第33話 星の残骸の雨
それは突然、起こった。顔を顰める程の高音が耳を劈く。
聞き慣れない高音に視線を上げる。だが、私の目には何も映らない。
しかし、いつでも敵が襲ってくるかわからない状況だから、集音の魔術で街の周りの音を拾っていると、空気を高速で切るような音が耳に障る。私は、右手を空に向って掲げた。
私のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、周りにいる人々の歓声が止む。
「『絶対不可侵』」
不完全であるものの、何のモノも通すことがない、絶対的な結界。それを街を覆うように展開させる。
すると闇を纏いだした空が明るく輝き始め、赤い複数の点が目視できるようになった。
「エルーモゼ第二師団長。敵襲だ」
私は赤い点が迫ってくる空を見上げながら、叔母にあたるエルーモゼ第二師団長に言う。
「敵は見当たらぬのじゃが? あの赤いモノは星の残骸に見える。それが敵だと言うのかのぅ」
私の側で街の中を進んでいたエルーモゼも空を見上げていた。そう、見えない。ここからは見えない。
「容赦なき鉄槌だろうな。恐らくこの街以外の場所は壊滅だ。日が落ちれば外門は閉じる。この時間でよかったな」
被害がこの周辺だけならいいのだが、これが領都全域だと被害は甚大だ。
「リリア様。備えあれば患いなしですね。各街に設置してある結界魔道具が役に立ちます」
「他の場所も攻撃されていればだ」
十二年前のことで痛い目を見たので、各街には防御機能である結界を設置してある。だけど、上からの襲撃に気づいて、魔道具を起動してくれるかどうかはわからない。今から通信で呼びかけても通信機の起動時間を考慮すると間に合わないだろう。
しかし、一日早く領地についていて良かった。下手すると領地にすら入れなかっただろう。
ん? 領地に入れない?
もしかして、これも私の足留めだったりするのか?
私一人のために、多くの者を犠牲にしてもいいと言うのか。いや、ここを襲撃している者にとっては、民という存在はどうでもいいのだろう。
そして、赤い光は雨のように降り注いできた。雨のように小さき物ではなく、岩石のような巨大な物から、人の大きさぐらいの物まで様々な大きさの岩の塊が炎をまとって空から落ちてきたのだ。
その状況に人々は呆然と空を見上げている。
余りにも非現実過ぎて受け入れることができないのだろう。
空から落ちてきた火の塊は結界に当たって爆ぜ、更に細かく砕かれ、街の外に落ちていく。
この状況に危機感を覚えることがなく、ただ呆然と空を見上げているのだ。
私は二輪車を降りて、地面の上に立つ。そして周りに響き渡るように声を張り上げた。
「このマルメイアの街は結界で守られているから安心するといい。皆からの言葉はありがたくもらい受ける。感謝する」
すると皆の視線が私に向けられた。そして大きく沸き立つ歓声。
それでいい。ここは結界に守られている。変に不安に煽られて、騒ぎ立てることはない。
私は手を上げて歓声に応える。そして、エルーモゼに視線を向けた。するとわかったと言わんばかりに頷く。
「皆の者。今日は我の可愛い辺境伯様の為に集まってくれてありがとうなのじゃ! もう夜になってしまったがゆえ、気を付けて帰るとよい。ここは第二師団が守っておるから、安心して過ごすとよいぞ!」
エルーモゼも、人々の不安からパニックを起こすことを懸念しているのだろう。第二師団の名を出して、街を守っていることをアピールしている。
だが、可愛い辺境伯の文言は必要なかったと思うが?
そして、エルーモゼに案内されながら、街の中を歩いていく。もうパフォーマンスは必要ないからだ。
そして、タバコを取り出して咥える。今は星星が輝いている空を見上げながら、タバコに火をつけ、紫煙を吐き出した。
あれはいったい何だったのだろうか?
