第112話 探り合い
妙な事になった。
「なにやってんだ……俺は」
前を歩くユリアの背を見て、俺はポツリと呟く。
あまり接点の無い女子の家に行くなんて、軽い男だと思われてしまう。
「ここがわたくしの家です」
「おお……凄いな」
ヴィヴィの家に負けず劣らずの完成度。さすがは成績優秀者。
「では、どうぞ」
家に入れてもらう。
「ここでお待ちください」
案内された豪勢な部屋で、豪奢な椅子に座って待つ。
こんなこと思っちゃ失礼だけど、早く本を借りて帰りたいな。
「女の子の家に入ったのですから、もう少しかわいい反応をしてほしいものですね」
トレイにカップを2つ乗せて、この家の家主ユリアは歩いてくる。
湯気の立ったカップが俺の前に置かれる。色からしてコーヒーだろう。
「あのさ、悪いけど、本を借りてすぐ帰りたいんだが」
「それは駄目ですよ。コーヒー一杯分ぐらいは、話に付き合ってもらいますよ」
猫なで声でユリアは言う。なんかコイツ怖いな。
とりあえずコーヒーを一口。
「ん」
これまた美味い。
「話って、何か相談でもあるのか?」
「はい。わたくしに、心を覗く許可をください」
ユリアはアイマスクを外して、目を晒す。
ユリアの瞳は……真っ赤だった。
「ヴィヴィさんの超嗅覚は知っていますね?」
「あの敏感な鼻のことか?」
「ええ。わたくしのこの眼は、それと同格のものになります。超視覚。わたくしの瞳は、人の心を見ることができる」
「心?」
「はい。ただ、無理やり見るのは気が進みません。あなたの許可が欲しいのです」
うーん、うさんくさい。
「俺の心を見て、なんかお前に得があるのか?」
「はい。特殊な人間の心程、観察した際に得るモノは多いです」「
「じゃあなにか、知見を広げるために、他人の心が見たいって言うのか?」
「はい。いかがですか?」
変な奴。
「そうだなぁ……」
ユリアは本棚から、さっきの本の続きを持ってくる。
「覗かせていただけたなら、こちらを差し上げますよ」
「……」
心を覗かれるのは恥ずかしい。
けど、実際に心を覗けるとも思わないし。
もし本当に心を覗けるとして、俺の心が他人から見てどういう感じなのか、気になる。
「いいぞ」
「!? 本当ですか!?」
「え、なんで驚いてんの?」
提案しておいて。
「い、いえ。普通は嫌がるものですから」
「普通は……そ、そっか。じゃあ次から嫌がろう」
「なんですかソレ……」
「まぁいいから、早く見てくれ」
座っている俺に対し、ユリアは中腰で顔を近づけてくる。
ユリアはジッと、俺の瞳を見る。
「心は瞳にあるのか?」
「いえ。ですが、瞳から繋がってはいます」
ユリアの顔が真剣そのものになる。
「……!」
ユリアはまず、目を細め、
「……!?」
次に顔を歪め、
「!!!?」
最後に顔中に汗をかき、その場に両膝をついて俯いてしまった。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「はぁ……はぁ……はぁ……!? な、なんですか。これは! なにも――無い。まるで、虫みたいに……!」
「虫って……」
「こんなの……人間の心じゃない……! 冷たくて、どこまでも無機質で……!?」
あ、ひょっとして、シロガネの方の心を見たのか。
驚いたな。ってことはコイツ本物ってことじゃないか。やばい。シロガネの心を見られたってことは、俺、めちゃくちゃ無感情な人間だと思われたんじゃ……。
「……」
気まずい。
「あ、じゃあ本も貰ったし俺は帰るわ」
「ま、待ってください!」
ユリアが手を掴んでくる。
「あなたは一体何者ですか……!?」
「何者って、イロハ=シロガネだよ。おっと、そうだ。最後にこれだけは伝えておこう」
俺はジッと、ユリアの赤い瞳を見る。
「? どうされました?」
「やっぱお前の眼の色、いいな」
「え?」
「鮮やかなレッド。好きだぜ、その色」
俺が言うと、ユリアの頬に仄かにピンク色が差した。
「どうした?」
「いえ……眼の色を褒められたのは初めてだったので、驚きました。そっか、あなたは外部性。ニーズヘッグを知らないのですね……」
「ニーズヘッグ? なんだ、そいつは?」
「破壊竜と呼ばれる、実在した竜です。キメラの王とも呼ばれています。遥か昔、多くの錬金術師を葬った最悪の存在です」
「そいつがお前の眼と何か関係があるのか?」
「ニーズヘッグは炭のような黒い鱗に炎のような赤い瞳を持っていたと言われてます。ニーズヘッグが打ち滅ぼされてから、同じ瞳の色……赤の瞳を持つ者は忌み子と呼ばれ、迫害されてきました。今の時代ではそれほどの差別はないものの、赤い瞳は歓迎されません。私の瞳を褒める人間なんていませんでしたよ」
「くだらない風習だな。こういうのは錬金術師に限らず、人の世ならよくあることだけどさ」
もう1度、ユリアの眼の色を見る。
俺がジッと見ると、ユリアは軽くのけぞりながらも見つめ返してきた。
「あ、あの……その、あまりジッと見られるのは……! こ、コンプレックスなのでっ!」
「――さっきお前さ、ニーズヘッグは炎のような赤い瞳って言ってたよな?」
「え? そうですけど……」
俺はユリアから離れ、口元を笑わせる。
「それはつまりファイアーレッドってことだろ? でもお前の眼はカーマインだ。違う色だよ」
「……同じ、赤ではないのですか?」
「系統が赤なだけだ。ファイアーレッドとカーマインなんて、常人でも余裕で見分けられるぐらい違うぞ? お前とニーズヘッグの眼の色は違うよ。誰がなんと言おうともな」
俺はそのまま玄関へ向かう。
「じゃあな。ホント、助かったよ」
「あなたは……不思議な人ですね」
ユリアの家を出て、帰路につく。
ユリア=クリムドォーツか。人の心を見ることができる錬金術師。
また面白い奴が居たもんだ。
「やぁイロハ君」
道を歩いているとアランに会った。
「よう」
「どうしたの? 珍しいじゃない。こっちの方に居るなんて」
ここは俺達のクラスの居住エリアからは離れた場所だ。
「あ~、まぁな」
「……どこに行ってたの?」
「ん~!」
下手に隠さない方がいいかな。後で隠していたことがバレるとめんどくさそうだし。
「ユリアって奴の家に行ってた。この本を受け取るためにな」
俺はユリアから貰った本をアランに見せる。
アランは目を見開き、視線を尖らせる。
「ユリアって、成績優秀者のユリア=クリムドォーツさん?」
「そうだよ。言っとくが、やましいことはしてないぞ」
「ははは! わかってるよ。イロハ君はヴィヴィさん一筋だもんね」
「何もわかってねぇ。あのな、俺とヴィヴィはそういう関係じゃ――」
「はいはい」
アランは俺とすれ違う。
「待てよ。お前こそこんな所で何してるんだ?」
「散歩だよ。イロハ君、一応忠告ね」
アランは歩いていく。
「ユリアさんには近づかない方がいいよ」
そう言い残して、アランは道を真っすぐと歩いて行った。
「アイツのことはホント、よくわからないな」
心を覗いてみたい人間ナンバーワンだ。
アランの忠告はすぐに忘れ、俺は家を目指して歩き出した。




