第66話 素直じゃないやつ
夜、俺は自分のアトリエで授業の復習をしていた。
錬金窯を雑貨屋で買った。メタルポーションは龍脈と呼ばれる地下にある自然マナの通り道から生成できるらしく、専用の吸い上げ機を買って地面に突き刺し、生成できるようにした。今や蛇口を捻ればメタルポーションを出せる。
錬成に次ぐ錬成。ポーションやら武器やらを錬成する。我ながらセンスがあるのか、どれも悪くない出来だ。
「へぇ。ここが君のアトリエか。オシャレじゃないか」
「ノックぐらいしろよ」
二色髪の少女、ヴィヴィが入ってきた。口にはブドウ糖スティックを咥えている。
「飾ってある風景画は自作かな?」
「まぁな。虹の筆でパパっと描いた。額はそこらの木々を使って合成した。ちなみに、それらはこの部屋に飾るために描いたわけじゃないぞ」
「ん? ……成程、これを売るのか」
「そ。俺が推薦する商品はズバリ『絵画』だ。額縁の素材は無料で手に入るし、虹の筆を使うから筆代インク代もかからない。製作時間も短い。店内に彩りも生まれる。これ以上ない答えだろ」
「うんうん。ムカつくという点を除けばまったく隙の無い商品だ」
「ムカつく要素あったか?」
「私には絶対作れない商品だ。だからムカつく」
ヴィヴィは色彩不識別、俺と真逆で色の違いがわからない。世界がセピア色に見えるそうだ。
ヴィヴィでは色を使った商品は作れない。ファクトリーのリーダーが良し悪しを判断できない物を商品にしたのは……失敗だったかな。
「良い絵だね。君が作ったのだから、さぞかし素敵な色使いなんだろうな。悲しいね。私にはこの絵の真価が測れない。君の絵の全てを、理解してあげることができない」
ヴィヴィは自嘲するように笑う。
「おっと、そんなことを言いに来たんじゃなかった。ねぇイロハ君、君はルチア君についてどう思う?」
「どう思うっていうのは、性格面の話か? それとも能力面の話か?」
「どっちもだ。おっと、勘違いしないでくれ。陰口を言いに来たんじゃないんだ。私はともかく、アラン君やフラム君があまりルチア君を良く思っていないと感じてね。もしもファクトリーに不協和音を生むようなら、たとえ金が貰えてもルチア君をファクトリーに入れるのはまずいだと思うんだ。私はリーダーの経験が無い。だから、道に迷っている。忌憚ない意見を聞かせてくれ」
俺もリーダーというか、人付き合いの経験はほとんど無いんだけどな……。
「アイツの性格に難があるのは事実だ。アイツをファクトリーに入れたら、間違いなく摩擦は生まれるだろうな」
アランは明確にルチアに対し拒否感を示していたし、ルチアはフラムに対して強い嫌悪感を示していた。フラムはルチアの態度から、ルチアを怖がってしまっている。
「ただ能力的には必須の存在だ」
「彼女の能力がかい? ハッキリ言って、全てにおいて私の下位互換じゃないかな?」
「本人が居ないからってハッキリ言い過ぎだ……まぁ、俺も同じような評価だよ。でも、だからこそいいと言える。アイツの能力はお前に比べて二段は落ちる。けど、俺達他のメンバーは二段どころじゃなく六段落ちぐらいだ。俺達からすると、お前の錬成のスキルは高すぎて、お前の意図が汲めないことが多々あるんだよ」
「そういえば、この前ルチア君を助けるためにポーションを作った際も苦労したね。採ってきてもらった素材の品質が希望のものと違ったり、誰も私の助手をできなかったり」
そう。今のままじゃ錬金術をする際にヴィヴィの負担が大きすぎる。
「俺も色が関わらない、知識でやる錬成に関してはてんで素人だからな。あの時だって、ルチアだったらお前の希望通りの物を用意できたし、助手もできたと思う。お前の意図を汲んで、噛み砕いて他の連中に説明もできたと思うんだ。ほら、アイツって見るからに天才型じゃなくて努力型だからさ、凡人の気持ちもちゃんと拾えるはず。俺達とお前の間を繋ぐ、ちょうどいい架け橋になるんだよ、ルチアは」
「言いたいことはわかった。しかし、まだマイナス面をプラス面が上回っているとは思わないね」
