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第39話 報告内容に違和感がある


「辺境伯様!」


 ザッシュが開けた扉から入ってきたのは、小柄の可愛らしいと言っていい女性だった。

 白い軍服を着ているのが似合わないとはいわないが、女性らしい服を着たほうがよっぽど似合う容姿に、湖面を思わせる大きな瞳。そして冬の空のような白群色の髪。

 そこに立っていれば、先程のイノシシを思わせるような行動の主とは思えない。


「辺境伯様ー!」


 その潤んでいる青い瞳が私を捉えた瞬間、私に向って突進してきた。


 その前にザッシュが私の腕を引っ張り、肩に担いで、接触事故を避ける。

 ザッシュ。以前から文句を言っているが、私を肩の上に避難させるのはやめようか。


 確かにこの高さなら、ぶつかってくることはない。


「キリア。建物内では走らないと何度言えばいいのですか?」

「あ……兄さん」

「サイザール第一副師団長と呼びなさいと言っていますよね」


 妹のキリア・サイザールは兄であるベルディル・サイザールに額を指一本で押さえられて動きを止められていた。


 見た目は文官だが、第一師団の副師団長を勤めているだけはあるということだ。


「どうして、兄さんがここにいるのです? 私は師団長様に、ここに報告に行くように言われたのです」

「私は第一副師団長として、ここにいるのですよ。何度言えばいいのですか?」

「あ……わかりましたわ。兄さん」


 能力も見た目もガトレアールの血筋が何となく入っているだろうと思える兄妹だが、妹の知能は全て戦闘能力に全振りされてしまったように、とても残念な感じだった。


 私はザッシュに下ろすように促し、床に降り立った。


「サイザール第四師団第一部隊長。報告をしろ」


 執事のディオールに代わりに報告をするように言われたのだ。さっさとその役目を果たせ。それにより、今後の作戦も変わってくる。


「はっ! 第一部隊は明朝から領都を出立し、北西の異変の調査に出立したところ、林を抜けた先で、スノーベアの襲撃に遭い、討伐後現状での調査は難しいと判断し、戻ってまいりました」


 簡単に報告されたが、おかしなところが複数ある。


「なぜ、こんな平地にスノーベアがいるのだ?」


 スノーベアは北の山脈からはほとんど下りて来ない魔物になる。たまに、雪解けの時期や冬眠前に平地に下りてきて、麓の村や町に被害が出たと報告を受けるぐらいだ。


「それに、スノーベアにお前たちが、不意打ちをくらうということは無いはずだが?」


 雪の中であるなら、白い毛皮に覆われたスノーベアは背景と同化して視覚化できないこともあるだろう。だが、林の先というのは先程言っていた水が湧き出ている場所の少し北側という意味だ。

