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第15話 愚痴を言いたい

 私がガトレアールの屋敷に戻ってきたのは、完全に日が暮れてしまってからだ。

 騎獣を獣舎に連れて行って、騎獣番にあとは頼むと言って、ふらふらと屋敷の中に入って行く。玄関を入ったところに執事のエントが恭しく出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ。リリア様。ご夕食はいかがいたしましょうか?」

「ああ、母のところでいただいてきたから必要ない」

「かしこまりました」


 一応、帰るのが遅くなることは、屋敷の方に連絡を事前に入れてもらっていた。採寸してドレスを決めるとなると時間がかかることは、わかりきっていたことだからな。


 そう百着はあっただろうドレスを取っ替え引っ替えして着せ替え人形にされることがわかっていたからだ。

 私は疲れた。まだ、剣を振るっている方が絶対にマシだ。


「明日は早朝に王都を立つ予定だが、二人の様子はどうだった? やはり、数時間では難しかっただろう?」


 私は明日からの移動日程を確認するために、念の為、ランドルフの様子を確認してみる。

 ザッシュは早く戻るために魔道式二輪車の移動で最短日程を望んでいるようだったから、好きなようにさせていたが、私はそこまですぐに乗りこなせるとは思ってはいない。


 何故なら王都まで来るのにザッシュしか連れてこれなかった理由が立ちはだかるからだ。


「確かに初めの方は稼働することに戸惑っておられました」


 実は魔道式二輪車の動力エネルギーは操縦者の魔力を使って動くようにしている。

 これは魔力を最大限に出力しながら、操縦することをまる三日続けなければならないということだ。

 そうなると魔力量の多さも必要だが、持久力も必要となってくる。普通の人では王都までの長距離は無理というもの。


 まぁ、こんなに面倒な仕様にしたのには理由がある。軍用に転じるということで開発したものだから、戦場で放置される懸念もある。だから、敵国に簡単に使えないようにするためでもあった。


 あと特別感というものをくすぐるためだ。現在そこまで量産できないので、乗れるというステータスを持たすためだ。

 現在は軍部の一部隊でしか使用していない。ランドルフが知らなかったぐらいだからな。


「ですが、すぐに敷地内を走行しておりましたので、ご心配には及ばないと、推察されます」

「え? 普通に乗れていたのか?」

「はい」


 そうなのか……流石、黒騎士の副団長ということか。


「それからエリーマリア様が、お話したいとおっしゃっておられました」

「エリーが? 何かあったのだろうか?」

「いいえ。恐らく、明日の朝にはリリア様が王都を立ってしまわれるので、お寂しいのでしょう?」

「そうなのか?」

「そうでございますよ」


 エリーから寂しいとか言われたことは一度もないが?


「素直ではないところは、リリア様に似ておられますよ」

「素直でなくて悪かったな」

「ご自分の欲には素直でありますよ」

「母の子だから仕方がない」


 私が好き勝手にしていることを言われると、母を出すことにしている。母のあり方を否定できる人など、国王陛下ぐらいだろう。


 執事のエントに、後は頼んだと言って、私は自分の執務室に戻っていく。フラフラと……

 母のところに行くと異様に疲れる。

 できれば行きたくはないが、行かないと周りがうるさいから、行かなくてはならない。何とかならないものなんだろうか。


 執務室に戻る廊下の途中で、見慣れた筋肉ダルマの背中を見つけた。

 私はニヤリと笑みを浮かべ、気配を消して背後から近づいていく。


 床を蹴って、巨体の背中に張り付いた。見た目はおんぶされているような感じだ。


「ザッシュ。マリエッタにいじめられて疲れた。執務室まで運んでくれ」

「はぁ。リリア様。またですか。マリエッタ様は何もされては居ないでしょう」


 盛大に溜息を吐かれた。しかし、私がずり落ちないように足を支えてはくれている。


「何もしていないってことはない! 私がいつも抵抗できないようにするし! 着せ替え人形のように遊ばれたし! 周りでキャッキャと騒がれるし! 苦痛過ぎる! それからそれから!」


