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2.異世界

気が付くと辺りが真っ暗だった。

えっ。すぐさまガバッと起き上がると、なんてことなかった。緑の葉っぱが瞼の上に乗っていただけだった。


ここはどこ?


緑の生い茂る森だ。鳥のさえずりが耳に安らぎを与え、空気が新鮮で気持ち良い。起きた時に目の前が暗かったのは、自分が木陰で休んでたせいでもあるかも。

気温も調度良いし、もう一回横になろうと芝生へ倒れ目を瞑ろうとしたその時、


「わっ!!!」


バカでかい声がしたのでビックリして起き上がった。前を見ると青いローブの男があたしの体をまたぐように立って見下ろしてる。


こいつっ!!!


あたしを誘拐した変態野郎だ。恐くて何かされる前にサッと後ろへ下がり距離を置いた。


「具合はどうだ?」


具合はどうだ?って、よく言うよっ。あんたが拉致しなければこんなところで寝てなかったわ!いや、倒れただけなのかな?

あたしはムスッとした態度を取った。


「あんたに気を使われたくない」

「そっか、お前ずっと寝てたからさ」

「…ずっと?」

「あぁ、すやすやと」


ずっとってどのくらいだ?あたしは何時間ここで寝てたの?今のこの状況は?でもその間、何も起こらなくて良かったけど…

男が言った。


「無理もないよな。魔力が体ん中に入ってて、普通に過ごせる訳もねえ。この頃、調子悪かっただろ?」


言われてみれば、体調が凄くスッキリしてる。頭も痛くない。

魔力と言われて公園の時の会話を思い出し、連想して問いただした。


「そういえば、“大事なもの”って何?あたしを攫ってどうする気?ここはどこ?」

「あれ?言ってなかったか?」

「…聞いてない」

「どうしよっかな~」


ムカッ。


恐怖が去って、苛立ちが出てきたあたしに男は笑いだした。さらにムカついてしまった。


あたし「笑い事じゃないっ!!!」

男「すぐ怒るじゃんっ。よく魔力が宿ってるよな」


それに対してあんたは性格の悪い悪魔だな。自分勝手の誘拐犯野郎!

顔は見えないから恐い顔してるかどうかなんて分からないけど!口とギリギリ鼻しか見えてない変な奴。

とあたしは彼を睨みつけていたが、彼はフードをさらに深く被った。そしてボソッと呟く。


「ったく、レイラとは大違いだぜ」


レイラって誰だっ!あんたの彼女か!


「さっきからそれ、表情が見えないんですけど」


とあたしは、フードのことを指摘する。


「見えなくていいじゃん。声で分かるだろ」


こいつ~~っ。


いかんいかん。こんなにイラついてしまうのは恐怖心が無くなったことによる反発の感情なのか、こいつが手を出してこない余裕と安心でムカついてるのか、何だか分からないけど、話を元に戻した。


「だから、魔力が宿ってるとか意味の分からない事ばかり言ってるけど、何が目的なの?あたしを帰らせてよ」

「ごめん、帰せない」

「どうして?さっきからずっと勝手すぎるよ。あたしの気持ちも知らないくせに!」

「分かるよ」


何が分かるんだー!!


だけど男はさっきの調子と打って変わって、真面目な口調で話しだした。あたしと同じ目線まで腰を下ろす。


「無理やり連れ去ったのは申し訳ないと思ってる。悪かった。すぐに帰す事は出来ないけど、その時が来たら必ず元の世界へ帰らせる。だからそれまで辛抱してくれ。今、お前を守れるのは俺しかいないから」


あたしはちょっと考えた。…確かに、ここが日本じゃない事は理解した。そしてこの人が嘘ついてるようにも見えないし、若干すまなそうな様子も感じ取れる。生き延びるためには、この人と一緒にいた方が良さそうだ。あれこれ思っても、もう来てしまったから仕方ない。