平地で雪なんて存在しない。


「それなのですが、聞いてください! 辺境伯様!」


 キリアが私に向って一歩踏み出したので、ザッシュを盾にしようとすれば、ランドルフが私の前に出てきて、壁になってくれた。


 ありがたいのだが、部下に魔眼は使わないでくれよ。


「サイザール第一部隊長。その場で待機!」


 そこにサラエラが命令を出した。すると、キリアはザッと足音を立てて止まり、背筋を伸ばして止まった。


 兄の言葉には理解を示さないキリアだが、上官の命令は聞くようには躾けられている。

 これはディオールのお手柄だと付け加えておこう。


「はっ!」

「貴女は、その場で報告をしなさい」

「了解しました。副師団長!」


 ディオールのことは師団長様と言っているが、サラエラには敬称がつかない。この言葉が全てを表していた。


「スノーベアは何かから逃れるように、二十体ほどが集団で襲ってきたのです。普段は群れなど作らないスノーベアがです」


 スノーベアが二十体か、それは精鋭と言えども少々分が悪い。


「被害は重傷が五名。軽症が七名。先に進むのは断念するように言われ、戻ってまいりました」


 この言い方だとキリア一人でも先に行こうとしていた感じだな。

 第一副部隊長に説得されて、領都に舞い戻ってきたのだろう。だが、それが正解だ。


「わかった。それで重傷者の治療は私がした方が良いか」

「それには及びません! 第四師団はほぼ揃っているので、我々で治療可能です」

「サイザール第一部隊長は下がっていい」

「はっ!」


 私が下がっていいと言ったが、キリアはピクリともその場から動かない。その代わり、サラエラの方をチラチラと見ている。


「サイザール第一部隊長。詰め所に戻って、いつでも戦闘に出られるように準備を整えておきなさい」

「やったー! 戦いまくりますわ!」


 両手で拳を作って、よしっという感じで握り込んで、執務室を駆け出していった。


「「キリア! 歩きなさい!」」


 兄と上官の叫び声は、キリアには聞こえなかったようで、駆けていく足音が廊下に響き渡っていく。


 途中は良かったのだが、最初と最後が相変わらず残念な感じのキリアに、兄である第一副師団長と上官の第四副師団長が頭が痛いと手を頭に当てていた。


 その一人であるサイザール第一副師団長に私は質問する。


「サイザール第一副師団長。聞きたいのだが、北側若しくは北西側の異変には気づくことは出来なかったのだろうか?」

「その件なのですが、面目次第もございません」


 そう言って、兄であるベルディル・サイザールは頭を深々と下げる。妹の非礼を詫びているのか、今回のことを気づかなかったことの謝罪か。はたまた両方なのか。


「北西から北側の山脈側となると、行ける者たちがきまっています。ここに来る前に、第四副師団長からも確認されたのですが、問題の時期は丁度少し南に下ったダラスの町で鵐鳥(しととちょう)の襲来があったのです。そちらの対処をしていた時期に、異変と言われるものが北側を通ったのではと推測しております」


 確かに第四師団を叩き上げたように、北側は特に精鋭でなければ、行かすことができない。

 それに鵐鳥(しととちょう)は厄介な魔鳥だ。普段は小さな小鳥に擬態しているが、繁殖時期の春先には集団で町や村を襲ってくることがある。その姿は濡羽(ぬれば)色の羽を持つ巨大鳥に変化する。


 兆候が見られれば早めに対処しないといけない。高い防壁では対処できない空からの襲撃だ。それは第一師団の者たちが対処にあたるだろう。


 それにより、第一師団では北側の異変に気づくことが無かった。どうも全てがタイミングが悪く、ここに来るまで異変を察知することができなかった。


 なんだろうな。


 領軍の行動パターンを把握されているような気味の悪さがある。


「サイザール第一副師団長。そこのボルガードを連れて、戻ってくれていい。ボルガード、過去に囚われ続けるのなら、師団長の座をサイザールに明け渡せ。正常な判断を下せない者は領軍に必要ない」


 このように言っているが、これはボルガードに気合を入れさす為の言葉だ。領軍がまともに動かないことで、被害が広がったことを一番理解しているのは、当時領軍に在籍していたボルガードぐらいだ。


 あとの者たちは、私が辺境伯の地位についてから領軍に入った者たちが多い。


 人の心とは一筋縄ではいかない。浮いたり沈んだり揺らめいているのだ。だから過去に囚われるなとは言わない。


 過去を振り返って、しっかりと大地を踏みしめて立ち上がれと、私が言えるのはそれだけだ。


「このボルガード。いつでも出撃できるように準備をしてまいります!」


 そう言葉を発して執務室を出ていくボルガードの瞳は、強い光を宿していた。決意の現れと言えればいいのだろうが、一番は己の不甲斐なさへの怒りなのだろうな。


「辺境伯様。師団長をやる気にさせるのも面倒ですので、そういうのは出撃直前にしてもらえませんかね」


 一言ぼそりと呟いて、サイザール第一副師団長も執務室を出ていった。

 まぁ、遅くても明日には動くことにはなると思うぞ。


「お嬢様。ディオール様から昼食の用意が整ったと伝言を承りました」


 入れ違いに魔剣を取りに行ったはずのアランが戻ってきた。


「それから、新しい魔剣はまだ調整が駄目でしたので、やり直しを言いつけておきました」


 魔剣へのこだわりが強いアランの基準を満たさなかったようだな。それなら致し方がない。


「わかった。お前達も昼休憩を取るといい」

「了解いたしました」


 アランは踵を返してすぐに室内から出ていった。そういえば、マルクの姿が見えなかったがどうしたのだろうか? あのあとアランを追いかけて行っていたが……また、魔剣の試し斬りの相手にでもされたか。


