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第10話 これは無意識なのか?

 翌朝。朝日が昇った頃に目が覚めた。

 私には侍女をつけていないので、全てを自分一人でできるようにしている。

 いや、前世の記憶があるので、誰かに服を着替えさせてもらうなんて、凄く抵抗感があったのだ。


 だってさぁ。使用人の前で素っ裸になるって、羞恥心が爆発するだろう? 下着まで人の手を借りて着るなんて、それぐらい自分で着替えるとなる。


 だから、人の手を借りなければ着れないドレスではなく、軍服を着るようになったのだ。それに女性用の運動服がないので、軍服が理に適っているとも言えた。


 ズボンとシャツを着て、上着はハンガーにかけておく。そして、そのまま屋敷の外に出た。


 日課の訓練だ。領地と領民を護る者としては、怠ることはできない。

 敷地内を走り、持久力を維持する。走っているといつの間にか背後に護衛のザッシュがついてきていた。


 いつもなら、他の護衛部隊の者たちもついてくるのだが、今日はザッシュしかいない。

 背後からチリチリという視線を感じる。いつも思うが、あの三白眼からは何かが出ているのではないのか? 内心、ビームが出てもおかしくはないと思っている。


 その後、剣の素振りを行って、ザッシュと手合わせをしていると、朝食の時間になる。


 この訓練は雨の日でも変わらず行う。何故なら、雨の中で戦うこともあるからだ。雨だからといって敵が引いてくれるわけではない。


 屋敷の中に戻ると、執事のエントが待ち構えていた。


「おはようございます。リリア様。朝食の用意が整ってございます」

「ああ」

「それから……あの……」


 いつもなら、持ち場に戻るために去っていくエントが珍しく、何かを言い淀んでいる。


「どうした? 何か問題でもあったのか?」

「はい。ランドルフ様なのですが……」


 ん? ランドルフがどうしたのだ?


「朝の挨拶に入ろうとしたメイドが、怪我を負いまして……誰も近づけない状態にあるのです」

「そのメイドはどうした?」

「今現在治療を受けており、大事には至っておりません」


 メイドが無事なら、よかった。黒騎士の攻撃を受けて命があるだけでも、運が良い。いや、威嚇だったのか?


 それで、ランドルフの部屋に立ち入れなくて困っていると。


「私が参りましょう」


 ザッシュが言ってくれたが、ザッシュは護衛という立場だ。己の身が危険にさらされても、ランドルフに剣を向けることは絶対にない。護衛が仕える貴族に剣を向けることは、叛逆を意味するからだ。


「いや、私が行こう。ザッシュは先に朝食をとって、今日は王太子のところに謝罪に行くから準備をしておいてくれ。エント、エリーとロベルトには先に食べておくように言っておいてくれ」