 私が母のところに行ったストレスのはけ口はいつもザッシュにしている。一番側にいるというのもあるが、私が母を苦手としていることをよく知っているからだ。

 普通だと王妹の母親に何を文句を言っているのだとなる。


「アンジェリーナ殿下のところに行ったのではないのか? 何か問題が起こったのか?」


 近くからランドルフの声が聞こえたと思い、視線を声がした方に向ければ、今の私と変わらない高さに金色の瞳があった。

 ここに居たのか? 全然気が付かなかった。


「しかし、護衛という距離にしたら近いのではないのか?」


 私とザッシュの距離か? まぁ、それは仕方がない。


「ザッシュは私が小さい頃に付けられたお目付け役だからな。護衛というより、私と他の人物と橋渡しをする役だな」

「リリア様。違います。私はただの護衛です」


 本当のただの護衛が私に付けられるはずはないだろう。それは考えればわかることだ。


「ザッシュは血縁上の再従兄妹(はとこ)だな。王家色を持つ者は特別扱いらしいからな。王家の血が入ったお目付け役が付けられるのだ」


 血族の中でも赤い色を持つものは特別らしい。興味がないので、詳しくは知ろうとは思わないが。

 私が三歳の頃に、十六歳のザッシュがお目付け役として来たのだ。それから殆ど共に過ごしているので、護衛というより戦友に近い。何と戦っているのかと問われると、常識とだと、答えておく。


 今年で三十八歳になるおっさん的には、世帯も持たずに、小娘に手を焼いているという感じなのだろう。かなり振り回していることは私自身が自覚している。


 実は母にも王家の血が入ったお目付け役がいたのだが、マリエッタの話を聞く限り、シスコンの叔父に排除されたらしい。


「そうか」


 思っていた以上に近くから聞こえた声に、後ろに引っ張られる。


「俺が運ぼう」

「あ……いや、ザッシュに頼んだのだが?」


 私は再びランドルフにお姫様だっこされていた。

 この格好は恥ずかしい過ぎる!


「彼はシルファの護衛なら、動きを阻害する行為は、止めるべきだろう」


 正論を言われてしまった。しかし、今は屋敷の中だ。そこで何かある方がかなり問題になる。

 それに私はザッシュに聞いてほしかっただけだ。母のところに挨拶に行っただけだったのに、ドレスを作る羽目になったことをだ。


「それはそうなのだが……私の不満をザッシュに聞いて欲しかっただけなのだが?」


 すると、金色の瞳が揺らめきながら、見下ろしてきた。

 あの……魔眼の力が漏れているぞ。空気がピリピリとしてきている。


「シルファ。今まではそれで良かったが、これからは俺に言ってくれればいい」

「は? 何故だ?」


 ランドルフにマリエッタの愚痴を言っても仕方がないだろう。母に会ったことがあると言っても、母の侍女の数は数十人単位だ。

 その中の一人の話をランドルフにしても、それがどうしたになるよな。


 で、何故に空気のピリピリ度合いが酷くなってくるのだ? 


「ランドルフ様。リリア様は基本的に仕事と興味があること以外は、どうでもいいという考え方です。はっきり言わないと伝わりません」


 ザッシュ、その言い方は酷いな。だが、間違ってはいない。領地と領民を護ると決めたから、領主になることを自分に課した。あと、趣味で色々作っているのは、ストレス発散という意味もある。

 全ては、弟に辺境伯という地位を渡すまでで、あとは自由にできると思っていたら、神という存在は私を辺境の地に縛り付けることを示した。


 神……そういうことにしておかないと、ミゲルに八つ当たりをしそうになる。それは姉としても辺境伯としても、絶対にしてはならない。

 お前、マルガリータだなんて趣味が悪すぎるなと。


「シルファ」

「……なんだ?」

「シルファの夫は誰だ?」

「ランドルフだが? それがどうした?」


 何を確認されているのだ? 昨日の今日だ。バカでも忘れないだろう。


「これからは、夫である俺がそういうことは聞くからな」

「……そういうものなのか?」

「そういうものだ」


 私が首を傾げてうーんと唸っている間に、執務室に運ばれてきた。

 そして、応接スペースの長椅子に座らされた。その私の横にランドルフが腰を下ろす。


 ……ちょっと距離が近いのではないのか?