あたしはコクンと頷いた。

それを確認した男は、顔は見えないけどホッとして柔らかい表情になった、と思う。

そうして男は、あたしに立ち上がるよう促し森の奥へと歩き出そうとした。


男「お前を連れてきた訳を話すよ。まずはこの世界の話からな」


この世界か、魔力って言ってたから地球とは違う次元の場所なんだろうな。

あーそうだ、と言って男はこちらを振り向く。


「お前名前は…」


聞かれたから答えようとしたけど、


「アスナだよな」


知っていた。

あたしは驚く。


「そ、そうだけどなんで…あ!もしかして」


そうか。日本にいた時にずっと感じていた視線はこいつだったんだ。ずっとあたしの事を監視してたに違いない。だって、今は何も感じないんだもん。

それならあたしもこいつの名前を聞こうと思い、


「じゃあ、あんたの名前は?」


と聞いたら、


「教えない」


そう返されてしまった。


なっ…


「城へ送り届けるまでの役目だから、それ以降は無縁だ。教える必要もない」


冷たっ!本当に性格悪いな!


「いーよ!だったら勝手に名前付けるからねっ」

「ほう、何て?」

「あおちゃん」

「………」

「青い服着てるから、あおちゃん」

「やだよそんな可愛げある名前…」

「赤い服を着てなくて良かったね!赤ちゃんよりマシでしょ」


と言ってあたしはさも正論を放って、大ダメージを食らわせた気持ちになった。今すごく誇らしい。

その態度にあおちゃんはバカにしたかの様に笑って歩き出した。それに対してもムムっとしたが、もう先程の怒りは収まっていた。




「この世界の名前は“アードシェーク”。アスナ達の世界と違って、魔力に満ちてて人間以外のいろんな種族も暮らしてるんだ。先に謝っとくけど、アスナを誘き寄せるために術を使って友人の声を利用させてもらった。悪かった」


あの公園の時か。素直に引っかかってしまった。というか友達の声がしたら気になるでしょ、普通。

地面が輝いてたあの光もその魔法を使ってたって事ね。

それでここには人外が住んでるんだっ。なんかちょっと見てみたい気もする。


「その俺達の世界で今、1000年前の災いが再び起ころうとしているんだ」


1000年前の災い……。


そうしてあおちゃんは、今度は世界の歴史を話し出した。


「1000年前、この世界に突如として魔物が現れたんだ。そこから現在まで魔物が潜むようになったけど、今は害悪な魔物でない限り襲われる事はない。だけど、当時はこの世界が魔物達に滅ぼされそうになったんだ。それを救ったのが数人の英雄たち。彼らは魔物が出現する根源地を特定した。“魔界の穴”と呼ばれたその穴からは、魔物が次々と降りてきたそうだ。なんで“降りてきた”って言い方をしたかと言うと、その穴は空にあったらしい。英雄たちは食い止めようとしたんだけど、魔術士でない限り空に浮かんでる穴を塞ぐのは不可能。そこでこの窮地を救ったのが、歴史上最大の救世主“フィナ”という少女。彼女はその穴まで向かう為の“道”そして穴を閉ざす為の“扉”を創り、魔界の穴は封鎖され世界に平和が訪れたって話。これが、1000年前に起こったアードシェークの厄災だ」


魔物の存在がよく分からないから、ゾンビやエイリアンに例えて想像してたけど、とてもおぞましい時代だったんだなとゾワゾワした。その魔物の惨劇がまた起ころうとしてるの?本当に?こんなに自然たっぷりで心地良い、のどかな森を歩いてるのに?

道と扉という言葉も出てきてドキッとはした。

あおちゃんが言ってた大事なものって、そういう意味だったのね。でもその道か扉をあたしが持ってるってどういう事?

