第31話 寝言は気にしてはいけない
「何故に私はベッドで寝ているのだ!」
数時間の仮眠のため、私は長椅子に横になって寝ていたはずだった。
そして、早朝の日が昇る前に活動を始める鳥たちの鳴き声でふと意識が浮上し、目を開けてみれば、目の前にランドルフの寝顔があった。
思わず『のわぁ』っと悲鳴をあげるところを飲み込んで、先程言ったセリフが出てきたのだ。
「昨晩の話のように、シルファが攫われてしまったら困るじゃないか」
寝ていて答えないと思っていたランドルフから返事があった。もしかして寝ていなかったりするのか?
しかし私が寝ていた長椅子から移動させたランドルフに言われたくないな。
「いや、ここに連れてきたランドルフに言われてもな」
「夫だから問題ない」
そう言われて遠い目になる。見合いしてその日に結婚だと言われた状態なのだ。
私にも心の準備というものが……一生出来ない気もする。
「シルファ。まだ起きるには早いから寝ていろ」
そう言って、ランドルフは私を引き寄せて抱きしめてきた。
だからこんな状態で寝られるか!
距離間ゼロだぞ!
「ランドルフ……」
「魘されていたから、そんなに寝れていないだろう?」
え? 魘されていた? 別の部屋にいるランドルフに聞こえるほど、騒がしかったのか?
いや、そこまで騒いでいたら、私自身の声で目が覚めているはず。
「騒がしくしてすまなかった。私は十分休んだから、時間まで寝ているといい」
そう言って私はランドルフの腕の中から抜け出そうとしたが、抜け出せない。困った。
「何が、シルファを苦しめているのだ?」
さて、そのようなことを言われても何の夢を見ていたのか私は覚えていないからな。
「ザッシュに聞いても昔からだとしか言わなかった」
ザッシュが? それだとまたアレか。寝る前に気に障る言葉を聞いたから、きっと夢に見たのだろう。だが、それを誰かに言うつもりもない。
夜中に騒ぎ出す子供じゃないのだ。
自分の中で感情を押し込めることはできる。
「何が、シルファを苦しめている?」
ランドルフは金色の瞳を私に向けて、同じ言葉を繰り返して聞いてきた。
「さぁ、何の夢を見たか覚えていないから、わからない」
「……『コノママシヌノ』」
片言の言葉が私の耳に入ってきた。そう、この世界では意味をなさない言葉。
「『シアワセニハナレナイ』『ワタシヲウラギッタノ』『ユルサナイ』……何を言っているかわからなかったが、同じ言葉を繰り返していた。これはいったい……シルファ?」
イラッとする。
イラッとする私自身にもイラッとする。未だに囚われていることにだ。
折り合いをつけたはずだ。時間をかけて、私はリリアシルファだと、受け入れた。
「ランドルフ。それ以上言っては駄目だ。それ以上言えば、私はランドルフを殺すだろう」
「綺麗だ」
どこから、そんな話になるのだ?
「ロズイーオンの赤い瞳が、煌めいている」
私の目が光っているのか? それはヤバい状況ってわかっていないのか? 叔父上の部下だったランドルフが知らないわけないはずだ。
「団長からもザッシュからも警告は受けていた。ロズイーオンの真に触れると、首を落とされても文句は言えないと」
警告を受けていたなら、聞いてくるな!
「でも、一人で泣いているシルファを放っておけないじゃないか。俺の存在が邪魔だというのであれば、この首を切ればいい。シルファの夫になると決めたのだから、ロズイーオンの力で殺されるのであれば、それも本望だ」
物凄く重いことを言われた気がする。私の夫になることに、私に殺されても文句を言わないことが、条件にでも入っていたのか?
