第19話 絶望の中の希望
「いいか! できるだけ早く領都に着くことが最優先だ。だが、本当の戦いはそれからだ。最短で無理をしない行程管理をレントに任せる」
私は偉そうに言っているが、私の前に整列している者たちは十歳以上年上の者たちばかりだ。
この十人の者達は私の護衛という名の父の命令で、私につけられた可哀想な者たちだ。
そして、レントと呼んだ者は、身軽な格好をした細身の男性だ。
「はっ!」
こんな小娘の命令を聞かなければならないのは癪かもしれないが、彼らの雇い主は父だ。
父が私に付けと命じたので、職に準じているだけだ。
本当に私が命じられるのはザッシュのみ。だが、辺境伯の娘として威厳をもって彼らに指示を与えなければならない。
「リリア様は私と同じ騎獣に乗ってください」
「え? ザッシュと一緒の騎獣?」
私は背後に立っている巨漢を振り返って、嫌な顔を向ける。こんなむさ苦しい重量ブツと一緒に騎獣に乗らなければならない不満の顔だ。
「私一人で乗れる」
「リリア様。領都に戻るというのであれば、これが条件です」
「ちっ!」
ザッシュは王都から私を出したくないのだろう。ザッシュは護衛という名のお目付け役なのだから、何か不都合が生じれば、すぐに王都に引き返す算段なのだろう。
「わかった。それでいいから、すぐさま出立だ!」
そして、私達は六日かけて領都への帰路についたのだった。
六日かけてたどり着いた領都は、遠目から見ても、黒煙が上がっており、領都は壊滅的だと予想できた。
王都と領都は遠い。
六日もあれば、背後を突かれた領都などあっという間だったのだろう。どれだけの者たちが生き延びて逃げてくれたか。
「ザッシュ。メルドーラに向かってくれ、父が無事ならそこに向って、領都奪還の指揮をとっているだろう」
あの父なら機転を利かして、領民を逃がし、メルドーラに向かっただろう。領都に一番近い街で、一個師団を常駐させているからな。それにメルドーラは街と言っているが、兵の訓練施設を集めたところなので、街の殆どの住人が領兵だ。
そんなところを敵は襲撃してこないだろう。
敵の目から隠れるために、深い森の中、人の目につきにくい場所を選んで進んでいく。
そして、森の木々の隙間からメルドーラの街を囲む高い外壁が見えてきた。
「止まれ!」
私は護衛たちをこれ以上進めるのを止める。
「リリア様?」
私の頭の上からザッシュの声が降ってきた。その声を私は手を上げて止め、遠見の魔術で、外壁の上を見る。
いつもは見張りがいるはずの外壁の見張り台に人影がない。
「これは思っていた以上に状況が悪い。敵の目的はなんだ? ガトレアールの壊滅か?」
メルドーラも陥落しているとは、いったいどういうことだ? ここが落とされるなんて、想定外も想定外すぎる!
「リリアお嬢様?」
後ろの方からの声に視線を向けると、護衛たちの不安な顔が見えた。
これ以上進まず、私が警戒していることが、彼らの不安を更に高めているのだろう。
「私の愚策の失敗だ。敵を引かせられると思っていた言葉が、逆効果になってしまったのかもしれない」
「リリア様。これはどうみても計画的でしょう」
「そうなのか? ザッシュ」
「ここから見るかぎり外壁等が崩れた様子がありません。一見いつもと変わりません。唯一違うことが、見張りが居ないことのみです。リリア様の考えすぎということもあります」
ザッシュは考えすぎだと言ったけど、私はそうとは思えない。この非常事態に、見張りがいないことが異常すぎる。
しかし、私の思い込みというのもある。
「わかった。地下道から侵入する」
「リリア様。この近くには地下道への入口はありません」
そんなことぐらい理解している。メルドーラは軍の施設が集められて、戦う要塞としての役割がある。ここが落とされることは想定されていないし、そんな重要な街に潜みながら侵入できる入口なんてない。あるのは領都から、もしものときにメルドーラに逃げるための地下道だ。
「そんなもの、この下を壊して地下に侵入するに決まっている」
「リリアお嬢様。めちゃくちゃです」
「そもそもどこに、地下道が通っているかわからないではないですか」
