第78話 お見舞い
女医さんに聞いた所、2人は別々の部屋らしい。
女子なのに別部屋なのは、ルチアの中にニコラスがまだ残っている可能性を考慮してなのかもしれないな。
まず俺はフラムの病室に行くことにした。
「……ここか」
病室の扉をノックする。
「どうぞ」
と聞こえたので、中に入ると、
「え!?」
「あ」
フラムはベッドに座り、こちらに体を向け、パジャマの前のボタンを閉めている最中だった。まだ胸の部分のボタンは閉めきれておらず、フラムの胸が半分ほど見えてしまっていた。辛うじて『頂点』はパジャマで隠れていたので、ギリセーフ……か?
「うわぁ!?」
フラムは慌てて体を背ける。俺も視線を天井に向けた。
「すすす、すみません……お見苦しいものを……て、てっきり、ナースさんかと思いまして……!」
「こっちこそ悪い。声を掛けるべきだったな」
フラムがボタンを閉めた後で、俺はまたフラムに視線を向ける。
「怪我は大丈夫か?」
「は、はい。怪我はもう大丈夫なんですけど……先ほどスプーシーさんとブルースさんがお見舞いに来て、その時のダメージが……」
アイツらこっちにも来たのか。
「なんか……この部屋、甘い匂いがするな」
嗅いだことのある匂いだ。
「あ、気付きましたか? これですよ」
フラムは芋の皮が入った紙袋を見せてくる。
「そうか。これ、焼き芋の匂いか」
「はい。ルチアさんが持ってきてくださったのです。迷惑を掛けたお詫びにと。ジブンは全然、気にしてないんですけどね」
「へぇ。アイツがね……」
人間成長するものだ。
「ジブン、ちょっと反省です。ルチアさんのこと、勘違いしていました。ただただ怖い人で、他人が嫌いな人だと思っていましたが……違いました。怖いのは変わらずですが、他人の事は嫌いなのではなく、怖いのですね。ルチアさんは」
的を射ていると思った。
ルチアが優秀な人間や未知な人間を罵倒し、遠ざけるのは自己防衛なんだ。他人と自分を比べて、惨めにならないようにするための自己防衛。
ルチアにとってヴィヴィは遠ざけたい優秀な人間で、ルチアにとってフラムは遠ざけたい未知な人間だったわけだ。
「ジブン、ルチアさんにはファクトリーに入ってほしいです。もっとルチアさんのこと、知りたいです!」
「それをそのまま本人に言ってやれよ」
「はい!」
元気の良い返事だ。
フラムはもう問題ない。そう判断した俺は病室を出て、その足でルチアの病室へ向かう。
ルチアの病室の扉をノックする。
「どうぞ」
扉を開けようとしたところで、俺は先ほどのミスを思い出す。
「ルチア、俺だ。入っていいか?」
俺が問うと、なぜか10秒ぐらい間を置かれて。
「いいわよ」
と返答がきた。
俺は扉を開けて、中に入る。だが、そこにルチアの姿は無かった。
「ルチア?」
俺は病室に体を全て入れる。すると、背後で扉が閉まる音がした。
「は?」
俺が振り返るより前に、俺はルチアに背後から首を絞められた。
「お、まえ……!?」
まさかニコラスのマナがまだ残っていたのか……!
「ふふふ……私を見くびったな。現代の錬金術師よ……!」
「ちぃ!」
首は両手に絞められている。
俺はルチアの両手を掴んで解き、ルチアの方へ体を反転させる。その時、俺とルチアの足が絡まってしまった。
「ちょっ!?」
俺とルチアは倒れ込む。上は譲るまいと、俺は仰向けのルチアに馬乗りになる。
「ちょ、放せコラ!」
「ふざけんな! 逃がさねぇよ!」
って、アレ?
そういや、コイツの声……二重じゃない。ニコラスに乗っ取られている時は二重だったのに。
「お前……」
ぽむ。と右手に柔らかい感触。
拘束するのに夢中だったせいで、俺の右手はルチアの――
「みゃああああああああああああっ!!!?」
ルチアの渾身のビンタが飛んできた。
「いてっ! ――お前、ニコラスじゃないのか?」
俺は拘束を解き、後ずさる。
「冗談に決まってるでしょバカ!」
「冗談になってねぇ……」
それにしても、今の感触。
「ルチア。お前けっこうでか――」
言い切る前に枕を顔面にぶつけられた。
「……げ、元気そうだな」
「ふんっ! 私の回復力を侮らないことね。体を奪われたぐらいじゃ全然、ピンピンよ!」
良かった。顔の腫れも引いてら。
「あーあ、退屈凌ぎにからかってやろうと思ったのに。アンタがそこまで変態だったとは計算違いよ」
ルチアは自分のベッドでふんぞり返る。
「もうニコラスの声は聞こえないか?」
「ええ。もうなんともない」
「そうか。ならいい」
俺は部屋を去ろうとするが、
「待ちなさい!」
「ん? なんだよ」
「あ、アンタは特に……迷惑を掛けたわ。色々……」
「ああ、気にするなよ。お前は操られていただけだろ」
「ち、違う! それは違う……そうするのは、逃げよ」
ルチアは顔を歪ませているが、その目は真っすぐだ。
「私の心の隙をつかれた。私の心がアイツに寄った。だから、私に責任はある」
「……そこを真っすぐ受け止められる辺りがお前の強さだよな」
「うるさい。上から言うな。――なんかお詫びするわ。何を要求してもいいわよ。特別にね」
「要求ね……」
俺はルチアの体をまじまじと見る。するとルチアは両腕で胸を隠し、
「え、エロいのは禁止! 禁止だけど……えぐいのはダメだけど……軽いのなら、いいわよ?」
「別にそんなの要求するつもりないよ。お詫びになんでもしてくれるってんなら、また一緒に焼き芋を食ってくれ」
「焼き芋……」
「ああ。お前と食べる焼き芋美味かったからさ、また味わいたい。それでチャラにしてやる。嫌か?」
「い、嫌じゃない!」
ルチアは枕を抱え込み、顔の下半分を枕で隠したまま立っている俺を見上げる。
「いいわよ……仕方ないわね。特別に、私と焼き芋を食べることを許可してあげる」
いつもは無駄に声を張っているのに、やけに小さな声で言いやがる。
「楽しみにしてるよ」
俺が病室を去ると、なにやら扉の先から呻き声とドタバタという物音が聞こえた。
ホント元気だなアイツ。と呟き、俺は自分の病室に戻った。
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俺とフラムは入院してから3日目で退院。ルチアは遅れて4日目で退院となった。
色々とあったけど、全て元通り。日常は安全運転を再開した。
閃光のように時は過ぎ、そして、選挙の日がやってくる。
花蝶の月55日。
今日、ジャッククラスのクラスリーダーが決定する。




