店にその真新しい商品を求めに人々が足を運ぶ。


 王都の人々からすれば、ガトレアールの辺境はリリーガーデンの商品を作っている場所という認識だ。


 だが、これでいい。


 ガトレアールには軍事機密も多く抱えている。下手に探りを入れられるよりは、よっぽどいい。


「ランドルフ。辺境の地は王都と違って、華やかなところなんて一つもない。つまらない場所なんだよ」


 さて、誰を誘おうかな。

 それで焼き肉パーティーを強制的にやろう。

 うん。うん。皆のやる気を引き出すのに良い素材になるな。


「つまらない場所と言いながら、ニヤニヤしていますよ。辺境伯様」


 レントに思っていることが顔に漏れていると指摘されてしまった。だって、美味しいものは楽しみじゃないか。


「それで、誰を辺境伯様の悪巧みに誘うのですか?」

「酷い言いようだなレント」

「先ほど会った、第一部隊長という者なら、腕は良さそうだったが?」


 ランドルフが、妹の方であるサイザール第一部隊長はどうかと言ってきた。その言葉に、私とレントは同じ視線をランドルフに向ける。


「え? 駄目なのか?」


 そう、アレを引き込むのかというイヤイヤ感を顕にした視線だ。


「剣の腕はいいだろうな」

「剣の腕には問題ありませんね。腕は……」


 そう、腕には問題はない。言うなれば、その性格だ。


「解体が雑なのが駄目。今回の炎牛(プロクスブル)は内臓に毒素を持っている。内臓を傷つけると、全部の肉が廃棄処分になる。それだけは絶対に許せないからな! そんな馬鹿はお仕置きだ」


 私は力を込めて、言い切る。キリアを誘うことは絶対にない!


「旦那様。辺境伯様は食べ物のことになると妥協しませんから、下手なことは言わないでくださいね」

「そうですよ」


 そこにレントに同意をする声が割り込んできた。なんだ、アランも来たのか。


「待ってよー!」


 そしてマルクの声が背後から聞こえてくる。休憩は一時間と決めているのだから、私に付き合わなくていいのだぞ。


「酸っぱい木の実を採ってきたレントなんて、無理やり食べさせられていましたからね。頭が痛いほど酸っぱいと言われてね」

「だから、味見するようになったではないか!」


 その話は先程したぞ。

 しかし、少し前に私の側を去っていったディオールも、なぜついてきているのだ? 私は首だけで背後を振り返る。

 第四師団のことは、もういいのかという視線だ。


「命令をされたことは、全て完了しております」


 ああ、私が周辺の街や領都の外に出ている者への対応のことか。それもなんだが。


「第四師団の第一部隊の者たちはどうなのだ?」

「問題ありません」


 キリアが無事だったから、最小限の被害に抑えられたということなのだろう。

 まぁ、問題がないのであればいい。


 と、ふと思って、私は足を止めた。


 すると、周りの者達の足も止まる。


「ああ〜! やっと追いついたぁ!」


 私が足を止めたことで、マルクが追いついてきた。肩で息をしているが、私は早足で歩いていただけなので、走ってはいないぞ。マルク。


「どうした? シルファ」


 私はマルクを除いた者たちに視線を向ける。

 あれ? これだけ揃えばいけるのではないのか?


 ニヤリと口角が上がる。


「そこの広場で解体をしよう。ついでにそこで焼き肉パーティーをしよう!」


 そうと決まれば、南側にある中央広場に足を向ける。


「副隊長〜! 何か決定してしまいましたよ〜! 僕には無理ですよ〜!!」

「マルク。大丈夫だ。数には入れられていない」

「また聞き取れない歌を歌っておられますが、焼き肉パーティーの準備は私にしろと言うことですか?」

「執事殿。恐らくいつも通り、お嬢様が食べたいだけではないのですか? あとは食べたい者がいれば、勝手に食べればいいというものです」

「シルファが可愛い」


 皆が色々言っているが、戦う前の英気を養うことは必要だぞ。

 わからないことを、ああだこうだいうのも大切だろう。だが、色々考えて失敗をしてしまった経験から言えば、その場に立った瞬間に臨機応変にどれだけ対応できるかが勝負どころだ。


 だから、今は美味しいものでも食べて、騒いでおけばいいのだよ。





「取り敢えず、後ろに背後霊のように立っているザッシュが、首を切り落とした状態で、しまっている」


 私は自分の後ろを指しながら言った。

 今は、私の屋敷の敷地から離れた領都の中央にある広場にいる。周りは開けて開放感のある公園のような広場なのだが、私の背後には威圧的な壁が立っている。


 ここに来るまでにザッシュに追いつかれてしまった。別に逃げていたわけではないので、追いつかれても構わないのだが、こうして威圧的に上から見下されるのが嫌なのだ。


「他の者達は慣れていると思うが……」

「いや、慣れていませんよ」


 レントから文句が出てきた。初めてではないだろう?


