ガヴォット 凶器(2)
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「警部、これそのまんま現場ですね」
「うん」
皇が朝草に頷く。
「ということは、あの時犯行現場で今のような作業が行われたんですね」
「おそらくそういうことだろうね」
皇は再び朝草に頷いて語り始めた。
「鑑識の町田さんは、既にあの現場で西本さんが立っている状態で後頭部を強打したと見解を述べていたね。後の検証で西本さんは立位で正面、もしくは正面下方からの衝撃で後方に突き飛ばされたものと見なされた。きみならこの今見えている状況からどう推測するかな?」
皇に問われて朝草は考えた。
「そうですね。西本さんではない、誰かがエンドピンを交換しようとしてしゃがんでいた。その低い体勢から西本さんにぶつかって行った・・・」
「うん。ぼくもそう考えた」
皇が頷いた。
「確かに、車の窃盗犯がエンドピンを交換するとは思えませんね」
朝草は呟いた。
皇が右手の人差し指を伸ばしてゆっくり自分の頭に被っているキャップの黒いつばを下からなぞり始めた。
「池尻さんの友人の話によると、西本さんはかなり厳しく池尻さんに指導していた。吉川さんの友人によるとその愚痴を吉川さんは聞かされていた、ということだったね」
皇が口を閉じると朝草が続いた。
「つまり、そういった経緯で池尻さんは西本さんを恨んでいた可能性があるということですね。加えて、お付き合いしていた吉川さんも取られてしまった。もし、あの現場で西本さんが池尻さんをなじったとしたら・・・」
皇はキャップのつばをつまんで少し上にあげた。
「池尻さんは天才的に演奏が上手ということだよね。西本さんが5弦チェロで披露する曲を今回4弦のチェロで代役を引き受けられるくらいに。しかも練習期間すらない状態で今回代理を引き受けている」
「師匠が弟子に嫉妬していたということですね。そうなると師匠も嫌味のひとつも言いたくなりますかね」
朝草は皇を見た。
「凶器は特定出来ていないよね。鋭利なアイスピックや千枚通しの様な形状でかなりサイズの大きいものということまでは推測できている」
そう言って皇はエンドピンを上から指さした。
「まさしく、これは凶器になり得ますね。サイズ感もバッチリです」
朝草は興奮していた。
「調書にあるように池尻さんは前日に電話で西本さんと会話をしている。おそらくその内容はエンドピンをこの楽器店から受け取ってくるという依頼。当日この店でエンドピンを受け取った池尻さんは、その足で勝手知ったるオリオンに届けた。
たまたま店長が買い物に行っていて受付に人はいなかった。スタジオに入ると、西本さんが池尻さんにエンドピンを取り替えるよう指示を出す。その途中に何かやり取りがあって突発的に犯行に至った」
皇がひと呼吸ついた。
「計画的ではなかったということですね」
そう言う朝草に、
「推測の域を出ないけどね」
と皇は返した。
「そうですね。証拠もありませんし」
朝草が言い終わらぬうちに、足音が近づき店員の金川が上ってきた。金川は軽く頭を下げてから出してあったチェロを陳列してあった場所に戻した。
「今日は本当にありがとうございました。最後に下で伺いたいことがあります。あとお願いもひとつ」
という皇に店員は頷いて見せると、先頭を切って階段を降り始めた。
階下に着くと
「エンドピンを受け取りに来た人物についてお聞きしたいのですが、どなたが対応したか教えて貰えますか」
「あ、僕です」
と金川は皇に答えた。
「来店したのはこの人物でしょうか」
皇はスマホから池尻文吾の写真を探して見せた。金川は暫し写真を注視してから
「はい、この人だと思います。若い方でした」
と言った。
「恐れ入ります。それでエンドピンをその方に渡した日時は?」
という皇に対して店員が受付のノートにあるメモを示した日時は、事件当日の11時頃であった。