表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/66

第38話 伝搬するもの

 ランドルフはディオールに事細かに要望を言っていたが、私にとってどうでもいいので聞いては居なかった。


 それに第四師団の副師団長のサラエラがまとめたものを早く持ってきたので、その報告書に目を通していたというのもある。


「確かにおかしいな。だが、第一と第三から報告が上がってきていないのもおかしいものだ」

「恐らく最初はこの真北の川沿いではと考えています」


 領地を分断するヴォール川か。


 サラエラは次に地図を出してきて、指で異常があったであろう時期と照らし合わせ、予想経路を指し示した。


「そこから西に移動し、このように南に下ってきたところが、今の状況ではと推測しています」

「また、川から侵入してきていると? しかし現状の推測位置の根拠はなんだ?」

「はい、各部隊の一週間に一度の定期連絡で、第十四部隊が四日前に、この町に到着したと連絡があった以降、音信不通になっています」


 確かにそれだと第一部隊が夕刻にでも、何かしらの異常と接触するコースだな。だからディオールが言っていたように今晩に報告が入る予定か。


「あと、川からではなく、北の山脈から川沿いに降りる経路という意味です」

「確かに、川沿いは谷になっているので、迷うことなく下りてこれるだろうが……問題は何が下りてきたかだ」

「それがこちらになります」


 サラエラは別の紙を私に渡してきた。その内容を読んで、考え込む。これはこの周辺に居ないモノが下りてきた可能性があるな。


「二足歩行の人型。足の大きさから推測するに人より大きい。それが百はくだらないか」

「別の者の見立てでは、三百はいるのではとの意見があります」

「はぁ、百から三百か。どう思う? ザッシュ」


 私は背後で聞いているザッシュに意見を求めてみた。ザッシュはこの報告内容をどう見るかと。


「北の鬼共が南下してきたのだと推測しますが、問題は何故南下してきたかですね」

「そうだな」

「恐らく時期的にいえば、まだ北の山が雪深い春先に南下していますが、そのまま南に下がらなかったのは、ここにリリア様がいらっしゃったからでしょう」

「……ザッシュ。それはどういう意味かな?」

「北に住むドラゴンを屈服させた方だからですね」


 いや、アレは本当に私は何もしていないぞ。なのに、勝手に服従するかのように腹を見せたのが、ミスリルドラゴンの方なんだからな。


「それで西に進路をとったのでしょうが、西に進むとドラゴンの住処となっている山があり、また進路を変えて南下したと推測します」


 その見解には何も問題はないな。道理がとおっている。

 だが、さきほどザッシュが言ったように、何故北の山脈から川沿いに下りてこなければならなかったのかだ。


 鬼……オーガを百体相手にするにしても、十五人では歯が立たないだろう。

 それが三百となれば圧倒的な力の差だ。


 そのオーガ共が逃げるように北から下りてきた。何故だ?

 その北側で何が起こっている? それともオーガ共を追って何かが侵入してきている?


