第13話 急いで領地に戻る理由
「ディオール。そちらの状況はどうだ?」
『問題ありません』
「国境の様子は?」
『今のところ国境に動きはなく、検問所からも、これと言った報告は上がっておりません』
アルディーラ公爵家から戻ってきた私は、領地にいる執事のディオールと連絡をとっている。
「そうか、こちらは少し困ったことになった」
『辺境伯様のご結婚以上に困ったことがあるのですか?』
「それはどういう意味だ?」
『ごほんっ! こちらのことです』
「ん? そっちで何故困ったことになるのだ?」
『それはもう、辺境伯様がご結婚すると知った馬鹿どもが、殺る気満々になっているのですよ』
「やるき満々?」
私が結婚すると街が活性化したということか? まぁ、式は形式的に後ほど挙げなければならないから、物流は動くだろうな。
『リリア様が皆から好かれているということですよ』
「ふーん」
街が活性化するのであれば、別に問題視することではないな。
『相変わらず人からの好意に鈍感ですね。そちらに、旦那様はいらっしゃいますか?』
だ……だんなさま……言葉で言われると、ドキッとしてしまう。
そうか、ディオールからすれば、ランドルフは私の伴侶となるから、そう呼ぶことになるのか。
「ランドルフならここにいるぞ」
ドキッとしたことを悟られないように、平然と答える。
少しでもガトレアールのことを知っておきたいと言われたので、今は領地の地図を見せているところだ。はっきり言って、これは表に出せない重要機密だ。
『そうですか。魔眼の黒騎士殿とお聞きしておりますので、大丈夫かと思いますが、領地にこられましたときにはお気をつけください』
ん? 何に気をつけるのだ? そのような危険な物はないはずだが?
確かに侵入者を排除する魔道具は設置してあるが、それは人が出入りしないところから入って来たものを排除する物だから、事前に言っておけば問題ないはず。
「問題ない」
『それはよろしゅうございました』
「王都でもシルファは人気者だからな」
『それは、それは、ご苦労をされたことでしょう』
「いや、私は人気者ではないだろう」
どうして呆れたような視線を向けてくるのだ?ザッシュ。
まぁいい。私の用件を言っておこう。
「ディオール。私はミゲルに人をつけようと思っていたのだ。その中に監視の目を入れようと考えていたのだが、もう昨日の内に王都を出ていってしまったらしいのだ」
『監視の目ですか? それであれば、今からでも送りましょうか?』
「いや、それだと途中で排除される可能性がある。ここで問題なのが、どうもミゲルに付き人がついていないことだ」
私はミゲルに人をつけようとは思っていた。ミゲルの為に行動ができる人物をだ。それはミゲルの命を守るためでもあるし、隣国の行動の真意を探るための目だ。
だが、その者を付ける前に王太子の命によって、王都を立つことになってしまったのだ。
そして、執事のエントにミゲルについている者を確認したところ、ミゲル自身が周りから人を排除して、既に半年も王都の屋敷には帰ってきていないらしい。
それはそうだろう。いくらミゲルを次期当主として支えようとしている者でも、隣国の王女と懇意にすることは駄目なことはわかる。だから、ミゲルに対して、マルガリータ王女と仲良くするのは駄目だと諭したら、付き人を外されたらしい。
「ミゲルはガトレアール辺境領の情報を人伝えにしか知らない。情報が曖昧なのだよ」
『はい』
「となれば、ディオールであればどうする?」
『領地の情報を得るためですか?』
「そうだ」
隣国はミゲルから情報を得られないとなると、ミゲルを使って別の手段で情報を得ようとすると予想できる。
『……通信機を使って、得たい情報を持っている人物を呼び出しますね……それはおかしな動きをする者を監視しろということですか?』
