第22話 妨害工作?そんなもの跳ね返せばいい
「作戦はどうする? シルファ」
深い谷を渡る橋を駆けながらランドルフが聞いてきた。
あんな巨大生物に対して作戦もあったものではないだろう。
「戦わない」
「え?」
「あんなバカでかい奴をまともに相手にしているだけ時間の無駄だ」
「それは放置すると?」
いや、ディランファルザに倒すって言ったから倒すよ。
「この谷がなぜこんなに深いかわかるか?」
「雨季になると濁流が流れるからだ」
そう、もうすぐ雨季の季節になる。
谷の底に川が流れているのが目視するのが困難なほど深い。対岸は霞むほど距離がある。翼がない限り、対岸にはいけないだろうという距離だ。だから王都の防衛都市として成り立つのだ。
「あの巨体を谷に落とす。ひっくり返すように落とせば、腹を見せながら落ちるしかないからな。そこを攻撃すればいい。ああ、その攻撃は私が行う」
私は魔力を使う予定はないからな。
ディランファルザが言うには、甲羅はどのような攻撃も弾くらしい。剣戟も魔術攻撃もだ。そして常に雷電をまとっているらしい。
「わかった。俺は雷電を止めればいいのだな」
そう言われて、ふと思った。
大亀が変異しても雷電を纏うことってあるのだろうか?
「いや、魔眼を使うのは止めたほうがいいかもな」
「どういう意味だ?」
「きな臭いと思ってな。偶然にするには何もかもがタイミングが良すぎる。手の内は見せない方が良い。ザッシュはどう思う?」
「十二年前と同じく踊らされている感じがします」
ザッシュも何かおかしいと思っているようだ。
「十二年前?」
「あいつらは『ひとでなし』だ。目の前のことに囚われると、惑わされてひどい目に遭う」
これはまるで、私をこの先に行かせないようにしているようにも思える。二日前の早朝にこの橋を渡ったときには、大亀が近くにいるという話なんて聞いてはいなかった。それに影も形もなかった。
まるで降って湧いたかのように、この場に現れたかのようだ。
そう隣国の軍隊と同じだ。情報部隊のイレイザーと入れ替わるように現れる隣国の軍隊のように。
さて、山のような巨体に近づいてきた。
近くで見ると大きいな。何と例えればいいかわからないが、古い記憶でいうと体育館ほどの大きさはあるのではないのだろうか?
それが渡る橋を封鎖するように存在している。
あの巨体を川底に叩き落とすには、本体を超えていかなければならない。しかし、常に雷電をまとっているので、近づくことができないということだ。
「やっぱり近づくと大きいな。試しに一発撃ってみるか」
私は橋の上を駆けながら、手を掲げる。
「リリア様。普通の魔術ですよ」
「わかっている。普通のを撃つから心配するな」
ザッシュに普通の魔術を撃つように警告された。私もバカじゃない。一般的に使われている魔術を使うよ。
「『雷暴風!』」
雷電をまとった竜巻が橋の上を駆け抜けていく。その魔術を放った瞬間、ザッシュが足を止めて三白眼で睨みつけてきた。
なんだ? 雷暴風は普通に教本に乗っている魔術だ。
私が放った魔術が大亀に当たる直前、ザッシュは剣を抜いて、私を庇うように前方に立ちふさがった。
いや、進もうよ。
大亀に私の攻撃が当たった瞬間、世界から音が無くなった。雷電が音を食らい、解き放たれる。空気が揺れる振動と共にバリバリっという世界を切り裂く音が聞こえ、突風が後方に吹き抜けていった。
「普通の魔術といいましたよね」
「教本に載っている普通の魔術だ」
「改造魔術は普通とはいいません」
「そんなのちょこっとだけじゃないか」
「アレのどこがちょこっとなのですか!」
ザッシュが身体をずらして、私に正面の光景を見せつけた。
甲羅を地につけて太い足を天に向けて煙を上げて動かなくなっている巨体がいた。
「ザッシュ。気を失っている内にトドメをさそう!」
私が巨体に向けて指を指していると、そのうなだれている巨体の首が地面にずり落ちる。
そして、腹の薄い甲羅の部分に剣を突き立てている黒い物体がいる。
ランドルフだ。
黒騎士だから、対人戦が得意なのかと思っていたが、魔物の討伐もいけるようだ。
「なぜ、雷電をまとっているモノに雷暴風を使ったのだ?」