護衛たちは批判的だ。上から見えないところをどうやって掘り当てるのかということだ。それには微妙に印があるのを、以前発見した。
「地下道に繋がる空気穴がところどころに空いているのだ」
領都からメルドーラは、隣の街といってもそれなりの距離がある。空気の通り道は確保されている。
「そこの石の標識。メルドーラはこっちと示しているけど、裏が微妙に壊れている。よく見ると、石の中が空洞なんだよね」
だから、この下ぐらいに地下道が存在する。……と私は思っている。
「ただここで見張りと騎獣の世話をする者が残ることになる。二人ぐらいにお願いしたい」
「で……では私が騎獣の世話を……ちょっと暗くて狭いところが苦手で……」
数少ない女性の護衛であるサーラが騎獣の世話を買って出てきた。が、それは困るな。
「サーラは私と共に地下に潜る」
「いえ、私は暗くて狭いところは……」
「誰かサーラの手をひっぱってやってくれ」
するとクスクスと笑いが起こった。サーラのお陰でいい感じで緊張はほぐれただろう。あまり緊張しすぎてもよくない。
「アランとマルクがここで待機。それ以外は私についてくること」
「「「はっ!」」」
そして私は標識の石の近くに行って、地面をかかとで叩いた。
「『崩壊』」
土や石や岩の形を壊す爆発系の魔術だが、それを細かく地面の下に向って斜めに切るように調整していく。
何も考えずに使うと爆煙が立ち上って、派手に爆発が起こる魔術だけど、調整次第ではそのまま地面が滑り落ちるように崩れる。
そう私が足元の地面と共に下に沈んでいくようにだ。
「リリア様。またおかしなアレンジをしないでください。それどう見ても崩壊の魔術ではないですよね」
ザッシュの声が聞こえたかと思ったら、米俵のように肩に担がれていた。それも、私が気を使った魔術の文句を言われた。
私が崩壊の魔術だと言うのだから、そういうことにしておいて欲しい。
そして、そのまま担がれて地下道を進んでいく。背後からは八人の護衛がついてくるけど、巨体が先に進むから、そんなに広くない地下道で護衛が先に進めない状態になってしまっている。
ザッシュが護衛だからいいのか?
ザッシュに担がれながら、魔術の光に照らされた地下道の中を観察する。
「やはり、ここ数日の間に誰かが通ったみたい」
蜘蛛の巣がところどころ、崩れている。誰かが蜘蛛の巣を壊しながら、この地下道を進んだようだ。が、ザッシュのように背が高い者ってことは護衛か敵兵か、どちらかわからない。ただ、ここを誰かが通ったのは確実だ。
「ふぅ〜。思ったより明るくて良かったです」
「それはリリアお嬢様が明かりを照らしているからだ」
「本当にこの人数でメルドーラ内に侵入するのか? 無謀だろう?」
「まだ敵の手に落ちたとは決まってはいませんよ」
「だがなぁ。たった十人だろう? 隊長は凄い人だけどなぁ。俺達はそこまで強くない」
護衛たちの不安もわかる。何も情報がない状態で、敵地に侵入していることに等しい。
「大丈夫。大丈夫。私が先に外に出るから」
「リリア様。それでは護衛の意味がありません。肉壁にするぐらいの扱いで構いません」
駄目なのか? 私だと、身体も小さいし、出たところに敵がいても対処しやすいと思うのだけど?
「隊長ひでぇー」
「肉壁って……」
「隊長が鬼過ぎる」
ほら、ザッシュの言葉に護衛たちが引いているじゃないか。しかし、出たところに敵がいるとしたら、それはそれで問題だ。
ガトレアールの未来は絶望的だ。
「レント。お前が偵察してきなさい」
ザッシュから有無を言わせない丁寧な命令口調で言われたレントは、肩をとても落としている。
私の頭の上には地上に出られる木の扉があった。見た感じでは、何も問題がないように見える。
この上はガトレアールが所有する建物の室内に出るはずだ。食べ物の保管庫の床に、地下に繋がる扉があるのだ。
肩を落としながら、細身の男性は石の壁にかかっているはしごを登り、片手を木の板に押し当てた。
「上に何か乗っているのか。開きません」
「そんな言い訳は必要ありません」
「く……隊長。死んだら化けて出てきてあげますから」
「大丈夫。リリア様が浄火してくださいますよ」
「リリアお嬢様。魂ごと消滅させないでください」
君たち、しれっと私を貶していないか?
