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第20話 護衛とは何か


「ザッシュ。一休みしたあと、領都に戻る。この感じだと、父はメルドーラに来ていなかったようだ」

「そうですね。予想ではありますが、敵に待ち伏せされて襲撃されたように見えます」

「待ち伏せ?」

「この場合は普通は奥にではなく、外に助けを求めるはずです。これは既に敵に周りを囲まれていたということではないのでしょうか?」


 言われてみれば、この先は行き止まりだ。逃げ場などない。恐らく瞬時に機転を利かせて、弟たちだけでも生かそうとしてくれたのだろう。




 眠ったままの弟たちを私とザッシュとで運んで、食料庫に戻ると、そこには八人の護衛が揃っていた。


 あれ? ザッシュは街の様子を見に行かせたと言っていなかったか?

 しかし、皆の顔色が非常に悪い。


「サーラとセレスは弟たちを頼む。眠りの魔術を使われているが、傷はないようだ。二人は途中で寄ったトゥリアの村まで戻って、弟たちの魔術を解いて、世話を頼む」


 いつまでも眠らせておくわけにはいかない。食事を取らないと衰弱死してしまう。特に生まれたばかりのエリーにはミルクが必要だ。


「リリアお嬢様。トゥリアの村よりも手前にフェルトの町があります。そこでは駄目なのでしょうか?」


 町でもいいのだが、こういう場合は村の方がいい。


「村の中は顔見知りばかりだ、侵入者がいればすぐにわかる。そうだな。ここの食料庫の食材を……食べ物に手をつけていない?」


 戦いとなれば問題となるのが兵糧だ。敵の陣地を奪い取れば、そこから食料など根こそぎ奪っていくはずだ。

 となれば、食料の調達が必要なかったということなのか?


「あ、リリアお嬢様。こちらも不可解な点がいくつもあったのです」


 皆を代表してレントが言葉を発した。不可解な点というものが、皆の顔色が悪い原因なのだろう。


「なにだ?」

「実は襲撃を受けたにしては、街の中が殆ど破壊されていないのです。しかし、街の住人すべてが全滅してます」

「は? 全滅? ここははっきり言って、一個師団規模の兵がいるのだぞ? それが全滅?」


 あり得ない。街を破壊しないで全滅だなんて、毒ガスでも撒かれたかのようだ。


「死体は無傷なのか?」

「いいえ。すべて首を切られています。道で倒れている者も、室内で寝ている者も、食事を食べている者も、まるで時を止められて首を切られたかのような有り様です」


 時を止められたように首だけを落とされた?そんな時に干渉する魔術なんてないはずだ。

 あったとしても、膨大の魔力に時を戻したときの反動が計り知れないだろう。言っては悪いがこんな街一つを潰すのに使うより領都襲撃時に使うべきだ。だが、私に通信が来たということは時の干渉はなかったと思われる。


「それで全滅か。敵の目的が全くわからないな。他に痕跡はなかったのか?」

「あったのは隣国アステリス国の国旗が中央広場に突き立てられていました」


 そう言って星状のマークの中央に女性の横顔が描かれた旗を私に見せつけてきた。

 隣国が攻めてきたことを示す証拠だ。


 だが、あの者たちが領都まで気配を感じさせることなく、進軍してくることが可能なのだろうか?


