第58話 イロハとルチア
放課後になって、俺はキャンパスの中を歩き回っていた。なぜ歩き回っているかと言うと、まだ俺はこのキャンパス内を全然把握していないからである。どこかで1度、1人で見て回りたかった。ずっと暇がなかったけど、ようやくのんびりできるゆとりができた。
「うげっ!?」
なんか踏んだ。これ、色からして……馬糞か!?
「くそっ! 水道はどこだ!」
このランティス錬金学校の敷地はめちゃくちゃに広い。校舎の他にも研究施設やサークル棟とかもあるし、前に行った食堂もキャンパスの1部。素材とかが詰めてある大型倉庫も数えきれないぐらいあるし、畑もある。陸棲生物・水棲生物・空棲生物それぞれの飼育施設もある。1時間近く歩き回っているのにまだ終わりが見えない。そろそろ帰ろうかな、と思ったところで、
「ん?」
カーン。カーン。と甲高い音が聞こえてきた。
なんとなく音の方へ向かってみる。
「この辺にあるのは……廃校舎か?」
明らかに使われていない校舎が並んでいる。汚れた壁、ヒビの入った窓、石床の隙間から生え出る雑草。不気味だ。
「この校舎の裏からか」
ついに音の出所を特定する。
物陰に隠れつつ、校舎の裏を見る。そこに居たのは……。
「ふぅ!」
運動着で、汗だくのルチアだった。焚き火の傍で、なにやら作業をしている。
「……なにやってんだ……?」
ルチアの背後には大量の廃材が積んである。
そうか。アイツ、ここでトトに渡す錬成物を作っていたのか。小型の錬成窯もあるし、間違いないだろう。
顔は土塗れで、手にはマメが見える。相当やってるな。
ルチアは手に持ったツルハシで、目の前に置いた黒い鉱石を打つ。すると鉱石は割れた。ルチアは「やった……」と笑い、その場に座り込んだ。
「さぁって、良いのできたし、ごはんごはん♪」
ルチアは両手に軍手を嵌め、トングを持つ。
ルチアは焚き火の下からトングで芋を引っ張り出した。焼き芋か。ルチアは焼き芋を手に取り、割って、美味そうに頬張る。
「ん~! んふふ! おいしっ。これで絶対アイツらに負けないわ!」
「……美味そうだな。もう1個無いのか」
校舎裏に顔を出す。するとルチアはゆっくりと首を回し、俺を見て、涙目になった。
「な、な、なによアンタ! なんでこんなところに居るわけ!?」
「偶然だよ」
「嘘ね! 私の偵察に来たんでしょ!」
「どうとでも思えよ。それより、俺にも焼き芋くれよ」
ルチアはカーっと顔を赤くさせ、今更焼き芋を背中に隠した。
「……見てたの?」
「なにを?」
「……私が、焼き芋を食べる所……」
「見てたよ。『ん~ んふふ! おいしっ』ってやってたな」
完璧な物真似を披露すると、さらにルチアは顔を紅潮させ、
「言わないで! 絶対誰にも言わないで!」
ルチアが詰め寄ってくる。
「なんでだよ。別にいいじゃないか。焼き芋が好きでも」
「い・や・よ! ……芋が好きなんて、それこそ芋クサいじゃないっ! 私は気品が売りなんだから! ワイン片手にキャビアを食べてるイメージなの!」
お前にそんなイメージを抱いているやつは多分いない。
「アンタは何も見てない! わかった!?」
「俺を黙らせたいなら口止め料が必要だな」
「なっ!?」
「今日は冷えるし、温かい物が食べたいね」
俺が暗に焼き芋を求めると、ルチアは焚き火の中からもう1個芋を掘り出した。
「はい」
「ありがたく」
寒空の下、ルチアと一緒に焼き芋を食べる。
「ほふっ! あふっ! あふ!」
口腔を焼き芋の熱が襲う。口から熱気を吹かし、なんとか冷ます。
「ふふっ、変な顔」
「あっまい! うっまい! 凄いな……蜜がたっぷりだ!」
「当たり前よ。私が何年もかけて開発したサツマイモですもの」
オリジナルブランドかよ。素直に凄い。
なにもつけずに食べられる。こりゃハマるのもわかるな。
「つーかお前、なんでこんな所で作業してたんだ?」
「鉱石をぶっ叩いて強度を確かめるんだから、家でやったら近所迷惑よ。それに、ここに居ると新しい発想が湧いてくるの」
