第37話 やり過ぎ? いや、必要なことだ
ランドルフをディオールに押し付けて、その辺りを案内してこいと追い出した。ついでに、ユーグも押し付けた。
「さて、大分予定が狂ってしまった。ミゲルに引き継いだあと、バカンスに行こうぜ作戦が台無しになってしまった」
私は紫煙を吐き出しながら言う。背後からの視線が痛いが、これはどうしても納得がいかない。
まさか王都にいる妹から呼び出されたと思えば、婚姻の書類にサインさせられて、夫のランドルフと共に領地に戻ってくることになるなんて、誰が予想できたというのだ。
いや、王命だから受け入れなければならないのはわかっている。
だが、お一人様を満喫するはずだった私が結婚ってどういうことだ! と言いたい。
「お嬢様。旦那様が気に入らないというのであれば、始末しましょう。辺境の地ですから、王都の者たちには真相などわかりませんよ」
「アラン、やめてよー。アランがヤるって言ったらヤるよねー」
白髪の青年が魔剣の柄を撫でながら言っている横で、金髪の青年が腕を掴んで止めるように言っている。
さて、アランとランドルフはどちらが強いだろうな。どちらも良い線はいきそうだけど、魔眼を持つ分、ランドルフが優位かもしれない。
「違う違う。お前たちを解放してやれないという意味だ」
すると意外だという顔を護衛の二人がしてきた。
「ザッシュとディオールは王家から私につけられたお目付け役と護衛だ。だがお前たちは違うだろう? 辺境伯である私の護衛であって、リリアシルファの護衛ではない。いつまでも私に付き合う必要はないと言うことだ。ああ、無かったと言い換えるか」
するとアランの機嫌が急降下していくのが見て取れた。段々と目が据わってきて、口元には普段は浮かべないニヒルな笑みを浮かべている。
「お嬢様。どう言うことですかねぇ? まさか、新しい魔剣の試し斬りを他の者にやらせようと考えていたっていうことですかねぇ?」
そのアランからドスの効いた声が漏れ出てきた。
君の魔剣へのこだわりに対して、ブレないところは感服に値するよ。そこは嘘でも私の部下を外されることに、文句を言って欲しいものだが、そう言われると『変な物でも食べたのか?』と聞き返すだろうな。
「ひぃぃぃぃぃ!」
アランの態度の変わり様にマルクは背を向けて逃げようとして、失敗している。
アランに首根っこを掴まれて、逃亡を阻止されたのだ。
「マルクもそう思いますよねぇ?」
同意を求められたマルクは、首を縦に振るしか選択肢がない状況なのだが、プルプルと小刻みに震えて、首を横に振っている。
マルクのそういうところが、アランの癪に障っていると気づかないのだろうな。
「ああ?」
地が出て殺気まで漏れ出ているアランに、マルクは『止めて止めて』と言っているが、そもそもマルク自身、魔剣は使わないのだから、頷いておけば良かったのだ。
なのに、アランに対しての苦手意識が全面に出てしまって首を横に振るから、こうなっているのだ。いつになったら学習するのだろうな。
「アラン。マルクを扱くならリリア様のいないところでしなさい」
「了解しました」
「ひぃぃぃぃ! 隊長! アランに許可を与えないでくださーい!!」
マルクは叫んでいるものの、この二人の戦闘は毎回決着がつかない。アランは魔剣で力を底上げしているが、マルクはそれをものともしない結界を張ってしのいでいる。
まぁ、それもアランの癪に障ることなのだろうけど。
「私が当主から退いたら、魔剣造りは続けないと思うから、試し斬り係も存在しなかったと思う」
私がそう言うと、アランの態度はコロッと変わり、マルクを手放し、いつもの人の良さそうな笑みを浮かべて、私に頭を下げてきた。
「このアラン。一生、お嬢様にお仕えする所存であります」
「アランの魔剣に対する熱意は信用しているぞ」
まぁ、私が造る魔剣より凄い魔剣を造る国が存在すれば、簡単に寝返るだろうとは思っている。だが、前世の記憶から造った数々の魔剣より質のいい魔剣には、未だに出会ったことがないので、心配はしてはいない。
「ああ、そう言えば、一週間前に調整に出した新しい魔剣がソロソロ仕上がってくる頃だろうな」
「確認してまいります!」
アランは意気揚々に執務室を出ていった。そして、青い顔色をしたマルクが何かに怯えるような視線を私に向けてくる。
まぁ、それは気づくだろうな。
だからアランを都合よく追い出したというのもある。そのアランも早足で出て行ったところをみると、気づいていてマルクを放置したのだろうな
「マルク。アランについて行っていいぞ」
「ひゃい!!」
足をもつれさせながら、執務室の扉にたどり着き、取っ手に手をかけたところで、両開きの扉が勢いよく開け放たれた。
「シルファ! 何があったのだ!」
