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シーナ町のしいなさん①   作者: 千一 歩
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おとうふのはな

千一 歩2(ちかず あゆむ)2作目の小説です。

短編連作になります。


しいなさん、という三十代女性の日常を縦軸に、しいんさんの思い出を横軸に、少しずつ「しいなさん」の人生がひもとかれていきます。


とても短い小説ですが、お楽しみいただければ幸いです。

 ある日、上司がいったのだ。すんごい、軽い感じで。

「東京に転勤しない?」

 言い方が、昔観た再放送の昭和のドラマのナンパシーンに、似ていた。「ちょっとそこで、お茶しない?」みたいな。

 その日はとっても寒い日で、上司の背後にある大きな窓から見える景色は、一面が雪で白かった。反して、この会社に入ってから二回しか会ったことのない、東京本社常勤のその上司は、普通に日本で暮らしていたらありえないくらい、色黒だった。

 雪景色にハワイア~ン。

 なぜだろうか、そんな言葉が脳内をかけめぐり占拠し、雪の中「アロハ~」とかいいながらフラダンスを踊る上司から始まり……めくるめく妄想劇場が幕を上げては、閉じ。

 私は「うふふ」となった。

 もちろん、心の中で。

 そんなこんなな経緯を経て、私、財部しいなは、東京に住むことになった。

 西武池袋線椎名町駅。

 人生で初めての一人暮らし。

 三十数年の人生の中で、縁もゆかりも、なんにもない、町。

 自分と同じ名前、という共通項しかない、この町に。



― シーナ町のしいなさん①  おとうふのはな ―


 東京に住みはじめて気が付いたことがある。

 お米屋さん、八百屋さん、お魚屋さん。

 小さな小売店が、結構、多い。

 店先には、おじいちゃんやおばあちゃん、その息子さんかな?お嫁さんかな?と思うような「家族」感のある店員さんが立っている。

 私が住んでいた地方都市は、一〇〇万人越えの大きな都市で、県外から「買い物バスツアー」なる、本当に買い物だけを目的としたバスツアーがでているくらい栄えていたけれども、昔ながらの家族経営の小売店は、ほとんど姿を消していた。

 仕事でちょっと仲良くなったお米屋さんにその話をすると

 「そりゃ、人数が多いからね、東京は」

 小さな商売も成り立つわけよ、と笑った。

 「なるほど!」私は膝を打った。本当に、打ちそうになって、心の中で、に切り替えた。

 アメリカも、中国も、インドも、人口が多い国は強い。そんなことは知っていたけれど、それを、身近に当てはめることができていなかった自分に驚く。

 まさに、東京は、日本のアメリカで中国で、インドなわけね。

 産めよ、増やせよ、富国強兵

 戦時中の標語を、つい、思い出してしまった。

 東京には、ドンキとか、業スーとか、他にもきっと、私が知らない大きなスーパーがたくさんあって、広い店舗をぐるぐる回りながら買い物する自分を想像していたのだけれど。

 椎名町駅の小さなスーパーのいくつか。そして、それより小さな小売店をぐるぐるしながら、お買い物をするのが、私のお買い物ライフになった。

 そして、そう、実家近くではなかなか手に入らなくなっていた、アノ食品が手に入るようになった。

 とはいえ、チャンスは少ない。

 土日は、無理。朝9時以降。仕事終わりは閉まっている。

 土日出勤の振り替えの平日休みの日にしか入らない貴重な品、という意味では手に入りにくいのは、間違いないのだけれど。そこにいけば、売り切れていなければ、手に入るという安心感は…イイ。

 椎名町駅の商店街を通り抜けた先、午前二時まで開店しているスーパーの隣の隣。

 小さくてシンプルな看板。 

 とうふ

 その三文字。

 店名は書いていない。

 私は、推測を一切許さない、その無駄のなさにトキメキを覚えてしまう。

 豆腐屋さんならば、アレがあるはず!

 勢い勇んでお店の正面に回ったけれども、午後6時。お店は、閉まっていた。

 その運命の日から売れきれという悲劇も乗り越え、三回目のチャレンジで、やっとその品を手に入れることができた。

 「はい、三十円です」

 小さなショーケースをはさんで向かい合った豆腐屋のおじさんの笑顔が、まぶしかった。おじさんの瞳に映る私の笑顔も、もちろんキラキラしていた。

 徒競走した後に参加賞をもらったときの、高揚した、誇らしい、あの感じで、袋を受け取る。

 二〇〇グラム三十円。

 真っ白で軽い、おから。

 母は、調理後のおからを、卯の花と呼んでいたっけね。

 スキップしたいけれどつかれるのでやめて、アパートに戻るとすぐに、ゴマ油を曳いたフライパンに、冷蔵庫に残っていたちくわ、玉ねぎを入れて炒めて、おからを投入。白だしと、醤油とお砂糖をからめて、出来上がり。

 子どものころ、月末は、卯の花がおかずのメインだった。

 母は、冷凍庫ため込んでいたにんじんの皮や、大根の葉っぱ、長ネギの青くてかたい部分、ちょっぴりだけ残しておいた豚肉を刻んで、おからを卯の花へ、白からカラフルへ、変身させていった。

 卯の花は、最初はごはんにのせて、数日後には、コロッケになって、私と妹のお腹を満たしてくれていた。

 少ない油で揚げたコロッケは、いつも、ちょっと、こげてたけれど。

 おいっしかったか?と聞かれれば、うん、おいしかったね。

 でも、好きではなかったかもしれない。

 なのになぜだろう。

 私が作った、ちくわと玉ねぎのカラフルじゃあぜんぜんない卯の花を、スプーンですくって口に入れる。

 どうしてなのかな。

 心の中にカラフルな花がゆっくり咲いていくように、幸せな気持ちになっていく。

 卒業式にもらった花束の、切なさにも似た、幸福。

 小さな妹、エプロンをつけた母、「私、卯の花大好き!」と母に笑いかけた子どもの私。

 食卓には、ごはん茶碗にいっぱいの白米と卯の花が盛られた大皿。

 思い出して、思わず「うふふ」となった。

 もちろん、心の中で。

 少し寂しい幸せをもうひと匙、口の中に放り込んだ。

 

いかがでしたでしょうか。


これからもすこしずつUPしていきたいと思っています。


よろしくお願いいたします。

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