 いや、ちょっと待て……そもそも……何かが噛み合わない。

 まただ。また、何か重要なピースが足りないような感じがする。


「北かぁ。北に住まう大物はなんだろうな」

氷狼竜(ドラグラーシア)でしょうか?」

「レント。思っていたより早かったな。しかし、それは正に、神魔時代の伝説級の化け物だ」


 周辺の再調査を頼んでいたレントが、思っていたよりも早く戻ってきた。


 だが、伝説級の化け物が復活したとなったら、北の国が大騒ぎしているだろう。

 神魔時代の話では更に北の大地を凍らせて破壊し、海に沈めたとか。

 そんなモノが復活したのなら、このあたり一帯は氷河期のように全てが凍りついているだろうな。


「まぁ、わからないことをうだうだ言っていてもしかたがない。レント、報告してくれ」

「はっ! 何がわかったというわけではないのですが」


 レントが確定できるものがないと、前置きを言ってきた。それでもいいと、私は頷いて、先を言うように促す。


「先程まで光っていなかった林の木々が光を放ちだしました。恐らく間隔的には五十キロメル(キロメートル)先です」


 先程のサラエラの話とも合致する。私はディオールの方に視線を向ける。

 すると、すでにランドルフとの話が終わっていたのか、こちらの方に意識を向けていた。


「夕刻までに外に出ている者は領都内に戻るように警告。そのあと領都周辺の各街に結界の使用を命じろ。こちらが解除を指示するまで結界を張り続けるようにと」

「了解いたしました」


 そう言ってディオールは部屋から出ていった。


「さっきの話はどういう意味だったのだ?」


 ランドルフが私達の行動の意味がわからず聞いてきた。まぁ、そうだろうな。


「生き物の中には危険を感知すると、光を発するモノがいてな。その光が伝搬して仲間に伝えることがある」

「それが林が光を放つという意味なのか?」

「そうだ。人の感覚ではわからないものでも、別の生物ならわかるものもある。『青光虫』という小さな虫なのだが、草や木に生息している」


 これはとある場所で数匹の青光虫から危険信号が発せられれば、その近くの青光虫も危険信号を発し、それが次々と伝搬していくというものだ。

 だが、次々と伝搬するといっても徐々に光る間隔が遅れてきて、遠くの方では光る間隔がとても長くなるという性質をもっている虫だ。


「この林の中には多く青光虫を放っているので、林全体が青く光るように見えるから、林が光ると言っているだけにすぎない」

「先程も思ったが、かなり厳重だな」


 ランドルフの感想に思わず苦笑いが出てしまった。それはそうだろう。どこの領でここまで厳重体制を敷いているものか。きっと、ガトレアール以外存在しないだろう。


「何もわからないというのは、とても怖ろしいことなのだよ。人というのはある程度の恐怖は我慢できるのだけど、それを超えるとパニックを起こすのだ。恐怖は人々の中で大きくなって広まっていく。更に心を不安に駆り立て、更に大きくなっていくとどうなると思う?」


 ランドルフは答えない。いや答えられない。


「己以外を信じられなくなり、攻撃性が増すのだよ。まぁ、怯えて動かなくなることもあるな。それが塀の中に囲まれた場所で起こってみろ、その結末は最悪だ」


 私は煙草を取り出し火をつけ、一服吸う。そして紫煙を吐きながら呟いた。


「その光景は地獄なんだよ」


 ああ、なんだか室内の雰囲気が悪くなってしまったな。苦笑いを浮かべ煙草を吸い、紫煙を吐き出す。終わったことをグジグジ言っても仕方が無いことだ。


「そこに突っ立っていないで入ってきたらどうだ? ボルガード」


 ディオールが扉を開けたままで出ていったと思ったら、第一師団長のボルガードが入口に突っ立っている。

 さっきから何故入ってこないのだろうなと思っているのだが、どうしたのだろうな。


 巨漢のおっさんが入口に突っ立っていたら邪魔だろう。それも厳ついプレートアーマーを身にまとっているのだ。


「入ってきて、報告をしろ」

「はい」


 なんだかいつもと違って覇気がないなぁ。本当にどうしたのだ?


