第21話 む? 何が煩悩なのだろう?
「それはおかしくないか?」
私が昔語りしていると、ランドルフがおかしいと言ってきた。さて、何がおかしいのだろうか?
「何処がおかしい?」
「護衛が、護衛する貴族を残して去っていくなど、あり得ないだろう」
これが普通の場合なら、叱咤するところだ。しかし、護衛を二手に分けなければならなかったのも事実。
「弟たちについて行ってもらう護衛が必要だったからな」
「それなら、シルファが頼んだ三人だけでよかったはずだ。残りの者たちがシルファを置いて去る理由にはならない」
それも正論だ。だけど、ここにも貴族という難しさが絡んでくる。
「あの時点では、私は辺境伯位を継ぐ者ではなかったからな。危険な敵がいるようなところに、無謀に突っ込んで行く私について行くより、跡継ぎである弟たちの護衛を勤めて、次期当主の護衛を勤めたという経歴が欲しかったのだろうなぁと」
私は別にそのことには怒ることはない。何故なら、次期当主はミゲルと決まっていたのだから。
「今もそいつ等は、シルファの護衛隊にいるのか?」
ん? 誰のことを言っているのだろう? 確かに十二年前から護衛としている者もいる。
「ザッシュを除くとレントとアランとマルクのみだな。残りは全員が死んだ」
「死んだ?」
あれは何処だったかな? あの頃は私自身のことで、いっぱいいっぱいだったから、覚えていないな。
ザッシュなら知っているだろうか。念話を使って話しかける。
「ザッシュ」
「何かありましたか? リリア様」
「別に何も無いのだが、ランドルフに十二年前の話をしているのだが、弟たちが避難していたところは何処だっただろうか?知っているか?」
「ベルアルザです」
「ああ、そうだった。鉱山の街ベルアルザ」
彼らは私が言っていたガトレアール領の領境近くの村ではなく、人の出入りが激しい鉱山の街に弟たちを連れて行ったのだ。
「そいつ等は、主であるシルファの命令を無視したということか?」
「うーん。ミゲルから聞いたことによると、ミゲルが領都から離れるのが嫌だと言ったらしいから、ミゲルの言葉を聞いて選択をしたとも言える……」
私はあの時点で、私の護衛を辞めて弟たちについて行って欲しいと言ったので、主であるミゲルの言葉を聞くことは間違ってはいない。
ただ状況的に人の出入りが激しい街の滞在を主が望めば、護衛としてはそれを諭して、隠れ住むように促さなければならなかった。
「リリア様。お話中、申し訳ございません」
「どうしたザッシュ」
移動中は最低限しか言葉を話さないザッシュが声を掛けてきた。何か問題が起こったのだろう。
「何やら前方が詰まってまいりました。このままでは前に進めなくなりそうです」
ザッシュの言葉にランドルフの背後から顔を覗かせて前方を見る。顔に当たる風の圧に目を細めながら確認すると、確かに道いっぱいに馬車が並んでいるように見える。
前方で馬車が横転したか?
「ザッシュ。道の脇を通って行ってくれ」
「かしこまりました」
するとザッシュは、整えられた道路を外れて、草が生えている地道を走り出した。
二輪だと、こういう場合に道路から外れたところを走行できるのが便利だ。
法律が整備されてしまえば、違反になってしまうが、まだ二輪車に対する法は整備されていない。
その後にランドルフが続いて行く。ガタンと振動が身体に響いて、ガタガタと身体を揺らしていく。
これは思っていた以上に後ろは不安定だ。
先程まで整っていた道だったから、私は普通にランドルフの後ろに座っていたが、この振動は私の腹筋と太ももだけでは、つらいな。
「ランドルフ。後ろが不安定だから掴まってもいいか?」
「ああ」
了承を得たので、ランドルフのお腹に手を回す。
……そう言えば、前世の記憶に子供の頃、父にバイクの後ろに乗せてもらったことがあったな。ヘルメットが重すぎて首が痛いと文句を言ったとふと思い出した。
あの時は、手が回らずに父のポケットに手を入れていた。
「シルファ……む……」
ずいぶん昔のことを思い出していると、ランドルフのうめき声のような念話が聞こえてきた。
「む? もしかして、重かったか? 体重を乗せすぎていたか?」
身体を支えるために、ランドルフに掴まったつもりだったが、身体を預け過ぎてしまった?