「レントの遺言はきっとリリア様が叶えてくださいますよ。さっさと行きなさい」
ザッシュ。そこを遺言というのは違うだろう。いや、その心構えで立ち向かえということか?
「隊長が酷い」
そう言いながら、レントは強引に上の扉をこじ開け、身をすべりこませながら、地上に出て行った。
しばし待つと、上の木の板が開いた。そこからは青い顔色をしたレントが覗き込んでくる。
「敵は居ないです」
だが、口元を押さえている手が赤いのが気になるな。私はザッシュの肩を足場にしてレントが覗き込んでいる地上に飛び出す。
「リリア様!」
ザッシュに声も聞こえたが、私の視界には予想していたが、できればそうでないことを願っていた光景が広がっていた。
床には血溜まりが広がり、鎧を着たものが倒れており、使用人の衣服を着たものが倒れている。保管庫の出口の扉の壁には赤い人の手形がついており、怪我を負いながら逃げ惑った跡が見て取れた。
私はその扉から出る。
一人二人と廊下の床に倒れており、もう事切れていることが確認しなくてもわかる。
更に進むと突き当りに扉があり、その先の部屋に進む。
「お義母様」
護衛と侍女に守られるように倒れている青い髪の女性が仰向けに倒れていた。ガトレアールの血を残すために父の愛人という地位に甘んじた女性だ。
本来の婚約者はお義母様であり、母と父との婚姻は急遽王家から打診されたと、使用人たちが私にワザと聞こえるように話していたのだ。
その義母の顔が横を向いてそちらの方に手を伸ばしているのが気になる。血の跡は、奥の部屋に続いているのだけど。
「リリア様。後程丁重に弔って差し上げましょう。それから、いつも言っていますが、護衛の私を置いて行くのは、やめてください」
「ああ、皆を涼しい場所に寝かしておいてくれ、それから、私に置いていかれるザッシュが悪い」
いつもの小言を言われたのでシレッと言い返す。
そして、私は更に奥の部屋ではなく、横にある物置の扉の方に向う。
「リリア様。もうこの様子だとミゲル様たちは絶望的かと存じます。街の様子を見に行かせているので、その者が戻り次第、一旦王都に引き返しましょう」
まだ、ザッシュは私を王都に戻すことを諦めていなかった。ここまで来ておいて、それはないだろう。それにだ……
「お義母様は聡明な方だ。弟たちを敵の目から隠してくれているはずだ」
私はそう信じて、両開きの物置の扉を手前に引きながら開いた。
そこから人影がこちらに向って倒れ込んでくる。
「リリア様!」
私はザッシュに子猫を捕まえるように、首根っこを引っ張られ、後方に下がらされた。そして、ドサッという音と共に母の侍女が床に倒れた。
物置の中には母の侍女が潜んでいたが、この者も既に事切れていた。
床には異様に血溜まりが多いと思っていたが、この侍女の血も床に流れていたのだろう。
その侍女がいた狭い物置の床には四角く血溜まりができている。この床の下にも空間があるようだ。
「どこから開くか、わからないな」
既に血が固まっており、床の扉を開く取っ手がわからない。
「リリア様。私が開けましょう」
そう言ってザッシュは強引に床をはぐように、バキっと音をさせながら、床の扉を取り払った。
「リリア様。いらっしゃいました」
ザッシュの言葉に巨漢を押しのけるように、取り払われた扉の中を覗き込む。
そこには血に塗れてるけど、青色の髪が見えた。
ミゲルの腕の中には丸まった布地の塊があり、ロベルトには最近剣の修行を始めたばかりのテオがくっついていた。
よく見ると、呼吸をしているように身体が動いているので生きている。
「よかった。生きている。眠りの魔術をかけられているけど、そのお陰で騒ぐことがなかったから、助かったみたいだな」
弟たちの魔術をここで解いてもいいのだが、まだ安全が確保されていない。
まずは敵を知らなければならない。いったいどこの誰がこのような非道なことをしたのだ。