いびつな騎士団長
「偽物のスウェンとは何を話した? どうして君の両親は迎えに来なかった? 私の見立てでは、君は殺されるはずだったのだが、どうして生きている?」
両肩を抑えられ、矢継ぎ早に質問されて、もともと人見知り気味のレドは、「ええと」や「うう」という言葉しか発せられなかった。
ドロシィと談笑していたのに、いきなり両親に、村長の家……つまり、ドロシィの家に連れていかれて、兜を脱いだ女性に詰められている。
「どうした、答えないのか」
女性の声は冷たい。
周囲の反応からして、たぶんこの人が騎士団長なのだが、それを思ってしまうと、レドはますます答えられなくなってしまう。
「待ってください。レドが怖がってる」
そんなレドを救ってくれたのは、ドロシィである。レドと、騎士団長の女性の間に割って入った。
「君は?」
「すみません、騎士様。不肖の娘です。ドロシィ、何をしてるんだ、邪魔をするな」
村長が、ドロシィを睨むが、負けじとドロシィも、村長を睨み返す。
「だってこの人、レドに“殺されるはずだった”って! そんなこと言われて、普通に答えられると思う!?」
「ぐ……」
村長は、ドロシィに気圧されたようだった。
そんな二人のやり取りを、騎士団長は、興味深そうに見つめて、レドの方を見た。
「え?」
「たしかに、疑問をそのままぶつけすぎた。すまない、私は、いささか人の情に疎いきらいがある」
「ええっ!?」
レドは困ってしまった。騎士団長が、レドの前で頭を下げたからだ。
「あ、あのっ、頭を上げてください」
「私を許してくれるか、レド少年」
「許します、許しますから!」
「それは良かった」
一切声の調子を変えずに謝った騎士団長は、綺麗な所作で顔を上げた。
相変わらずの冷たい声、冷たい顔だが、もしかしたら、この人はこれがデフォルトなのかもしれない。
そう思うと、レドは、肩から力が抜ける気がした。
「ドロシィ嬢も、すまなかった。君は、大切な人間のために怒っていたんだな」
「え、あ、そう、です……」
ドロシィは、なぜか勢いをなくして、レドのことをちらりと見た。
ーー大丈夫。もう、話せるよ。
レドが頷くと、ドロシィの眉がふにゃりと下がった。
「改めて自己紹介しておこう。こういうのは、何回やっても良いからな。ミリアという。ハイドレーン騎士団の騎士団長だ。ハイドレーンは、私の姓だな」
独特な自己紹介をしたミリアは、何かを待つように口を閉じた。
その何かは、レドにはわかっていた。
「れ、レド・ディアです。よろしくお願いします……」
差し出した手は、ぎゅっと握られた。
「レド君、怖がらせて悪かった。私も、興奮をしていたもので」
「こ、興奮?」
「ああ……なにせ、君は“生き残り”だからな。君が会ったのは、おそらくもなにも、スキル否定派の一員だろう。名前は割れていないが、変身のスキルを持っている人間がいることはこちらもわかっている。問題は、その人間と関わった人間が皆、殺されていることだ」
これは進歩だ、と、騎士団長は、レドに顔を近づけた。
「被害者は死人だ。だから、犯人の具体的な情報はわからない。だが、君は生きている。これは、たいへん有益なことだ。よく生きていてくれたね。ありがとう」
「は、はい……」
「それで、どうだったスキル否定派の一員は。私の思う通り、異端者だったか?」
「わ、わかりません。ただ、普通の人だったと思います。たしかに、スキル以外に人を測るものさしはあるって言ってましたけど……あ、でも」
「レド!」
父の叱責するような口調に、レドは肩をビクッと震わせた。
口元をひくつかせる。
「あ、で、でも……たしかに、おかしい人ではあったかもしれません、す、スキルのことをよく思ってないかんじだったし」
「ふむ……」
ミリアは、アゴに手をあてて、レドのことをじっと見た。
「なるほど、君は不思議な子なんだな」
ミリアもミリアで不思議だと思うが、レドは口を閉じておいた。
同時に、先程言いかけたことは、言わないようにしようと思った。
ーー独特な話し方が、ミリアさんと似てました、なんて。
「本当は、君たちを守れたら良いのだが、私は神父を守らなければならない。上意下達はこういうところが嫌だな、早く出世をしたい」
騎士団長にまで上り詰めておきながら、真顔でそんなことを言うミリアは、兜を被り直した。
そうして、籠った声で言った。
「話を聞かせてくれてありがとう、レド君。騎士団は、しばらく教会に駐屯するから、思い出したことがあれば言いに来てほしい。ああ、レド君に限らずです。では村長、長時間失礼しました」
「はあ……」
さっさと扉を開けて出て行ってしまった騎士団の人々に、村長は遅れて、気の抜けた返事をした。
不思議な人だったな、とレドは思った。
冷たいけれど、自分の非を認めて謝ってくれるし、堂々と不満を言う。
イメージする騎士団長とは、かなり違う人だった。
「ねえレド」
くい、と袖をひかれてそっちを見ると、そこには、ドロシィが立っている。
「きて」
大人たちが話し合う中、レドとドロシィは、またもやドロシィの部屋にいた。
炎の焦げ跡が残る部屋で、唯一無事なベッドの上で。ドロシィは、レドに詰め寄った。
「スキル否定派の人と、何を話したの?」
「さっき、騎士団長様に話したことだよ。スキルのこと。村の外では、スキルで全てが決まるわけじゃないんだって。で、でも」
レドを叱責した、父の顔が頭に浮かんだ。
「そんなこと、ないのにね。王都でもスキルで全てが決まってるから、否定派が活動してるわけで……」
「そうとは決まってないんじゃないかなあ」
「ドロシィ?」
レドは、目を瞬いた。
ドロシィの琥珀色の瞳は、どこかを向いていた。
「その人の言う村の外って、王都を指してるわけじゃないんじゃない? ううん、村自体も、ここを指してたわけじゃないんだよ」
「どういうこと?」
「詳しくはわからないけど。でも私、その人がレドのことを殺さなかった気持ち、わかるかも」
「わかるの? 気持ち」
「うんっ」
ドロシィが、レドに抱きついてくる。ぎゅうぎゅう抱きつかれて、レドは苦しかった。
「ドロシィ、くるしっ……」
「レドは優しいから、その人も殺したくなかったんだよ」
「そういうものかなぁ」
「うん。きっと、そうだよ」
「そういう経緯で、私たちはあなたの事を守らねばなりません。カシィラ神父」
嫌そうに言うミリアに、彼は穏やかに頷き、
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。私も、あなた方を派遣するほどではないと具申したのですが」
「お互い、上のものには嫌な思いをさせられてばかりですね」
共感、してくれているのだろうか。
ミリアは、表情を崩さずにそう言った。
「スキル判定の儀、ですか」
彼女の視線は、判定に使う宝玉に注がれていた。
傷ひとつない宝玉は、王都から持ち出す事を許された、カシィラのお気に入りである。
「綺麗な宝玉ですね」
「ええ、綺麗でしょう」
カシィラは、こうして宝玉を眺めることが好きだった。数多の人間のスキルを見ることのできる、この宝玉が。
一人の少年の名前を念じて、宝玉に手をかざす。
絶望の表情とともに、下手くそな笑顔を作った少年は。
「楽しい事を思い出したのですか」
目敏いミリアに、カシィラは開き直った。
「ええ、そんなところです」