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第24話 裏切者は誰だ?

「さて、そろそろ雨が上がるころだと思う」


 狭い建物の中の小さな窓からは、小雨になってきた雨が見える。

 バケツを引っくり返したような雨は二時間ほど続いた。その時間だけでも、周りは濁流の川のようになっている。


 いや、あの後更に裏山が崩れたため、この見張り小屋全体を結界で覆うことになった。土砂と濁流に小屋が浸かるほどだ。

 この小屋は地面にそのまま建ててあるから、余計に水に沈み込むことになったのだった。


「お嬢様。その前に我々がここから出られませんが?」


 アランがこの後の行動はどうするのだと聞いてきた。水はすぐに引くだろう。ここはそのように造られている。


「排水はすぐに終わるだろう。見てみればいい。さっきまで窓の外は濁流しか見えなかったけど、外の風景が見えるようになっている」

「お嬢様の無茶はよくありましたが、ここまで酷いと命がいくつあっても足りません」

「レント。では、この五人で百人とどこに潜んでいるかわからない敵兵の相手をしていたほうが良かったと?」

「リリア様。それは結果論です。私は王都に引き返すことを提案していましたよね」


 この二時間、私は護衛たちから文句を言われ続けられていた。

 ザッシュが王都に引き返すことを言っていた意味もわかっている。だけど、この現状は放置できないだろう?


「王都に戻る選択肢はないね。さて、レントは敵の指揮官を捕らえて、第三棟の牢にぶち込んでこい。あとで、私が尋問する」

「はっ!」


 生かしておくのは一人でいい。後は一人たりとも生かしては逃さない。


「アランとマルクは共に行動をして、敵を始末しろ。マルク、私が以前教えた索敵魔術で一人たりとも見逃すな」

「はっ!」

「お嬢様。あれ、凄く魔力を消費するのです……が」

「返事は一言」

「お嬢様は鬼畜だ」


 ぶつくさと文句を言っているマルクを睨みつけていると、両側からマルクの腹に拳がねじ込まれた。


「ぐっ……はい……俺の味方は誰も居なくなってしまった……戻ってきてくれ……ゴルド」

「居ない者を頼っては駄目ですよ。それに今のお嬢様に逆らっては駄目なことは見てわかりますよね」

「お嬢様に苦言は呈するが、命令は聞けよ。じゃないと、消されるのは俺達だからな。そっちの方が俺は恐ろしい」


 レントは仲間内で話すときは敬語は使わないけど、アランはずっと敬語だ。アランが敬語が取れたときの方が私は怖いよ。


「リリア様はどうされるおつもりで?」


 ザッシュが他の者たちに命じておいて、自分が動かないことはないだろうと聞いてきた。


「私は広場に行って父を確認したあと、そのまま街の方に行く。そこに隠れている敵兵を皆殺しだ」

「リリア様。瞳が赤く光っていますので、感情を抑えた方がよろしいかと思います」

「これで、感情を抑えることができるのなら、それは聖人か何かだ」


 そう言って、私はザッシュの肩から降りて、入口の扉を開け放つ。まだ、足元には水が流れているけど問題ない。


「リリア様!」

「作戦開始だ」


 私の名前を呼ぶザッシュを横目で見て、私は駆け出した。


 山から落ちた岩盤はそのまま残っているようだけど、土砂は茶色い筋をつけて建物の間を縫うように流れていっている。

 流石、山からの大量の水を警戒して作られた建物だけあって、流されている建物は無さそうだ。


 途中、目に止まったワイバーンは水に溺れてしまったのか、動いてはいなかった。そして、ところどころに建物に引っかかるようにして、動かなくなった人がいる。衣服は領兵の物だが、手にしている剣は領内で使っている剣ではなかった。

 やはり、敵兵だったか。

 マルクにはああは言ったが、確証はなかった。


 敵兵ではない可能性も数%はあった。だけど、状況的に私は判断した。敵兵であろうと領兵であろうと、ここの者たちはすべて始末すると。マルクの言うように鬼畜かも知れない。だが、領兵が残っているのであれば、広場の惨劇は人々の目に触れないようにしていただろうと思ったのだ。



