第40話 胡散臭すぎる
食後のお茶を飲んで青い空を見上げる。
とても満足した。
確かに行く先々で食べる食事もいいのだけど、どことなく同じような食事を出されることが多い。
こうやって少しずつ違う味を楽しむのもいい。
そう思って、私の心の決意は定まった。まずは行動に移すべきだな。
「話が途中になってしまったのだが、なぜ領軍に女性が多いのだ?」
私の決意が定まった時に、隣のランドルフから声が掛けられた。
そう言えばそんな話をしていたな。国の軍部でも騎士団でも、女性がいないこともないけれど、数がとても少ない。
それと比べれば、我が領の女性兵士は多いだろう。
「シルファが上に立っているからか?」
「それは、私が女性を優遇していると言われている?」
「いや、そうではないのは、あの第一部隊長という者を見ればわかる。実力がある者だと」
ランドルフの言葉に笑みが浮かんだ。必要なのは実力だ。女性だろうが男性だろうが関係ない。
「そうだ。この国の悪いところは、女は弱いと無意識下で決めつけていることだ」
「……」
ランドルフは思い当たることがあるのだろう。私の言葉には答えない。きっと黒騎士の採用試験にも色々あったのだろうな。
「叔父上はその辺りの考えが強固だ。お母様は己が守らなければならないほど弱い人だと、無意識で思っておられる」
母はそこまで弱い人ではない。幼い頃、父が不在のときに魔物が暴れていると報告が入れば、侍女のマリエッタのみを連れていき、無傷で戻ってきたほどだ。
ロズイーオンの血を母も受け継いているという証拠なのだ。
「ふふふっ。母は滅多に自分から動かれないが、自分が動くべきところはわかっておられる。それを私は知っている。だから、私は実力があれば、誰でも採用した。それだけだ」
まぁ、領兵の数が減っていたというのもある。早急に立て直さなければならないというのもあった。
「おかげで、人材は豊富だ。先程会ったサイザール兄妹を見ればわかるだろう?兄は傑物だが頭が硬い。だから常識や良心や規則に囚われがちだ。だが妹はそうではない。行動には問題があるが、戦いとなれば、その才覚は一師団を任せてもいいほどの軍才を持っている。女だから駄目だと排除していたら、その才能を埋もれさせていたところだ。実に勿体ない」
「やはり、シルファだからなんだな」
「ん?」
「俺に手を差し伸ばしてくれたように、皆に手を差し伸ばしていたんだな」
いや、私は別に大したことはしていない。
結果的に今の状況になったというだけだ。
「辺境伯様。ご歓談中失礼します」
いや別に大した話はしていないのだが?
「どうした? ディオール」
私の斜め前には執事のディオールが立っていた。
それも神妙な面持ちでだ。
「第一部隊の件は私の采配ミスでございます。第一から第三まで投入していれば、このような、中途半端なことにはなりませんでした」
そう言ってディオールが私に向って頭を下げる。今は執事としてではなく、第四師団長として頭を下げているのか。
私は別にこのことに関して、どうこういうことはない。
「この埋め合わせとして、私自身が北に向かいます」
「やめておけ、今回の件は胡散臭すぎる。単独行動は許可できない」
「しかし!」
「もう少し待て、私が放った目が夕刻ぐらいには捉える。方角と行動の方向が分かっているんだ。こちらは一旦引いたと見せかけておけばいい。ディオール、お前の出番はその後で十分だ」
話の流れ的には何も問題はない。北の山脈から何かが下りてきた。それがそのまま南には降らずに、西に向かい、ドラゴンにビビって南下した。まぁ、そうだろう。
まるで、そう計画されたかのような感覚。物語でも読んでいるかのような、なんとも言えない感覚。
一番の気持ち悪さは、ここまで領軍を巡回させているのに、今まで一度たりとも引っかからなかったという不自然さ。
「どこの誰かは知らないが、私を舐め腐っているなら、そのまま舐め腐っていろと思う」
「辺境伯様。言葉遣いを気をつけてください。それから、数人で戦況をひっくり返した辺境伯様を甘く見る者はいないでしょう」
さて、それはどうかな? 人は見たいものを見たいようにしか見ない生き物だ。
「ランドルフ。王都では私が爵位を継いだ流れがどう言われているか、ディオールに教えてやってくれ」
「ああ、隣国アステリス国が突然攻めてきて、当時のガトレアール辺境伯が退けたものの、深手を負って、そのまま亡くなられ、シルファが辺境伯の地位を引き継ぐことになったと王都では言われている」