少し身体を離す。となると、体勢がきついからランドルフの前に回していた手を離した。
これだと、先程の不安定なときと一緒だ。
まいったなぁ。後ろに座席をつけたのは、前世の記憶にあった姿を模しただけで、実際に使おうとは思っていなかった。使うのであれば、何処かに身体を支える取ってぐらい付けたのに。
「シルファ。大丈夫だから、掴まってくれていい」
「いや、操縦の邪魔になっては駄目だしな」
これは乗る者を選ぶように、高魔力と安定的に魔力を出力できる者が操縦できるようにしてある。
私の体重の所為で操縦ができないなんてことは避けなければならない。いや、取り敢えず、次の街までは運転してくれ。
「いや、ちょっと煩悩が漏れてしまっただけだ?」
「ぼんのう?」
何の話だと内心首をかしげていると、突然ガクンっと身体が揺れたあと、おしりが浮かんだ。太ももに力をいれて踏ん張るも、思っていた以上の段差があったのか、踏ん張れない。
やばい、これは放り出される。
咄嗟に、目の前の大きな背中に手を伸ばす。
すると、ランドルフから左手を伸ばされ、引き寄せられ、二輪車の座席に戻ることができたが……
「何故に前? これ絶対に操縦しにくいだろう!」
そう、何故かランドルフに抱えられる形で、前の座席に座っていた。正確にはタンクを模した魔力増幅器がある場所の上にいる。確かにスペースはあるけれど、ここは座るところじゃない。
「シルファが後ろから居なくなってもわからないから、前の方がいい」
「いや、でもな」
「色々な理由で、前の方がいい!」
何かよくわからないが、強い口調で言われてしまった。仕方がない。
このタンクは模しているだけだから、さわれるか。重要な部分は動力部につながる増幅安定装置だ。
手に魔力を込めて、タンクの座席側をググっと押し込む。少し平らになったから、座りやすくはなった。そして、押し出されるようにタンクの前側が取っ手のように飛び出してきた。ちょうどいい。
だが、私が前に座っているなんて、絶対に邪魔だと思う。次の街に着いたら、ザッシュに相談してみよう。
騎獣を購入しようと。
しかし、この馬車の列はどこから続いているんだ? 徒歩の者や騎獣に乗っている者たちは、止まっている馬車の間を抜けて進んではいるが、その者たちの顔には不安の色が浮かんでいる。
いや、徒歩の者も騎獣に乗る者たちも詰まりだして、私達が通っている道ではない方に広がっていっている。
徒歩の者たちまで止められているなんて、異常事態だ。何が起こっている?
「ザッシュ! 速度を上げてサイエイラに急げ! これは橋を封鎖されているかもしれない」
サイエイラ。防衛の機構として川を利用している街の名だ。
人の足まで止められているとなると、橋が封鎖されている可能性がある。サイエイラの橋が使えないとなると、大幅に日数のロスが発生する。
王都と西側の各領地を結ぶ橋が封鎖など、普通ではあり得ない。できれば、当たってほしくない予想だ。
「了解しました。出力全開でもよろしいでしょうか?」
「……人を引いたら駄目だから、速度は抑えようか」
出力全開は人がいるところは駄目だからな。行きに、飛び出てきた魔物を引いて、ミンチにしてしまったぐらいの威力がある。
「はっ! 全力で参ります。ランドルフ様ついてきてください」
「ザッシュ! 出力全開と全力って何が違うのだ! っつ!」
私がその言葉の違いを問いただそうとしたところで、私の身体に加速する力が加わり、後ろにいるランドルフにぶつかってしまった。
「ランドルフ。すまない」
「いや、こういうことがあるから、前の方がいいだろう?」
言われてみればそうなのだが、加速すると身構えていたら、こんな醜態はさらしてはいない。
そして、ものの数分で次の街であるサイエイラにたどり着いた。だから、最大出力と全力の違いはなんだ!
