第56話 幼女先生と眼鏡先生
言われた通り並ぶとオードリー先生は杖に跨り、空に飛んだ。
「皆さん知っていると思いますが、空挺とはこのように空を飛ぶことができる乗り物を指します。乗りこなせれば空を飛ぶ動物を狩りやすくなったり、天空庭園や天空城にも容易に行けるようになるため、必ず採取に役に立ちます。この授業では空挺を作るのではなく、空挺に乗る方法を教授します。空挺は便利ですが、同時に事故も多い危険な乗り物です。しっかりと私の指示には従ってください」
空挺か。正直もう乗りこなせるんだよな。
「では最初に、この鉄球を取りに来てください」
鉄球の山が風に運ばれてやってきた。
鉄球にはそれぞれマナドラフトがついている。
オードリー先生は鉄球のマナドラフトに手を合わせる。すると鉄球はオードリー先生の手のひらにくっついた。
オードリー先生は鉄球を掴まずに持ち上げた。
「この鉄球を力で持ち上げるのは無理でしょう。ですが、こうやってマナドラフトからマナを注入することで浮かすことができます。まずはこの鉄球を浮かせるようになってください!」
というわけで、生徒たちは鉄球浮かし訓練に取り掛かる。
俺も挑戦する。
マナドラフトに手を合わせ、鉄球を持ち上げる。無重量、みかんを糊で手にくっつけているような感覚だ。
「さすがですね」
オードリー先生が話しかけてきた。
間近で見るとより小さく感じる。
「見てましたよ、この前の空挺ダーツ。お見事でした」
「ありがとうございます」
「でもイカサマは良くないですね。あの場は見逃してあげましたけど」
ギク、と肩が震える。
「……気づきましたか」
「空に居る時と地上に降りた時でダーツの刺さっているポイントが変わってましたから」
上空で高速で動く俺たちのダーツボードを、観客席から視認できたのか。
この人、俺とは別ベクトルで目が良いな。
「空挺に興味があるのなら、わたしの〈スカイファクトリー〉に見学に来ませんか? 〈スカイファクトリー〉では空挺の開発、研究。さらには空挺ダーツ含む空挺競技への参加もしています」
「すみません。俺、もうファクトリーには入ってますから」
「大丈夫です。ファクトリーを変更するのはそこまで難しいことではありません。私が口添えをすればすぐにでも――」
ゴホン。と大きな咳払いが横から割り込んできた。
咳払いをしたのはヴィヴィだ。
「先生。授業中ですので、スカウトは程々にしてもらえますか?」
ヴィヴィは笑顔で忠告する。オードリー先生はハッとした顔をした。
「そうですね……! ヴィヴィさんの言う通りです。授業中は授業に集中せねば!」
素直だな。
オードリー先生は苦戦している他の生徒の元へ移動していった。
「これ難しいねイロハ君」
と、アランは浮かび上がらない鉄球を指して言う。
「そうか。お前の腕、マナの伝達が難しいんだっけ」
「うん。重いやつは特にね。風神丸みたいに軽いやつならいけるんだけど――よっと」
アランは鉄球を右手で容易く持ち上げる。
「持つ方がよっぽど簡単だよ」
「……それはお前だけだ」
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二時間目、植物錬金学ポーション科。
教室に入ってきた先生は眼鏡をかけた知的そうな女性だった。胸が大きく、くびれがあって、誰から見ても美人。男子たちは大歓喜だ。女好きのベルモンドの背筋がピンと伸びた。
「私が植物錬金学ポーション科を担当するヴィクトリア=ミッチェルです。座学・採取・錬成、どれもやっていくつもりです。わからないことがあったら気軽に聞いてね」
ヴィクトリア先生は最後にウィンクをする。そして巻き起こる男子の歓声。
一方、女子はシュン……と冷めきっていた。男女でこうも反応が変わるものか。ロアだけは男子に混じって騒いでるけど。
今日は座学みたいで、滞りなく授業は進んでいった。わかりやすく、要点を押さえた授業であり、時々生徒に質問をしたり、グループで話し合いをさせたりと、飽きさせない工夫を感じた。これまでの授業で一番バランスの良い教え方だった。
「うん。まだ早いけど、今日はもう終わりにしましょうか」
授業終わり10分前に先生は授業を終わらせた。
ヴィクトリア先生は男子の視線を集めながら、なぜか俺の席の前に来た。
「イロハ=シロガネ君ね?」
「はい。そうですけ――むぐっ!?」
顔全体を柔らかい感触が包み込んだ。
ヴィクトリア先生の豊満なバストに抱擁されたようだ。
「会いたかったー! 中々タイミングなくて、挨拶するのおそくなっちゃったわ。ごめんないね」
「ちょ、苦しい――って!」
俺は力づくでヴィクトリア先生を引き離す。
瞬間、全身に感じる殺気。男子と、恐らくは隣の席の少女の殺気だろう。
「……一体なんですか? どこかで会ったことありましたっけ」
「あらぁ? 兄弟子からはなにも聞いてないのね」
兄弟子? 誰のことだ?