ランドルフの言葉にディオールは下げていた頭を上げて、何を言っているのか理解不能だという顔をしている。
そして、段々とその表情が険しくなっていったと思えば、突然綺麗な笑みを浮かべた。
こういうところがディオールは怖いのだよ。
「そうでございますか。辺境伯様の血反吐を吐くような偉業よりも、目新しい物を作り出すという偉業の方が大きく取り上げられているということですね。王都の頭にウジでも湧いたような者たちが噂しそうなことです」
笑いながら怒っている。よくこのような器用なことができるものだと、毎回思う。
それから、その王都の者たちの中にディオールの弟も含まれているのだろうなと思ったが、突っ込まないでおこう。
「それでは、辺境伯様。我々はどう動けばよろしいでしょうか?」
やる気満々なところ悪いけど、まだ詳細がわからないから、今は身体を休めることが優先かな?
「昼食を食べ終わった辺りで、作戦を練ろうかと思ったのだけど、ちょっと状況が思っていた事と違ったから、夕刻にする。他の者達にも身体を休めておけと伝えて欲しい。休息をとることも必要なことだとな」
「かしこまりました」
ディオールは再び頭を下げて、この場から去っていった。
「シルファ。さっきのことはどういう意味だ?」
「ん? 私はまた、変な言葉を使っていたか?」
おかしいな。そんなおかしな言葉を使ったつもりは無かったのだが。
「そうではなくて、シルファが放った目とはなんだ?」
ああ、そのことか。
私はテーブルの上に常備されている紙ナプキンを手にとる。そして、広げて四角いナプキンの真ん中で折り、三角になるように折る。それをまた半分に折る。そう折り鶴を作るのだ。
「まぁ、式神という物を作り出すのだけど、私が適当に作っているから、そこまで精度は高くはなくてな。偵察というには、少々物足りないモノだ」
「シキガミがわからないのだが?」
「ん? うーん? 簡易的な使い魔?」
何だろうな? 改めて聞かれると説明が難しいな。
そう言えば、私が式神を作っていても誰も聞いてこなかったな。また、変な物でも作っていると思われていたのだろうか。
私の手には折り紙で作ったよりも大きめの折り鶴が出来上がった。それの翼を広げて、下の穴から息を吹き込み胴体に膨らみを持たす。
「もう少し研究すれば、精度がいいものができるのだろうが、誰も式神を作ることができなくてな。空を飛ばして上空から領地を見ることしかできない。それも風が強いとどこかに飛ばされるし、紙だから火に燃えてしまう。雨が降れば水を吸って地に落ちる」
折り鶴は事前に作って執務机の引き出しに入っているから、食堂に来る前に部屋の窓を閉める時に空に放っておいたのだ。
「使い勝手がいいとは言わないが、こういう緊急時には役に立つ」
少し前にここから北にある旧領都イグールの上空を通ったのだが、周りが炎に囲まれているのは事実だったが、廃墟と言っていい旧領都の中には人影が見えなかったのだ。
この事自体が敵がこちらの目を旧領都に向けさすためのデコイの可能性が出てきた。
そして、このまま北西を目指しているところだ。あまりスピードを出せるものではないから、接触は夕刻ぐらいだろう。
「『飛べ』」
私がそう魔力をまとわせながら命じると、紙でできた鳥は翼を羽ばたかせながら、浮き上がった。
「こんな感じだな。だが、どうも私は無意識で紙を折りながら、何かの術式を構築しているらしく、誰もこれを再現できないのだ」
いや、私は折る時にそんな物は施しているつもりはない。何故なら、折り鶴を折る時に、何かを考えて折るということをしていないからだ。
だって、前世の子供の時に教えられたものをあーだこーだと思いながら折ることもない。
「まぁ、所詮紙だから雨が降れば飛べなくなるな」
そう言って私は水球を指の先に作って、飛ばして飛んでいる折り鶴に当てる。すると、水を吸ってその重みに耐えきれなくなったようにべチャリとテーブルの上に落ちた。
「さて、私は食後の散歩をしながら行く所があるから、ランドルフは休んでいてくれていいよ。その辺りにいる者に部屋まで案内させよう」
私はそう言って立ち上がった。
するとランドルフも立ち上がる。
「護衛の彼らがまだいない。屋敷の敷地内でも誰かがついているべきだろう」
ランドルフがそう言って、室内に入ろうとしたので、私はテラスの床を蹴って、手すりまで飛び、そのまま地面に降り立って、屋敷の庭の中を歩きだす。
小言を言うヤツがいたら意味がないじゃないか!
