第18話 十二年前と重なる帰路
白い目をしたエリーを見送ったあと、王都を立つことになった。
言っておくが、私に構いすぎるランドルフが悪い。
そして、私の目の前には二台の黒い物体がある。記憶の奥の何かを刺激する乗り物。大型自動二輪車だ。ここでは、魔道式二輪車という名にしている。
違うところと言えば、ハンドル部分から魔力を流すということか。あとは、燃料タンクが本来ある場所に魔力増幅装置が設置され、駆動部分に魔力を流すようになっている。
それ以外はほぼ一緒だ。あ、排ガスはでないから、マフラーは存在しないな。
「ザッシュ。進めるところまで、今日は進んでくれ」
数日移動するには何も持っていないザッシュに命じる。
「かしこまりました。しかし、街道沿いではあまりスピードは出せませんが……」
街道は人々が街から街に移動するために使用する道だ。だから人々が通行しやすいように、最低限の整備はされている。それに王都から主要都市に伸びる街道は舗装までされているので、人々は好んでその道を通る。
ということはだ、背後から爆走する我々は人々からすれば脅威的だ。下手すると死人が出るかもしれない。
王都から一番近い街まではその街道を通らないとならない。街の横には大きな川が流れており、そこを渡るには街から伸びる橋を通らないといけないのだ。
その街は王都に向って進軍してくる敵を迎え撃つための防衛都市の役目があるので、その街から川を渡らないと、かなり遠回りをすることになる。
王都の防衛にはいいのだが、日常ではかなり不便だと思う。
「ランドルフが慣れる距離だと思えばいいだろう? それにその時点でランドルフの運転に不安を感じたら、その街で騎獣を購入することにする」
私は不安な運転をする者の後ろに堂々と居座るほど、肝はすわっていない。
「シルファ。それには及ばない」
騎獣を購入することはないと言い切ったランドルフに視線を向けると、黒い大型二輪車の横に黒い騎士の隊服を着て立っている。なんとも違和感がない姿だ。歴戦の機動部隊の雰囲気を醸している。
軍部の一部隊だけ魔道式二輪車を運用しているのが、機動部隊になる。そこの者たちと並んでも違和感はないぐらい、様になっている。
「まぁ、今回は長距離テスト走行も兼ねているので、途中で故障したら、どちらにしろ移動手段は変更になる」
どのような手段を使っても最短でガトレアールの地に戻る。それだけを今は考えておけばいい。
私は王都の青い空を見上げてから、振り返ってガトレアールの屋敷を視界に収める。
そこには数多くの使用人たちが、私を送り出すために出てきてくれている。
皆、仕事がまだあるだろうに、外に出てきてくれている。そして、彼らの記憶には昨日のことのように残っているのだろう。皆が暗い面持ちだ。
「エント。王都の方は任せる」
「かしこまりました。リリア様のご武運をお祈り申し上げます」
そう言って、執事のエントは深々と頭を下げ、それに倣うように、背後に控えている使用人たちも頭を下げた。
ご武運をか。
私ができることは限られている。それは十二年前に痛いほど感じたことだ。
「最善は尽くす」
その言葉しか私には答えられない。大丈夫だとか、安心しろとか気休めの言葉なんて言うことはできない。
「さて、皆も仕事があるだろう? 持ち場に戻るといい。それから、エリーにはそんな暗い顔は見せるなよ。あと、ロベルトが働き過ぎだと思うから、気を配ってやってくれ」
皆の仕事の手を止めて見送る必要はないと、手を叩きながら解散を促す。彼らにはいつもどおりの日常を過ごして欲しい。エリーが学園生活を楽しめるように。
使用人たちが居なくなって、執事のエントだけが、この場に残った。まぁ、彼は仕方がないだろう。これが仕事なのだから。
「リリア様。差し出がましいことは重々承知しておりますが、私から一言申してもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
エントは父には色々意見を言っていたが、私に何かを言うのは珍しいな。
「領地での改革のことで、リリア様を悪く言う輩がいますが、リリア様は何一つ間違ってはおりません。全てはこのときのために準備をされていたことだと、我々は存じております」
「はぁ、かなり強引だったと自覚はしている。王族の血という権力を横暴的に使ったのも事実だ。悪く言われることぐらいわかっていたこと、エントがわざわざ慰めの言葉なんて言わなくていい」
十三歳の小娘が辺境伯になってからというもの散々だとか、辺境伯様の血など一滴も入っていないのではとか、頭がおかしい小娘だとか、色々陰口を叩かれているのは知っている。