「そう言えば、食事はとったのか? 私は母のところでいただいたが」

「いただいた。しかし、昨日も思ったが、変わった料理が多いのは、ガトレアールの料理なのか?」


 ランドルフに、出された料理が変わっていると言われたけど、そんなおかしな料理が出ていただろうか。


 またまた私は首を傾げる。


 郷土料理なのかと問われると、ガトレアールの郷土料理は葡萄酒の煮込み料理だ。肉だったり、野菜だったり、魚だったり、全部葡萄酒で煮込んでしまう。

 だから味が全て同じになってしまうのだ。

 これは水が貴重だったというところからくる郷土料理だ。


「出された料理の殆どが、リリア様考案の料理ですので、ガトレアールの料理といえばそうでしょう」

「ん? 私はこうして欲しいと言っただけで、考案というほどじゃない」


 私が言うのは、こういう料理が食べたいというだけだ。料理人の領分を侵すことはしてはならない。


 あまり話すことがなかった母だったが、人の領分は犯してはならないと言われたことがある。どういう話の流れでそうなったのかは覚えてはいないが。


「肉が異様に柔らかかったのもシルファが考案したのか?」

「考案……って。あれはテオとエリーが肉が噛み切れないと困っていたから、柔らかい肉を作ってもらっただけにすぎない」


 この肉の存在は母には内緒だ。魔獣の酪農も簡単ではないので、ガトレアールだけで消費している。母に言うと王都全体に広まってしまうからな。


「まぁ、食事をとったのなら、それでいい。今日の成果の報告をしてくれ、ザッシュ」


 ザッシュにランドルフの指導を任せたのだから、ザッシュから見たランドルフを教えてもらおう。

 執事のエントからは、問題ないということだったが、ザッシュはどうなのだ?


「問題ありません」


 端的に報告することは、ザッシュの利点でもあるが、内容が全くわからない。


「はぁ、もうちょっと詳しく」

「……魔力量は十分あります。操作技術も少し教えただけで、すぐに乗りこなしました。部下たちよりスジがいいと思います」

「アイツらに繊細さを求めても仕方がないだろう」


 しかし、あまり褒めないザッシュが褒めるとは凄いな。

 ザッシュの部下たちを魔道式二輪車に乗せてみたときのザッシュの報告は、使えないという一言だけだったのだ。


「リリア様。お昼に報告した件ですが、部下から報告が来ました」


 ああ、南の辺境にイレイザーを見かけたという話だな。


「南の辺境の国境の街。アグレシアで聞き込みをしたところ、食料を大量に買っている親戚を見かけたので、話しかけたらよく似た別人だったとか。街道が通っている場所を確認してくる親友の態度がおかしかったなど、報告が上がってきています」

「そうか」

「街道を確認された者に詳しく聞き込んだところ、北上する街道を聞かれたと」


 まぁ、南だから北に行くしかないのだから、北上するだろうな。


「ガトレアール領との境界のところをしつこく確認されたと」

「ほぅ」

「……そして、ダリルの森やザンバディ渓谷のことを事細かに聞かれたと」

「ふーん」


 確かにその辺りは領地への侵入として穴場だ。だが、その地に住む魔物が厄介なので、手を出さないだけだ。


 そう、この世界には魔物も存在する。何を魔物として定義するかと問われると、困るのだが、魔物は世界の裏側からやってきて人々を蹂躙してきたと書物にある。ウソか本当かはわからないことだ。


 しかし、やはり狙いは我がガトレアール領だったのか。これはザッシュの慧眼に感謝すべきところだな。


 私がザッシュの言葉に返そうと口を開いたところ、横から腰を引っ張られた。


「なぜ、アステリス国はガトレアール辺境領を狙うのだ?」


 ランドルフ……これでは私とランドルフの間に隙間というものが存在しないのだが?


 横から引っ張られ、思わずランドルフの方には寄りかかってしまったことにより、ランドルフの質問は吹っ飛んでしまったのだった。



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