第12話 アルディーラ公爵夫人の心の広さに感服だ
アルディーラ公爵家は王城から近い場所にある。だから、ランドルフが否定している間に、ついてしまった。
当主であるアルディーラ公爵は領地にいるため不在だそうだが、アルディーラ公爵夫人が代わりに対応してくれるという話だ。
私としても、アルディーラ公爵夫人とは何度か言葉を交わしたことがあるので、内心その方がありがたかった。
「何をしにここに戻ってきた」
玄関ホールで出迎えてくれた者は、金髪碧眼の偉そうな男性だった。いや、次期公爵となるミハエル・アルディーラだ。
挨拶ぐらいはしたことはあるが、私が言葉を交わすのは公爵と公爵夫人であり、息子であるミハエルは顔見知り程度。
そんな者に高圧的に迎えられる理由はないはずだ。
いや、その言葉はランドルフに向けて掛けられていた。
「アルディーラ公爵子息殿。本日はアルディーラ公爵夫人に挨拶をさせていただきたく、参った次第です。取次をお願いしたい」
「ふん! ガトレアールの女辺境伯か。王族の血が入っているからと偉そうに」
……いや、立場的には公爵子息よりも爵位持ちの方が上だ。そこに王族の血は関係ない。
「アルディーラ公爵夫人にお取次ぎをお願いしたい」
貴様には用はないと言うようにだ。
「ちっ! 母上はお忙しい。突然訪ねてきて会えるはずもないだ……ぅイッ!」
偉そうに言っていたアルディーラ公爵子息が突然しゃがみこんで、足を抱えて悶えている。
「ミハエルお兄様! ガトレアール辺境伯様に失礼ですわ!」
「ここでガトレアール辺境伯様をお義母様に会わせないなどという愚行をするなら、お父様に言いつけて差し上げます」
金髪というよりも、はちみつ色と表現したほうが良い髪色の令嬢が二人、アルディーラ公爵子息の背後に立っている。見た目がそっくりな、双子の姉妹だ。歳は確かエリーの一つ上の十四歳と言っていたか。
兄のミハエルはランドルフと同じ二十七歳ということは、歳の離れた兄妹と言いたいが、第四夫人のご令嬢になる。
「「ランドルフお兄様。おかえりなさいませ。お義母様がお待ちですわ」」
見た目が同じ双子の姉妹は声質も同じだ。
「お前ら! 何を勝手なことを!」
双子の姉妹から両足を同時に蹴られたアルディーラ公爵子息は未だに復活できないのか、うずくまったまま声を荒げている。
「ミハエルぼっちゃま。まだ休憩時間には早いですよ」
そこにまた、別の声が割り込んできた。そちらに向けると、双子と同じはちみつ色の髪の女性が立っている。いや、女性というには、私と同じように軍服を身にまとっていた。
「「お母様!」」
「これはマリエル様。ご無沙汰しております」
「ガトレアール辺境伯様。お久しぶりでございます。簡単な挨拶で申し訳ございませんが、ミハエルぼっちゃまが剣術の訓練中に逃亡したのを捕まえに来ただけですので、失礼させていただきます」
そう言って軍服を着た女性は、床にうずくまっているアルディーラ公爵子息の首根っこを掴んで引きずりながら去っていった。どうみても公爵子息に対する扱いではないと思える。
「剣術の訓練中?」
それに剣術の訓練中というには、アルディーラ公爵子息の服装が、ゴテゴテとした装飾がついていた。どこぞの王子が着てもおかしくはない服装だったな。
「ミハエルお兄様は直ぐに訓練をサボるのですわ」
「お母様はいつも、ランドルフお兄様と出来が違うと言っていますわ」
あれ? ということは……私は隣のここに来る前から機嫌がとても悪い、ランドルフを見上げる。金色の目が光を帯びているぞ。
「ランドルフの剣術はディアトールの剣なのか?」
「はい」
「マリエル様が師なのか?」
「はい、そうです」
あれ? 敬語に戻ってしまっている。この場所がそこまで嫌だということなのか。
「シャルロットお義母様が、お父様にお母様を第四夫人に迎えることを勧めたのですわ」
「なんでも普通の剣士だと、ランドルフお兄様に剣を教えることができなかったのですって」
おや? これはランドルフの為にアルディーラ公爵夫人が手を差し伸べているってことだよな。幼少のランドルフの状態を愁いてのことか。