さて、誰を捕まえようかな。
懐から煙草を取り出して、火を付ける。
「シルファ!」
いや、ランドルフはそのまま室内に居てくれていいのだぞ。後ろからランドルフの声が聞こえ、駆けてくる足音が複数聞こえる。
複数!
煙草を吸いながら後ろを振り向くと、ランドルフとレントがついてきていた。
昼休憩は一時間と決めているのだから、ついてこなくていいのだぞ。
「辺境伯様! どこに向かわれる予定ですか?」
レントが私の横に並びながら聞いてきた。
「ただの散歩だ」
私は紫煙を吐きながら答える。
「そういうバレバレの嘘はおやめください」
バレバレっていうな。
「今、辺境伯様をお一人にすれば、隊長に叱られるだけでは済まないではないですか!」
まぁ、そうだろうな。出し抜かれるお前たちが悪いと言われ、その後に私がザッシュからグチグチと護衛の意味がないと言われるのだ。
「さっさと白状してください」
「レント。英気を養うことは大事だと思うだろう?」
「……はぁ、辺境伯様の食い意地の問題ですね」
「何を言っている! 美味しい肉があるのだ! あとは解体をすれば食べられるのだ! これは食べるしかない! ザッシュに言えば、落ち着いたらとしか言わないだろうが!」
「ずっと言い続けている炎牛ですか」
すると盛大なため息とともに、呆れた視線がレントから向けられる。
「なぜ、シルファはそんなに食べ物へのこだわりが強いのだ?」
レントの反対側から疑問の声がでてきた。そう、私はランドルフとレントに挟まれて移動している。
これは散歩とは言えない。監視付きの移動だ。
一服吸い、紫煙を吐き出し、青い空に立ち上る煙を見上げる。
「美味しいと感じることが幸せだったんだなって思ってな。心が死んでいれば、全てが土の味しかしないんだ。いや、心が死ねば、何も感じなくなるんだ」
そして、横に歩いているレントを見上げる。
「いつだったかなぁ。レントが甘酸っぱい赤い木苺を取ってきたことがあったな」
「酸っぱすぎると怒られたヤツですね」
そう、まだ熟れてなくて酸っぱすぎた。でも、酸っぱいってこういうことだったんだと思い出した。
「まぁ、どんな状況に陥っても、笑いながら美味しい物を食べれれば、心は満たされるんだよ。それが、酸っぱい木苺でもな」
「あれから、味見してから取ってきていますよ」
「くくくっ。スネなくても良いだろう? ランドルフ。王都は食べ物に困ることはないだろうが、ここではそうはいかない。ガトレアールの地は厳しい土地だ。食べれる時に美味しい物を食べておかないとな」
「辺境伯様。結局食い意地が張っているということですね」
「うるさいぞ。レント」
そうして、私はランドルフとレントに挟まれて、散歩という名の解体できる腕を持つ者を集めに向かった。
「王都で噂になっているガトレアール領の姿と、ここに来て感じることが、あまりにも乖離がありすぎる。なぜ、ここまで違う?」
ランドルフは何かを考えるように呟いていたが、王都というのはそういうところだろう? 自分たちが面白おかしく話題にできる話しかしないものだ。
ガトレアールは辺境の地なのだよ。




