第48話 訪問者
喫茶店“ティーファクトリー”で解散した後、特に外でやることがない俺は帰路についた。しかし困ったことに、自宅の玄関扉の前には邪魔者が立っていた。
「遅かったわね」
そう俺に手を振ったのは金髪の女子、ルチアだ。
「何か用か?」
「ええ。長話になるわ。上がらせてもらってもいいかしら?」
爺さんの手記は床下、地面の中に埋めてある。上げても問題はないな。
「どうぞ。ドリンクは何がいい?」
「コーヒーでお願い。砂糖は無しよ」
む。気が合いそうだな。
リビングに招き、丸テーブルの前に座らせる。ルチアは何やらソワソワしていた。
「落ち着きが無いな」
「う、うるさいわね……男の子の部屋、入るの初めてなのよ……あ、アンタ、変な事考えたら打ち首だからね!」
「安心しろ。俺はお前にまったく性的興味はない」
「なにをぉ!?」
というかモナリザ以外の女に興味は無い。
「嘘はいいのよ。私のようなパーフェクトな女に野獣の如き性欲を抱くことは罪じゃないわ」
「……アレか。錬金術師の女ってのは、全員自信過剰なのか?」
同じようなセリフをつい最近聞いたぞ。
コーヒーを2人分入れ、持っていく。ルチアは俺の家を隅々まで観察していた。
「どこか綻びでも?」
「ないから驚いているの。素晴らしい家ね……ちょっとムカつく」
テーブルにコーヒーを置き、ルチアの正面に座る。
「この家はアンタが作ったの?」
「もちろんだ」
「なるほどね。ヴィヴィが助手に置くだけあるわ」
「ちょい待ち。俺はヴィヴィの助手になった覚えはないぞ」
一度だけ助手をしたことはあるけども。
「そうなの? それは失礼」
ルチアはコーヒーを一口飲み、「美味い」と称賛し、カップをテーブルに置く。
「ファクトリーの先輩から聞いた話なんだけどね、一年生は今月中にクラスリーダーを決めるそうなの」
「初耳だ」
「私はクラスリーダーに立候補するつもりよ。そこで聞きたいのだけど、ヴィヴィはリーダーに立候補すると思う?」
ルチアの用件、目的。それがやっとわかった。
「本人から直接聞いたわけじゃないが、99%ないな。アイツはクラスリーダーに立候補はしないよ」
ルチアはクラスリーダーにヴィヴィが立候補することを恐れていたのだろう。ヴィヴィはニコラス賞を受賞し、さらに新入生代表にも選抜された才女。クラスリーダーとして申し分ない資質を持っている。ヴィヴィが立候補すれば強力なライバルになる。
しかし、ヴィヴィが立候補することはないと断言できる。
ヴィヴィの一番の目的は賢者の石の錬成。余計な仕事は抱えたくないはず。ただでさえ、今はファクトリー関係のことでバタバタしているからな。
1%余地を残したのはアイツの名誉好きな面を考慮してのことだ。アイツは功績とやらに強いこだわりがあるからな。クラスリーダーをやっていた、という功績を欲しがる可能性は僅かだがある。
「だから安心しろ。他に立候補者がいない限り、お前がクラスリーダーだ」
「それは困るわね」
「なに?」
ルチアは予想外の反応を見せる。
「私はね、アイツに立候補してほしいのよ」
「なんでだ? お前はクラスリーダーになりたいんじゃないのかよ。アイツが立候補すれば、確実に票は割れるぞ」
「玉座を勝ち取った者と、玉座を譲られた者では民の支持・信用は大きく異なる。私はね、クラスで……いや、一学年でトップの天才であるヴィヴィ=ロス=グランデを打ち倒し、その上で玉座につきたいのよ」
言いたいことはわかる。
明確にヴィヴィと優劣をつけておかないと、この先ルチアが何をしても『ヴィヴィがリーダーの方が上手くやれたんじゃないか?』という感情がクラスで生まれるだろう。このままルチアが誰とも争わず、クラスリーダーになっても――コイツに対する信頼心は芽生えない。ただそこに『選ばせる』過程を挟むことで、クラスメイトには『ルチアを選んだ責任感』が生まれ、ルチアには『クラスメイトに選ばれた自信』が生まれる。
深く分析してみると、ルチアの思い描く道筋が最善に見える。無論、うまくいけばの話だがな。
「じゃあヴィヴィに直接相談したらどうだ? 立候補して、わざと負けろってな。アイツは合理的な奴だから、きっと乗ってくれると思うぞ」
と言ってはみるものの、ルチアは断るだろうな。
「それはダメよ。虚飾の王なんて私が望む所ではないわ」
プライドの高い奴だ。嫌いじゃないけどな。
「でもそれじゃアイツは立候補しないぞ」
「そこでアンタに聞きたいの。どうすればあの女を舞台に引きずり出せる?」
欲しい質問が来た。
「条件を付ければいい」
「条件?」
「そうだ」
俺はルチアに1つの策を預ける。
俺にとって、得しかない策だ。
「……リスクは上がるけど、それで確実にアイツを引きずり出せるの?」
「ああ」
ルチアは考え込む。5分……10分と。
「わかったわ。アンタの意見を採用する」
最後に礼儀とばかりに、コーヒーを飲み干した。
「アンタ、悪くないわね。私がクラスリーダーになった暁には側近にしてあげてもいいわよ」
「お前の側近か。それはそれで面白そうだな」
「最後に1つ質問。私とヴィヴィが争った時――アンタはどっちの味方をする?」
俺はその質問に、真っすぐな視線で応える。
「……ムカつく顔ね」
ルチアは残念そうに笑い、退出した。




