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第25話 怪しい動きをする軍人

「で、誰だったのだ?」


 お昼に差し掛かってきたところで、休憩と昼食を取るために、街道沿いの町に寄った。


 この町では食事処は三軒ほどしかなく、その一軒によっていた。恐らく他所のものが珍しいのだろう。先程からチラチラと視線を感じる。

 私は目立つピンクの髪を隠すように軍帽を深く被っているので、女軍人ぐらいに思われていると思う。

 女性の軍人が居ないわけではないが、数は少ない。その珍しさもあるのだろうな。


 その軍帽の影から隣に座っているランドルフを見上げた。


「父の兄だ」

「兄?」

「庶子であるがゆえに、当主に立てなかった者だ」


 私の言葉にランドルフの目が大きく見開く。

 そう、早く生まれて第一子だとしても、愛人の子には後継ぎの権利は与えられない。女でもそうだ。長女が第一子でも、後継ぎの権利は発生しない。


 よっぽどの事がない限りは……。


「その後はレントに捕縛にいかせた指揮官から情報を得ようとしたが、第三棟の牢には血痕はあるものの、もぬけの殻だったのだ」

「……もぬけのから?」

「誰もいなかったと言うことですよ」


 向かい側にいるザッシュがフォローしてくれた。うん。まぁ、長年私についてくれている分、私への対応も慣れたものだ。


「その後は、もぐらたたき……」


 これも絶対にわからない表現だな。ザッシュが首を横に振っているしな。


「敵を倒したと思ったら、次の場所が被害を受けて、そこを制圧したと思えば、また別の場所がという感じでな。まるで遊ばれているような感覚に陥ったものだ」


 こちらの行動を先回りしているかのように、主要な街を攻められていた。全てが、後手後手に回ってしまっていた。


「おまたせしたねぇ!」


 私が次の話をしようと、重い口を開きかけたときに、頼んでいた料理が持ってこられた。


「こんな辺鄙な町に軍人さんって珍しいねぇ」


 元気のいい声が店の中に響き渡る。辺鄙な町と言っても、街道沿いの町だ。人の往来はある。

 ただ、この町に寄るぐらいなら、もう少し足を伸ばせば、大きな観光都市にたどり着くのだ。普通ならば、次の街まで寄り道などせずに進むことだろう。


「この町の織物は有名じゃないか。お土産にいいかと、寄ってみたのだよ」


 当たり障りのない理由を言う。

 この町の特産である染織物は二年前に王都で流行り物で売られていたものだ。


「そうなのかい? 先ほども軍人さんを見かけたから、何かあるのかと思ったのだけどねぇ」

「へぇ? この辺りでよく見かける軍人だったのか?」


 私の言葉に女性は首を傾げて考え出した。

 軍部も大まかだが東西南北で管轄が違う。そして、わかりやすく軍服の色が違う。この西側は深い紺色の軍服だ。

 だから黒い隊服を着ているランドルフは、一般人から見れば変わった軍服を着ている者だとしか映らないだろう。


 そう、女性が首を傾げている時点でおかしいのだ。女性が見た軍人はランドルフに似た色の軍服を着ていなかったということになる。


「黄色だったか?」

「あ! そうそう! 黄色を濁したような色だったね」


 黄土色の軍服か。それは南を管轄しているレクトカルロ閣下の部隊だな。


 ザッシュに視線を向けると、なんとも言えない表情をしていた。その気持はわかるぞ。


 南を管轄しているレクトカルロ閣下と西を管轄しているアルベーラ閣下は仲が悪い。軍部と取引していると、この辺りの内情をヒシヒシと感じるのだ。


 こんなところを堂々と黄土色の軍服を着ている者がいたとすると、そのこと自体が問題だ。


「そうか、その者たちもここで食事をとっていたのか?」

「それがねぇ。物々しい雰囲気で町の西側に集まってきて、そのまま何処かに行っちまったから、皆が何があるのかと、うわさ話をしていたところだったのよ」

「それはいつぐらいの話なんだ?」

「今朝の話だねぇ。こんな小さな町だからねぇ。かわった人がいると物珍しさに、見に行ってしまうんだよ」


 店の女性はそう言って豪快に笑いながら、食事を置いて行った。


