第133話 無人島試験④
ルチアとロアに合成してもらった木製台車を引いていく。台車の上には木樽を積んである。
ガタン! と台車が木の根に引っ掛かって浮いた。
「うおっと! ……このガタガタの地面を台車で行くのは無理ないか?」
「そうだね。引っかかると大変……!」
アニスは木の根に木の車輪の噛ませてしまった。
「よっと」
俺はアニスの台車を蹴り上げ、木の根から脱出される。
「ありがとイロハ」
「どういたしまして」
台車を押して森の中を進んでいく。
「ねぇ、イロハはさ、ヴィヴィ=ロス=グランデって知ってる?」
「ん? そりゃ知ってるさ。同じクラスで、しかも成績優秀者だからな」
「ヴィヴィはさ、学園生活……楽しんでる?」
「? まぁ楽しんでるんじゃないか」
悩みつつもな。
「それがどうかしたか?」
「ううん。別に」
「お前はヴィヴィに興味があるのか?」
後ろから返事が来ない。
ふと、後ろを見ると、アニスは両目を見開いていた。口元だけ笑っている。
「うん。興味ある」
「そ、そうか」
ま、同世代でトップレベルの錬金術師だもんな。ヴィヴィのこと、気になっている奴は多いだろうな。
「イロハは家族いる?」
「もう誰もいないな。お前は?」
「お姉ちゃんが1人居るよ」
「へぇ。仲いいのか?」
「良かった。って言うのが正しいかな」
「仲違いしたか」
「うん。でもね、アニスは悪くない。お姉ちゃんが全部悪いんだ」
これは踏み込んでいい話か判断が難しいが、
「仲違いの理由は?」
「裏切り」
「端的過ぎるな」
「アニスはね、お姉ちゃんが一緒なら、どんな地獄でも耐えられたんだ。お姉ちゃんが一緒なら、どんな人生でも満足だった。でもね、お姉ちゃんは居なくなったの。アニスを置いて」
声が怖いな。しかも急に饒舌だ。
姉の話題は地雷か? つついてみるか。
「部外者がこんなこと言っても余計なお世話かもしれないが、1人の人間に依存するってのは危険だと思うぞ」
「……」
返答が無い。地雷を踏んだかな。
「そういう君は誰かに依存したことあるの?」
「……それは……ないな」
「依存って気持ちいいよ。やってみなよ」
「やってみなって……」
「アニスに依存していいよ。アニスの事、好きにしていいからさ」
俺はさすがに足を止め、アニスの方を向く。
「お前、正気か? さっき会ったばかりの人間にそんなこと言うもんじゃないぞ」
「そうなの? 別にいいじゃん。好きにしてよ。髪も、顔も、体も。好きにしてよ。アニスに溺れてよ……」
深く、暗い、真っ黒な瞳。
不気味に吊り上がる両口角。
こりゃまた見たことの無いタイプだ。
俺はアニスの頭に手を置き、撫で回す。
「え……?」
「好きにしていいんだろ」
そのまま髪が乱れるぐらい撫でまわす。
「ちょ、ちょっとイロハ! そういうのじゃないんだって! アニスが求めてるのは!」
「うるさい。いいかアニス、よく覚えておけ。俺はな、お前みたいな小娘に興味は無いんだよ。もっと穏やかで、母性があって、ミステリアスな女じゃないと俺は落とせない。依存できない。さっき言ったこと訂正するよ。俺にも依存している女が居る」
俺はアニスの頭から手を放す。
「それって、もしかしてヴィ――」
「モナリザだ!」
「……は?」
「俺はな、モナリザに恋をしているんだよ! だから! 俺に『男』を期待しても無駄だ。さっきは依存は良くないって言ったけどさ、これも撤回だ。依存も使いようさ。それが努力に繋がるなら悪くない」
実際、俺はモナリザに依存しているおかげで頑張れているからな。
「ふ、ふふっ」
アニスが笑った。
これまでのどこか含みのある笑顔じゃない。心から笑っている感じだ。
「おっかしー! 君、面白いよ! モナリザに恋って……ははっ!」
「そんな笑うか……」
「笑うよ。モナリザかぁ……昔、ある人に見せてもらったことあるけど……アレは確かに良い絵だった」
「お。モナリザの良さがわかるか」
「でも恋っていうのは……ふふっ! 理解できないっ……!」
「いつまで笑ってんだよ……」
いまいち掴みどころのないやつ。
今の笑顔が噓じゃないことだけを祈るよ。