ランドルフが声を上げながら慌てて私の執務室に入ってきた。そして、扉が開け放たれた勢いで飛ばされたマルクは、這々の体で床に手をついたまま部屋を出ていこうとして、ランドルフに背後から首根っこを捕まえられてしまっている。
「こいつか?」
「どうしたランドルフ。慌てて何かあったのか?」
私は素知らぬ顔をしてランドルフに尋ねる。ディオールに屋敷の中の案内をされていたはずだがという意味を込めてだ。
「この辺りで殺気が出ていただろう!」
やはり、そんなことでここに戻ってきたのか。しかし、どこに居たのかは知らないが、この屋敷の中の気配まで把握できるのか?
いや、暗部を担う黒騎士なら最低限のスペックなのかもしれないな。
「それはマルクがアランを怒らせたからだ。離してやれ」
私が言うとランドルフは、納得したようなしていないような顔をしながら、マルクの首根っこから手を離した。
そしてマルクと言えば悲鳴を上げながら、床を転がるように部屋から出ていく。
彼も能力は高いのだから、もう少し自信を持てばいいのにな。
人の性格は簡単には変わらないか。
私はランドルフに視線を戻すと、いつの間にか側に立っており、私を見下ろしていた。
「また、煙草」
私が煙草を吸っているのが嫌なのか? しかし、これは仕方が無いことだ。……どうしようもないことだ。
私は苦笑いを浮かべながら、煙草を咥え、一服吸う。
心の切り替えは必要だ。
紫煙を吐き出しながら、煙草を灰皿に押し付ける。そして苦笑いを浮かべたままランドルフに言った。
「ここは辺境の地だ。荒くれ者が多い。あっちで喧嘩したとか、こっちで乱闘があったなんて日常的に起こっている。殺気ごときで一々気を配っていたら、身が保たないぞ」
「しかしシルファに何かあったのかと思って……」
「ディオール。説明をしていないのか?」
ちょうど開け放たれた扉から姿を見せた金髪碧眼の好青年に厭味ったらしく聞いてみた。
執事にしては手抜きだなと。
「おや? 辺境伯様。私が説明をしないで案内をしているとおっしゃりたいのですか?」
「そうでなかったら、ランドルフが慌ててここに来る理由はないだろう?」
「いや、屋敷には許可がない者は入れないとは聞いたが、それは当たり前のことだろう?」
ランドルフはディオールから説明された言葉を言ったが、それは説明不足だというものだ。私が呆れた目をしてディオールを見ると、その背後には銀髪の青年が立っていた。
「たぶん、その説明の時に駆けて行っちまったから、最後まで聞いていないんじゃないのか?」
この分だとユーグはその内容を知っているという感じだな。タイミングが悪かったということか。
「はぁ、ランドルフ。そこに座れ」
いつまでも威圧的に見下されても困る。
すると、ランドルフは先程座っていた私の隣に腰を下ろした。
近いな。
「この領都メルドーラには何重にも防御機能を備えている。まずは林の中だ。気がついたとは思うが、領兵を昼夜問わず巡回させている。これは魔獣に襲われる通行人のためと表向きはしているが、怪しい者が入りこまないか監視している。あと、こっちは目を光らせているぞと警告するためだな」
物珍しい魔道具なんてものを売り出していれば、それを調査しようと侵入してくる輩がいるのも事実。だが、大抵の者達はここで監視の目が多くて挫折するのだ。
「そして外門で通行証を持っているかの確認だ」
「それ、橋のところでも何かやっているようだったが、毎回通行証なんてものを発行しているのか?」
いや、そんな面倒なことはしない。そんな物をわざわざ発行していたら、公務に支障が出てしまう。
「基本的に領民にはガトレアールの領民証が発行される。これが通行証の意味を持つ。だから無くせば大変だな」
「大変なのか? 再発行が出来ないとかか?」
「再発行はできるが、領軍に呼び出される」
「は?」
「それがいいように使われてしまうと、十二年前の二の舞いになってしまうからな。どこで無くしたか聞き取りが行われる。そして無くしたはずの領民証で出入りしたものは、理由を問わずに投獄される」
「それはあまりにも……」
「やり過ぎか? 悪ふざけでもやっていいことと悪いことがある。敵に侵入されて全滅した街が複数あったのだ」
領地を治める者として、私は領民に安心を与えなければならない。
あのような惨劇を繰り返さないという安心をだ。
「領民は納得してくれている。まぁ、これがいつまでも続けられるとは思ってはいない。だが、あれからまだ十二年しか経っていないのだ。その頃の記憶がない者はまだ十四か十五歳だろう? 人の記憶から消えるにはまだ時間がかかる」
「シルファは記憶を消したいのか?」
それはランドルフの魔眼で記憶をなかったことにするということか?