あおちゃんの話も一段落した様なので聞いてみる事にした。


「その悲惨な出来事やフィナ達が世界を救った話は理解できたけど、なんで道か扉があたしなんかの中にあるの?」

「それについてさらに詳しく話すんだけど、魔界の穴を塞いだ後にはまだ続きがあるんだ」


なるほど、そこが重要っぽいね。


「道と扉を創造した後、扉の内側と外側の両方から閉めないといけなかったらしく、フィナが扉の内側、魔界の穴へ入ったんだ」

「えっフィナが?生け贄になったって事?」

「そうだな、人柱になったようなもんだな」


人柱って…。その子、少女って言ってたから、多分あたしと歳近いよね?そんな若い子が世界のために命捧げたの?凄すぎる……。

てかあたしも生贄になったりとかはないよね?この人が帰してくれるみたいだし、そこまでは有り得ないよね。


「人柱って事は、フィナはずっと扉の中にいるの?

これはあたしの知識が漫画やアニメからくるもので、硬い水晶の中に閉じ込められてるか、水で覆われて守られてるイメージだからだ。


「フィナがその後どうなったかは、諸説あるけどまだ解明出来てないっぽい」

「生きてるのかな?」

「フィナが何らかの上級魔術を習得してるなら、生き延びてる可能性はあるよな、俺みたいに」


唐突な発言に驚いた。

え!?どういう事?高校生くらいにも見えるけど、もしかして結構歳いってる感じ?


「君ってもしかして100歳だったりするの?」

「さあどうかな?」


と、あおちゃんはまた、からかうように口角を上げた。


……むむ。どっちなの?遊ばされてるの?たぶらかされてるの?この世界の平均寿命なんて知らないし、全然わかんないよっ。


「まあさっきも言ったけど、このフィナ伝説は諸説あるから本当の所は分からないな。問題なのはそこじゃなくて内側と外側で閉ざした瞬間、フィナが創った道と扉が空高く昇って消え去ったんだと」

「なくなったの?じゃあ、あたしは…」

「そう!だけど実際は無くなったわけじゃなく、異世界に飛ばされていたんだ。どこか遠い場所へ、逃げ隠れるように…」


彼の心情というか見解も交じっててなんだか意味が深そうに思えた。

2度と災いが起こらないように、わざと力を異世界へ飛ばしたのかなあ?


あおちゃんは続ける。


「この世界に再び異変が起き始めた頃に、突然ある神官がここじゃないどこかの場所から、アードシェークと同じ魔力を感じ取ったらしい。それが“道と扉の力なんだ”“異世界にあるんだ”っていう流れになり、俺が命令により向かってみたらアスナがその魔力を持っていたっていう訳だ」

「そういう事だったんだ…」

「俺が聞いた話では、世界政府が魔界の穴を2つの力でまた閉ざそうと考えてるらしい。穴なんて見つかってないのにな。でも俺はフィナが助けを求めてるような気もするんだ。道と扉の魔力が反応し出したって事は、フィナが何かしらの信号を送ってるのかもしれない…ていう予想」


