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第3話 叔父上の好みはかなり幅が狭い

「あ? もう一度言ってみろ、ミゲル」


 私は私より背の高い青髪の弟の胸ぐらを掴んで、引き寄せて睨みつけていた。


「……………」

「聞こえないなぁ。私が働いて、お前たちを王都の学園に通わせた意味がわかっていなかったのか?」

「申し訳ございません」

「貴族が入るべき初等科さえ行っていない私が、どういう目で見られているのかぐらい知っているだろう?」

「申し訳ございません」

「遊ばせる為に王都の学園に行かせたわけではないのだぞ!」


 そう言って、私は弟のみぞおちに一発拳をねじり込む。


「ぐっ!」


 私の一発で膝をつくなんて、まだテオの方が鍛えられているじゃないか。いや、訓練をサボっていたということか。


「なぁ。ミゲル。私を馬鹿にしているのか?」


 私はガクガクと震えている直ぐ下の弟の顔を笑顔で見下ろしたのだった。





 ファンヴァルク王弟殿下の離宮にたどり着いたときは、私の機嫌も普通だった。いや、また母に会いに行けと言われるのだろうなとうんざりとはしていた。


「叔父上。『来い』とだけ伝言を受けて、まいりました」

「そうトゲのある言い方をしなくてもいいであろう」


 ローテーブルを挟んで、優雅にソファーに腰をおろし、私の向かい側に座っているのが、ファンヴァルク王弟殿下だ。

 歳は今年で三十半ばだったか。


 王族特有の赤い髪を肩口で結い、後ろに流し、貴族の御夫人方を魅了するといわれる赤い目を私に向けている。が、騎士の偉そうな勲章をジャラジャラと付けている隊服が、威圧してくる。


 あの勲章。王族特権で付けられているように思われるかもしれないが、ファンヴァルク王弟殿下の剣士としての腕は本物である。


「それで用件をさっさとおっしゃってください」


 背後に弟のテオを控えさせた私は、笑顔で威圧する。母に会って来いとは言うなと。


「ふむ。ランドルフ。私の机の上にある箱を取ってきてくれないか?」

「はっ!」


 私を案内するようについてきていた黒騎士は、今はファンヴァルク王弟殿下の背後に控えていた。叔父の部下なのだから、そこが定位置となる。


 黒騎士団の団長であるファンヴァルク王弟殿下に言われて、副団長である黒騎士は、ローテーブルの上に高級な茶菓子でも入っていそうな、両手で持つほどの装飾が施された箱を置いた。


 なんだか嫌な予感がするのだが?


 するとファンヴァルク王弟殿下はその箱の蓋を上に持ち上げるように開け、中身を取り出した。


 それを見てしまった私は頭を抱える。これを言うために呼び出したのかと。


「好きなのを選べ」

「全部燃やしていいでしょうか?」


 ローテーブルいっぱいに並べられたものは、写真つきの履歴書だった。いや釣書というものだった。


「ガトレアール辺境伯。いや、私の可愛いリリアシルファ。今年で二十五歳になるのだ。いい加減に伴侶を持つべきだろう?」

「まぁ? 三十五歳になる叔父様が結婚されていないのに、私が結婚なんておこがましいですわ」

「お姉様。怖いです」


 後ろうるさい。私に結婚しろというなら、自分がさっさと結婚すればいい。


「リリアシルファ。いいか。姉上より素晴らしい女性は、この世には存在しないのだよ」


 この重度のシスコンが!

 母が王都に戻りたいと言ったときに、直ぐに居場所を作ったのが、このシスコンだ。


 それも真面目な顔をして言うことか?