そのランドルフは巨体から剣を引き抜いて、剣を振るって収めながら聞いてきた。
まぁ、雷属性に雷の魔術を当てるって、普通はしないよね。
「大亀は水と地の属性だからな。変異種でも雷を派生させるのは、なかなか厳しいと思ったからだ」
ということは、人工的に雷電をまとっていた可能性がある。その雷電を上回る雷電をぶつければ、壊れるだろうという予想だ。
そのために、ちょっと力が強くなるように調整したのは認めよう。
だから、雷暴風は教本に載っている魔術だと言っておく。
「隣国も魔道具の生成に意欲的だということだ」
マルガリータ第三王女の留学理由が魔道具の知識を深めたいだったか? そんな感じだったと思うが、その理由に偽りはないのだろう。マルガリータ第三王女ではなくアステリス国がということだ。
さて、この巨体の始末はディランファルザに任せ……
「ランドルフ! こちらに来い!」
私はランドルフが大亀から降りた瞬間に結界を張る。
「『絶対不可侵!』」
何も通すことがない結界。塵も空気でさえ通さない欠陥魔術。
それをひっくり返っている大亀を覆うように張った。いや、逆さを向いている甲羅に沿うように球状に張った。
次の瞬間。ボフッという音と共に大亀が爆ぜる。庶民の家が四軒分はありそうな巨体が爆発したのだ。結界の内側には血と肉片と砕かれた甲羅が張り付いてしまって、結界の中を窺えないほどだ。いや、これだけの惨事だ。結界の中心には何も無いことが想像できる。
「やってくれるねぇ。倒せないと川に落としても、討伐したとしても、橋を落とされるということか」
「シルファ。よくわかったな」
ランドルフが剣の鍔をカチリと言わせながら橋の上に現れた。私の目にはランドルフの動きが見えないが、何かしてきたのだろうと予想ができた。
「まぁ、何度かやられたからね。急激に魔力が上昇する直前に、相手の魔力が無くなる現象が起こる。恐らく、爆ぜるための仕掛けに魔力がすべて吸われるのだろうな」
説明しながら、私は結界をそのまま浮かせて、谷の中で解除する。中身はモザイクが必要なものだったから、そちらには視線を向けずに、ランドルフに向けた。
「それで、何を仕留めてきたのだ?」
「怪しい奴らがいたから、足の腱を斬って動けないようにしてきたが、どうする?」
そのランドルフの言葉に、私とザッシュが微妙な顔になる。
「何か問題だったのか?」
「はぁ、ランドルフ。次からは、魔力を使えない状況にするか、移動できないように結界付きの牢に入れるかするようにしたほうがいい」
「え?」
「多分、それでは逃げられている」
私の予想では隣国は空間転移を使えるとみている。だが、空間転移は簡単には扱えない問題があるのだ。恐らく隣国はその問題を何らかの方法で解決しているのではないのだろうか。
これは、私の予想であって、言葉にはしない。なぜなら、いつでも隣国の兵が侵入可能だと言っているようなものだからだ。しかし、空間転移に何かしらの条件があると私は見ている。そうでなければ、この国はあっという間に隣国に呑み込まれているだろうからな。
私は落ち込んでいるランドルフの背中をたたいで進むように促す。
「まぁ、あとはザッシュの父上に任せておこう。あの御仁は陛下の懐刀でもあるからな」
「リリア様。父はそんな役職ではありませんよ」
……懐刀って言葉はなかったよ。はぁ、気をつけているのに、またやってしまった。
「我々は先に進もう。ここまで手の込んだことをして、私の妨害をしたのだ。早く戻った方がいいだろう」
そうだ。さっさと進むべきだ。
私は二輪車を空間収納から出す。
ランドルフに乗るように促せば、何故か私を抱えながら、二輪車にまたがった。お……思い出した!
「あ! ちょっと待て! ザッシュ! 騎獣の購入……って出発するな!」
私はサイエイラで騎獣を購入しようとザッシュと相談するつもりだったのだ。それなのに、この騒ぎですっかり忘れてしまっていた。
ザッシュの奴、絶対に聞こえていたのに無視をしたな!
前を走るザッシュを睨みつける。こんな二人乗りは想定していない!
それにしても、通行止めになっていたため、王都から西に向かう者たちが皆無だ。だからか、出力全開で進んでいるな?