「かしこまりました」

「……かしこまりました。何かありましたら、叫んでいただければ、直ぐに駆けつけます」


 ザッシュは不服そうだが、王太子のところにイヤイヤ顔を出さなければならない雰囲気を受け取ってくれたのか、この場を去っていった。

 私を止める準備はしておいて欲しい。謝罪に行って王太子を殴っている自信があるからな。


 そして私は二階に赴き、王都に在住している護衛たちが、遠巻きに陣取っている一角に足を進める。

 まぁ、私の部屋の隣なのだが。


「辺境伯様!」


 私の姿を見たこの屋敷の護衛隊長が、私に向って敬礼をする。


「この先は危険であります」


 進む私の進行方向を阻害するように立ち塞がった。危険と言われても、この屋敷に招き入れたのは私だからな。


「大丈夫だ。君たちも食事をとってくるといい」

「しかし……」

「朝ご飯は大事だからな。しっかり食べろ。ここで時間を食っていると、エリーとロベルトが出発してしまうぞ」


 彼らには彼らの仕事がある。ここで時間を使ってしまうと、エリーとロベルトの出発に支障がでてしまう。

 因みにここにテオが居ないのは、騎士になると宿舎というところに入るから、屋敷には帰ってこない。


「それに私は君たちより強い」


 これに限る。

 伊達に辺境伯なんていう者を十年以上やってきてはいない。


「……それでは御前を失礼いたします」


 まぁ、自分たちより若い女が生意気に、という思いは内心持っているかもしれないが、そのまま自分たちの仕事に戻っていってくれた。


 さて、これで少々暴れても周りには被害が出ないだろう。


 きっとランドルフは周りを警戒してしまっているのだろうな。命令とは言え、知らないところでゆっくりと休むこともできないだろう。


 今日は、今まで住んでいたところに戻ってもらおう。その方が彼にとってもいいだろうし。


 父の部屋だった扉を開く。そこは殆ど物が置かれていない、がらんどうとした部屋だ。

 父が私室で使っていた執務机は、私の部屋に移動し、壁一面にあった本棚は書庫に移された。あるのは、父が座っているところを見たことがない長椅子が、部屋の隅に置かれているのみ。


 そして私は奥の部屋の方に向かう。そこはこの部屋の寝室だ。因みに私の部屋と、この部屋の間にも広い寝室がある。私はもちろん使ったことはないがな。


 私は寝室の扉の前に立ち、ノックをするが、返事はない。

 ドアノブに手をかける。ふぅと息を一つ吐き、一気に開け放つと、私の横を斬撃が通り抜けた。


 おぅ。これは普通に開けると腕一本ぐらい飛ばされるな。そして中に入り扉を閉めて、部屋の様子を窺う。


 室内に視線を巡らすが、ランドルフの姿が見えないし、気配も感じない。これは闇魔術の応用か?

 私がわからないって、これが敵なら完璧に首を取られているな。


 こっちからは対処できないので、私に攻撃したところで捕まえるか。しかし、叔父上の部下が優秀なのはいいのだが、これが続くとなると困るな。


 ふっと左側の空気に揺らぎが出た。左手に結界をまとって、下から上に振り上げる。すると何かが結界に触れたものの、その感覚は直ぐに無くなった。


 これは攻撃を繰り出して、通らないとわかると、剣を下げて間合いを取ったのか。


 あ……これ、私が苦手なタイプの攻撃だ。こういう暗殺型は、イラッとする。周辺一帯の広域範囲攻撃をして、始末したい感じだ。

 まぁ、ここですると屋敷が破壊されるので、しないけど。


 って、なんで私が攻撃されているわけ? 姿を見せれば、私だとわかると思ったのだけど?


 私が首を捻っていると、何故か天井が視界に映っている。

 あれ? 天井が見えているということは、私は床に背をついている!

 何が起こったのか全くわからない!


 そして、腹を圧迫され肩を押さえられ、首元にナイフを突きつけられていた。デジャヴ。


「ランドルフ。朝だぞ」


 一応、声をかけてみる。

 私を見下ろす金色の瞳に、人の意志があるようには見えない。ただ、何も視界には捉えておらず、目の前の敵を屠る者……叔父上は殺人マシーンでも作ったのだろうか。


 すると、金色の瞳がまばたきを繰り返した。


「シルファがいる」

「それはいるだろう。私の屋敷だからな」

「夜這い?」

「いや朝だからな」


 瞬きを繰り返す金色の瞳に、光が灯るように、私を認識しだした。

 ん? あれ? ということは、今まで私がいると認識していなかった?


「ゆめ?」

「現実だから、私の上から移動して欲しい」


 未だに首元にはナイフが突きつけられ、お腹には圧迫感があり、肩は動けないように押さえられている。


 するとナイフが収められ、お腹と肩の圧迫感はなくなったが、金色の目が私を見下ろしている状態に変わりはない。


 そして、ランドルフの顔が近づいてきた。


 ちょっと待て! またキスされるのか!