周りから何度も諌められたのも事実。やり過ぎだと。
「ザッシュ。出発するぞ」
私はさっさと王都を立つことを、ザッシュに促した。
「リリア様。今はお一人ではございません。ランドルフ様はリリア様の心強いお味方になってくださるでしょう。ヴァイザールの魔眼に対抗できるのは、ロズイーオンの血のみなのですから」
魔眼のヴァイザールと恐れられるのには理由がある。誰もヴァイザールの魔眼に対抗できないのだ。唯一ヴァイザールの魔眼に対抗できるのが、王族の中でも赤を纏うロズイーオンの血を持つ者のみ。そう言われている。
私にはそれがウソか本当なのかはわからないので、曖昧に笑みを浮かべておく。
ランドルフの腕前は叔父上が認めた程だから、味方にすれば心強いだろう。そのことには同意するという意味の笑みだ。
既に大型二輪車にまたがっているランドルフの後ろに飛び乗る。
「エント。言葉は受け取っておく。あとは頼んだぞ」
そうして、ザッシュに視線で出発するように促し、屋敷を後にしたのだった。
王都の中は、徐行と言っていい感じだったが、街道に出れば馬車より少し速いスピードぐらいには上げられる。行き交う馬車の隙間を縫うように進むから、これ以上の速度は危険なのだ。
このまま一時間ほど走れば、川を渡るための街にたどり着くだろう。
「シルファ」
そんなことを考えていると、聞こえるはずのないランドルフの声が頭に入ってきて、思わずビクリと身体が揺れた。
ああ、相手に直接声を届ける念話の魔術か。
声を掛けられるとは思ってなかったので、驚いてしまった。
「どうした? ランドルフ」
私も同じく念話で話しかける。早々に問題でも起きたのだろうか。
「十二年前に何があったのだ? 使用人の態度はまるで、シルファを死地に送り出すかのようだったではないか」
ああ、通夜のような雰囲気だったな。それは仕方がない。あまりにもの多くの者を失ってしまったのだからな。
そうだな。次の街につくまでなら話してもいいか。道も石畳で舗装されているので、運転にそこまで気をつかわなくていいだろう。
ザッシュの後について行ってくれたらいいのだからな。
「私は王都にいたので、私が知っていることだけを話す」
人の記憶とはとても曖昧なところがある。それに恐怖というものが加わると、なかったものまで、見えてしまい、余計に話をややこしくすることがある。
だから私は私の知っていることのみを、ランドルフに伝えよう。
十二年前。
私は十三歳になれば、貴族だけが通うことが許されたエルヴィー学園に入学することを、とても楽しみにしていた。
その時は学園の見学と、必要なものを揃えるために王都に行ったのだ。
下位の貴族の子女たちは、王都にタウンハウスを持っていない家も多いことから、学園内の宿舎で生活できるようにもなっていた。
実は私はその宿舎に入ろうとしていたのだ。だって、一人暮らしって好きなことをしても、誰にも怒られないじゃないか。
お目付け役のザッシュは強制的に私についてくることになるのだが。
宿舎の下見に行ってみれば、とても豪勢な作りだったのはよく覚えている。そもそも高位貴族が学園の宿舎に入ることなんて、滅多にない。だから、一棟丸々私の貸し切り状態だと説明されたのが印象的だった。
そうだよな。普通は自分の屋敷から通うよな。
その日の翌日。夜明け頃、緊急の通信が私に入ってきて、私の王都の滞在は急遽取りやめになってしまったのだ。
「人が寝ているときになんだ!」
私は自分の部屋の隅に置いてある、無骨な四角い通信機から出ている甲高い音で目が覚めた。
「まだ、外は暗いじゃないか」
カーテンが引かれた窓は、薄暗い光を外から取り込みかけていた頃だった。
「昨日の寝る前に長距離通信が成功したからと、出しっぱなしだった」
寝ぼけたまま、フラフラと甲高い音が鳴っている通信機に向っていく。今回王都に来るついでに、通信機の性能テストも行っていたのだ。
辺境から王都の間で問題なく通信が出来て、私は喜び、そのまま寝てしまったのだ。
「どうした?」
通信機の通話機能をオンにして、あくびを嚙み殺しながら答える。
「リリアお嬢様!」
何か凄く焦った声が聞こえてきた。それも昨日、通信テストをした時に対応した技術者の者だ。
「敵襲です! いきなり領都が敵に襲われ、あちらこちらから火の手が! リリアお嬢様の開発した物を持ちだそうと試みているのですが……」
そこから先の言葉が続かないようだ。
しかし敵襲? いきなりってどういうことだ?