結局一分と満たずに攻撃が終わった。
いや、結界が無ければ、あれだけでも大惨事だっただろう。今、第二師団の者たちに街の外を見てきてもらおうとしたけど、降ってきた岩が熱を持ちすぎて、街の外に出られないという報告を受けた。
それが、街の中に落ちてきていたら、元領都の二の舞いになっていた可能性がある。
いや、もっと酷い状況か。
「リリア」
エルーモゼから声を掛けられた。それも神妙な面持ちでだ。
「本当なら、私は一個中隊を引き連れて、リリアに合流するつもりだったの。だけど、これを見てしまったら駄目ね」
マルメイアの外壁は高くそびえ、五メルはある。これは元々人々がガトレアールの地から逃げ出さないためと言われているが、今では街の人々を魔物という脅威から守る役目を担っている高い外壁だ。
その壁から顔をのぞかせるように内側から赤い光を放っている巨大な岩が存在していた。
恐らくまだ岩の中は高温に燃えているのだろう。
「私は領地の東側を守護を任されている者。この地から離れるわけにはいかないわ」
いつものふざけた口調ではなく、一個師団をまとめ上げる者としての言葉を口にしている。
「別に構わない。全貌が見えない以上、下手に領軍を動かすのは得策ではないからな」
「助かるのじゃ! 今日は早めに休むが良いぞ」
いつもの感じに戻ったエルーモゼは、一つの建物の前で足を止めた。街の西側の端にある第二師団が常駐している建物だ。すぐそこに西側の外門があるのは、人々の動向を監視しているため。
怪しい動きをしている者たちがいないかという意味の監視だな。
「このようなことになってしまってなんじゃが……大したもてなしは出来ぬが、辺境伯を満足させてやるのじゃ!」
「師団長は辺境伯の婚姻の話が、よほど嬉しかったようなのです」
「エミリオンは黙るのじゃ!」
私がいつまで経っても結婚しないからか?
はぁ、別にお一人様の独身貴族のほうが、気楽でいいと思う。
今回は、国王陛下と叔父上から命じられてしまったので、仕方がなく受け入れるが、結婚なんてする気はなかった。だから、喜ばれるようなことではない。
「いつもどおりでいいのだが? それに領都の方にも連絡を取りたい」
するとエルーモゼは建物の扉を開けようとしていた手を止めた。そして、私の方を見上げる。
「そうね。こんな時にごめんなさい。お祝いは別の時に盛大にするわ」
助かった。あの街の中をパレードするようなパフォーマンスだけで、もう気力を削がれてしまっているのだ。
「ああ、すまない。それから、会議室を使っていいか?」
「構わないのじゃ! しかし、夕食は楽しみにしておくがよい!!」
あ、もてなしはしないけど、晩ごはんは期待していいってことかな?
そしてエルーモゼは建物の扉を開いて、中に入るように促してきた。
ここの建物は元々は何処かの商会が使っていた物らしいから、玄関を入ると広い空間が確保されている。
そして三階まで吹き抜けの天井の窓からは夜の星が顔をのぞかせていた。
太陽が真上にくると、陽の光が広い玄関ホールを満たすことになる粋な作りの建物だ。
その広い玄関を抜けて、右側の廊下を進んだところで、エルーモゼは部屋の扉を開く。
「ここを使ってくれればよいのじゃ。食事もここに持ってこさせよう。個室はエミリオンに任せておるから後で聞くと良いぞ」
エルーモゼは息子であるエミリオン副師団長に後を任せたと言って、何処かに行ってしまった。
恐らく、外の状況を確認しに行ったのだろう。そういうところは人任せにせずに自ら動く叔母だ。
「何かございましたら、申してください。直ぐに対処します」
「ああ、何かあれば声をかける」
それだけを言って、我々が広い室内に入った扉が閉められた。
さて、まずは状況確認が必要だろう。
広い室内は、これでもかと言わんばかりに我が物顔して室内を占領している円卓が一番に目に入った。
どうみても扉から出入りできそうにない大きさなので、元々の商会で使っていたものだろう。領軍の備品はそこまで予算が降りないからな。
私はその円卓の一番奥の席に腰を下ろす。すると離れていたところにあった椅子を持ってきて、隣にランドルフが座ってきた。
いや、ちょっと近づきすぎじゃないのかな?
