第62話 ナポリタン
ルチアをドクターファクトリーに送った後、俺達は解散となった。
俺はドクターファクトリーに興味があったのと、さすがに1人はルチアの付き添いで残った方がいいだろうという思いからドクターファクトリーに残った。ヴィヴィとフラムはルチア程じゃないがバテ気味で、休養のため速やかに家に帰った。スプーシーは「オス共に負けてられん」と樹海へ狩りに行った。アランだけが俺と同じくドクターファクトリーに残った。
「今更言うのもなんだけどね。僕はルチアさんをファクトリーに入れるのは反対なんだ」
ドクターファクトリー内にある薬屋で薬草を眺めていると、アランは唐突にそんなことを言ってきた。
「ホント今更だな。理由を聞いてもいいか?」
「彼女は前時代的だからさ」
「前時代的?」
「錬金術の歴史とか、過去の風潮とかを重視するってこと。革新的じゃないんだよ」
「保守的ってことか」
「君には正直に言うけど、僕は今の錬金術世界は好きじゃなくてね。誰かにぶっ壊して欲しいな~、なーんて思ってるんだよね」
「……物騒だなオイ。政治的な話はできないぞ俺。なんせ錬金術師の社会についてなにも知らないからな」
アランはその機械の手で頬を掻く。
「政治とかじゃないんだ。姿勢の話さ。ルチアさんは新しい要素を認めない。スプーシーさんへの態度を見ればわかるでしょ? 彼女は親世代が否定したものは受け入れない。一方でヴィヴィさんは常に新しい道を拓き、新しい要素を受け入れる。最高だね。僕はさ、ヴィヴィさんにはそのまま真っすぐ自分の道を行ってほしいんだ。ルチアさんは彼女の道の妨げになると思う」
言いたいことはわかるけど……。
「古い考えは捨てて、錬金術師は新しいステップに進むべきだ。そのためにもヴィヴィさんには頑張ってほしい」
「新しい道を拓くには、これまで先人たちが歩いた道を振り返り、理解することが大切だと思うぞ。ルチアの『古い目線』はヴィヴィの『新しい道』の支えになるさ」
「へぇ。結構堅い考えなんだね」
「これでも美術家の端くれだったからな。過去の積み重ねの大切さは理解している。もちろん、古い考えに固執するのが良いと言ってるわけじゃない。どっちも必要だって話だ。過去を重んじる心も、新境地を求める心もな。俺から見たら、新しいことだけにこだわるお前の方が堅い」
アランは腕を組み、考える素振りを見せた後、納得したように頷いた。
「……うん。君の言い分の方が正しいね」
「大体お前、ルチアを認められないって言う割に狩りは全力だったじゃないか。ルチアを入れたくないなら、ルチアを勝たせた方がいいだろ。そうすりゃアイツはウチには入らないんだ」
「ルチアさんを入れたくない気持ち以上に、ヴィヴィさんをリーダーに押し上げたい気持ちが強いのさ。彼女がリーダーシップを学ぶ場として、このクラスはちょうどいい」
「お前はあれか、ヴィヴィの保護者か何かか?」
「あはは! 強いて言うなら支持者だよ。言っておくけど、ヴィヴィさんだけじゃなく、君の支持者でもあるからね。イロハ君」
「俺? 俺は錬金術の新境地とか興味ないぞ」
「まさにそれさ。その考えが新鮮なんだ。錬金術師のほとんどが誰も到達したことのない場所を目指している。その欲が、錬金術の在り方を歪める」
錬金術の在り方、ね。
コイツがここまで自分の考えとか話すのは珍しい。それだけ、ルチアを牽制したいのかな。
「……今日はちょっとつまらない話をし過ぎたね」
アランは薬屋の外へ足を向ける。
「僕は帰るよ。言いたいことは言えたからさ」
「ルチアが気に入らないってことを俺に伝えるためだけに残ったのかよ……性格悪いな」
アランは歯を見せて笑う。
「はははっ! そうだよ~。僕は性格が悪いんだ。でも安心して。僕はクズで嘘つきだけど、君とヴィヴィさんのことは絶対裏切らないから」
そう言ったアランの横顔はどこか含みがあった。けれど、どうにも嘘をついているようには見えなかった。
アランが帰った後、俺はルチアの病室に向かった。この訪問でルチアが起きてなかったならさすがに俺も帰ろう。そろそろ日が暮れる。
ルチアの病室がある3階へ上がると、ルチアの病室から誰かが出てくるのが見えた。青い制服を来た女子生徒だ。
ルチアの知り合いだろうか。
凄い。生きている人間とは思えないぐらい顔と体つきのバランスが完璧だ。顔の造形も整っている。俗にいう美人……の中でも最高峰だな。
もしもヌードを描くならモデルはこういう人がいいな。いや、完璧過ぎてモチーフには向かないか。不完全が生み出す『美』というものもあるから――
「待ちなさい」
すれ違う刹那。俺は呼び止められた。
「イロハ=シロガネ……で間違い無いわね?」
「どちら様ですか?」
「イライザ=イシスフェル」
「……すみません。名前聞いても『あ!』ってならないです」
「2学年の首席。星章所持者の1人よ」
ステラホルダーっていうのも知らない……。
「面白い眼を持っているそうね。なんでも、常人よりも細かく色を見切るとか」
「そんな大したもんじゃないですよ。この眼でわかることと言ったら、あなたの昼食のメニューぐらいです」
「え……?」
「ナポリタン。美味しかったですか?」
「!?」
俺が言うと、イライザという女性は口を手で隠した。
「……口の洗浄はしっかり済ませたはずだけど」
「人間、口の中はしっかりと掃除しますが、意外に口周りは布で軽く拭って終わりだったりしてね。あなたの下唇の下の皮膚、僅かに赤味が残っていた。ナポリタンに使うトマトケチャップの色だ。あと粉チーズの色味も混じっている」
イライザ先輩は目を見開き、僅かに頬にピンク色を差した。鉄仮面に一筋の亀裂が走った。
「大丈夫ですよ。俺以外の人間には白くて綺麗な肌に見えます」
「……面白いわね。あなた」
「それはどうも」
俺はイライザさんに軽く会釈し、ルチアの病室に入った。




