第67話 嵐の前の静けさ
朝。いつものように通学路を歩く。
家を出て、住宅街を抜け、長い階段を上がり、学校に繋がる一本道を歩く。
学生達が一気に増えるこの道は『ランティス通り』と呼ばれ、露店・出張兵舎・診療所・雑貨店等々が立ち並ぶ。夕方は騒がしいが、朝はまだ露店は開いていないので静かなものだ。
ランティス通りを徒歩でゆくものは全体の半分ぐらいだろう。1年生は徒歩が多いけど、上級生のほとんどは空挺等の錬成物を使っている。ただ……錬成物を使うならまだわかるが、馬に乗って登校する人間もいるのは不思議だ。どうやって段差とか越えているんだろう。
「イロハ君、おはよう」
と、飛ぶカーペットの上から挨拶してきたのは爽やか眼鏡男子のアランだ。
「おはよう。快適そうだなお前」
「いつもは体力を鍛えるために徒歩で登校してるんだけどね。今日は寝坊したから仕方なく」
そういや、いつもより寝癖が多いな。
「あれヴィヴィさんじゃない?」
正面に二色髪の女子の背中を発見。俺とアランは速度を上げ、ヴィヴィに近づき話しかける。
「よう」
「おや、イロハ君にアラン君か。おはよう」
ヴィヴィの右手には本がある。どうやら読書しながら登校していたようだ。
「前方不注意で転んでも知らないぞ。ただでさえ、こんなどこからなにが飛んでくるかわからない通学路でさ」
「心配は無用だ。私には鼻がある」
視線が別の方を向いていても、匂いで周囲の状況を察せられる。そうヴィヴィは告げた。
「イロハ君。傷の調子はどうだい」
「おかげさんでバッチリだ」
「それにしても凄いよね。まさかあのブルース君に勝つなんて」
「我ながら卑怯な勝ち方だけどな」
1撃であのダメージだ。まともにやり合ったら100回やっても勝てない。
「体力の差を機転で埋めるとはね。私も見倣わなくてはならないなぁ」
お前は体力ゼロだもんな。
「そういや……なんでお前は空挺を使わないんだ? 体力ない癖に」
コイツ程の奴が空挺を作れないことも使えないことも無いだろうに。
「秘密だ。私には私の考えというものがある」
これ以上聞くな。という意思が視線から感じられたので、俺はそれ以上の追及を避けた。
ヴィヴィから視線を外すと、アランがちょんちょんと肩をつついてきた。
「見てよイロハ君。アレ」
アランが指さした方向にはルチアの姿があった。
ルチアはどこかおぼつかない足取りで学校に向かっている。
「……なんか変だなアイツ」
俺はルチアの背中を追う。ヴィヴィとアランもついてこようとするが、
「俺だけでいいよ。お前らはのんびり登校してろ」
「……そうだね。私の顔を見ると、彼女は素直じゃなくなるもんね」
さすがヴィヴィ。俺の意図はわかってるな。変にオブラートに包むんじゃなかった。
「そういうことだ。またな」
俺はルチアの横まで走る。
「おい。どうした? 顔色悪いぞ」
俺が話かけると、ルチアは不機嫌そうな顔をして、
「別に。むしろ今は愉快な気持ちよ」
ルチアはそう言って不敵に笑う。
その表情はどこか危うげで、心配になった。
「妙な薬でも飲んだか?」
「失礼な奴ね。まぁいいわ。今はアンタの無礼の1つや2つ、流してやるわよ。ふふん♪ あ~、まさか世界がこんなに綺麗だったとはね。知らなかったわ」
ルチアは鼻歌を歌いながらスキップし、学校へと入っていった。
へ、変だ。明らかに変だ。それに――なんだ? 今、ルチアの背後に黒いモヤが見えた。き、気持ち悪い。
俺は動揺し、つい足を止めてしまう。
「……イロハ君。彼女はどうしたのかな?」
ヴィヴィが隣に駆け寄ってくる。
「さぁな。機嫌は……いいみたいだ」
ヴィヴィは俺と同様に戸惑いを感じている様子。一方で、アランは考え込む素振りを見せていた。
「なにか気づいたことでもあるのか、アラン」
「いや、ルチアさんも含めてだけど、学園内の雰囲気がいつもと違うなって」
アランは風神丸を畳み、徒歩へと切り替える。
「確かにな……」
空は曇天。気温もいつもより低く、風がよく吹く。空気がどんよりとしている感じがする。
不機嫌そうな生徒が多々見られるし、風邪が流行っているわけじゃないのに咳の音が聞こえる。喧嘩しているような声も遠くから聞こえてくる。
不吉なオーラが見える。
「嵐の前の静けさってやつかな」
ヴィヴィはそう言って笑う。
「今日、何かが起こるかもしれないね」
「……滅多な事を言うなよ」
本当に何か起きたらどうするんだ。
「いいじゃないか。何も起きない日々より、イベントがある日々の方が面白いだろう」
「俺の学生生活は現時点で波乱ばかりなんだ。少しは休ませてくれ」
先に言っておくと、この時の俺の願いは残念ながら叶わない。
学園に充満する不吉のオーラは形を成して、俺達に牙を剥くのだった。
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