「叔父上。母はまだガトレアールに籍がありますので、結婚はできません」


 残念ながら、近親者との婚姻は禁止されてはいない。だから、国王は遠い辺境の地に妹を嫁にやったのだが、このシスコンの方が一枚上手だったということだ。


「はぁ、残念なことこの上ない」


 それは叔父上の頭ですと言い返そうとして、口を噤んだ。


「では、リリアシルファ。私と結婚するか?」

「は?」

「あ?」

「もう、帰りたい」


 私を母の代わりにしようとしている叔父を威圧する。が、私以外の声が被ってきたな。

 それからテオ。まだ帰るのは早い。


 すると叔父上がクスクスと笑い出した。

 冗談でも言っていいことと悪いことがある。

 立場的には叔父は王族で私は辺境伯でしかない。

 だから、叔父がそう決めたといえば、私は従うしかない立場だ。本当にそうなれば、さんざん文句は言い続けるとは思うが。


「では、私の部下はどうだ?」


 そう言って、黒騎士団の団長の顔になった叔父上が、背後に視線を向けて言う。

 いや、それは駄目だろう。


「叔父上、人を物のように扱うのはどうかと思います。以前から言っていますが、私は結婚などしなくてもいいと」

「まぁまぁ、いいではないか。知らない仲でも無いだろうに」


 いや、今日会ったばかりの人だから、知らない人だ。


「この釣書の中から選ぶか、ランドルフを選ぶかしなさい。リリアシルファ。私は優しい叔父様だ。リリアシルファに選択権を与えているのだからな」

「そう言って拒否権を奪っているのですね」


 ニヤリとした人が悪そうな笑みを浮かべないで欲しい。

 しかし、妹のエリーもそうだが、何故私に今更結婚しろと勧めてくるのだ?


 貴族の令嬢の婚期は二十歳までだ。

 誰が、二十五にもなった者を妻に欲しいというのだろう。相手が可哀想だ。


「はぁ、叔父上。私は爵位を弟に譲る立場です。私を妻になど、罰ゲームのようなものでしょう。それに爵位を譲れば放浪の旅に出るつもりなのですからね! これを楽しみに今まで頑張ってきたようなもの!」


 弟に爵位を譲れば私は自由だ。今まで領地を護り、そして国の防衛もこなしてきたのだ。私の役目は終えたはずだ。

 母が許されたのであれば、私も許されるはず!


 すると私の右手が取られた。それにビクッと肩が揺れ、右側に視線を向けると、金色の目と視線が合う。


 気配を殺して近づかれると、驚いて思わず手が出てしまいそうになるから止めて欲しい。……あ、これが私が彼に行ったことか。これは悪かったな。


「ガトレアール辺境伯様。私を伴侶に選んでいただけませんか?」

「は? いや、貴殿は黒騎士団に必要な人材だろう。叔父上の戯言を本気で捉えなくていい」


 流石の私でも黒騎士団の副団長は駄目だということはわかるし、結婚するつもりもない。


「黒騎士になったのは、強くなることが目的でしたので、そこに執着はありません」


 いや、黒騎士と言えば、騎士団の中でも精鋭だと言われているところだ。王族がトップにいることから、この騎士団の重要性は他の騎士団と違うことが窺える。

 いわゆる、国の影の仕事をこなすところだ。だから、一般的に黒騎士となった者は表には出てこない。

 諜報や表に出せない事件の始末や暗殺なども行っているとも噂で聞いたことがある。そして完全実力主義だとも。


 黒騎士団とは王族に仇なす者を始末する組織という位置づけだ。だから唯一貴族を罰することができる組織だとも言える。


 そんな黒騎士団の副団長といえば、実質のトップだ。叔父上は王族のため団長という地位にはいるが、よっぽどのことが無い限り動かない。

 王城の離宮に引きこもっている時点でわかるだろう。このシスコンが!


「いや……黒騎士団を辞めることはないだろう。そもそも私は結婚する気はないし」


 叔父上に部下を私の結婚相手にさせようという発言を撤回してもらおうと、視線を向ければ、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 何を楽しんでいる。


「覚えてはおられないかもしれませんが、私に強くなるようにおっしゃったのは、ガトレアール辺境伯様です」


 ……私はそんなことを言っただろうか?

 そもそも黒騎士の彼と会ったのは初めてのはず。


「十五年前にあった王妃様主催のお茶会のときです」


 十五年前?……あれか! 母に王都に来るように命令されて、渋々いけば、ひらひらのドレスを着せられて、王子様方に挨拶させられたときか!

 確か第二王子だか第三王子の婚約者を決めるお茶会だったな。




 あのときの私は十歳。


 六歳の長男と四歳の次男がいたため、六歳の長男と一緒に行ってもいいかと父に尋ねたが、止めたほうがいいと言われ、私だけが王都に行ったのだった。


 お茶会の目的は十二歳になる第二王子と、八歳になる第三王子の婚約者探しだったが、側近候補の品定めがされると、母からの手紙にはあったので、いずれ辺境伯を継ぐ長男を顔合わせさせておくにはいいと思ったのだ。


 ……え? 子供らしくない考え方だって?