「はぁぁぁぁぁ」
怒りを追い出し、苛立ちを押し込める。
私自身に折り合いをつけたと思いこんでも、結局のところ内側で燻っているのだ。だが、これが私のロズイーオンである元となると理解している。怒りの力。その力の被害は甚大だ。
「ランドルフ。私が魘されていても、無視しておけ。幼い頃それであやそうとしていた侍女を殺しかけた。……そうだ。その話も今後するな」
叔父上のロズイーオンの力の元は、母への愛だと本人は惚気けていたが、多分違う。もっと闇が深いように私は感じた。
ロズイーオンの力の元は神の力だと一般的に言われているが、私は神の呪いだと思っている。特に血族の女性を好むだなんて、その血族を絶えさせたいような呪いだ。
だから、私のこの怒りも、無くなりはせず、自分自身で折り合いをつけなければならない。
「わかった。その話はしない。だけど、愛しいシルファが一人で泣いているのは、俺自身が許せないから、これから一緒に寝よう」
……いや、私は無視してくれと言ったのだ。誰かと一緒にだなんて、私が寝られないじゃないか!
という朝からの攻防を経て、出立の為に街の外に私達は出ていた。
まだ朝の仕事に出るのは早い時間帯なので、街を出入りする人は少ない。
ユーグの言っていたとおり、侵入者を排除してくれたのか、何事もなく……私の心情は暴風が吹き荒れていたが、表面上は何事もなく、一晩を過ごせた。
完全に昇りきった太陽を背にして、空間収納から自動二輪を出す。
今、ふと思ったけど、私はランドルフの後ろ……前に乗ることになるが、ユーグはザッシュの後ろに乗ることになるのか?
するとザッシュは空間収納から、何かを取り出した。
「サイドカー!」
ザッシュが取り出した物を見て、私は思わずザッシュの元に行く。
「サイドカーができているって、私は聞いていない! それがあるなら、私がサイドカーに乗っていいはず!」
確かに私は以前からサイドカーを作って欲しいと言っていた。そこまで手が回っていないと言われ続けていた物が出来上がっていたなんて!
「まだ性能テストをしていないと言っていたので、駄目です。丁度いい実験体ができたので、この者で性能テストをしましょう」
「ザッシュの旦那。ひどい!」
人体実験のようなことをザッシュは言っているが、ある程度性能テストされた物がザッシュに渡され、ザッシュが納得したものが私の前に持ってこられる。
だから、あとは持久テストぐらいだったのだろう。
「取り付けるのに、少々時間をください」
そう言ってザッシュは、自動二輪にサイドカーを取り付け始めた。
そして酷いと言っていたユーグは、直ぐ側に立っている私に向ける。
「姐さん。今朝何を怒っていたんだ? 思わず飛び起きてしまったじゃないか」
そうか隣の部屋に寝ていたユーグを起こしてしまったのか。
「それはすまなかった」
「ヴァイザールのヤツが怒らせたのか? あいつ、ヘルガールを見てねえから、姐さんを怒らせることを言えるんだよな」
ヘルガール。国境の街ヘルガール。十二年前の戦いで一番被害を受けた街だ。そう、私が跡形もなく破壊した街。
「姐さんが機嫌が悪いと感じた瞬間、俺ならヘコヘコ頭を下げる下僕に成り下がるだろうな」
「俺はシルファに殺されるなら、それでいいと言っている」
「うわぁ! マジ!」
そこにランドルフが私とユーグの間に入っていた。いや、私をユーグから隠すように私の目の前に入ってきた。
「それでヘルガールってなんだ?」
「姐さんが、暴れた街だったところの名前だ。今は国境の砦しかないところだな」
砦は後で再建築したもので、元からあった建物ではない。
「あそこを見ればロズイーオンってやべぇってなる。街があった場所の地面が抉れるように陥没しているからな」
「それぐらいか? 団長よりマシじゃないのか?」
「そうだった。ファンヴァルク王弟閣下の部下だった。それは感覚が普通よりズレるわぁ!」
……そこを叔父上と比べられると、解せない感が出てくる。それはまるで母大好き叔父上と同類と思われているみたいじゃないか。
いやロズイーオンであることには変わりないが。
「それで姐さんに何を言って朝から怒らせたんだ?」
「その話は、もうしないと言ったから教える義理はない」
「ならいい。一緒に行動していて、姐さんから攻撃されちゃ、俺でも避けられねぇからな」
いや、ユーグならヘラヘラと笑いながら避けそうだけどな。
それに私は昔と違って自分を制することはできるようになっている。
しかし、私の視界がランドルフの背中しか見えないのだが?
