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クーラント 偵察 (1)

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瀟洒な学生食堂で池尻文吾はカレーライスを前に思索にふけっていた。

今朝、滝野川教授に呼び出されて数人の学生とともに警察の事情聴取に応じた。特に関わりの深い文吾は長めに話を聞かれた。西本賢司との関係や最後にいつ会ったか、きのうは何をしていたかなど質問を浴びせられ、それなりに返答したつもりだった。

きのうの自分の行動の詳細についてはあらかじめ考えていた。不覚にもスタジオオリオンの店長に目撃されている以上、これを誤魔化しては怪しまれる。スーパーでの買い物はカメラで撮られているはずだから、昼食用に握り飯を買い近所の公園でそれを腹におさめてしばらくくつろいだ後、チェーン店のカフェで作曲をしていたことにした。

文吾はスマホアプリに曲を書いていくし、ピアノやギターなどの楽器も必要としない。頭の中の音が音符として譜面におこせる。つまり、カフェの中手ぶらで作曲が可能な人間というわけだ。

念のため曲も作っておいた。バンドで演奏するためのもので、ドラムス、ギター、ベース、キーボードの4パート分を昨晩考えていて、さっきスマホアプリで聞ける状態にまだしておいた。

作曲のためにカフェにいた事にすることを考えついたのはきのうのドライブ中のことだ。

車をカフェから徒歩20分くらいのショッピングモールの駐車場に停めて、14時過ぎにカフェに入った。そこで2時間弱ときを待ってから店を後にすると、近くにあったショッピングモールで変装用にベージュの薄手のコートと目深なトレッキングハットに黒いサングラスを購入した。西本の車を中古車店に持ち込んだ際に監視カメラに変装姿で映るつもりだったからだ。

その後車で1時間ほど走り、高額買取と謳っている車買取専門店に乗り入れ、査定中にこっそり徒歩で逃げ出した。その店から最寄り駅までは徒歩で70分もかかった。乗り換えながら電車に1時間以上揺られて事件現場に近い駅にたどり着いた。

結局スーパーの駐輪場に自転車を取りに行ったのは21時過ぎになった。ヘトヘトになりながらも、夜中になんとか作曲をした。おぞましい出来事を忘れるためにもその作業はむしろ文吾には好都合だった。

寝不足の上、聴取もあり疲労がかさんで食欲が出ないが、これから体力勝負になるはずだからと思い文吾はスプーンでカレーをすくって口に運んだ。食事は、店長のおかげできのう買ったスーパーの握り飯以来のため空腹ではあった。食えないこともないな。そう思ったところで男の声がした。

「すみません。池尻文吾さんですか?」

文吾は顔を上げた。帽子をかぶった男が目の前に立っていた。

「埼玉県警です。失礼します」

若い女性が帽子男の隣でそういいながらぺこりと頭を下げてから手帳を文吾に向けた。

「食事中すみません。お食事がお済みになってからで構いませんのでお話を伺いたいのでお時間よろしいでしょうか」

よく見ると少しツンとしてはいるが綺麗な顔たちの女性だなと文吾は思った。

嫌とも言えないので文吾は軽く頷いて見せた。

「では、後ほど」

そう言い残してスーツ姿の女性が文吾の後方に歩き去った。スーツに帽子をかぶった男もコーヒーを手にしたまま女性にしたがって去っていった。

朝草は池尻文吾の座っている席から少し距離を置いた席に腰を下ろした。両手にそれぞれ200ml入の豆乳とコーヒーの白い容器を持った皇与一は朝草優香の向かいに腰を落ち着かせた。

「警部、なぜ声を掛けたんですか」

朝草の問いには答えず、皇は付属のストローを豆乳に刺して空いた穴からコーヒーの容器にふちギリギリまで豆乳を注ぎ、口に運んでゆっくり飲んだ。

「ふうっ。いやあ、本人確認をしただけだよ」

「普通食べかけてたんだから待つでしょ」

「あ、そうか、ごめん」

口先だけの言葉を吐くと再びコーヒーを口に運んだ。

「今朝池尻文吾氏には他の班がある程度話を聞いているんですよ」

皇はまたコーヒになみなみと豆乳を注いだ。

「らしいね」

「何か気になることがあるんですか」

皇はまたも豆乳コーヒーを飲んだ。

「店長が、自転車でスタジオの反対側に走っていく池尻文吾氏を目撃した数分後にスタジオに戻った店長は西本賢司氏の車が駐車してあるのを確認しています。よって池尻さんにアリバイは一応あることになりますが」

そう言って朝草もコーヒーを口に運んだ。

「なるほど」

黒いキャップのつばが縦に動いた。

「本部では車の盗難のための殺人の線で捜査を進めてますけど、調べたらやはり西本さんの車凄い高値で売買されてるんですよ。もう海外に運ばれちゃってますかね」

皇与一は大きく首を傾けた。

「車を盗むのに持ち主を殺す必要あるかなあ。キーだけ手に入ればいいでしょ」

皇の問いかけに朝草は口を開いた。

「必要性は不明ですけど、実際殺人は起きましたよね。裏口から入れましたし、スタジオですから大きな物音がしても気が付きませんよね。現場となったスタジオの隣のヘビメタを練習していた学生バンドも全然気付いていませんでしたし。殺人行為が気づかれにくいから殺した、ということもないとは思いますけど」

「町田さんの話だと後頭部を強打していて刺される前に気を失っていたんじゃないかと。殺さずともキーは盗めるよね」

「うーん」

朝草が人差し指で自分の額の横を押す仕草をした。

「あとね、学生バンドの所には見向きもせずに西本さんのいる部屋に犯人が入ったのも不思議だなあ。あの日練習していたのはあの2部屋で、どっちがあのSUVの持ち主かなんて聞いてみないとわからないよね。なんで犯人は西本さんのだとわかったんだろう」

朝草が口を挟んだ。

「事前に犯人が車から降りる西本さんを偶然目撃してたんじゃないですか」

「なるほどねえ、そういうこともあるかあ」

皇はうなずいてからコーヒーを飲み干した。

「あ、池尻さんカレー食べ終わりましたよ」

朝草は片眉を上げて皇を見た。

皇は飲み干したコーヒーの白い容器に豆乳の紙パックを差し込むとそれを握り潰してから立ち上がった。


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