 この首だけになり、まるでこのまま朽ちていくようにと言わんばかりに下から串刺しになり、風雨にさらされた父の姿を。


「リリア様、護衛の私を置いて行かないでくださいと何度も……辺境伯様……」

「ザッシュ。私はガトレアールだ」

「はい」

「この地を守らないといけない」

「はい」

「領民を守らないといけない」

「はい」

「だから、ここに誓おう。ミゲルが成人するまで私がこの地と民を守ると」

「……はい」


 どんな敵にも負けないと思っていた父のこの姿を見て、私は決めたのだ。女である私がこの地を守ると。


「街の方に行くぞ。敵のいるところは既にわかっている」

「お待ち下さい。リリア様。辺境伯様をこのままにされておくのですか?」

「……父は何かに怒り、苦悩している表情をされている。敵はまだいる。父の埋葬は民の安全を確保してからだ」


 死者を弔うことも大事だが、今は生きている者たちの安全確保が最優先だ。


「はい」



 そのあと私は索敵の魔術をつかって街の中にいる敵兵を始末していった。

 どうも結界を解除されるのを巡回しながら見張っていたようで、そこまでの数はいなかった。多くの敵兵は濁流に呑まれて地下に流れて行ったのだろう。


 地下排水道が地上に出るのは二キロ先の川なので、再びこの領都に敵が戻ってくることはほぼないと思われる。


 そして、私は強固に張られた結界の側に立つ。これは実は強固な結界のようで、欠陥がある。


「ザッシュ」

「はっ!」


 私がザッシュの名を呼ぶと、剣を上段に構えたザッシュが、結界に向けて剣を振り下ろした。

 その剣が結界に当たる。ここで結界に弾かれるところだが、剣の刃がスッと結界内に入っていった。


 そう結界が切れてしまったのだ。


 他の者たちの剣は弾くのに、何故かザッシュの剣では結界が切れてしまうという重大な欠陥が見つかってしまったのだ。

 これは私が結界内に籠城していたことで発覚したのだが、恐らく王族の血が関係するのだろうなと、今では結論付けている。


 結界内に入っていった剣を下に振り切り、横に振り上げた瞬間、強固な結界がガラスのように壊れてしまった。

 その姿を見ながら私は、結界の中に駆け出す。


 ここは南地区の教会だ。そこの教会の両開きの扉を思いっきり開け放つ。


「誰かいるか!」


 私の声に多くの視線が反応した。教会の床に横になっている者が多くいたが、私の声に反応してくれる者たちもいた。


「外の敵は一掃した。だが、まだここからは出ないでくれ」


 私の言葉に歓喜の声や泣き声が混じり、最後の方の言葉は、私自身の耳にも届かないほどだった。


 いや、無事なのは四箇所だけだから、今外に出られても行き場がないからね。


「リリア様!」


 そこに知っている声が聞こえてきた。あの時、通信機で私に連絡してくれた技術者だ。


「ゲルド。よく無事で……よく六日も持ちこたえられたと、とても感心している。それに思っていたより多くの者たちを助けてくれて、ありがとう」

「リリア様。全ては辺境伯様の采配です」


 父の采配? そうかやはり、父が動いてくれていたのだな。


「リリア様が提案されていた避難計画です」


 ん? ああ、有事の際には避難所が必要ではないのかと父に提言したことがあったな。


「お陰様でまだ、混乱の中でも人々を誘導することができ、食料や水にも困ることはありませんでした」


 避難所の場所を決めることと、保存食の備蓄に加え、水が生成できる魔道具の設置を盛り込んだ計画書だったが、あのあと父からは何も返答がなかったので、却下されていたものと思っていた。


