第76話 嵐が去る
風の合成を阻まれ、隙の生まれたニコラスの頬に、アランの鋼鉄の拳が炸裂する。
「がっ!?」
威力が強い。加減なしに殴ってやがる……!
「女子の顔だぞ……! アラン!!」
「……」
やばい。アイツ、目が血走っている!
「殺すな! アラン!!」
「……いいや、ここで躊躇うことはできない」
「よせ!」
「――そこまでだ」
2度、発砲音が鳴った。
アランの背中と、ルチアの腕に、小型の注射器のようなものが刺さった。すると、2人は全身を脱力し、瞼を落とした。
「これは……鎮静剤か……!」
「おのれ……! 私の体だったならば、こんなちんけな薬など……!」
2人は重なって眠る。
上を見る。天井に開いた大穴の傍に、ジョシュア先生が立っていた。
ジョシュア先生は拳銃を指で回している。
「何事だぁ? 状況説明を求むよ諸君」
「……ジョシュア先生……ナイスタイミング……」
ジョシュア先生は地下に降りてくる。ヴィヴィはルチアに緑色のポーションを飲ませ、打撲個所に軟膏を塗っていく。
俺はジョシュア先生とヴィヴィに事の顛末を細かく伝える。
「ヴィヴィ。どう考える?」
ジョシュア先生がヴィヴィに問う。
「恐らくルチア君が摂取したのはニコラスのマナが染みたポーションだったのでしょう。マナは魂の欠片、ルチア君の体内に侵入したニコラスの魂の欠片がルチア君のマナを通して、彼女の全身のコントロール権を奪ったのです」
「にわかには信じられないが、マナが原因だと言うなら解除は簡単だ」
「どうするんですか?」
俺が聞くとジョシュア先生は笑い、
「お前は毒蛇に腕を噛まれたらどうする?」
「それは、傷口から血液を吸って外に吐き出します」
「それと同じさ。マナに毒が侵入したなら、マナを取り除けばいい」
ジョシュア先生は眼帯を外し、左眼を見せる。
ジョシュア先生の左眼には、陣が描いてあった。
「イロハ。アランをどかしてくれ」
「は、はい」
俺はアランを横にずらす。
ジョシュア先生はルチアのことを左眼で見る。
「ジョシュア先生。一体なにをやってるんですか?」
「この左眼の義眼は『封印のマナ』を持つこの俺が作ったもんでな、左眼で見た者のマナを吸い取り義眼に封印する。一旦ルチアのマナを全て義眼に封印して、その後で義眼を砕けば吸い取ったマナは消滅する。大体1人あたり3分も見つめ続ければマナを全て奪い取れる」
「その義眼、貴重なんじゃないですか?」
「まさか。家に大量にストックがあるし、ストレージポーチにもいっぱい入ってるよ」
大量の義眼……想像すると気持ち悪いな。
「大丈夫なんですか? ニコラスのマナを体に取り込んで……」
「安心しろ。義眼のマナと俺の肉体のマナは連結していない。義眼から俺の肉体のマナに干渉することはできない」
それなら大丈夫か。
「終わったな」
ジョシュア先生は左手を左眼に突っ込む。
「うげっ……」
ジョシュア先生は左眼を抜き取り、握り潰した。
ジョシュア先生の手の隙間から、青白い光が漏れて、天に昇っていく。
『やってくれたな! 現代の錬金術師達よ!!』
光りからニコラスの声が聞こえる。
『今回は見逃してやる! だがいずれ、私は完全に復活する! 必ずや作ってみせるぞ! 私の理想郷を!!!』
ジョシュア先生は義眼の残骸を地面に捨て、踏みつぶす。
「うっせぇよ」
ニコラスの気配が完全に消える。
「ふーっ」
俺はため息をつき、その場にへたり込む。
「今回ばかりはマジで終わったと思ったぞ……」
「お疲れ様」
「ところでヴィヴィ。なんで俺達の場所がわかったんだ?」
「別れる前にスプレーを吹きかけただろう? あの時吹きかけたのは『千色香』という香水でね。人の肌に触れると、その人物に応じた匂いに変わるんだ。つまり……マーキングをしたわけだな」
「ほんと犬みたいだなおま――え!?」
みぞおちを容赦なく蹴られた。
「君は言葉を選ぶということを覚えたまえ」
「怪我人だぞこっちは!」
「知ったことか」
ヴィヴィは「ふん」とそっぽ向く。
「とっとと撤退するぞ。ルチアとフラムが心配だ」
ジョシュア先生は右肩にアランを、左肩にルチアを背負う。
急かされたので、歩こうとするが、
「いつつ……」
ついよろけてしまう。すると、ヴィヴィが肩を貸してくれた。
「掴みたいのなら止めはしない」
「素直に『肩を貸してあげる』って言えないもんかね」
俺はヴィヴィの肩を借りて、歩き出した。
こうして、突如として巻き起こったニコラスとの戦いは終結した。俺らはアトリエを見つけた報酬として賞金300万ゴルドを手にすることができた。
ちなみに、俺もフラムも肋骨を骨折していたため、学校の医療棟に泊まることになった。300万ゴルドの代償は厳しいものであった。