 人の出入りが少ない村や町では、外から来た者は一気に噂が広まってしまう。ある意味恐ろしいが、それは娯楽に飢えているとも言えるのだった。


「ザッシュ。どうする?」


 私は持ってこられた食事を見ながらザッシュに話しかける。田舎料理でよくあるごった煮のスープだ。それと野菜サラダとパンがついている。


 こういう店は大抵一品しかメニューがない。食事を楽しむというより、仕事の合間に栄養を取るという感覚なのだろうな。

 だから、早く出せるように一品しかなく、手の込んだ料理ではない。


「このまま進みましょう」

「ルートは他にもあるが、敵が待ち伏せしているだろうルートを通る理由はなんだ?」


 街道沿いを通る一番の理由は、平坦な道ということだ。他のルートは山越えや森の中を抜けて行かなければならない。

 行けなくもないが、自動二輪という移動手段を使っているのであれば、なるべく平坦な道の方がいいだろう。


 因みに私達の周りには目に見えない薄い層を作っている。それは音を伝播させる空気がない層を作り、私達の声が周りに聞こえないようにしているから、このように堂々と話をしていた。

 そして、ただの空気の層なので、普通の人は気づかずに通り抜けてしまう。先程の店の女性のようにだ。


「敵の妨害など意味がないからです。一番早いルートを選択します」

「妨害の意味がないか?」

「ありません。我々の速度についていける騎獣種は多くはありません。通り抜ければ問題ありません」

「まぁ、その通りなのだが……ランドルフもそれでいいか?」


 ザッシュの言葉は戦闘を避けるために、ルート変更するのではなく、突っ切るということだった。

 大亀(ジガケローネ)なんてものを用意してきたのだ。簡単にはいかないことは馬鹿でもわかる。だから、敢えて敵の罠にハマって敵の思惑ごと潰そうという言葉にも捉えられた。


 私はどちらでも構わない。が、ランドルフにも了承をとっておかないとな。


「一つ聞きたいのだが」


 そのランドルフは何かが気になったらしい。その先の言葉を話すように視線で促す。


「なぜ、そこまでシルファを警戒しているのだ? これはシルファがガトレアールに戻ることを阻止しているのだろう? 確かにシルファの偉業は素晴らしいが、少々やり過ぎのような気がする。特に大亀(ジガケローネ)なんてモノを用意してくる辺りがだ」

「……」

「……」


 ランドルフの言葉に、私もザッシュも黙り込んでしまった。


 警戒もするだろうな。


「冷める前に食べようか」


 私はシレッと話を変えた。せっかくの料理が冷めてしまうのは勿体ない。温かい内に食べてしまおう。


「シルファ。俺に言えない何かがあるのか?」

「食べてから話す。ここからは、夜に泊まる場所まで休みなしだ。食べれるときに食べておかないとな」


 別に隠していることじゃない。

 そう思いながらごった煮のほぼ汁気がないスープをスプーンですくって食べるのだった。




 食べ終わって、私はタバコを取り出し、一服吸う。


「別に大したことはない。私の感情が爆発したというだけだ」

「……」


 紫煙とため息と共に吐き出すように言った言葉に、今度はランドルフが黙ってしまった。

 何かを思い出しているのか唸り声が出ている。恐らく叔父上の何かと比べられているのだろう。


「それはロズイーオンの血ということか?」

「そういうことだ。途中で名が出た鉱山の街のベルアルザのことだ。満身創痍の護衛だったサーラが私の元に来て助けてくれと言ってきたのだ。敵に街が包囲されていて、ミゲルたちを連れて逃げられないとな」

「敵に包囲されていたのに、そいつが逃げられたのはおかしくないか?」

「はぁ、護衛の中でも戦力になるゴルドを犠牲にしたと言っていた」


 何のために私がゴルドをつけたと思っていたのだ。いざとなれば、ゴルド一人でも弟たちを連れて逃げ切れると判断したからだ。


「ガトレアールの血を持つものは見た目でわかってしまう。私がたどり着いたときには弟たちは捕まっていた。そして、ロイドが公開処刑のようにさらし者になっていたのだ。それは許せるはずがないだろう?」