領都は防衛の為に背後に絶壁の壁を背負っている。だから三方向に重点的に防衛を設置しているので、いきなり敵に襲撃されるという事態にはなり得ない。
「火の手はどこを中心に上がっている」
北に山があるので、南か西か東か何処から襲われたかによって、逃げるルートが違う。
「中枢です。我々がいる北エリアです」
背後から襲われたのか!
これはどういうことだ?
いや、考えるよりも言うべき事がある。
「魔道具は床に叩きつけて捨てておけ! お前たちの命の方が最優先だ。いいかこの場合は逃げても無駄だ。息を殺して隠れ潜め。敵はこのまま領都を南下するだろう。その時に北側の坑道を通って逃げろ。生き延びればどうにでもなる」
無闇矢鱈に動いて敵に見つかるというのは避けるべきだ。何が目的で領都を狙ってきたのかわからないからな。それも完全に油断している北側からとは怪しすぎる。
その北側の山の地下には坑道が掘られているものの、かなり入り組んでいることと、毒ガスがあちらこちらに溜まっているので、入ることは普段禁止されている。だが、非常時には入ることは許されるが命の保証はされない。
ただ道を間違わなければ、山の反対側の中腹に出ることができる。
「いいか。生き延びることだけを考えろ。あと棚の二段目にある魔道具は持っていけ、きっと役に立つ」
あともう一つ言っておこう。
「すべての回線に繋げろ。このために作った通信機でもある」
「はい」
「私が切ったあとは、この通信機を床にぶつけて壊して逃げろ」
「かしこまりました。すべての出音器に繋ぎました。どうぞ」
これは緊急放送の意味合いがある。領都の全てに聞こえるようになっている。
「『生き延びる最善の行動をしろ! すぐに精鋭を連れて戻る!』」
それだけを告げて、通信を切った。そして、振り返ってザッシュを叩き起こそうと、声を上げ……黙って私の後ろに立つな。
振り返ると私より遥かに高いところから見下ろす筋肉ダルマがいた。
せめて声をかけるかして欲しい。
「リリア様」
「ザッシュ。皆を叩き起こせ。領都が敵に襲撃されている。すぐに戻る」
私は痛いほど首を上げて、ザッシュに命じる。王都をすぐに立つと。
「リリア様。戻って何ができるのでしょうか? 身の安全を考えれば王都でこのまま続報を待ち、そのあと動いた方がよろしいのではないのでしょうか?」
ザッシュは私の護衛だ。護衛としてはその判断が正しい。私の命を守る最善の意見だ。
「ザッシュ。命令系統は機能していないと私は思っている」
わざわざ王都にいる私に連絡を入れてきたぐらいだ。どう動けばいいのかわからないから、私に聞いてきたのだ。
「私は希望を皆に与えた。それを裏切るわけにはいかないだろう?」
先程の緊急放送のことだ。敵には援軍が来ることを示唆し、味方には待てば助けがくるという希望を与えたのだった。