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第2話

旅は好きだ。春の空に匂いがするとはこういうことで、学校から出た時の光はまるで日本料理に出てくる伊勢海老みたいな感じだと思う。夜空の顔は狭いけれど、信じられないぐらい暗い夜も待たないことは確かだ。


「お、田中じゃん。」


「ゲッ。」


「ちょうど良かった、今日さ、新歓のコンパ一年生のために昼からやらなきゃ行けなくてさ、ちょっと人足りないからきてくんね?ほら、例のめっちゃくちゃ可愛い一年生も来るらしいからさ。」


「無理無理。もう一生のお願いならこの前聞いただろ。俺はこのあと予定があるから、んじゃまた。」


「あーそっけねーなー。こんなに俺がお願いしてるのに断るのかよ。あんなに可愛い子が好きだったのに、ちっぽけな予定かなんか知らないけど。ま、いいや、俺だけで楽しんでくるわ。」


小渕は大学の新歓コンパで出会った。タダ飯を食いにいった演劇サークルの催しで、こいつとたまたま同じテーブルだった。別に嫌いではないが、チャラチャラした感じが鼻につくタイプだ。別に嫌いじゃない。小渕は演劇サークルが気に入って、大学3年生の今、幹事長を務めている。責任感と義理だけは一丁前にあって、なんだか憎めないやつ。


「すまん。また飯行こ。」


「オッケー、じゃーなー。」


縁切り神社があると聞いたことがあるが、本当だろうか。そんなみっともない神社、存在していいのかすらわからないと言わんばかりに枯葉が落ちている。騒々しい道路をよそにくだらないことを考えて、東西線に乗り込んで渋谷に向かう。


中で小さな子供が泣いているのを見た。それを咎める母親と、冷ややかな目で見ている周り。こういうのを見るとうんざりする。どちらかと後者の方に。小さい子供は感情表現の手段がないからこそ泣くと聞いた。俺たちみたいに文才とか言語感覚とかがないなりに、一生懸命表現しているのだ。それこそ何も言えない大人よりも立派じゃないかと思う。


「次はー、高田馬場ー、高田馬場ー。山手線、西武新宿線は、お乗り換えです。」


普段から考え事をするのは好きな方だ。人生の真理について、誰にも言わない子の頭の中の世界で思考を張り巡らすのが得意だった。だからこそ文学という道に進んだのだが、最近はあんまり楽しくない。


田中彰人たなかあきと。ごく一般的な苗字のせいで、逆に苗字で呼ばれたり名前で呼ばれたりがごちゃごちゃになって、たまに自分がわからなくなる。白い空気の中で生まれたんだと親に嘘をつかれたことがあるが、俺はその嘘が好きだ。信二と出会ってからは、毎日がごく普通に過ぎ去っていく。なんの変哲もない、なんの苦労もない、かと言って衝撃的なこともなければ、衝動的な楽しみもない。


これが人生なのかと思っていると、このまま二人遠くの星を眺めていようと言った誰かの言葉を思い出す。叶うことのない宇宙の果てに捨てたいものはたくさんあるが、別に今はこのままでいい。


「次はー、渋谷ー。渋谷ー。」

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