俺なりに上手く言ったつもりだったが、ヴィヴィの心は動かないか。ならば、
「ここからは客観的じゃなく個人的な話になるけどさ……俺はアイツを入れたい」
「へぇ。理由は?」
「ああいうタイプは好きだからさ。プライドが高くて、人間臭くて、努力家で。アイツの色は、いつか必ず俺とお前に良い色を与えてくれる……そんな予感がする」
「ほんと、酷く個人的な意見だ」
ヴィヴィは呆れたように笑い、
「そうだねぇ、君にとってプラスになるのなら、いいだろう。当初の予定通り、ルチア君はファクトリーに入れる方向でいこう」
「ヴィヴィ……」
「勘違いするなよ。君のためってわけじゃない。君は私の助手だ。ゆえに、君の成長は私のためになる。そう、全ては私のためだ」
「お前って、素直じゃないよな」
「わかりやすい女性がお好みかな?」
俺は首を横に振り、
「馬鹿言え。モナリザはミステリアスだから美しいんだ」
「久しぶりに言わせてもらうね……キ・モ」
蔑みに満ちた瞳と表情だった。
「それではイロハ君、私はこれにて失礼する。あ、それとついでに……」
ヴィヴィはポケットからプラスチックの容器を出した。俺は容器を受け取る。
「これは……軟膏壺か?」
「うん。ほら、君、ブルース君に脇腹を打ち込まれたろ?」
「ああ」
「腫れてるようならそれを塗っておきたまえ。すぐ治る。なんせ私が調合した塗り薬だからね」
「……」
「まぁついでだついで」
軟膏壺を開くと、真珠のように白い塗り薬が満ちていた。まさかとは思うけど……コイツがここに来たのって。
いや、余計なことは言うまい。
「ありがたく使わせてもらうよ」
「そうしてくれ。じゃあね」
ヴィヴィは足早に出て行った。
「……本当に素直じゃないやつ」
上裸になり、塗り薬を腫れた部分に塗ってみる。
「うっ……!」
痺れるような痛みとひんやりとした感触がのぼってくる。
ジンジンと、腫れた部分が鳴き声を上げる。
「きっくな~」
塗ってから2時間程で腫れは落ち着き、痛みも無くなっていた。明日の朝には治ってそうな勢いだ。
さすがヴィヴィ=ロス=グランデ、段違いだ。この塗り薬、一般社会で売ったらとんでもないく売れるんじゃないか?
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肌寒い夜。
ジャック校長とジョシュア教員は給湯室にて、錬成豆レッドティアラのコーヒーを飲んでいた。
「無理だね」
「ですね」
「ニコラスのアトリエ……ここまで気配が無いとは驚きだ」
2人はいま、この学園にあるとされるニコラスのアトリエを探していた。しかし、アトリエの僅かな痕跡すら見つけられずにいた。
「どうするかねぇ……」
「諦めましょうよ。なんか出てきても神樹の守護者で何とかしますって」
「ん~! 貴殿らを信用していないわけでは無いが……ニコラスに先手を取られるのはまずい。やはりこっちが先に見つけなくては……よし決めた!」
ジャック校長は指を鳴らす。
「生徒達を利用しよう! 吾輩に考えがある!」
「またロクでも無いこと思いついたんでしょう? あーあ、嫌な予感しかしねぇ」
「ふっふっふ。明日を楽しみにしておきたまえ。ところでジョシュア先生、この錬成豆美味しいね。どこ産」
「コーヒー豆専門の錬金術師でファルジオ=カートスって人がいて……」
水面下で悪意が蠢いているとも知らず、2人はコーヒー談議に花を咲かせたのだった。
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自室のベッドにて、ルチアは唐突に目を覚ました。
「何よ……この声……」
ルチアの頭に、女性の声が響く。
『力が欲しいようだな……娘』
ルチアは心を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
「これ、あの校舎裏で聞いた声……」
『私がくれてやる。だから、私の言う通りに動け……』
「アンタ、誰よ……!」
声の主は笑い、名を口にする。
『私はニコラス=フラメル……この錬金術世界の、神だ』