 いや、それよりもだ。この欠陥結界魔道具でよく六日も持ち堪えられた方が不思議だ。


「結界は不完全だったはずだ。それはどうしたのだ?」

「はい、長期間使用する場合は上部が開く仕組みに改造しました」

「改造した? それ、上から襲撃されるとアウトなやつだな」

「……はっ!」

「いや、それで今回は助かったのだ。ゲルド、よくやってくれた」

「もったいないお言葉、全ては辺境伯様とリリア様のお陰でございます」


 さて、ここからが問題だ。この領都は使い物にならない。この場には多くの者たちがいるが、四か所だけでは、領都の民をすべて避難できないことはわかっていた。

 私が提案したのは一次避難というものだった。


 だから、助からなかった者たちも多く居たことが手に取るようにわかる。ゲルドは命の選択をしなければならなかったはずだ。

 ここで避難できる人数は限られていると。


 私はゲルドだけを連れて扉の外に連れ出す。


「つっ……」


 教会は大きな窓が無いため、領都の状況を今初めてみたのだろう。


 ゲルドは言葉を出そうとして何も出てこず、唇がワナワナと震えていた。


「ゲルド。お前には現実を言っておく。父は死んだ」

「……」


 父の死にワナワナ震えていた口が固く結ばれた。これはまだ言ってはいけないとわかっているのだろう。


「私がその後を引き継ぐが、安心しろという安い言葉は言わない。現実は厳しい。隣のメルドーラの街もやられていた」

「は? あそこは……」

「そう、領兵の訓練施設があり、一個師団が常駐している街が壊滅した。それも日常生活をしていることろを背後から襲われたようだ」

「意味がわかりかねます」


 素直な返答が返ってきた。確かに意味がわからない。だが、ここに重要な何かが隠されているようにも思える。


「私もわかっていない。ただ、街の状態は綺麗なままだ。だから、領都をメルドーラに移そうと思っている」

「リリア様! あそこは!」

「ザッシュ。わかっている。ここも、メルドーラも多くの死に満ちている。だが、この地ほどじゃない」


 ここの者たちはまだいい。外を見ることがなかったのだ。だが、他の場所は違うだろう。迫りくる火の海に襲ってくる炎の竜巻に恐怖を感じたことだろう。


「私は敵をこのガトレアールの地から排除するため、民には付き添ってやれない」

「メリーナ様の指示に従えということですね」


 その言葉に私は思わず言葉をつまらせた。メリーナ様。それはミゲルたちの母親である義母様の名だ。


「義母様も、もういらっしゃらない。まだ北地区の生き残りは捜索はしていない。だから、それまではまだここに居て欲しい」

「か……かしこまりました。リリア様……いいえ、辺境伯様」

「まだ、爵位の譲渡は認められていないから、今までとおりでいい」


 私はそれだけを告げて、他の結界を張ってあるところに向かっていった。



 結論から言えば、北地区の使用人は一番広い区画の商店街にいた。そこは一番多くの民が避難していたが、精神を病んでいる者が一番多くいた場所でもあった。


「エント」


 そこに父の執事のエントもいたのだ。父に言われて、父に渡していた失敗作の結界の魔道具を二つ持ち出し、合計三つの魔道具によって一番広い避難所を確保していたのだ。


「リリアお嬢様。ご無事で何よりです」

「それはいい。敵は()? 違う、裏切り者は()?」


 父の執事であるエントなら、父の死に顔の意味を知っているのかもしれないと、聞いてみた。


「ご慧眼、恐れ入ります。リリアお嬢様」


 やはり、心当たりがあるようだ。そして、エントは私に青いブローチを差し出してきた。

 これは父に渡した空間収納の機能があるブローチだ。なぜ、これを差し出してくる?


「こちらにガトレアールを引き継ぐために必要な物が全て入っています」


 その言葉に私は唸り声を挙げた。これをわざわざ義母様ではなく、エントに託したということは、敵は身内にいるということだった。



領都にいて助かった使用人たちの一部が王都のガトレアールのタウンハウスで使用人として仕えています。だから、領地に戻るシルファを死地に見送るような表情をしていたのでした。


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