 構えていると、そのままランドルフは私に倒れかかってきた。


「すぅー……すぅー……」


 ……寝息が聞こえてくる。 


 寝ている!

 ……もしかして、無意識状態で敵を排除しようとしていたってことなのか? こわっ!


 私は、ランドルフを私の上から横に転がすようにして移動させる。


 この状態って昨日と同じだよな。昨日も今も、寝ているランドルフに近づいたために、攻撃された。

 ……叔父上! 黒騎士はどういう訓練をしたら、こんな化け物になるんだ? 絶対にヤバイだろう!


 私は起き上がって、寝ているランドルフを揺り起こす。


「ランドルフ。朝だぞ。このまま起きないと、王太子のところには私とザッシュだけで行くからな」

「駄目だ!」


 床から起き上がったランドルフは私の腕を掴む。そして、キョロキョロと辺りを見渡した。


「何故に床」


 ……記憶がないのか。これは使用人たちに、寝ているランドルフに近づかないように言っておかないといけないな。


「ランドルフ。聞きたいのだが、寝ていると無意識で近づく者は、攻撃対象になるのか?」

「は?……まさか、またシルファに攻撃していた?」


 私はコクリと頷いて、肯定する。うーん。どうも本人は寝ていると他の人を攻撃すると知っているようだ。


「すまない。どこか怪我はしていないか?」


 ランドルフは慌てて私の肩や腕を触って、怪我をしていないか確かめている。

 ということは、先程私と気がついてナイフを収めたことも記憶していない。


「私は怪我はしていないが、寝室に入ろうとしたメイドが怪我をしたと報告を受けている。無意識なのか?」


 するとランドルフは視線をオロオロさせて、観念したように、ため息を大きく吐いて話してくれた。


「母が生きていた頃は良かったのだが、アルディーラ家で幼い頃から、昼夜問わずミハエル様から色々されてきたので、誰かが近づくと排除するようになってしまったのだ。すまない」


 その言葉に十五年前の光景が脳裏に蘇った。あの金髪の少年は、数人の仲間を連れてランドルフに攻撃を仕掛けていた。ということは、使用人に命じてアルディーラ公爵家でも、ランドルフをいじめていたと思われる。

 これは自己防衛だったのか。少々過剰だと思わなくもないが、幼少からの積み重ねが、このようになってしまったのだろう。


 とても済まなそうな表情をしているランドルフに向って笑みを向ける。


「ランドルフ。ここには敵は居ない。だから、徐々でいいから、慣れていってもらいたい」


 できれば、無意識の攻撃性を押さえて欲しい。しかし、幼い頃のトラウマから脱却するには簡単なことではないだろう。

 あの時、ミハエルっていうガキを絞めておけばよかったか?


 いや、結局貴族社会というのは変わらない。身分というものが存在しているかぎり、その考えは無くならないだろう。人は差別化することを好む生き物だ。本当の平等などありはしない。


「さて、朝食の用意ができているから、準備ができたら、食堂に降りてくるといい」


 それだけを言って、私はランドルフの寝室を出ていった。……そう、寝ていたというランドルフが、黒騎士の隊服を着ていたことには何も触れずに……。


 あれって絶対にほぼ寝ていないよな。いつもと違う環境だからか? それともいつもあのような感じなのか?


 印象として受け取った感じは、幼少のことから周りを警戒して、睡眠をとっているように思える。


 魔眼持ちは数人だが知り合いはいるが、あそこまで魔眼の威圧を感じることはほぼない。

 ということは、魔眼の制御もおろそかになっているということか?


 うーん。今まで周りに騎士しかいなかったから、問題なかったかもしれないが、王都でも領地でも、自己防衛ができない使用人は大勢いる。

 使用人が怪我をしたということを繰り返せば、ヴァイザールの魔眼はという流れになってしまうので、早急に解決が必要だ。

 叔父上に相談するべきだろう。


 今までどうしていたのだと。



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