だからディアトール辺境伯の令嬢であった、マリエル様を第四夫人に迎えたと。ディアトールの一族も数少ない魔眼持ちの一族だ。きっと公爵夫人はランドルフに魔眼の使い方も教えようとしていたのだろう。
「公爵に剣術を習いたいと言えば、必要ないと言われただけですよ。それで、アルディーラ公爵夫人がご自分の護衛としてディアトール辺境伯令嬢を迎え、私の師に当ててくださったのです。それから第四夫人になったのは、あの公爵が手を出したというだけです」
ランドルフの話と双子の令嬢の話の乖離に思わずため息が出てしまった。
いや、この話の流れからいけば、ランドルフは私と会って強くなろうと決めたと言っていたよな。ということは十五年前だ。しかし、父親を公爵か。他人として扱っているのが気になるな。
貴族の令嬢が、どこかの貴族に使用人として仕えることができるのは、初等科を卒業した十六歳から。結婚も十六歳からできる。
双子を見る。十四歳。マリエル様の見た目は先程会った王太子妃とそこまで変わらない。
……公爵……もしかしてアルディーラ公爵夫人が護衛兼、義理の息子の剣の師に雇い入れた十六歳の令嬢に手をだしたのか?
「クソだな……失礼した」
思わず声に出てしまった。ご令嬢の前でいう話ではないな。
「今日は休みの日ではないはずですが、学園の方はいかがなされたのですか?」
しれっと別の話題にすり替える。エリーの一つ上であるなら、今日は普通に学園の授業というものがあるはずだ。行ったことがないので、よく知らないが。
「もちろん、学園など行くはずはありませんわ」
「今朝、ガトレアール辺境伯様が来られると聞いたのですもの」
え? 私がここに来ることが学園に行かない理由になるのか?
「辺境伯様!」
「ぜひぜひガトレアール辺境領のお話を聞かせてくださいませ!」
え? 領地の話? 何も面白いことなどないのに?
「それにエリーマリア様がお持ちの物は、いつお店に出されるのですか?」
「エリーマリア様にお聞きしても、辺境伯様に使ってみるように言われただけで、わからないとおっしゃるのです」
エリーに使ってみるようにって、どれのことだ? 商品化するのに、エリーや使用人たちに渡してみて、あまり芳しくなさそうな物は、商品化を見送るものもあったしな。
「あ……でも……これからは、ランドルフお兄様に頼めませんわ」
「どうしましょう?」
いつも思うが令嬢方と話をしていると、次々と話が変わっていき、結局何の話をしているのかわからなくなるのだ。
なぜここでランドルフが出てくるのだろうか?
「お嬢様方。ガトレアール辺境伯様をあまり引き止めてはなりませんよ」
「まぁ! 失礼いたしましたわ」
「このような玄関でいつまでも……申し訳ございません」
私が返答に困っていると、双子の令嬢の侍女と思える使用人から声をかけられ、双子の令嬢は慌ただしく去って行かれた。
学園に行かなくてもいいのかという話から、なぜランドルフの名が出てくることになったのか、さっぱりわからないままになってしまった。
この屋敷を取り仕切っている執事が、そのあと挨拶にきて、今は私達を公爵夫人の元に案内してくれている。
その執事について行きながら、先程疑問に思ったことをランドルフに聞いてみた。
「聞きたいのだが、なぜ最後にランドルフの名が出てきたのか理解できないのだ。あれは王都の店にエリーが持っている物が、いつ店頭に並ぶのかと言う質問だったと思うのだが?」
玄関ホールにいたときより、幾分かはピリピリ感は無くなってはいるが、機嫌が悪いことには変わらないランドルフにだ。
「私がリリーガーデンの会員証を持っているからです」
リリーガーデン。それは私が個人資産を増やすために作った店の名だ。しかし、会員証なんていう制度あったか?
で、敬語のままなのだな。
「あれ? 会員制の店にはしてないぞ」
私は誰でも店を利用してもらうために、そういう制限はしてはいない。
「最初はなかったのですが、アンジェリーナ殿下が、貴族のご夫人方にお勧めをしたことにより、店に人が集まりすぎて、制限が掛けられたと団長から聞いていますが、ご存知ではないのですか?」
ん? もしかしてあれか!