 まぁそれは仕方がない。私には前世という記憶を持って生まれて来てしまったのだ。とは言っても、身分制度なんてない日本という国で育って、普通のサラリーマン家庭で育って、会社員として働いていた記憶だ。大したことはない。そう言えば、何故死んだのだろうな。その辺りの記憶は全くない。


 私のことは、まぁいいだろう。


 そんな子供らしくない私は、家族の中では浮いていたが、王族の血を引いているからだと、変に理解されていた。



 私と同じピンクの髪に赤い瞳を持つ母は、赤色がトレードマークのように、赤いドレスを好んで着ていた。

 そんな派手に着飾った母に連行されて……母の後ろについて行く私は、母の侍女に赤いドレスを着せられそうになったのを、何とか阻止して、薄い桃色のドレスに収まった。

 いや、互いが譲歩して落ち着いた色が薄い桃色だっただけだ。

 王族の血を引くものはどこかに赤い色を入れなければならないらしいと、このとき初めて知ったものだ。

 だからといって、全身赤色はやめて欲しい。


 ピンクの髪に赤い瞳。そして真っ赤なドレスといえば、王妹アンジェリーナということは、貴族には周知の事実。

 誰しもが母が通る道では頭を下げているのをみて、母の背後について行く私は気分が悪くなったものだ。


 これが母を助長させるものだと。

 辺境の地ではこのような扱いはされなかったことだと。


 会場は王城の庭園だったが、大きな天幕が張られ、日よけがされており、たどり着いたときには、既に多くの貴族の子供達がテーブルの席に着いていた。


 そして私より更に後から会場入りした、従兄弟だという第二王子と第三王子に会って挨拶をしたが、とても偉そうだなとしか印象に残らなかった。

 何故なら、母が王妃様に挨拶した後、王子たちは令嬢たちに囲まれてしまって姿が見えなくなってしまったからだ。


 あれだな。獲物に食らいつく野生動物だな。


 母は時間まで好きなように過ごしていいと言って王妃様と消えてしまった。

 しかし獲物を逃さないと息巻いている令嬢方を見ながら、お茶を飲む気も起こらないので、失礼がない程度にお茶を飲んで出されたお菓子に手をつけて、その場を後にしたのだった。


 母の護衛の一人を引き連れて王城の庭を散策しているときに、父が長男を連れて行かない方がいいと言っていた意味を初めて理解できたのだ。


「ねぇ。あれは何をしているの?」


 後ろに付き従ってきていた母の護衛に聞いてみた。

 母の護衛は、何人かいるけど、全員見た目がいい。この人物も金髪キラキラ王子と表現していい見た目だ。しかし、護衛としてはきっと辺境のむさ苦しいおっさんたちの方が役に立つだろう。

 私にいつもついているザッシュの方が強いな。いや、あのおっさんは存在感がありすぎて、周りが引いていく感じだな。


「あれはお仕置きでしょう」

「お仕置き?」


 いや、あれはどうみてもいじめだ。王城の庭にはそれなりの大きさの池があった。池の端には小舟があるので、それに乗って楽しむための池だろう。ということは、そこまで深くはなく、池の中央に一人の子供が立たされていた。


「当たりませんね」

「魔術のコントロールがなっていないのだろう?」

「僕にもやらせてよ!」

「ったくなんで、ここにいるんだか」

「ヴァイザール家が王家に取り入ろうとしているのでしょうね」

「何故、父上は庶子のお前にこの場にいることの許可を与えたのか理解不能だな」


 頭から泥をかぶったかのような少年は、池の岸から数人の少年たちに、泥を固めたものを魔術で飛ばされ、的にされていた。 


 言葉の端々からヴァイザール伯爵家の意図で庶子の少年がこのお茶会に来ているということだ。

 そして、その兄弟と思える人物がこの場にいることで、他の少年たちが強気でいられるのだろうと。


「ねぇ。あの方はどなた?」


 池の中央にいる少年の兄弟と思える子を指して、護衛に尋ねる。


「あの方はアルディーラ公爵家のミハエル様です」

「そう、では私とどちらが立場が上かしら?」

「勿論、お嬢様でございます」


 母の忠犬はそういうしかないだろう。しかしこの場で大人は彼一人、良いように説明してくれるだろう。


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