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第32話 お帰り。ガトレアール伯爵。

 それから帰路は何事もなく順調だった。これはやはりアルベーラ閣下の部隊が動いてくれたからだろう。妨害されることはなかった。


 そしてその日の、夕刻にはガトレアールの領地に足を踏み入れることができた。


 ザッシュが言っていた通り、スピードを上げてくれたため、いつもは宿泊することになる隣領であるファングラン侯爵領の領都グレイヤードはそのまま通り過ぎ、時間を取られる山越えも順調だった。


 そう、ここまでくればもう少しというところのファングラン侯爵領とガトレアール辺境伯領の間には山脈が横たわっている。だから領地にたどりつくには、山越えをしなければならない。


 そこまでは険しくは無いが、ガトレアールに向かう街道のため、行き交う人はそれなりに多く、スピードはそこまで出すことが出来ない。どうしても山越えで半日を消費し、夕刻にやっと領地に入る事が出来る。


 だが、ザッシュ曰く、執事のディオールが手を回してくれたようで、街道を通る人を止めてくれたらしい。

 緊急事態のため、ファングラン侯爵も直ぐに対応してくれたとか。あとで、お礼をしておかないといけない。


 できる部下に感謝だ。




「辺境伯様」


 山を超え、下ったところで、見慣れたものたちに声を掛けられる。ガトレアールの領軍を示す藍色の軍服を着た者たちにだ。


「レント。お迎えご苦労」


 十二年前から私に付き従ってくれている護衛のレントだ。

 いつから待っていたのか、街道の脇に自動二輪を停めて、立っているのだ。


 もう少し行けば街があるのだから、そこで待っていればいいものを。というか、ここからでも街が見えているのだぞ。


 私はてっきり南部の偵察に、レントが行ったのかと思ったのだが、別のやつに行かせたのか。あれから斥候としての腕も上げ、情報収集は彼の担当になっていた。


「すぐに、マルメイアに向かいましょう。詳しい話はそこで」

「ああ」


 ファングラン侯爵領との境にある街、マルメイア。

 ここは領地を行き来する検問の役目を担っている。まぁ、いわゆる商品の関税を取り立てる場所だ。


 だが、裏での役目は取引できないものを持ち出していないかのチェックをしている。我が領では軍事に携わるものが沢山あるからな。


 そこの警備は領都並と言っていいほど、領軍が詰めている。安全な場所まで移動しようとレントは提案したのだ。


 それは私は反対することはないので、了承する。


 その前に一言だけ言っておかないといけない。


「時間は惜しいのだが、同行者が増えたので紹介しておく」


 私は身体を斜めにずらして、後ろを指した。


「聞いてはいると思うが、私の結婚相手のランドルフ・アルディーラだ。腕前はファンヴァルク王弟殿下のお墨付きをもらっているので、即戦力と考えてもらっていい」

「籍はもう入れているので、ランドルフ・ガトレアールだ。よろしく頼む」


 いや、そこは訂正しなくてもいい……はず。

 それから、ザッシュの方に視線をむける。


「あと、アルベーラ閣下のところのユーグだ。アルベーラ閣下に事後報告する気満々のヤツを連れてきたから、戦況が悪そうだと感じたら、追い返すつもりだ」

「え? 姐さん。俺のことがそんなに大切に思って……」

「は? 閣下のお気に入りのユーリちゃんに何かあれば、私が殺されるじゃないか!」

「もう女装はしないと言ってある!」


 可愛かったのに、残念だ。まぁ、アルベーラ閣下とは良好な関係でいたい。だから、いざとなれば、ユーグは逃がす方向でいく。

 聞いている状況では、何が起こってもおかしくはないからな。


「それから、ランドルフ。茶髪のひょろいヤツがレントだ。白髪の人の良さそうな笑顔を浮かべているのがアランで、その後ろでビクビクしているのがマルクだ。一番古参でだいたい私と共に行動することが多い者たちだ」


 簡単に紹介をする。一番古参と言っても十二年前の戦いを生きぬいて、そのまま私の護衛を続けているだけに過ぎない。


「護衛隊の副隊長をしているレントです。ザッシュ隊長が不在の場合は、私が辺境伯様の護衛を務めることが多いですので、顔を合わせるのも多くなると思います。宜しくお願い致します」


 レントは年下であるランドルフに丁寧に挨拶をする。庶子といえどもランドルフはアルディーラ公爵家の血筋の者だ。

 貴族の血筋の者かそうでない者かでも、天と地ほど立場が変わってくる。


「ザッシュが、不在のときがあるのか?」


 背後から疑問の声が投げかけられてきた。別に四六時中、ザッシュが私に張り付いているわけじゃないぞ。


「週休二日。これが我が領地での決まりだ」


 どんな者でも七日ある内の二日は休む。働きすぎて身体を壊してしまったら意味がないからな。

 軍部では三交代制を導入しているので、それはまた変わってくるのだが、一般的にはという話だ。


「そう言っているリリア様は、休まれないですが?」

「ザッシュ。領地を回るのは私の趣味だから、仕事ではないといつも言っているだろう? 話はここまでだ。さっさとマルメイアに向かおう」


 私は、いつもザッシュから出てくる小言を言われたので、出発するように促した。

 私が休んでいたら、進まないじゃないか。やることはいっぱいあるのだぞ。




「シルファは休みがないのに、他の者達は休暇をとるのか?」


 風を切る音が聞こえる中、ランドルフが念話で聞いてきた。


「別に休みがないわけではない。趣味が多いので、皆がそれを仕事と勘違いしているだけだ」


 そう趣味だ。私の個人資産を増やすためのリリーガーデンの商品開発も趣味だ。ついでと言わんばかりに予算がかかる物は軍用転用すると言って、予算をもぎ取って開発をするのも趣味だ。