「なんだそりゃ」
「神のお告げってやつ? 天からアイディアが降り注いでくるのよね。『こうすればもっと良い物が作れる』ってね。家や教室じゃ聞こえない。ここに居ると聞こえてくる」
神のお告げね。この国にも宗教とかあるのかね。
「お前さ、ここに来るまでに馬糞踏まなかった?」
「はぁ!? アンタねぇ……ごはん食べてる時に糞の話とかしないでよっ! ……でなに、アンタ踏んだの?」
「……まぁな」
「ぷっ、くははっ! 信じられない……! 犬の糞とかじゃなくて馬糞って……!」
「うるさいな。俺が1番驚いたっての。あ、ちなみに踏んだの右足な」
ちなみにルチアは俺の右隣に居る。
「ちょっ!? 私の左に座らないでよ!」
「もう洗ったって」
「それでも嫌!」
ルチアはわざわざ俺の左隣に回り込んだ。
それから他愛ない雑談を暫くして、日も暮れてきたところで俺は腰を上げる。
「邪魔したな。今日のことは誰にも話さないよ」
「え。帰るの……?」
「もう夕方だぞ。お前もあまり遅くなるなよ。じゃあな」
俺が立ち去ろうとすると、
「あ、アンタ! 絶対、誰にもこの場所を言わないでよっ!」
「言わないよ」
「もう2度と来るんじゃないわよ!」
「来ないよ」
「ぜ、絶対来ちゃダメだからね!」
「うん。来ない来ない」
俺は校舎裏から立ち去る。最後にルチアの顔をちらっと見たが、なぜか寂しげな顔をしていた。
キャンパスを出て、城下町に足を運ぶ。今日はひたすらにオフ。休息日だ。
「へい! そこに兄ちゃん! なんか買ってかない?」
屋台のオッサンに呼び止められた。
「美味そうな匂い……」
屋台には肉塊が吊るされている。鉄板があるから、この肉を鉄板で焼くのかな?
商品の名前は“ジビエサンド”。
「どういう料理なんだ?」
「俺が狩猟した肉をキャベツと生地で巻いて出してるんだ。今日のおすすめジビエはシロヒゲイノシシだ。白い毛並みのイノシシで、肉汁弾ける野性味に溢れた肉を持っている。霜降りの赤身は最高だぞ。臭みはあるが、その臭みがクセになる! その肉に、錬金術で作ったこの秘伝ダレを塗る!」
オッサンは壺に入った黒いタレを見せてくる。凄まじく香ばしい。腹の虫が騒ぎ出す。
「や、やばい……涎が……!」
「タレを塗った肉を、宝珠林で採れたシャキシャキのキャベツで巻くんだ。具材には同じく宝珠林で採れた新鮮野菜と竜渓谷で採れたドラゴンハーブ。全部を丸っと生地で包んで完成……つーわけよ!」
「ぜひとも1個ください!!」
夕飯は決まりだ。
さらに別の屋台では、
「そこの生徒さん! ご飯の付け合わせに薬膳鍋はどう? この世で最も生命力に溢れる地、仙本総山でしか採れない薬草やハーブがたんまり入ってるよ。一杯飲むだけで芯から温まるよ!」
「うぐぐ……」
俺は勧められるまま、お婆さんから一杯買ってしまう。紅いグツグツのスープを紙のカップに入れて渡された。さらに、
「どうも~! サンシャインパインの生絞りジュースはいかが~!?」
「黄金地帯で採れた金色マロンのモンブランまだあるよ~。売り切れ間近だよ~」
「コーヒー愛好家の皆様にご朗報! 錬成豆イチバンボシ入荷したよ! 最高のコクと絶妙な酸味だよ~!」
全部買ってしまった。
家に帰り、テーブルに広げる。
まずジビエサンドと薬膳鍋を食べ、サンシャインパインの生絞りジュースを飲み、デザートにモンブラン。食後にイチバンボシを淹れて飲んだ。
「ふぅ」
全部美味い。やばいな。ここの料理に慣れたら元の食生活に戻れないぞ。
食後の充実感も最高。薬膳鍋のおかげか、体の底から力が湧き出す。コーヒーのおかげでリラックスもできている。これ程素晴らしい満腹感は人生で初めてかもしれない。
「よし。英気も養ったことだし、明日から頑張るか」
それから俺はフラムのサポートをしつつ、対ブルースの対策を練り、日々を過ごした。そして、花蝶の月46日がやってきた。
トトが開く品評会。フラムvsルチアの錬成勝負だ。




