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プレリュード 怒りと殺人 (3)

3


血の気が勢いよく頭から引いていくのを感じた文吾は貧血を起こして崩れ落ちた。

気を失いそうになりながらも頭を横に振って文吾は正気を取り戻そうとした。

『落ち着け』

目の前には西本が仰向けに倒れている。

『どうする?どうしたらいい?死んでいるのか?』

文吾は意を決して西本の顔を覗き込んだ。目を閉じて口を開けていた。シャツを着た胸元を見ると上下してる。

このままにはしておけない。119番だ。いや、こんなことになってしまった以上ただでは済まない。

『コロス』

その思いついた言葉の呪文に文吾は打ちのめされた。

「殺す」

今度は声に出した。そうだ。こんなやつは死んで当然だし、このまま意識を取り戻されても厄介なことが待ち受けるだけだ。西本は文吾を訴えるだろう。それを止めるには今やるしかない。

いや、殺人は駄目だ。

直ぐに犯人は自分だと判明する。自分の人生は終わりだ。しかし、西本が正気を取り戻しても終わりだ。

愛美。

その時再び愛美に対する怒りと憎悪が蘇ってきた。身体が震える。そして文吾の頭の中で悪魔が囁いた。

振り向くとチェロの横に置いてある2本のエンドピンが見えた。文吾は先程運んで来た黒い光沢を放つ方を左手で掴んだ。このままでは刺さらない。

文吾はエンドピンの先端から数センチ奥にある金属の輪っかをクルクルと回転させた。その金属の輪っかはいとも簡単に外れた。それをズボンのポケットにしまい込んだ。文吾の左手にはかなり大きめのアイスピック様の凶器に生まれ変わったエンドピンが握られていた。

『殺す』

文吾は目を見開いた。倒れている西本に近づくと右手の手のひらをエンドピンの底に当てて西本の胸元目掛けて振り下ろした。手応えと同時に右手の手のひらに激痛が走った。見ると出血していた。

「ぐぁっ」

西本がくぐもった声を上げた。

エンドピンの先端は西本の胸骨に当たって跳ね返されていた。文吾の右手のひらはかなりの痛手を負っていた。文吾は正常な判断ができていない。柔らかい手のひらでは、金属の細い棒を突き刺すための支えになるはずがなかった。

文吾は後ろを振り返って、先程作業の妨げとなるため脇に置いたエンドピンストッパーを見つけると右手で掴みあげた。エンドピンを受ける部分は直径2cm程のくぼみのある金属製の穴だった。そこにエンドピンの底を当てて、もう一度西本の上で振りかぶり、先程より少し右、西本側からは左にずれた辺りの胸を目掛けて勢いよく振り下ろした。

「ぐっ」

再び西本がくぐもった声を漏らした。今度は抵抗はあったがすっと肋間にエンドピンが綺麗に入った。数度身体が痙攣を起こして西本は動かなくなった。

文吾は身体が熱くものすごく発汗していると感じたが、頭は働いていると冷静に認識できた。

まず楽器を拭くクロスを探した。1面鏡張りの壁のそばに置かれている開いたままの黒いハードケースの中に四角に畳まれたベージュ色のクロスを見つけた。右手で取り出すと、さっき使ったエンドピンストッパーの触った辺りを拭いた。次に5弦チェロのボディと抜き取ったエンドピン、ドアの内側の巨大な角張ったノブをそれで拭った。

次に黒いハードケースの横のパイプ椅子に掛けてある薄手のコートのポケットを探った。予想通りジャラジャラとした鍵の束の感触があった。取り出して車のキーを確認した。日本製高級SUVが西本の愛車だ。ここ最近の新車の納車が遅れる事情から中古車市場が加熱している。その裏で高級車の盗難事件も頻繁に発生していた。西本の所有するSUVは海外で破格で売買されている。

文吾はこれまでの経緯を思い返した。

受付は無人で誰とも会っていない。このスタジオは経費削減のため未だに防犯カメラは設置されていない。また、この部屋は当然完全防音だから音で気づかれる心配はない。

問題は気づかれずにスタジオを出られるかだ。

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