「私は君の養父であるアゲハ=シロガネの弟子なの。アゲハ先生には凄くお世話になったわ」
「爺さんの弟子……? 爺さん、弟子なんて取ってたのか」
「ええ。私以外にもアゲハ先生の弟子は居るわよ。兄弟子――コノハ先輩にはもう会ったでしょ?」
「コノハ先生も爺さんの弟子だったんですか。初めて知りました」
芸事などで子供を弟子にするのはよくあることだが、コノハ先生は爺さんのこと嫌ってるみたいだったし、あまり親密な関係には思えなかった。師弟だったとは驚きだ。
「アゲハ先生の養子である君には期待してるわ。あの人が何もない子を養子にするとは思えないもの」
ヴィクトリア先生は俺の耳に口を寄せ、誰にも聞こえない声で、
「……今度、2人でディナーにでも行きましょうね♪」
と妖艶な声色で言った。
「じゃあね~」
ヴィクトリア先生が教室を去ると、隣の席の二色髪女子が薄っぺらい笑顔で、
「いやはや、最近のイロハ君は絶好調だねぇ」
「嫌味にしか聞こえないが」
「オードリー先生の次はヴィクトリア先生か。イロハ君はどっちがお好みなのかな~?」
一応言っておくが、コイツは決して嫉妬はしていない。ただの嫌味、ただの茶化しだ。表情が物語っている。
「お前は知ってるだろ。俺はモナリザにしか興味が無い。これでも一途なんだ」
「一途か。ステキな言葉だけど君の場合、浮気性の方がマシだったね」
「そんなことより、浮いた3票についてどうするかは決めたのか?」
「スプーシー君の狩り勝負についてはアラン君に一任する」
「うん。僕に任せてよ」
と、俺の席に立ち寄ってアランは言う。
「他の2人はどうするの?」
アランが聞くと、ヴィヴィは椅子をカタカタと揺らし、いつもの甘々スティックを口に咥えた。
「トト君については思索中。アイディアはすでに……」
「あの!」
フラムが手を挙げる。
「トトさんの件は……じ、ジブンに、任せてくれませんか!」
「ほう? なにか考えがあるのか」
「はい!」
「わかった。ならば任せるよ。となると、後はブルース君か。彼を倒すのは至難だね」
アランに目を向ける。アランは肩を竦めて首を横に振った。
アランがダメとなると手が無いな。正直。
「無効票になるよりはルチア君に取って欲しいのだけどね」
「そうなると仮に僕らがトトさんとスプーシーさんの票を取った場合、同票になるわけか」
「うん。ジョシュア先生はなんとなくこっちに入れてくれそうだし、同票なら勝算は高い」
確かにジョシュア先生は俺達を贔屓にしている気がする。だからと言って確実にこっちの味方をするとは言えない。やはりブルースの票も取るべきだ。
スプーシーを先に仲間にして、それからスプーシーに頼んでブルースを倒してもらうか。
でも眺めていた限り、実力はブルースの方が上なんだよな。
実力でブルースに勝てる人間はいない。ならば、トリックで潰せばいい。
正々堂々にこだわらなければやりようはある。トリックなら……俺の出番だな。




