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レドが見えていなかったもの

「ところで、レド少年」


レドがドロシィの様子に不安感を覚えていると、ミリアが肩を抱いてきた。レドにだけ聞こえるように囁く。


「君が、日々大きな一歩を刻んでいるようで何よりだ。よく頑張っているね」

「ミリアさん……どうして」


ミリアは、教会を寝泊まりしていて、人気のないところを巡回しているはず。走っているレドを見るには、人気のあるところに行く必要がある。


「なに、ちょっとした魔法だよ。取るに足りない。とにかく、君が頑張ってくれているから、私も職務を頑張ろうと思えるよ」

「そんな、大袈裟ですよ」


レドは笑った。嬉しさと照れ臭さが同居して、頬を熱くしていた……。




「お前、生意気なんだよ」


そんな温かい思い出を思い出したのは、ラーシュに前髪を掴まれている時だった。


いつものように走っていたレドは、目の前に立ち塞がるラーシュから、まず逃げようとして、足を引っ掛けられた。


こんなに簡単に転ぶものなのか。


降ってくる笑い声に、レドは愕然としていた。そうしている間に、ラーシュがいつも連れている二人に、腕を取られて立たされた。


どんなに抵抗しても、びくともしない。


走ること以外やってこなかったレドは、ここからどうやって逃げればいいかわからなかった。わからないうちに、森に連れ込まれてしまった。


「スキル無しの無能が、ちょろちょろ村を走りやがって。お前なんて、あの時殺されてれば良かったのに」


明確な悪意が、レドの胸を貫いた。 


レドの表情を見たラーシュは、満足そうに笑った。


「そうさ。お前が努力したところで、報われるわけないんだからさぁ。とっとと死んじまったほうが、お前としても楽なんじゃねえの?」


前髪をぱっと離されて、レドは地面に放り出された。


視界には、レドを見下すラーシュ達と、狭い空を埋め尽くすようにざわめく木々。レドの頬を、()()()()()()()


ーー死んだ方が楽、かぁ。


それは、何回も考えていたことだ。


スキル判定の儀の日から。レドは、何度も何度も何度も、死ぬことを考えてきた。


自分だけに宿らなかったスキル。神様から愛されていないということ。世界から見放されたという絶望感を抱いて、何に縋れば良いのかわからずに生きてきた。


けれど。


『私が貴方を気にかけてるのは、放っておけないのは、貴方のことが大事だからだよ』


ーー君の言葉が、それを否定するんだ。


レドは、目を閉じて、ラーシュ達を見上げた。


遠い、なんて、遠いんだろう。けれど、これは、ドロシィとの約束を守るために、届かなければいけない距離だ。


レドは、地面の土を握った。


跳ね起きて、ラーシュに向かって投げる。目を腕でかばったラーシュの横を通り過ぎようとして、もう一人に腹を蹴られた。


「こいつ、ラーシュさんに……ッ」

「生きてることを後悔させてやる」


あっという間に地面に押さえつけられて、腕を捻られて。レドは悲鳴を上げた。


「ははっ、虫みてえ」

「レドのくせに、走れなくしてやろうか」

「……っ、それ、だけはやめて、やめてよ」


走れなくなったら、足跡だって刻めなくなる。ミリアが示してくれた希望がなくなってしまう。


じたばたともがくが、二人に体を押さえつけられてるから動かない。


金属を生成するスキルを持った一人が、レドの足めがけて、とがった破片を振り下ろしーー


風が、強く吹いた。




「……ド、レド、大丈夫?」

「ドロシィ……?」


どうやら気を失っていたらしい。レドが目を覚ますと、ドロシィの膝の上だった。


「っ!?、ごめん」


レドは急いで跳ね起きて、ドロシィに謝った。


ドロシィは、にこりと笑った。


「気にしないで。それより、傷は大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ、ありがと」

「今回は間に合って良かった」

「うん、本当に、ありがとう……っ」


お礼を言うと共に、レドは溢れてくる涙を止められなかった。


「僕、ドロシィに助けてもらったんだよね、情けないよ。ラーシュに勝つって約束したのに」

「そんなことないよ。レドはちゃんと、おっきな足跡を残せてるよ」


まるでミリアみたいな言い方だと、レドは思った。ドロシィは、二人の会話は知らないはずだから、それは偶然だろう。


「ドロシィは、なんで森に?」

「頼まれたから」

「頼まれた?」

「うん。レドが森に連れて行かれたから助けてくれって、いろんな人に」

「いろんな、人……?」

「そう。“走ってるところを馬鹿にできなくなるから”とか、ひねくれた理由を言う人たちもいたけど。みんな、レドを心配してくれてたんだよ」


レドは、ゆっくりと、目を開いた。


……心配。


そんなことをしてくれるのは、ドロシィやおじいさん、ミリアだけだと思っていた。


実の両親でさえ、レドのことを煙たく思っているのに。


「どうして」

「だって、レドが頑張ってたこと、皆知ってるもん。もちろん、私もね」


走るレドの耳には、陰口しか届いていなかった。そこに、おじいさんの声援が聞こえてきて、足取りが軽くなって。


誰も、助けてくれないと、思っていたのに。


『人の目がないところで走ることも大事だが、誰かにそれを見せることも大事だ』


ミリアの言葉を思い出す。


あのときは単に、人気のないところには、スキル否定派がいるかもしれないから危ないということだと思っていた。


けれど。


「そうか、そういうことだったんだ……!」


陰口と、おじいさんの声援。それが全てだと思っていた。けれど、目を凝らしてみれば。レドのことを見守ってくれている人たちが、そこにはいたのだ。


レドの胸は、熱くなった。


「それでも、」


ドロシィが何かを呟く。レドは首を傾げた。


「なんて言ったの?」

「レドの足が無事で、良かったなぁって」


ドロシィは、またもや綺麗に笑った。


彼女はどんどん、笑顔が上手くなる。






「……クソッ!!」


石畳を剣で叩き、亀裂をつくる。


「なんで、なんで、なんで」

「あの女、“魔法使い”だからって調子に乗りやがって」

「不意打ちだったから、勝てただけっスよ! 真正面でやれば、ラーシュさんが勝つに決まってる!」


取り巻き二人の慰めるような声に、「違う」とラーシュは心で叫んだ。


違う、違う、違う。 


たしかに、突然現れて、ラーシュを木に叩きつけたドロシィの目も気に入らなかった。


女のくせに、強いスキルを持っているだけのくせに。いつか“剣聖”のスキルで黙らせてやる。そう思った。


けれど、一番ラーシュを怒らせたのは。


「レドのくせに……」


名前を呼ぶたびに、体がじわじわと怒りで温められる。


いつもは諦めたように体から力を抜いて、森へ連行されるくせに。体を丸めて無様に暴力の嵐が通り過ぎるのを待っているくせに。


今日のレドは、ラーシュ達を見るなり、逃げようとした。森に連れて行かれてからも、土を握ってラーシュを撹乱し、逃げようとした。


「無能のくせに……」


いつもはおどおどしているレドの目は、いつものように、諦めた目じゃなかったのだ。


それが、たまらなく腹立たしい。


スキルを持っていないレドが、そんな目をするのが。






……。

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