人気商品の取り合いが起こって困っていると相談があったから、整理券でも配って、その数字の順番に商品が行き渡るようにすればいいと言ったことがあったな。
いや、それでは会員制の話にはならない。
私が意味がわからず首を傾げていると、ランドルフは懐から金色の一枚のカードを出してきた。
そこにはリリーガーデンの店の名とロゴが刻まれており、No.3という数字が書かれていた。
あれ? これって昨日、モンテロール侯爵令嬢の前で出して、一桁No.に驚いていたやつだな。
数字……一桁で負けを認めた……会員制……
はっ! これが整理券!
いやいやいや、これだと半永久的に商品が得られる順番が決められていることになってしまっている。そんな馬鹿はことはあり得ない。私の思い過ごしだ。
「それは何の番号だ?」
「欲しい商品を優先的に得られる順番です」
その言葉を聞いて、私は頭を抱えてしまった。
「あれは、そういう意味で言ったのではない!」
私の説明の仕方が悪かったのか? 言葉不足だったのか?
時々こういう意思の疎通ができないことが起こる。私が当たり前だと思っていることが、当たり前ではなかったと。
「で、No.1とNo.2は誰だ?」
「アンジェリーナ殿下と団長です」
身内贔屓みたいになってしまっている。でも、ここでランドルフが三番目っておかしくないか? 王太子辺りが割り込んでくる数字だろう。
「そうなってくるとランドルフが三番目というのが不自然だが?」
これだと、ランドルフが叔父上の身内権限を使ったみたいになっている。
「そうでもないですよ。一桁No.の条件が厳しいので、まだその枠は埋まっていないはずです」
「条件?」
「オーナーであるシルファから直接一品物をもらった者という条件です」
「何? その条件は! 一品物って存在しないと思うぞ」
するとランドルフは私に左手を見せてきた。正確には左手の小指に付けられている青い石がついた指輪だ。
うん。元々は自分用に作った一品物だ。間違いはない。
と言われると、いつでも新鮮な水が飲めるようにと魔力を込めると水が湧き出るコップは、叔父上が見て遠征のときに便利だと言われたのであげたな。
王都の冬があまりにも寒かったので、身体の周りを温かい空気で包む腕輪を作れば、母に良いわねと言われて取られた。
確かにあの二人は持っている。
「はぁ、もう少し王都に顔を出すべきだったか? その制度は回っているのか?」
「あまり王都にいらっしゃると、アンジェリーナ殿下から話を伺ったご夫人方に囲まれると思いますよ」
……一年に一度、国王陛下主催のパーティーに出た時の状況が思い出されてしまった。うん。私が国王陛下に挨拶して、さっさと帰る原因だね。
「それに会員のトップにアンジェリーナ殿下がいらっしゃるので、そこまで問題は起こっておりませんよ」
はぁ、母は母親らしいことを、私にはしてはくれなかったが、こういう王族として権威を示してくれる。良いのか悪いのかわからないが、母なりに私のために動いてくれていると……思いたい。
「そうか。これで回っているなら、私が言うことではないな」
そう、あの時もっときちんと説明をしなかった私が悪いのだ。
それから、アルディーラ公爵夫人に手土産として、これから暑くなる夏の対策として作った室内を冷やす魔道具を渡して、挨拶はスムーズに終わった。どちらかと言うと、玄関で引き止められていた時間の方が長かったぐらいだ。
違うな。挨拶が終わって雑談をしようかとしていたら、ランドルフに腕を掴まれてさっさと退出することになってしまったのだ。
そのランドルフの姿をみて、アルディーラ公爵夫人はくすくすと笑っているだけだった。
こんな無礼な義理の息子を笑って許せるなんて、あのアルディーラ公爵子息の母親とは思えないほど穏やかで聡明な方だ。
いや、そうでなければ、アルディーラ公爵夫人は務まらないのだろう。義理の息子の為に表向きは自分の護衛として雇った令嬢に手をだす夫の妻なんて……後ろから刺されても文句は言えないよな。
ん? 公爵は領地にいるけど、ご夫人たちと御子息と令嬢方が王都にいるということは、アルディーラ公爵夫人から何かしらの制裁を受けている……いや、他人の家のことに口を出すことではないな。
そうして、アルディーラ公爵邸を後にするのだった。