流石、ディオールだ。直ぐに私が懸念している答えを導き出した。私は敵国に情報を渡さずに通信できる魔道具を作った。だが、それが今回アダとなってしまっている。
「そうだ。通信の傍受阻害機能がここに来て邪魔になってしまった。だから、人の目で監視して欲しい」
『かしこまりました』
「あと私は一週間ほど戻れそうにない」
『王都に四日間滞在するということですか?』
私達は三日かけて王都にやってきた。それもほぼ休憩無しでだ。
「いや、ランドルフを連れて帰ることになってしまったから、移動手段を変更しなければならなくなったのだ」
移動手段。それが私がザッシュしか連れて来なかった理由だ。その移動を使わないとなるとほぼ倍の時間がかかる。
『そうですか……お早いお戻りをお待ち申しております』
「ああ、何かあれば夜中でもいいので連絡をくれればいい」
『かしこまりました』
そうして、領地との通信を終えた。とは言っても、身内の行動を見張れという、なんとも言い難い命令を出すことが目的だった。
「シルファ。俺がいることが問題なのか?」
四角い無骨な通信の魔道具を片付けていると、ランドルフから声を掛けられた。声の方を見ると……近いな。私が座っている執務机の側に立っていた。
さっきまで、執務の合間に休憩するために設置している応接スペースで地図を見ていたじゃないか。
「王都までの移動手段にテストを兼ねて、新しい移動手段で来たのだ。それが二台しかないので、従来通りの騎獣移動だと騎獣の休憩を考えないといけないので、六日かかることになるのだ」
「先程の話からいけば、三日で辺境領に行けるということか?」
「正確には四日目の朝だな。かなり強行的だけど」
辺境領から王都まで馬車で移動しようと思えば、十日ほどかかる。そして、騎獣であれば、六日。そこで新しい移動手段であれば、三日。ただこの三日はほぼ休憩なしだ。きちんと休憩を取るなら、騎獣とほぼ変わらないだろう。
「まぁ、いわゆるトラウマだ。六日もかからなければ、多くの者たちを失わずに済んだのだろうと」
十二年前の亡霊に、私も囚われているということだ。もし、もっと短時間で移動できれば、父をそして義母を失わずに済んだのだろうと。テオとエリーに本当の家族というものの幸せを与えられたのではないのだろうかと。
「リリア様。あれは二人乗りだとおっしゃっていませんでしたか?」
ザッシュがいらないことを言ってきた。一応二人乗りだが、まだ試作品だ。今回はそこまでのテストをするつもりはない。
長距離走行のデータが取れればいいだけだ。
「二人乗りだが、重量的にザッシュは一人で乗ることになるだろう」
今回の走行テストには筋肉ダルマの重量に耐えれる作りにできているかが、一つの課題だったのだ。
これ以上重量を増やすことはできない。
となれば、必然的に私とランドルフが乗ることになる。大型バイクを模した二輪車にだ。
「運転を私がするとなると、重量バランスが後方に傾く。しかし、ランドルフに運転は無理だろう。昨日、今日乗ったばかりのヤツの後ろに私は乗りたくないぞ」
どう見ても重量的にランドルフの方がかなり重い。まだ、足回りが不安なのだ。
舗装されていない道をぶっ飛ばしたことで、少々ガタついてしまっている。そこで更に重量バランスを崩すような乗り方は、途中で故障してしまう可能性の方が高い。
だったら、無難にランドルフには騎獣に乗ってもらい、そのスピードに我々が合わせた方がいいだろう。
「魔道車なら運転できる」
「いや、魔道車じゃない。似たようなものだが、少し違う」
「リリア様。直接見てもらったら、よろしいのではないのでしょうか?」
なんだ? ザッシュは早く辺境に戻りたいのか?