あおちゃんが今後について説明してくれるのは助かるけれど、あたしはこれしか気になっていない。


「なんであたしの中に入ったんだろう…」


お母さんのお腹の中にいた時から、その力を持っていたのかな?今になって時期を見計らっていたのか“私はここだよ!”なんて光って主張し始めてさっ。

霊感もなければ、透視能力もないよ。運動神経しか取り柄ないよ。


「それも分からない…でも、それほど大事なものをお前は持ってるんだ。だからまずはお前を安全に王城まで送り届ける」


君と公園で出会いこの森で目が覚めてから、色々な話を聞いて少しずつ理解はしてるけど、明確に分かる事は1つ。


「それじゃあ…当分この世界にいなきゃいけないんだね…」

「全てが終わったら、ちゃんと帰らせる」


全てって何に対して?…道と扉のどちらを所持してるのかも分からないのに、重大な使命を任されたように感じて、不安に感じてしまった。あたしの中に入ってなければな…。

不満げに俯いてるあたしに気づいたあおちゃんは、気を利かせてくれたのか明るく喋った。


「でも良かったよ。アスナを見つけられて」


えっと彼の顔を見た。

真剣な話をしてたのにその言い方は、安心や喜びが入っていたからだ。

前を向いて歩いていた2人が顔を見合わせる。


「あのままあそこに残っててたら、お前消えてただろうから」

「消える?死んでたって事?」


あおちゃんはコクンと頷いた。


「増幅しだした魔力に押しつぶされて消えてしまうか、その魔力をコントロール出来ないまま、体に障害が残ってしまうか…まあいろいろ!」


と、あおちゃんは笑った。

地球は魔力とかいうゲームの世界みたいな力なんて存在しないもんね。この魔力はそこでは不適合だったから、体調悪くなってたんだ。体も全然光ってないもん。


あたしの事、心配してくれてたんだ。悪い人ではないのかも。

でも気を許し始めた自分の気持ちに、そんなわけない!と否定してごまかすように、あたしは話を変えた。


「お城に向かうって行ってたよね。王子様とかいたりするの?」

「あぁ、いるけど…会いたいの?」

「いや、何となく」


あおちゃんはニヤニヤした。


「狙おうとしても無駄だぞっ」

「してないからっ!」


話を変えよう!


「あたしと同じ世界の子がもう1人いるんだよね?どんな子?」

「お前より綺麗で素直な子」


…怒!!!


前言撤回!なんでこいつはこんなに優しくないんだ。いろいろ言い方があるでしょう!

もしかしてあえてなのか?あえてあたしが不安にならないように“楽しくさせよう”じゃなくて“怒らせてみよう”っていう魂胆なのか?いらないんだけど!

でも、この人の笑いは不思議と不安な気持ちを払ってくれるような、そんなものを感じた。




ひたすらに森を歩き続けていくと、ようやく遠くに緑の草原が見え始めてきた。

やっと森を抜ける事ができるのかー、と思いつつ、ずっと片方の靴紐解けていたので、この辺でしゃがんで結び直す事にした。

あおちゃんとの距離は遠くなった。


結び直して彼の背中を追いかけようとしたその時!!突然後ろから“何か”があたしの身体を持ち上げ、走り去って行った。


あたしは彼に助けを求める為声を張り上げた。


「あおちゃんっ!!!」


あおちゃんは振り向いてくれたが、そこから動いてくれなかった。


あのやろー!守るって言ってくれたの嘘だったの?

どんどん森の奥へと逆戻りしていく。

こいつは何なんだ?人間じゃないみたい。動物のようなゴワッとした腕の毛にがっちりと抱えられている。

ぐんぐんと木々を通り越してようやく速度が落ち着いた時、岩場の多い場所にドサッと落とされた。


「痛ったっ……」


右肩から地面に向かって落下したから、めちゃめちゃ痛い。すごく肩も腕もじんじんする。

悶えながら、何が起こっているのかと顔を上げるとその人物に驚いてしまった。


!?


何こいつ…。

顔が豚で体が二足歩行の馬のような生き物だった。

その豚がいきなり吠え出すと、岩陰や茂みから次々と同じ豚が現れた。血だの肉だのいろいろ唸っている。

飢えてるのか?あたしを食べようとしてるの?