「頭の片隅には入れておくが、偽装工作の可能性もある」

「はい。我々の意見も同じです。宣戦布告をされたとも聞いてはいませんし」


 そうだよな。宣戦布告されていないよな。

 戦争にも手順というものが存在する。それを行わないとただの賊でしかない。


「はぁ、考えてもさっぱりわからない。取り敢えず、ここの食材を持ち出してアランとマルクと合流後に食事にしよう。腹は減っては戦はできぬと言うからね」

「リリア様。それはどこで言われているのですか? しかし、お腹が空いていては戦えませんね」


 またザッシュから、そんなことは言われていないと、言われてしまった。



 メルドーラ中の死体をどうこうするのは、この人数ではできないので、この建物内だけの死体を布でくるんで、食料庫に運んだ。恐らくここが一番涼しい。


 そして、来た地下道を戻って、地上の光が届くところまで戻ってきた。


「リリアお嬢様。ご無事で何よりです」


 私が崩したところが丁度きれいに斜めに崩れており、登りやすくなっていた。

 護衛のアランの手を借りて、地上に戻る。


「何もなかったか?」

「はい。異様なほど静かなものです」


 これは領都から逃げる者もいなかったということだな。いや、既に六日も経ってしまっているから、この感じだと領都の方も絶望的だ。


「マルクはどうした?」


 周りを見渡しても、二人で残るように言ったもう一人が居ない。なんの為に二人でここにいるように言ったと思っているんだ。


「騎獣の飲水の確保をしに近くの川で水を汲んでくると」

「バカか!ザッシュ。今すぐ勝手な行動したバカを連れて帰って来い」


 非常時だから騎獣の飲水は魔術で出すように言っていたはずだ。


「アラン。レント。行って来い」


 私はザッシュに命じたのに、ザッシュはアランとレントに任せた。まぁ、私の護衛が最優先だと言いたいのだろう。


「あの……リリアお嬢様が騎獣の世話を頼んだのではないのですか? ですから、マルクは水を汲みに行ったのだと思います」

「サーラ。人が生きるためには水が必要だ。ということは敵がいる可能性もある。ここは深い森だ。メルドーラに逃げてくる者たちを始末するために潜むにはいい森だ」

「リリアお嬢様。そのような言い方は……あまりにも……」


 父は私に女性の護衛も必要だと付けてくれたが、護衛となったからには、感情を最優先してはならないと、何度も言っていたのに、このような状況になっても理解してくれないとは……人には、不向きがあるので仕方がないか。