 七歳のロイドが街の外で見せしめのように木材に張り付けされていた。抵抗力もない弟がガトレアールの血を引いているというだけで、殺されるなんて許されることではない。


 その時の私は全てが敵だった。弟たちの命を奪おうとする者たちも、弟たちを守れない者たちも、全てが許せなかった。


「今はその街は存在しない。それだけのことを私はした」

「補足を入れさせていただきますと、リリア様を止められないとわかった時点で、街の住人は退避を促しております」


 あのときのことは今でもレントやマルクから文句が出てくる。暴走する前に一言だけでも警告してくれと。今後は真っ先に逃げると。

 ザッシュと共に住民の誘導しているだけでも、死を感じたらしい。だから、仲間内でこの街の名は挙げられることはなかった。それに対しては大げさだと私は思っている。


「護衛が生きていないと言ったのは、シルファがその護衛共に手をかけたということか?」

「そういうことだ。私は別にどの街に身を置いてもよかったのだよ」


 私の言ったことを鵜呑みにして、行動を起こさなかったことには怒らない。それは臨機応変に対処してもらわないといけなかったからだ。


「確かに辺鄙な村では弟たちに不便をかけただろうし、妹のエリーは赤子だった。必要なミルクを手に入れるには流通が滞っていない街の方がいいだろう」


 ただ、護衛としての役目を果たせないのであれば、職務放棄と受け止める。敵に対して無防備な子供である弟たちは、大人である彼らがその身を呈して安全な場所に移動させるべきだった。

 だがそうはせずに、私に助けを求めるために、一番戦力となる者を犠牲にした。これは愚かとしか言いようがない。


「私は弟たちの護衛につけと命じた。ならば、その生命を賭してでも、街から逃げ安全な場所に移動するべきだった」

「だからか。シルファの弟が戦う意志をみせなかったのは」


 ロイドのことか。敵からすればロイドを見せしめとして殺すのが効果的だと思ったのだろうな。

 だが、ロイドの心は死に囚われ、己を守るための剣すら持てなくなってしまった。だから、文官という道を選んだのだろう。


 私は紫煙を吐き出しながら、ロイドのことを思う。

 子供の頃に感じた死に、今でも夜中にうなされているときがあると、執事のエントから聞く。可哀想な子だ。

 私にしてやれることなんて、安全な王都で暮らしていけばいいと支援してやるぐらいのことだ。心の問題は婚約者の彼女に任せよう。


 すると突然、手からタバコが抜き取られた。それが灰皿に押し付けられる。


「ランドルフ。何をするのだ?」


 私はタバコを取り上げた張本人を見上げた。

 急いではいるが、休憩時間の一時間と決めてある。急いで体を酷使して、いざという時に動かないとなることを避けるためだ。


「シルファのコレは感情を抑えるためのものか?」


 ランドルフに吸い殻を見せつけられ、問われた言葉に奥歯を噛みしめる。


「団長がアンジェリーナ様から頂いたハンカチを、眺めているのと一緒なのだろう?」

「いや、あのシスコンと一緒にするな」


 あれは変態の部類に入ると思っている。母が描かれた姿絵で埋め尽くされた部屋があると、本人が嬉しそうに言っていたのを聞いた時は、このシスコンは危険人物だと思ったぐらいだ。


「しすこん……」

「姉であらせられるアンジェリーナ様を敬愛しているという意味です」


 ザッシュ。そんな綺麗なものじゃないだろう? 執着心が漏れ出ているじゃないか!


「そうか……君のことを、シルファと他の人との橋渡しをする役目と言っていた意味がわかった。シルファは独特の言葉を使うという意味だったのだな」


 それは否定しない。私の言いたいことが伝わらないことがよくあるからな。


「可愛いな」

「は?」


 何が可愛いのだ?


「ロズイーオンの血は感情が高ぶると暴走すると聞いている。それを抑えるためにシルファはタバコを吸っているのだろう?」


 そうなのだが、可愛いはどこに掛かったのだ? まさか理解不能なことを言うおバカ的な可愛いなのか?


 意味がわからないと思っていると、突然背中を押されてランドルフの方に引き寄せられてしまった。


 なっ!

 声は遮断しているが、姿は他の者たちに見えているんだぞ!


「これからは俺がシルファを支えていく。だから一人で我慢しなくてもいい」


 そう言ってランドルフは私の頬に口づけをする。


 ……恥ずかしいわ! 人前で何をするんだ! 凄く視線を感じるじゃないか!

 こっちのほうが、心臓に悪いわ!


 という言葉が出ずに、私はランドルフを睨みつけるのだった。



「ねぇ、あんた。女性の軍人さんっているんだね」

食堂の女将は何故か嬉しそうに厨房にいるこの店の主人に声をかけている。だが、店の主人はそんな女将を厨房の中に引っ張っていき、小声で言った。

「馬鹿! お前、あれは軍人じゃねぇ」

「え? でも街道を通る軍人さんと同じような服を来ているじゃない?」

厨房から顔を出した店の主人は、店の奥にいる三人組をなんとも言えない顔で見ている。

「あれは赤い雨を降らす女辺境伯だ。怒らすとやばいと、商人たちの間で有名だ」

「そうなのかい? 話した感じは普通の軍人さんだったけどねぇ」

うわさ話をする商人たちの間ではかなり危険人物と認定されているリリアシルファであった。


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