だから、私にはヴァイザールの魔眼は効かないって言っているだろう。
「その記憶があってこその私だ。なにも否定することはない。だけど、未だに過去に囚われて苦しむ者たちがいるのも事実だし、忘れたいと思っている者もいるだろう。逆に記憶を風化させてはいけないと思っている者もいる。それは人それぞれだ。私が何かをするべきではない」
私は人々に安心という目に見えるものを与え、旧領都イグールを鎮魂の場として保存している。
ああ、話がそれてしまったな。防衛機能の話だったな。
「話を戻すが、内門……旧市街地は領政の施設だ。住めるのは政治を担う者と領軍の関係者とその家族。あと研究者と技術者か。その者たちの領民証は特別で、魔力を込めると門や施設に入れる入館証の役目も担っている。因みに別の者の魔力を込めても何も反応はしない」
「もし、それを無くすと?」
「入れないな。あとこの屋敷も同じだが、もし許可がない者が屋敷の中に入ると、ベルが鳴るようになっている。上官の使いでという者も来るから、誰も彼もを排除するわけにはいかない。因みにランドルフとユーグが屋敷の中に入ったときも、ベルが鳴っていたんだぞ」
「確かに何の音かとは思ってはいた」
一通りの説明をしたところで、ディオールに視線を向ける。すると、ディオールはわかっていると言わんばかりに、綺麗な笑顔を浮かべて近づいてきた。
「旦那様。これが客人用の滞在に用いられている魔道具です」
ディオールは空間収納から取り出したものを次々とローテーブルに並べだした。
男性用のカフス、ネクタイピン、ブローチ、指輪など、装飾品を模した滞在許可証だ。
これは貴族に対して、用いるように用意したものだ。とは言っても、こんな辺境の地にはガトレアールと商売をしようとする商人しか来ないけどな。
「客人用?」
「申し訳ございません。如何せん、この度の婚姻のお話は急でありましたので、ご用意はできていないのです」
相変わらず、嫌味っぽいなぁ。綺麗な笑顔を浮かべて、急に来たのだから文句は言うなと、笑顔で押し切っているのだろう?
まぁ、急な話だったのは本当のことだ。
「最長五日しか保ちませんが、五日もあれば旦那様のご要望にあった物をお作りします」
「五日経ったらどうなるのだ?」
「壊れます」
「……壊れる?」
「使い回しをされては、たまったものではありませんので、砂のように崩れさります」
するとランドルフは勢いよく私の方を見てきた。
なんだ? 魔力を込めると五日後には砂塵になる術を仕込んであるだけだぞ。
「シルファは何にしているのだ?」
「ん?」
「その……許可証という物をだ」
「んー? 持っていない」
「辺境伯様はそういうのは持ち歩くのは面倒だと言って、術式にご自分は除外すると初めから組み込んでおります」
まぁ、術者の特権のようなものだな。
後ろ! さっきから威圧が酷いぞ!
そんなもの私が持ち歩いていたら、絶対に無くす自信があるって以前いい切ったじゃないか!
それに『そうですね』と同意したのは他でもないザッシュだろう!