「ランドルフは初めてだと思うから説明しておく」

「副隊長。お嬢様は聞く耳を持っていないようですよ」

「ザッシュも増えたから六人だ。それで、炎牛(プロクスブル)は、こう身体があって、肋骨の中に内臓がある」


 私は地面に牛の絵を描きながら、ランドルフに説明する。


「タイミングは一瞬だ。炎牛(プロクスブル)が纏っている炎が消えるか消えないかのタイミングで肉を断つ。この一瞬を間違うと炎牛(プロクスブル)が纏う炎に剣が焼かれるか、肉に毒が回ることになる」

「ん? 六人でどう解体をするのだ?」

「いや、あの場にいたから分かっていると思うが、首がない牛が駆けている状態で出されるから、首無しの駆けている牛を解体するのだ」

「……無理じゃないのか?」


 何を言っているんだ? ランドルフ。無理ってことはないだろう?


 ランドルフは私が説明で描いた絵から視線を上げて、周りを見渡している。そして、私の背後で威圧的に立っているザッシュで視線を止めた。


「シルファはこう言っているが、そんなことが可能なのか?」

「可能不可能とか無理とか、そういう言葉をリリア様は望んではおらず、『実行する』の一択です。ですから、私は何度も落ち着いたらと申しているのです」

「ザッシュ。ここにいるということは、手伝わないということは許されないぞ。手を出したくないのなら、そもそも私の背後に立たなければいいだけのこと」


 今まで居なかったのだ。そもそも私のところに来なければいいのだ。私が嬉々として解体をしようとしていることを分かっていただろうからな。


「さて、やろうか。別に出来ないっていうならいいぞ。人には得手不得手っていうのがあるからな」


 私はそう言って、皆が集まっている場所から離れていく。すると、私の行動に合わせるように、ディオールもレントもアランも剣を抜いて、散開していく。

 マルクはオロオロしていたが、慌てて誰も居ない方に駆けていく。そこにいると巻き込まれるだろうからな。


 そして、一番反対していたザッシュでさえ、その場から移動している。


「出来ないとは言っていない。言っていることが、むちゃくちゃだと言っている」


 そう言っているランドルフも、他の者達と同じように距離を取り始めた。

 まぁ、炎牛(プロクスブル)が一般的に食用になっていない理由がこれだ。そんな無茶なことをして解体しようと思った者がいないのだ。


 死すればその肉は毒肉へと変わり、大地を腐らす肉になる。だから、普通は死した炎牛(プロクスブル)の肉塊は、浄化されるか、火山地帯に住まう炎牛(プロクスブル)を火山口に誘導して始末するという方法が取られる。


 炎牛(プロクスブル)は厄介な魔物だが、私にしてみれば、美味しい肉だ。美味しく食べれるのであれば、少々無理をしても美味しく食べるべきだ。


「それから、肉を切るつもりで、内臓を傷つけた奴は、食べる権利はないからな」

「リリア様。そんなミスをする部下であるなら、私が直々に訓練をつけてあげます」

「ひぃぃぃぃぃ!」


 ザッシュの言葉に、参加しないマルクが悲鳴を上げている。いや、マルクは数に入れていないから大丈夫だぞ。


「リリアシルファ様の執事たるもの、そのようなミスはいたしません」

「辺境伯様の食い意地に、どれほど付き合わされてきたと思っているのですか」

「あ、さっき魔剣を取りに行ったときに、前々回調整していた新しい素材を使った魔剣の試し切りをしてもいいですか?」


 金髪の人の良さそうな笑顔を浮かべたディオールは、その身には似合わないほどの大剣を肩に担いでいる。

 レントと言えば、細身の身体が更に細く見えるほど肩を落とし、諦めの境地という感じだ。それとは対照的にアランは恍惚とした笑みを浮かべて、銀色の剣身を眺めながら言っている。まぁ、好きにしてくれたらいいよ。


「魔物の解体はしたことがないが、肋骨に剣先が当たれば、引いて骨に添わせればいいってことだろう? やってやる」


 何故かランドルフがやる気をだしている。まぁ、慣れていないので、私がランドルフに怒ることはないぞ。


 そして、私は空間収納から燃えている巨体を取り出す。全長五メル(メートル)ほどの魔牛が首がないまま、肉体はまだ生きているときと勘違いして広場の地面を蹴った。


 駆け出す首がない炎牛(プロクスブル)。その後を追う私。


 距離を取っていた者たちが、位置を調整しながらこちらに向かってくる。


 剣を取り出し構える。


 徐々に炎牛(プロクスブル)が纏う炎が弱くなっていくのを確認できる。


 そして赤い炎が皮膚であるように思えていた炎牛(プロクスブル)の黒い表皮が顕になってきた。


 赤い炎が消えるか消えないか。


 次の瞬間。世界から音が消えた。


 六つの銀色の刃が同時に奮われる。振り下ろされる刃に風が吹き抜け、音は置き去りにされた。


 一瞬遅れて、耳が痛い程の高音が鳴り響く。


「アラン! 俺の邪魔をするな!」

「ああ、すみません。思ったより切れ味が良かったようです」

「試し切りは本番で使う言葉ではないと、何度も言っているよな!」

「え? でも肉を断ち骨を削ぐ感覚は、本番でやって、刃が折れてしまったら、私が死んでしまうではないですか」


 レントとアランが剣を突き合わせ、剣身から火花をちらしながら言い合っている。

 まぁ、私は肉を確保出来たから、あとは好きにじゃれ合ってていいよ。


 赤い肉塊に白いサシが入った肉をみて、私は上機嫌で次の作業に移る。


「マルク。骨と内臓はいらないから、燃やしておいて、早くしないと地面に毒が回るよ」

「ひぃぃぃぃぃ!!」



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