 領地内を巡って、食材探しだとプラプラするのも趣味だ。


 私も息抜きはきちんとしている。でなければ、私は私を維持できなかっただろう。


「この自動二輪を開発したのは趣味の一環だ。それを領地に金を落とすために軍部に売りつけたのは仕事だ。こんな風に趣味と仕事を両立させてきただけにすぎない」


 しかし、ここまで酷使したから、ギヤが軋みだしたな。あとブレーキの精度ももう少し上げなければならないな。いや、タイヤの方の開発か。山道で滑っていたから、地面を掴むような……なんだっけ?山道を走る競技があったな。

 そこまで興味がなかったから、記憶には残っていない。


「……ルファ……シルファ」

「ん? なんだ?」

「もうすぐ次の街に着くのだが、なんだか物々しい感じが……」


 山を下りてきた時点で街の外壁は見えていたので、直ぐに着くのは理解できた。だが、物々しいとはなんだ?


 視線を上げて見てみると、高い壁が目に入って来る。外敵から街を守る防御壁だ。

 街を囲う高い外壁は、そのまま南北に伸びている。そう、自由に領地を行き来できないようにされていた。これは私が生まれる前から存在している領地の壁だ。


 ガトレアールの領軍の色をまとった者たちが街の外に出てきていた。それも数人という数ではなく、一中隊はいるのではないのだろうか。


 確かに物々しい。まるで、こちらを標的に見据えているようだ。


 そして、高い外壁の上でぴょこぴょこと跳ねている者が目に付く。ガトレアールの青い髪の者。


「ああ、第二師団が出迎えてくれているようだ」

「まぁ、領軍の者たちもそうなのだが、こんなに強固な壁が必要なのか?」


 強固な壁。古い記憶で例えると万里の長城のような物が南北に連なっている。これが国境というのであれば、ある意味理解できる。だが、ここは国内だ。そこまでの壁は必要ないと言いたいのだろうな。