私のゴーグルはランドルフに渡しているため、私は目を開けられないのだが? はっ! そうか私の前方に小さな結界を出せばいいのか。
私が手のひらサイズの六角形の結界を空気抵抗があまりないように、並べているとランドルフから話しかけられた。いや、念話で声を掛けられた。
「シルファ。話の続きをしてもらえるか?」
「え? 何の話だ?」
あれか? 大亀が爆ぜた話か? それとも、怪我を負わせただけでは駄目だという話か?
「十二年前の話だ。護衛を二手に分けた続きをだ」
おや? あんな、血生臭くて、人の思惑が絡み合って、死神に取り憑かれたような話を聞きたいと?
「これは今から立ち向かう敵の話なのだろう?」
「そうだね。敵の話でもあるし、胸糞悪くなる話でもある。残った護衛四人と私とで領都奪還を計った無謀な話の続きを語ろうか」
五人で何ができるか。
まずは領都の状況確認だ。どれほどの者たちが逃げられたのか。生き残っている者たちはいるのか。敵はまだ領都に残っているのか。
この地を治める父の生死不明という状態は、敵にいいように蹂躙される可能性がある。
ならば、仮当主として私が立ち、領民を導いていかなければならない。
最初に、領都の北側の壁となっている廃坑の山を確認することにした。恐らく敵はここから侵入してきたはずだ。
ならば、侵入経路を確認し、敵の目的を知る。
「結局、あいつ何も知らなかったですね」
マルクが血の気のない顔色をしながら、獣道と言っていい山道を歩いている。だが、その言葉に答える者は誰もいない。
「一口、食べさせて、そのあとお預けさせて、情報を吐くのかどうかって、お嬢様は鬼畜ですね」
だが、そんなことも気にならないのか、一人喋っている。鬼畜と言われた私は、黙々とザッシュの背中についていっていた。そして、レントはこの場にはいない。斥候として、目的の場所を見に行ってもらっていた。
「それで何も出てこないとわかると、首を切り落とすなんて……うっぷ」
「黙りなさい。背後から刺しますよ」
殿を任せているアランが、黙らないと後ろから刺すと脅している。死にかけてもこの状況が理解できないのだろうか。
いやもしかしたら、死にかけたことで、危機感という物が、欠落してしまったのかもしれない。
「お嬢様」
レントが戻ってきた。その声にザッシュの足が止まる。
「どうだった?」
「炭小屋を模した坑道の出入り口は壊されており、その近くの猟師小屋には、領兵に偽装した者たちが潜んでました」
「またか。隣国訛の領兵か?」
「はい」
この報告にとても嫌な予感がしている。領地の内情が隣国に漏れている。これは、領地内部の情報を売った者がいるということだ。
坑道は普通では行き来はできないが、領都の北側に繋がるため、坑道とわからないようにしていた。そして、そこの見張りとして猟師小屋を置いていた。
この分だと、別の北側の見張りもやられていることだろう。
「アラン。ブツブツ言っているマルクを連れて、北側の見張り小屋をすべて潰してこい」
「……マルクを置いて、私一人で参ります」
「アランの剣の腕は認めているが、魔術師相手だと分が悪いだろう? マルクを連れていったほうがいい」
私がそう言うと、アランは渋々という感じで、マルクの背を剣の柄でつつきながら、歩かせていた。
「お……お嬢様! お嬢様より鬼畜なアランと一緒なんて……」
「背後から首を切られたいですか?」
「ひっ!」
まぁ、情報を引き出そうとして結局何も知らなかった敵の首を落としたのはアランだからな。
……そう言えば、マルクがアランと離れて水場に行ったのは、アランと何かあったからだろうか?
私達と別の方向に向っている二人を見ながら、後で双方から詳しい事情を聞いておこうと思った。
「お嬢様〜! 俺、殺されま……」
「黙りなさい!」
さて、これで静かに移動ができる。
「女辺境伯ってヤバイ奴らしいぞ」
「え? 俺は隊長が話を盛り上げるために10倍ぐらい盛っていると思っているんだが?」
「じゃ、あの大亀をどうするか賭けないか? 俺は1時間ぐらいで倒すに賭ける」
「俺は丸一日だ。あんなモノ普通では、たおせないだろう? 一日経って諦めるだ。で何を賭けるんだ?」
「それは……ぐっ! なんだ? 今の音は! それに衝撃波で一瞬意識が飛んだぞ!」
「なぁ。あの大亀ってひっくり返るものか?」
「ウソだろう? ひっくり返っているなぁ……自爆させて、さっさとここから去ろう」
『お前たち、その言葉はアステリスの者か?』
「ひっ!」
「悪魔!」
こうして、ランドルフ君に見つかっていました。