「ザッシュ。何か急くことでもあるのか? 日数が変わると言っても、帰りはそこまで無理をしないで戻ろうと言っただろう? 精々、一日二日変わるぐらいだ」
するとザッシュは、私が座っている執務机の前まできて、頭を下げてきた。
「まだ不確定な情報ですので、報告はしてはいませんでしたが、イレイザーが動いたと」
「いつの情報だ?」
「出立前でしたので、詳細を調べる時間はありませんでした」
移動に三日、四日目の朝に王都に到着、今日が五日目……王太子の誕生日は十五日前……
「ディオールは何も問題はないと言っていたが? どこからの情報だ?」
「南のヴェンダール辺境にいる商人からの通信です。ですから、イレイザーらしいとしか情報がなかったのです」
「で?」
その情報を聞いて、ザッシュがそのままにしておくことはないだろう。
「南の辺境に、部下に行くように命じましたが、到着が本日の予定ですので、まだ何も連絡は入っていないのが現状です」
移動に五日で、そこから調べるとなると、早くても明日か。
「イレイザーとは豪傑イレイザー将軍のことか? それに、なぜヴェンダール辺境領の商人から連絡が入るのだ?」
ランドルフからすれば、よくわからないことだろうな。黒騎士となれば、国内の情勢には目を光らせていても、国外の情報までは詳しくはないのだろう。
「確かに軍部にイレイザー将軍はいらっしゃるが、我々が言うイレイザーは隣国アステリス国の情報収集部隊のことだ。それが、国内に入り込んでいるのではという話」
この部隊の恐ろしいところは、成り代わりの魔術を使い、元いた者たちと入れ替わって、欲しい情報を得ようとするところだ。
そして、実働部隊と入れ替わるように消えていく。
ここのからくりがまだわからないのだが、イレイザーに侵入されると、敵を懐に侵入させてしまうことに等しい。
そして壊滅してしまう。
「ただその情報収集部隊も巧妙で普通では見分けがつかない。見分ける方法は、話の齟齬が出てくることで見つけるか、強制解除魔術を常時展開させるか。どちらかだ」
これは辺境の地では常識だ。イレイザーに入りこまれないように国境の検問所には強制解除の魔術を設置している。
「あと、取引している領地には品物をやり取りするため、商人を介している。運搬料金を上乗せするから、何か変わった情報があるなら、連絡するように頼んでいる」
商人が持つ情報は侮れない。取引をするから情報も提供してくれと契約しているのだ。
まぁ、これは私が王都に店を出して貴族の顧客を取ってしまったと因縁をつけられたことが原因だったのだ。あれだ、改良した魔道車を商品化してしまったことだな。
かなりの嫌がらせを王都の店にされたから、私が叔父上を引き連れて交渉しにいったのだ。
私だけ行くと子供がっと侮られるので、王弟を引っ張り出した。もちろん、ここは母に貢物をして叔父上に動いてもらった。
ことは上手く運び、国中に商品を運ぶ隊商から情報を提供してもらう契約まで結べた。やはりバックに王族がいると示すと交渉がスムーズに進む。
「目的はわからないが、早めに領地に戻ったほうがいいな。ザッシュ。今日の残りの時間で、ランドルフにできるだけ教えてくれ。まぁ、無理はしなくていい」
そう言って私は立ち上がる。本当は明日に行こうと思っていたが、今から行った方がいいな。
「私は今から母のご機嫌窺いに行ってくる。明日の朝、出立できるようにだけ準備をしておいてくれ」
「かしこまりました」
「シルファ。アンジェリーナ殿下に挨拶に行くなら俺も……」
「いや、ランドルフはザッシュについて行ってくれ、母のご機嫌窺いといっても、顔を合わせて直ぐに退出する。居座れば、色々言われるのが目に見えているからな」
私はランドルフとザッシュを置いて、部屋を出た。しかし、護衛を付けていないとそれも自覚が足りないと母から言われるので、エントに誰か手が空いている護衛がいないか聞いてみるか。
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そして執務室に残された男二人はというと
「護衛を置いて出かけているがいいのか?」
ランドルフが心配そうに出入り口の扉を見ながら言っている。己の護衛を置いて出かけようとは普通はしないだろう。
「いつもはリリア様専属の護衛は常時五人はついているのですが、王都に来るにあたって、私しか来れなかったので、仕方がありません。執事が別の護衛を用意するでしょう」
「ここの護衛がシルファの護衛として勤められるのか疑問なのだが?」
それは辺境伯の護衛としては、未熟なのではないのかと言いたいのだろう。
「仕方がありません。王都にいる護衛は、リリア様の命令で、貴族の庶子を雇っておりますので」
護衛のザッシュの言葉に、ランドルフはフッと、仄かに笑みを浮かべた。
この内容は実力よりも、貴族の者たちで周りを固めていると捉えられる言葉だ。笑みを浮かべるような内容ではない。
「シルファは、なんて愛おしいんだ」
ランドルフの返答もおかしかった。
リリアシルファはただ単に母を見習って、行き場のない貴族の庶子たちを受け入れようと考えていただけで、それ以上の意味合いなどなかった。
だから、ランドルフのおかしな返答にザッシュはなんとも言えない視線を向けるのだった。