「その昔、ガトレアールの地が囚人を押し込める土地だった名残だな」

「は?」

「まぁ。こんなことは歴史からは消されているから表立っては知られていない。だけど、考えてみればわかる」


 ガトレアールの地は水に乏しい土地だ。川はあるものの領地を分断する深く大きな川があるのみ。

 そしていくつかの鉱山を抱え、隣国から何度も攻められる土地。北側にはドラゴンが住む山があるため、北には抜けられない。

 南には深い森と嫌がらせのように、領地を縦断している川が森を横に貫いている。

 王都側の東には山脈が横たわっているのだ。

 これこそ陸の孤島と言っていい場所。


 手に余った囚人を鉱山で働かせ、隣国からの襲撃で使い潰すのだ。

 ある意味効率がいいと言えるが、囚人も人だ。反乱は起きるべくして起きた。


 結局その時の王が出てきて囚人を一掃したそうだ。


 それはずいぶん昔の話だが、荒くれ者が多い土地柄は、囚人たちの子孫だからと、知っているものから嫌味を言われるぐらいの認識はされている。


「ここさえ壁を作っておけば、隣国側にしか逃げ場がないからな。それから壁の上で跳ねているのが、東側の領軍をまとめているエルーモゼ第二師団長だ」

「すまないが、ここからでは子供のようにしか見えないが?」


 街の入口までたどり着き、藍色の軍服の者たちに囲まれた状況でのランドルフの感想だ。


「そうじゃ! エルちゃんは永遠の十五歳なのじゃ!」


 そういって、青い長い髪をツインテールに結った少女が高い外壁から飛び降りてきた。


 地面にぶつかると思った瞬間、その身はふわりと浮き上がり、何事もなかったかのように地面に降り立つ。

 その姿は大人の中に一人、少女が交じっているかのような違和感を覚えるが……。


「プラス二十歳でお願いします」


 そう言って、少女の横に立つのは第二師団のフェルガ副師団長だ。浅葱色の髪と目が印象的な好青年だ。


「エミリオンは黙るのじゃ!」


 名前はエミリオン・フェルガ。私の従兄弟に当たる。そして、のじゃのじゃと言っている人物は……。


「エルーモゼ・フェルガ第二師団長は父の妹に当たる人だ。一人、ゴスロリの衣服を着ているが、彼女のこだわりだから気にしないでくれ」

「通信の声を聞いて女性が師団をまとめていることに疑問を持ったが、ガトレアールの血筋の方だったのか」


 確かにガトレアールの領軍は他と比べ、女性が多いだろう。だがそれも理由がある。

 そしてランドルフの言葉に周りがざわめき出した。


「私が軍に身を置いているのは、馬鹿な兄を姪に殺させたことへの償いよ。それから十二年前に殺された夫の復讐。それだけよ」

「ランドルフ。エルーモゼの『のじゃ』が消えるとかなり怒っているから、気をつけるといい」


 まぁ、変わった叔母だ。そして、領軍に女性が多いのは、それほど十二年前に失った者たちが多かったというのもある。


「エルーモゼ。立ち話もなんだ。そろそろ街の中に入れてくれないか?」


 日が落ちるには時間はあるが、明日は日の出前に出立する予定なのだ。

 するとエルーモゼはニヤリとした笑みを浮かべた。凄く嫌な予感がする。


 エルーモゼの長男であるフェルガ副師団長に視線を向けると、自分は止めたと口パクで必死に否定をしている。


「エルーモゼ。ちょっと聞きたいのだが、何を企んでいる?」

「エルちゃんは、とても考えたのじゃ! ずっとピリピリしていても、良くないからのぅ! おめでとうなのじゃ!」

「は?」


 私の疑問の声はマルメイアの街の扉が開け放たれると同時に消えてしまった。


 大地が揺れるほど響き渡る歓声。

 人々が私の名を呼び、辺境伯様と呼び、おめでとうと声を挙げている。


 もしかして、街中の人々をここに集めたのか?


 何が起こっているのか理解が追いつかない。


「民は心配しておったのじゃぞ? 民や領地の事ばかりで、辺境伯様はいつご結婚されるのかと。このまま結婚しないつもりなのかと……我に聞かれてものぅ……くくくくっ」


 エルーモゼ。まだその件は、民たちに発表するつもりは無かったのに、何故言っているのだ? いや、その前に師団長には誰にも言っていないはず。

 はっ! ザッシュか!


 私は振り返ってザッシュを窺い見る。だが、いつも通りの目つきの悪い巨漢が、二輪車に乗ったまま、溜息を吐いていた。


 違うのか?


「因みに私に情報をくださったのは、アンジェリーナ様じゃ」

「そっち!」


 母よ。何故エルーモゼにそのようなことを言ったのだ。お陰で私はとても居心地が悪い状況に陥っている。


「アンジェリーナ様もご心配されておったのじゃぞ? 我が姪殿は直ぐに自ら動こうとする。どっしり構えることも必要じゃ。十二年前と違い。姪殿を支える者達は多い」


 確かに十二年前は私に付き従ってくれたのは、ザッシュを含めた四人のみ。その者たちは今も私の後ろにいてくれる。


「我々もおる。多くの民たちもおる。多くの民たちがこの吉報を待ちわびていたのじゃ。素直に受け取ってやるが良い」


 そう言ってエルーモゼは端に寄り、街の中に入るように、手を指し示した。


「お帰り。ガトレアール辺境伯。そしておめでとう」

「エルーモゼ。ありがとうと言っておくが、今後はこのようなサプライズはしないでくれ」

「恥ずかしがりやの姪殿も我は好きじゃ」


 くぅぅぅぅー……。

 エルーモゼは私がこういうのが苦手だと知っていて、仕組んだんだな。


 そして私は表面上にこやかに手を振りながら進む。ランドルフが運転する自動二輪車に乗りながら、先頭を進むザッシュに内心文句を垂れた。


 もう少しスピードを上げてくれてもいいのではないのか? ザッシュ。


「シルファは民にとても愛されているのだな」


 背後からランドルフの声が聞こえてきた。愛されているというより、一応私は領主だからな。

 ガトレアールの血を引く叔母に集められて、歓声を挙げろと命じられれば、従うしかないからな。


「やっぱりシルファは凄いな」


 別に私は凄いことは何もしていない。

 本当にやるべきことを、やってきただけに過ぎない。


「それに流石、アンジェリーナ様だ」


 ん? 母がどうしたのだ?

 母と叔母の所為で、凄く私はいたたまれない状況になっているのだが?


「この状況だと誰が、シルファの夫かひと目でわかる。噂は直ぐに広まるだろうな」


 その言葉に思わず後ろを振り向いてしまった。

 う……う噂が広まる? この恥ずかしい状況が人伝えで広まっていくのか! やばい……こんなことが噂になって広まっていくなんて、耐えられない。


 するとふっと視界に影が差した。

 ん? 建物の影にでも入ったのか……っと思ったら、唇にふにっと柔らかい触感が……キスされたぁぁぁぁぁぁ! この状況で!!

 もう、恥ずかしさで死ねる。


 混乱する私は、悲鳴に近い歓声の中でランドルフが言った言葉を聞き取れなかった。



『ヴァイザールがガトレアールにいると知れ渡ったら、アステリスもおいそれと手を出して来ないだろう』




読んでいただきましてありがとうございます。


帰路編終りです。次回から戦いの匂いが漂ってきます。

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