そしてザッシュはいつもどおりに私の背後に陣取った。
私は空間収納から灰皿を取り出して、吸っていたタバコを押し付けながら口を開く。
「レント。今までの状況報告を」
ある程度は出ているであろう状況を確認する。
名を呼ばれたレントは私の斜め前に立った。状況判断を得意とするレントはこの状況をどう見たのか知りたいものだ。
「はい。南の状況ですが、まずは勝手に辺境伯様の護衛を南方領に送ったことを謝罪いたします。申し訳ございませんでした」
そう言って、レントは頭を下げる。別に謝ることではない。
「いや、素早い行動に感謝している」
「それが、このような状況になるとは思っておらず、我々三人しか今現在護衛がいない状況で、それ以外を南に送ってしまったのです」
はぁ、確かにこの状況は誰も予想などしてなかっただろう。要は、私の殆どの護衛を、南の国境に現れたイレイザーの情報収集のために、人手を割いたということだ。
別にそのことで私は怒りはしない。
「私の護衛が四人だったときのほうが長いと思うが? そうだろう? ザッシュ」
「余りにも大変だったため、人を増やした次第です」
その言い方は私の行動に護衛がついていけなかったと言われているみたいだ。それは戦いの後の事後処理が色々あって、領地内を飛び回るように、移動しなければならなかっただけだ。私が悪いわけではない。
「その大変に慣れた者たちが残ったのだ、なにも問題はない。それで続きを話してくれ」
私が続きを話すように促すと、内容的にはザッシュが言っていたこととほぼ同じだった。
それに他の場所からの情報も報告してくれたが、旧領都イグール以外何かしらの被害が及んだ形跡はなかったらしい。
そうすると、これはどう考えたらいいのだろうか。
敵の目的が旧領都イグールにあると言われているのか? 魔神の復活とか? そんなモノを復活させたからといって、人の手には余るものだろう。
実際は魔神の存在なんてミジンコほども感じなかったからな。
「どうも一貫性に乏しいように思えるのだが?」
レントの話を聞いて感じたことがこれだ。
まずは旧領都イグールの制圧。はっきり言ってこれに意味が見いだせない。
もし、魔神なんてものが本当に存在しているのであれば、さっさと何処かに行けばいい。
そして私への足留めだ。もし、複数の街への襲撃があれば、私一人では対処は不可能。そのために私になにかあっても動けるように鍛えた領軍がいる。
今回の襲撃もだ。連続的に行うのであれば、意味があるだろう。ほんのひと時だけなら、街を破壊するだけにとどまるだけだ。
「そうでしょうか?」
私の意見をレントは否定する。
「例えば、目的が領地内の何処かにあり、その場所に見当がつかないとなればどうでしょう? 旧領都イグールに目を向けさせている間に、目的の場所を探り当てようとしているとすれば?」
レントに指摘されて考えてみたが、そこまで秘密にしていることはない。ミスリルの鉱山もあることは国に挙げている。
ありえるのは軍の機密保持の為に生産している場所は、公にはしていない。魔道具の生産工場だ。
「軍事機密を狙っていると?」
「考えられなくもないでしょう」
敵が欲しがっているのは軍の兵器だったとすれば? いや、なるべく兵器は私は作らないように心がけている。だったら何だ?
「そういやぁ。王都で噂になっていたことがあったなぁ」
一人ぽつんと出入り口の方に座っているユーグが声を上げた。王都で噂って何だ?
「ガトレアール辺境領で、新しい兵器を開発しているって」
「いつの話だ? 最近は軍の仕事は請け負っていないぞ」
するとユーグはくすくすと笑い出した。
「その話によると個人で持てる兵器らしく、魔術を使わずに、魔術が使えるらしい。意味がわからないだろう?」
魔術を使わずに魔術を使う? おかしな言い回しをしてるな。
強いているなら、外壁に設置する置き型の魔道砲のことを言われているような気がするが、あれは重く作ってあるので、運べないようにワザとしている。
「俺は魔道具で敵を捉えただけで、殺せる兵器があると聞いたが?」
「なに? その恐ろしい兵器の噂?」
ランドルフが言った噂も大概だった。もしかして、ありもしないものを探しているとかないよな。