1匹の豚があたし目掛けて襲いかかろうとしたが、あたしを抱えてた豚がそいつを弾き飛ばした。


「まだ触るんじゃねぇっ!1人足りねーじゃねーかっ!」


と豚は豚に罵声を飛ばして、1匹1匹睨みつけていた。他の豚達はおろおろしだす。

その隙を狙ってどこかへ隠れようと考えていたけど、ある豚を見た瞬間思考が停止した。

よろよろと今にも倒れそうな血だらけの豚が現れ、目をかっぱらいたまま立っていたからだ。

豚の腹部から流れ出してる赤い血が生々しくて気持ち悪い気分になってくる。


「ドーーーンッ!!!」


とあたしを担いでた豚が叫びながら(名前か?)血だらけの豚に駆け寄った。


「どうした!?誰にやられたんだっ!」


立ってるのがやっとの血だらけの豚は何か口を動かしてるが、全然聞き取れない。


「お……がっ……っ」

「え?なんだ?男がなんだ?」


と問いかけたその時、

豚の腹がパァン!と破裂して、地面に倒れ動かなくなってしまった。

その周囲には血しぶきが飛んでいた。

周りの豚達もその光景に騒いだり困惑しだした。


もう我慢できない。


あたしは跪いて、気持ち悪さを解消するために嘔吐きまくった。何も食べてないから、唾液しか吐けないけどそれでも嘔吐く。

だけど、怪しい視線を感じたので恐る恐る顔を上げると…1匹の豚が口から液を垂らしながらずっとあたしの事を睨んでいた。

1歩1歩ゆっくり寄ってきたかと思ったら、いきなり加速しだしてあたしの首を掴んできた。


「!?」


ップツッ……。


爪も鋭くて、柔らかいあたしの首に食込み血が垂れてるのが分かる。

首を絞める力が尋常じゃない!


苦しい…苦しい!息が止まるっ……


バタバタもがいて抵抗したけど、だんだんと意識が遠のき始めてきていた。


あたし死ぬの?…こんな訳の分からない世界で…家族にも会えなくて、友達にもお別れを言えてなくて…。

こんな事なら、毎日悔いなく過ごせばよかった。後悔してることやっておけば良かった。伝えてないこと、沢山伝えておけば良かった。


豚の顔があたしのすぐ真横にあるんだろう。クチャという唾液の音と、生暖かい異様な匂いのする息のようなものを感じるからだ。


食べられてしまうんだ…。


と諦めかけたその時。

あたしの体が眩しいくらいに光出したのだ。

体もジンジン熱くて、あたしの首を絞めてる豚の手からジューっと焦げ臭い匂いがした。

豚はそれに反応して、あたしを振り落とした。


「こ、こいつ術士じゃねーか!ただの人間じゃねーぞ!」


別の豚が反応する。


「バカ言うな!紋章がどこにもねーじゃねーか!」


多分、その豚が駆け寄ってきてあたしの腕や足に触れ、そしてスカートを捲り上げ足の付け根まで触ろうとしたが、シュッと何か風が走った音がして、そこから動かなくなった。

いろんな部位が激痛の中、目を開けると豚の首がなくなってて、地面に転がっていた。


「!!」


さっきの風のような音は、この豚の首をスパーンッと切った音だったようだ。

あたりはもう血まみれで気づいたらあたしにも血しぶきが飛んでいた。

そしてまたシュッと風の音が鳴り出すと、次々とその物体の見えない何かが周りの豚達を切り刻んでいた。

もう、何が起こってるのか分からない。あたしもこの見えないものに裂かれてしまうのか…

だけど抵抗する気力もない。このまま横になっていたい。


風の音や豚の悲鳴が消え静かになった。

サッサッと足音が聞こえた。

その音はこちらに近づいてくる。

あたしの側で音は止まった。

それは、あたしをゆっくりと抱き起こす。

その触れてる手がとても暖かい。

そのぬくもりで、体の痛みが消えてく。

そっと目を開けると、あおちゃんがいた。


彼の手からは優しい緑色の光が放たれていた。魔法を使ってるんだ。あたしの光が緑色の光に包まれていく。この魔法のおかげで首の傷や体の打撲、その他の痛みがどんどん消えてなくなっていった。