「…………」


 だんまりだ。巨漢のおっさんが、ものすごく落ち込んでいる? いや、あれか。さっきの私の話が原因か。


「はぁ、そこで突っ立っていても邪魔だから、壁際によっておけ、サイザール第一副師団長、代わりに報告をしろ」


 ここには居ない者の名を呼ぶ。私の執務室はそれなりに広いが、人で溢れかえっては困るから、用がある者以外は立ち入り禁止にしている。

 だが、補佐としては誰か一人はついてきているはずだ。


 すると、開けっ放しの扉から顔を見せる者がいる。兵というよりは文官と言っていいほど、日に焼けておらず白いというより、青白いと言っていい色合いの皮膚だ。

そしてズレたメガネを上に上げながら入ってくる男は、体格もひょろいと言っていい細さだった。


「辺境伯様。ああいう話は師団長の前でしないでいただきたいものですね。後がとても面倒なのですよ」


 いや、別にボルガードに話しかけたわけではなく、ランドルフに説明していただけだ。

 それにこれはボルガードだけに起こった話ではなく、ここにいる者たちが全て体験している。


「はぁ、退役しろと言っても聞かなかったのはボルガードだ。領軍にいれば、同じことが起こる可能性があるのだからな」


 克服できないのなら、退役しろ。私はそういうことしかできない。


 誰しも心に傷を抱えて生きている。軍にいれば、それが顕著にあらわれている。


 領軍は領民を守るが、己の家族を守れるかと言えばそうではない。


 だが、領兵としての役目を放棄した者たちもいた。それは、己の家族を守る為に行動を起こした者たちや、己の命を守る行動に移した者たちだ。


 ここに私が領軍を動かせなかった理由がある。危機的な状況に陥り、領兵としても役目を放棄し、軍としての組織が崩壊してしまったのだ。


 いわゆる脱走兵だ。


 だが、軍に残って戦ってくれた者たちに、心の傷がないかといえばそうではない。戦いが終わった後、己の家があった場所に戻って見た光景は、絶望しかなかっただろう。


 生きて家族との再会を喜んでいる者たちの側で、己の側には共に生きていることを喜んでくれる家族はいないのだから。


 しかし、ボルガードの場合は少々事情が違う。ボルガードの家族は領都イグールにいた。

 そう、ほとんどが焼けてしまったイグールだ。だが、子どもだけは教会に逃げ込んでいたため助かっていたのだが、問題はその後に起こった。


『なぜ、お母さんを助けてくれなかったの!』


 と子供に言われたらしい。

 あのとき教会にいた技術者のゲルド曰く、子供を連れてきた女性は忘れ物があると教会を出ていってしまったらしい。


 これはボルガードが悪いわけではないが、子供からすれば、父親がなぜ母親を助けてくれなかったのかという言い分だ。


 それから今までボルガードは娘さんと折り合いが悪く、自分を責め続けていると。そこのサイザール第一副師団長が言っていた。


 本当に誰も悪くはないのだよ。


「報告がないのなら、さっさと昼食をとって、作戦を練るのだが?」

「あ、はい。少し前に第四師団の第一部隊がボロボロで領都に駆け込んできました」

「それを先に言え!」


 私は思わずローテーブルの上にあったガラスの灰皿を、サイザールに向って投げつけた。


 一番情報を持っている者たちが戻ってきたのだ。ボルガードの精神状態の話をしている場合ではない!!


 私は立ち上がって、サイザールに詰め寄る。


「で、今はどこにいる」

「第四師団の者たちが駆けつけていましたので、詰め所の方かと……」


 私が足早に執務室から出ていこうとすると引き止める声があった。


「辺境伯様。報告しなかったのは私にも非があります。今、治療と事情聴取を行っておりますので、しばしお待ち下さい」


 サラエラだ。

 サラエラはディオールの部下になるので、一度ディオールの耳にいれてから私に報告するのが道理だろう。

 よっぽどの緊急自体でなければの、話だがな。いや、今がそうと言えるかもしれない。


 それも大事なのだが。


「私が治療した方が、一番いいだろう?」


 ボロボロでということは、命からがら逃げて来たという可能性がある。

 あと、思っていたよりも引き返してくるのが早かった。南下してくる敵というよりも、その手前で何かがあったように思えるのだ。


「私より腕の良い治療師はいないからな」

「はい」


 これは自慢でも傲慢でもなく、事実なだけ。

 そして第四師団の詰め所に向かおうとして、ふと気になった。


「サイザール第一副師団長は行かなくていいのか」

「え? なぜです?」


 なぜ……第一部隊には妹がいたはずだが?


「まさか、私の妹の心配を? 問題児ですから心配には及びませんよ。血みどろで歩いているのを見かけたので」


 あ……そうか。まぁ、歩いていたのならいいか。

 そう、思っていると廊下を誰かが、かけてくる音が聞こえてきた。その音に、開けっ放しの両開きの扉を閉める。


 そして後ろを振り返ってザッシュを見るとわかったと言わんばかりに、私と場所を交代した。


 駆けていく音が通り抜け、再び音が戻ってきて、次は扉のノブがガチャガチャとなりだした。


「あれ? 開かないわ?」


 扉の外から声がするが、開かないのはあたり前だ。ザッシュがその扉のノブを押さえて、開かないようにしているからだ。


「おかしいわ。師団長様がここにいらっしゃるっておっしゃったのに」


 と声だけを聞くと可愛らしい声だが、今度は扉自体がガタガタと鳴りだした。


「あ! ノックするのでしたわね。ノック」


 すると何か鈍器のようなモノで扉を叩いているような音が、ガンガンと鳴り響いてきた。


「シルファ。扉が壊れそうだが、大丈夫なのか?」


 背後からランドルフが聞いてきたが、これぐらいで壊れるようなやわな作りにはしていない。

 ただ、なぜザッシュが扉を支えているかと言えば、鍵を掛けると扉よりも鍵の金具が耐えきれなくて破壊されるのだ。


「ああ〜! ええっと。サイザール第四師団第一部隊長が参りました!」


 何も音がしなくなった扉から、名乗りが上げられた。そうして、ようやくザッシュが扉から離れたのだった。


 戦闘能力は高いのだが、それを制御できないとは、問題児であることには変わりない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