二人で何やら仲良く話をしているので、ザッシュの作業に目を向ける。
特殊な工具を取り出して取り付け作業をしているが、私の側にいるとこういうメンテナンスも各自でするようになる。
いわゆる軍事機密に入るから、構造を熟知しているのは、使用者と技術者のみになるかだからだ。
「ザッシュ。取り付けは簡単にできるようになっているのか?」
「もともとサイドカーを取り付けるように本体がなっていなかったので、付属品の取り付けが必要なのが、手間取ります」
確かにサイドカーと私がいい出したのは、本体が出来上がってからだった。これは簡単に取り付けられるように考えてもらわないといけないな。技術者に。
「リリア様。ランドルフ様には言わなかったのですね」
「ザッシュ。忘れろ」
「はい」
私のお目付け役のザッシュは、私が怪しい言葉を使って、泣きながら怒っていることを知っている。
まだ、あのときの私は子供だった。
自分自身を制御出来ていなかった。
だからザッシュは私が一度死んだ人間だということを知っている。
悲しみ、怒り、呪いのように全てを否定した私はザッシュを殺そうとした。だが、王族の血が入っているザッシュが私につけられた意味がここで発揮されたのだ。
私の暴走を抑える役目をザッシュは担っている。ロズイーオンの瞳を強制的に封じる役目。
だが、それはザッシュ自身もただではすまない。あの時は右腕を私にふっ飛ばされた。
いざとなれば、命を賭して私の暴走を止める役目を負わされているのだ。
まぁ、今のザッシュに右腕があるということは、私がきちんと後で治した。すごく謝りながら。
私の心の弱さはザッシュの死に繋がっているということだ。だから私はこのままでは駄目だと思い、世界を受け入れようと努力した。
結局、根本的な解決には至ってないけど、私はザッシュのお陰で今があると思っている。
「ザッシュも大変だな。私のお目付け役なんてさせられて」
「何度も言っていますが、私は好きでこの仕事をしていますよ」
「そうか?」
「王太子殿下のお目付け役より、断然いいです」
……そこと比べるのか。あそこは人間関係が複雑だから、別の意味で大変な職場だろうな。
「できました」
見た目は私が命じたような感じにサイドカーが取り付けられている。が、気になったのが自動二輪がある反対側に鋭利なブレードが取り付けられていた。
「このブレイドは何だ?」
「攻撃力です」
「以前、自動二輪に魔道砲をつけて却下したと思うのだが?」
「されましたね。ですからブレイドにしたそうです」
はぁ。これは移動手段であって、武器となるものは付けるなと言ったはずなのに。
いずれはつけられることになるだろうが、私の目が黒いうちは、戦争が激化する要因になるモノは付けることは許さない。
私の目は赤いけどな。
「後で取り外すように指示しておいてくれ、さて、仲良く話しているところ悪いが出立だ」
何やら話が盛り上がっているランドルフとユーグに声をかける。
「仲良くはない!」
「姐さん。こいつが旦那で本当にいいのか?」
「仲良くなかったら、口もきかないだろう? それから、私には夫を選ぶ権利はあるようで、無かったぞ」
するとランドルフが振り返って私を見下ろしてきた。
「シルファは不満なのか? 俺が夫だということに」
え? 私はそんなことを言ってはいない。いや、私の言い方が悪かったな。ただ……ランドルフの距離間が近いというか。
私はジリジリと下がりながら言い訳を言う。
「不満ではない。叔父上に認められていて、ロズイーオンの力の凶暴さも知っている人なんて、滅多にいないだろう? それに王族の血族のザッシュについていける実力がある。誰も文句など言わないだろう」
私がジリジリと下がっている分、ランドルフも距離を詰めてくる。
「だったら何が問題だ?」
「いや、問題ではなくてな。ランドルフの距離感に慣れなくてな」
「ほら! やっぱり姐さんに引かれているじゃねぇか」
「外野は黙っていろ! シルファ、それは慣れればいいことだ」
だからそれが慣れないのだ!
という私の心の叫びは、ランドルフに抱えられて自動二輪に乗せられたことで、口に出されることはなかったのだった。