結論から言えば、街の門自体が閉じられ、街にすら入れない状態だった。その人垣は、街を囲むように広がっている。
「ザッシュ。ランドルフ。そこでちょっと待っていてくれ、権力をさらして強引に通してもらえるように交渉してくる」
「リリア様。護衛を置いていくことはなりませんと、何度も言っていますよね」
「シルファ。夫の俺を置いていくってどういうことだ?」
……だってさぁ。ただでさえ王族の血が入っているんだから言うことを聞けと脅そうと思っているところにだ。厳つい三白眼のおっさんとヴァイザールの魔眼のランドルフが背後にいるのだ。
絶対に過剰な脅しになるだろう?
私が二人を説得しようと思っていたら、ザッシュは乗っていた自動二輪車を自分の空間収納にしまって、こちらに近づいてくる。
まぁ、そのまま街の中に通してもらえればいいか。
私とランドルフは二輪車を降りて、その二輪車に手をかざしてしまう。そして、どう見ても王族の血が入っている私が人垣に向って歩いていく。と、どうなるか。
モーゼの海の如く、人々が慌てて頭を下げて道を開けてくれる。
ここはまだ王家の直轄地だ。王族の血というものがどういうものか人々に教え込まれている。
母が王妹で在り続けるかぎり、人々の目は私の姿を母と混同させることだろう。
「急いでいる。橋を渡らせてもらえないか?」
私は門を守っている門兵に声をかける。彼らにそんな権限はないのはわかりきっている。
だが、王族の者がこの場にいることを、上の者に知らせてくれればいいのだ。
すると、門の脇にある扉から、別の者が現れた。おや? 珍しい。
「リリアシルファ様、お久しぶりでございます。こちらへどうぞ」
「ディランファルザ様。ご無沙汰しております」
扉から現れ、私を街の中に招き入れてきたのは、白髪混じりの金髪に堀が深い顔立ちで、三白眼が印象的な、体格の良い厳つい壮年の男性だった。そう、よく見覚えのある三白眼の視線が突き刺さる。
その身近にいる者とよく似た壮年の男性について、門の脇にある小さな扉の中に入っていく。
薄暗い門の中を通り抜ければ、いつもは活気に溢れいる街が、喪に服しているかのように、静かだった。
「ここはディランファルザ様の管理下の街ではありませんでしたよね?」
「そうですな。私が任されている地はもう少し北側ですね」
「いつも言っていますが、ディランファルザ様も王族なのですから、私に敬語など使わないでください」
そう、このディランファルザは見た目でわかるようにザッシュの父親だ。ということは現王とは従兄弟にあたり、高祖父の代で交じる血筋の方だ。
私に敬語を使う必要はない。
「はははっ! ロズイーオンの血は特別ですからな。息子はこき使ってください」
「ザッシュにはいつも助けられている」
何気ない話をしながら、街の端である川が見える場所までやってきた。とても深い谷が一番に目に入ってくる。そして、街と霞んだ対岸を繋ぐように、橋が渡っている。
そして、その対岸には大きな山があった。山? この辺りは平地が続いているため、山なんてなかったはずだけど?
「あれはなんだ?」
「二日前ほどから大亀が居座っているのです」
「二日前? 私がこの街を早朝に通ったときは何もなかったが?」
「恐らく、そのあとでしょうなぁ」
私が早朝に通り過ぎた後に? そもそも、水辺があると言っても大亀はもっと南側の地域にいる巨大魔獣の一種だ。
こんなところにいる生物じゃない。
「私の方に陛下から、どうにかならないかと昨日連絡を受けて、まいったのですが、変異種のようで手間取っているのです」
ザッシュの父親ということは、剣の腕が立つのはわかる。そして、六十歳に近いだろうと思われるが、それを感じさせない体つきから、国王陛下からそれなりに信頼を得て依頼されたのだろう。
「代わりに、倒していいか? 急いでいるんだ」
「変異種ですが?」
「戦力には問題ない」
ディランファルザは私を見た後、背後の二人に視線を向けた。そして、ある方向で視線を止めて、ほうっと頷く。
「ヴァイザールの魔眼ですか。良い人選ですなぁ」
いや、ランドルフはシスコンの叔父上が選んだ人選だ。
ランドルフくん。シルファちゃんに背後から抱きつかれてドキドキ。
「む……(胸が当っている!)」
口に出すのを何とか止めたランドルフくんでした。