 ということは、アランが駄目出しをしたということは、マルクの結界の強度に魔剣が耐えきれなかったのだろうな。

 ……そもそも今回の試作品はそこまでの強度を求めなかったはずだが? まぁいいか。


 さて、昼食を食べながら、どう動くべきかまとめようか。






「これはどういうことかな?」


 私は執事のディオールに尋ねる。


「旦那様のご要望です」


 私はちらりと横目でランドルフを見る。そして目の前の光景を見た。


 いや、食堂の広い窓の外にはテラスがあり、そこから出られるようになっているのは知っている。

 知っているが、目の前にはどこかの小洒落たカフェのテラス席のようにセッティングされた空間が広がっている。


「こんな物があったのか?」


 ガーデン用のテーブルとイスがあることも私は知らなかったのだが?


「辺境伯様はこのように外で食事をとることを好まれませんがございました」


 いや、好き嫌いというわけではなく、外で食べていると、味気ない食事をしていた頃を思い出すだろう?

 皆で火を囲んで、ああでもないこうでもないと言いながら、味がしないボソボソとしたものを口に突っ込むだけの作業を思い出すだろう?


「日よけの木も大きくなりましたし、丁度いい感じになりましたね」


 はぁ、これはさっき私がボルガードに言った言葉が、私自身に跳ね返っているのか? そのときディオールは居なかったはずだが、凄く嫌味を言われている気がする。


 過去に囚われているのは誰だと。


 木の枝が大きく張り出すぐらいに時は流れているのだぞと。


 そう、ディオールに言われているようだ。


「まぁ、たまには良いか」


 そう言って、私は席につく。が、何故ランドルフは向かい側ではなくて、私の隣なのだ?

 ここには私とランドルフとディオールしか居ないから、必然的に私とランドルフが食事を共にとることになるはずだ。


「辺境伯様が戻って来られると、厨房の者たちが張り切って作っていましたよ」


 ディオールにそう言われて、期待の目ではなく、たくさん作られても食べ切れないぞという視線を返す。


 そして、給仕の者が昼食をもってきたが、一つの皿に一口大のサンドイッチが複数並べられていたものだった。


 ん? 全部中身が違う?


「気が付かれましたか? 一つ一つ具材が違いますので、お食事を楽しまれてください」


 そう言ってディオールは下がっていった。確かに全部中身が違うとなれば、作るのも大変だな。


「シルファは皆に愛されているのだな」

「ん?」


 隣からそんな言葉が降ってきた。

 愛されている? さて、そんなことは無いと思うが? 色々言われてきたのも事実だしな。


「側で見ていると、このガトレアール領はシルファが中心で回っていることがよくわかる」

「色々口出しをしたからな」


 私はそう言って、サンドイッチを一つ手にとって食べる。

 むっ! これはとりのてりやき風の具材! うまっ! 硬い闘鶏の肉を柔らかく仕上げている。麹菌もどきを探した甲斐があった。


「それが上手く機能しているということは、理解されて認められているということだろう? 防衛機能のこともそうだが、他の領ではここまで徹底できない」

「それは皆の危機意識が高いからだ。そうでなければ、保ててはいない」


 これは白身魚のフライのタルタルソースの鉄板のコラボ! 見た目は牛だけど……あの蛋白の白身には濃厚のタルタルソースが合う!……見た目は牛だけど。


「気になったのが、領軍には女性の兵士が多いのだな。シルファの叔母の第二師団長が特別なのかと思っていたら、そうでも無いのだな」

「こ……これは牛ヒレ肉のカツレツ! ああ、これは最後に取っておきたかった!」


 乳牛として酪農しているンモーモーは正に牛なのだが、よっぽどのことが無い限りお肉にはしない。それを今回出してきたのか!!


 私が美味しさに悶えていると、隣からクスクスと笑い声が降ってきた。どうしたんだ?


「シルファ。ソースがついている」


 ランドルフがそう言いながら私の口元を拭ってきた。


 ……こ……子供みたい……は……恥ずかし過ぎる!!



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