来てくれた。助けに来てくれたんだ。

あたしはただそれだけが嬉しくて、涙が溢れそうだった。

あおちゃんはずっと無言だった。怒ってるのか、悲しんでるのか、口が一文字だ。

あたしの顔が彼のフードの中が見える角度だったので、わずかにフードを覗くと左の頬が黒かったように見えた。

体も徐々に動けるようになり、彼に支えられなくてもしっかり座れるようになった。

全ての傷が癒えて光も治まると、ようやくあおちゃんが喋ってくれた。


「ごめんな。…魔物がずっと俺達の跡を付けてたの知ってたんだ。でもどうせ雑魚だろうと思って放っておいたのがまずかった。まさか、襲ってくるなんてな」


とあおちゃんは謝った。


あたしは治った首をさすって、改めて助かったという事実を実感して安堵したが、さっきの光景を思い出してしまい、わっと涙が溢れてしまった。


「こわかったんですけど…」


あおちゃんは、逸らすことなく無言であたしの泣き顔を見つめ、ポロポロ流れる涙を風の魔法でふわりと優しく拭ってくれた。




少し時間が経って気持ちが落ち着いたあたしは、あおちゃんに聞いた。


「これが、魔物?」

「あぁ、こいつら以外にも沢山いる」


殺され方も残虐で、胴体裂かれるし内臓飛び出たりしてるし、かなりグロテスク。

あたしは、この光景を見たくなくて目線を外した。

鼻も効くようになったから、強烈な獣の生臭い匂いに鼻をつまんだ。

あおちゃんはずっと険しい顔だった。


「どうしたの?」

「おかしいんだ。この魔物、生息地はここじゃないはずだ」


と考えてる様子かと思いきや、独り言なのか“報告が必要だ”と呟き、何やら人差し指を地面に突き刺して、光のビームを放ち始めた。ペンのように地面に何か模様を描き始める。


「何してるの?」

「魔法陣を描いてる。これですぐに城下まで移動するぞ」

「分かった、じゃあ早くしてほしい。ここ臭いがキツくて…」

「あっ…」


あおちゃんは豚の残骸をチラッと見ると、片手を出して何かボソボソ呟いた。そしたら、豚達がさら~っと砂や泥に変わった。


これも魔法かあ。なんでも出来るんだなあ。だったら、この制服もどうにか出来ないかな。ただ汚れてるってだけでは済まされないほどボロボロだし血と土で茶色く変色してるし、いつの間にかリボン消えたし、せめてお城に着いたら着替えさせて欲しい。



ものの数十秒であおちゃんは変わった模様の円を完成させていた。


「じゃ、今から移動するから」


と言われて、アニメの世界みたいでドキドキワクワクするなあと、何も疑問なく素直に従おうとしたけど、ある事に気づいた。


「最初からこれ使ってたら、すぐに目的地に辿り着いたんじゃないの?」

「あー、それな…。でもお前、よく眠れて気持ちよかっただろ?」

「いやっ…でもあんたの立場考えたら、すぐにでも引渡…」

「意識がない状態でここに連れてこられて、さらに俺じゃない知らない奴に入れ替わってたらもっと混乱するだろ」

「うっ…」


確かに、それは言えてる。

気を使ってくれたってこと?

あたしのため…なわけないか。

もしかして、様子見かもしれないし。

やっぱり油断しないようにせねば。


中々円の中に入ってこないあたしに、あおちゃんはこう言った。


「何だよ、手でも握るか?」

「いや、結構です」


即座に答えて、スっと円の中へ入った。

あおちゃんはクスッと笑う。


「じゃあ、目でも瞑ってろ」


そう言ってあおちゃんが何かを呟くと、円の周りから風が立ち込めてきた。魔法陣の模様がキラキラと光出していく。

不安はやっぱりあるので、あたしは目一杯瞑って早く移動して欲しいと願うばかりだった。


風も光も大きくなり始め、魔法陣全体がそれらに包まれていくと、あたし達はその場から消えた。

読んでいただきありがとうございます。

気に入った、また読みたいと想っていただけると嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。

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