「サーラ。セレス。騎獣に食料をくくりつけて、今すぐここを立て、弟たちを頼むぞ」

「え? リリアお嬢様?」

「早くしろ。そのまま私の護衛を解雇する」

「そ……そんな! 私は幼い弟と妹の為にお金を稼がないといけないのです!」


 この場において、自分のことしか考えられないのか……ザッシュから今にもサーラの首を切り取りそうな気配を感じるな。

 これはザッシュの教育の問題だぞ。その人の性格もあるだろうが。


「弟たちの護衛になってくれ……そうだな、二人だと心配だから、ゴルドもついて行ってくれ」

「俺も解雇っすか?」

「なんだ?解雇して欲しいのか?」

「はっきり言えば、死にたくねぇかな。命令されれば、リリアお嬢様に従うが、隊長の言う通り王都に居たほうが良かったんじゃねぇかと、俺も思ったね」

「そう、いいよ。この場にいる者の中で、私にこれ以上付き合いたくないという奴は、弟たちの護衛にまわればいい、臆病が悪いとは言わないよ」

「臆病だって! 俺達はリリアお嬢様のおもちゃじゃねぇ! 俺達にも家族がいるんだよ」

「知っている。だから生き残る選択肢をすればいいと言っている」


 なんだ……私が護衛をおもちゃのように扱っていると思われていたのか。好き勝手にしていたから、そう思われても仕方がないこともある。


「ザッシュ。そう怒るな。私は一人でも事を成すよ。さて、さっさと行くといい」


 私はそう言って、アランとレントが消えていった方に足を向ける。私の後ろには機嫌がすこぶる悪いザッシュがついてくる。


「リリア様。申し訳ございません。私の教育不足です」

「まぁ、いいよ。このように命が掛かった場では、人の本性という物が現れやすい。信頼を置けないものに護衛されて、後ろから刺されても困るからな」


 しかし、やはり川に敵が潜んでいたようだ。先程マルクの魔力探知が途切れてしまった。

 アランとレントは間に合わなかったようだ。


「ザッシュ。敵は逃さず皆殺しにする」

「はい」

「援軍を呼ばれても厄介だ。森の西側全体に結界を張ろう。中の者を逃さない結界だ」

「それ失敗作だったと聞きましたが?」


 失敗作。だけど、使い方は色々ある。


 森の半分に薄く広く私の魔力を伸ばす。そして、一気に魔力を練り上げる。


「『絶対不可侵(アエルフィカ)』」


 結界だが、どのような物だろうが、結界の外に出ることも入ることもできない不完全な魔術だ。そう、空気でさえ。

 空気が通る隙間を作るのを忘れていて、下手すると窒息死するという結界だ。

 使えない。だが、こういうときにはいい。敵を外に出さない結界として使う分にはだ。


「リリアお嬢様」

「レントか。わかっている。今から敵を一掃する」

「申し訳ございません。私がマルクを止めなかったばかりに」

「アラン。今は非常時ということを、忘れるな」


 これも仕方がないことだ。軍人となれば、厳しく教えられるだろうが、この者たちは父が、娘の奇行につきあわされる者たちを用意しただけに過ぎないのだから。


「お前たちは後方に敵が居ないか見張っていろ」


 それだけを言って、私は走り出した。

 一つの動かなくなった死体を囲んでいる者たちに向って、剣を奮う。その斬撃に二つの首が飛んでいく。


「何者!」

「子供?」


 私の姿を見て困惑している者たちの中心に入り、両手に持った剣を円状にぐるりと振り回す。


 ちっ! 一人に塞がれた。

 そして、私は横に飛び退くと、私がいた場所に鈍色の光が通り過ぎる。

 魔術師か。


「私を置いて行かないでくださいと何度言えばわかってくれるのでしょうか」


 そういいながら、ザッシュは魔術師を切っていた。


「仲間がまだいるのか!」


 逃さないよ。

 私は逃げ出そうとしている者の足元に向って、光の輪を投げつける。


「『捕縛(カプペルノ)』」


 母の侍女のマリエッタの技を模してみたけど、マリエッタほどの精度にはならなかった。だけど、捕まえるだけなら効果は抜群だ。


 そして、私は隣国のアステリス国訛の言葉を話す、ガトレアール領軍の軍服を着た者の頭を押さえ、地面に押し付けた。


「捕まえた。ザッシュ。この者から情報を引き出せ。勿論、私が聞き出していいのなら、新しい魔術の実験体にしたいなぁ」

「リリア様。瞳が赤く光っていますよ。落ち着いてください」


 ザッシュに指摘されて、瞬きをする。はぁ、自分では落ち着いているつもりだったけど、苛ついていたらしい。


「リリアお嬢様。潜んでいた奴らを、始末してきました」

「私も五人ほど始末しました。どうも小隊規模が潜んでいたようです」


 この場には十人いた。小隊ということは……足りなくないか? レントが五人倒したということは、五人ごとの班に分かれて、森に潜んでおり、二十人がいたってこと?


「ザッシュは何人倒したのだ?」

「十一人です」

「それなら、そんなものか。さて、お前はどこの誰だ?」


 私の代わりにザッシュが敵兵を押さえてくれた。地面に押さえつけている者の姿はどう見ても領兵にしか見えない。


 マルクはこの姿に騙されたのだろう。

 領兵の生き残りが居たのだと。


「誰が言うものか!」

「え? 私の新しい魔術の実験体になりたいって?嬉しいなぁ。今、回復魔術に凝っていて、人ってどこまで回復できるのか試したかったんだよね。それとも自白して温かい食べ物を食べるのとどちらがいい?」


 私は空間収納の指輪を振って、大きな鍋を取り出す。

 そして、その鍋の蓋を開ける。すると肉と野菜がたっぷり入ったシチューの匂いが漂ってくる。


 これこそ空間収納の指輪に時間停止の魔術をかけたからこそできたことだ。これが凄く苦労したんだよ……ここで話すことではないな。


 すると、ぐーという腹の音が聞こえてきた。その方向に視線を向ける。


 レント。何故、お前の腹がなるんだ?




 私たちは騎獣を待機させているところまで戻ってきた。

 これからどうすべきかと考えている私に、そんな私を三白眼で見ながら火を起こしているザッシュ。口元を押さえているアラン。さっき手づかみで取っていた川魚に串を差しているレント。

 青い顔色をしながらフラフラしているマルク。


 私の回復実験はマルクに行った。虫の息だったが、死にかけていたマルクは、動けるまでには回復できた。

 だが、失った血は元に戻らなかったようで、フラフラしている。


 そして、この場には五人しかいない。他の者たちは弟たちの護衛についたのだろう。


「リリアお嬢様。他の者たちがいませんが、どこに行ったのでしょう?もしかして、他に敵が?」


 レントがザッシュが川魚を熾した火で炙るように地面に串を突き刺しながら聞いてきた。


「ん?私にこれ以上付き合ってられないからというから解雇して、弟たちの護衛になってもらった」

「は?解雇?」

「死にたくないと言われたら、そうだなとしか言えないからな」

「今までリリアお嬢様から受けた恩恵を、無碍にしたということですか?」


 口元を押さえているアランが聞いてきた。

 うーん。さっき領兵に偽装していた者に行ったことが、駄目だったのかな? でも、私はきちんと約束は守ったよ。


 しかし、私からの恩恵と言われても、私に振り回されただけだろう。


「この剣も普通の剣でなくて、個人に合った魔剣です。普通に買えば、私の給金十年分など簡単に吹き飛ぶぐらいです」


 あ、魔剣ってかっこいいよねと言って作ったやつだね。


「この空間収納の装飾品も便利です。こんな長旅にも関わらず、手持ちの荷物がなく、私の役目としては、とてもありがたいです」


 レントは斥候の役目を担ってもらっている。武器がしまえるのがいいと喜んでくれたな。


「私はリリアお嬢様が怖いです。なぜあのようなことを普通にされるのか、理解できません」


 青い顔色をしたマルクから私が怖いと言われてしまった。私が怖いか。

 理解できなくても、必要なことであるなら、私はためらわずに行うだろう。


 領地と領民と秤にかけて、必要だと思ったことは、鬼と言われようがするよ。



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