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約束三つ

教会は、厳かな雰囲気に包まれていた。


集められた、今年“スキル判定の儀”を受けた子どもたちは、皆緊張した面持ちで、前に立つカシィラ神父を見ていた。


神様に対する祈りを唱えていたカシィラ神父。祈りが終わると共に、カシィラ神父が右手に掲げた紙が、青い炎に包まれる。


だが、その炎は魔法の炎だ。カシィラ神父の腕を焼くことはせずに、彼の持つ紙だけを包み込む。


「皆さん、“選抜大会”における組み合わせが決定しましたーー第一戦目は、ラーシュ・ニカルメさんと、レド・ディアさんの対戦です」

「……っ!」


いきなり、自分の名前を呼ばれて、レドは息を呑んだ。レドの隣に座るドロシィは、レドの肩をトントンと叩いて、「ファイト」と小声で言ってくれる。


「ありがとう」と言って、レドは頷いた。覚悟はもうできている。


ドロシィとの約束、王都に帰ったミリアとの約束。いろんな人との約束を、レドは背負っているのだ。


ーーそれに……。


レドは表情を暗くした。耳に、目に蘇るのは、あの青年の姿と声。最後の最後に仲間を殺し、自分も死んだ、ホレグのこと。


約束なんかしていないけれど、レドはそれも背負いたいと思ったのだ。




「じゃから、ワシとも約束しろ。選抜大会に負けても、ワシの前に姿を現すとな」


おじいさんは、いつも通りだった。いつも通り、レドにホットミルクをくれて、それを二人で飲んだ。


「なに、選抜大会で優勝できなくとも、死ぬことはない。それにしても、騎士団は優秀すぎて困るのう。もう少し手こずってくれても良いものを」

「これ以上、被害がなくて良かったです」


おじいさんの憎まれ口に慣れてきたレドは、こくりとミルクを飲みながら答えた。


「なんじゃ、つまらんのう。もっと反論せんかい」

「僕を思ってくれてるのは知ってますから」


そうやって笑って言うと、おじいさんは、ばつが悪いような顔をしていた。


「成長したのう、レド坊」

「あ、ありがとうございます」


レドは深々と頭を下げた。顔を上げると、おじいさんは、何かを考えていたようだった。


「……ワシがお前さんに授けた策は覚えておるな?」

「は、はい。ラーシュと、一番最初に当たって、その、よかったです」

「二度目は通用せん技じゃからの」


おじいさんは髭をいじりながら言った。


「あとはお前さんの頑張りというわけじゃ。頑張れよ」

「はいっ!」


レドの元気な返事に、おじいさんを目を細めた。かと思えば、しっしとレドを追い払う仕草をする。


「わかったら、とっとと家に帰って体を休めるんじゃな。お前さん、どうせ、大会に向けて根を詰めすぎてるんじゃろ」

「うっ」


図星だった。ラーシュとの対戦が迫っていると思うと、レドはうずうずして、いつもより長い時間走ってしまったのだ。


「ワシの家に寄るのが今日は遅かったからな。すぐわかったわい」


おじいさんはため息を吐いた。


「のうレド坊。何度も言ってるが、べつに、選抜大会で負けても、死ぬわけじゃないのじゃぞ? それは、このワシが証明しておる」

「それは……わかってます」

「はっきり言って、レド坊は約束に囚われすぎておると、ワシは思う。なあ、なにがそんなに、お前さんを掻き立てるんじゃ」

「僕は……」


レドは言い淀んだ。約束三つ。そのためにレドは、選抜大会に勝とうとしている。


だけど。うずうずして、いてもたってもいられなくなったのは。


その感情を、はたして認めて良いのか、レドは迷った。だって、約束のほうが、綺麗な理由な気がしたからだ。


胸の前で、拳を握る。おじいさんは、なぜかのけぞった。


「僕は、ただ、楽しくて仕方ないんです」

「楽しい?」

「はい。選抜大会に向けて、努力することが、楽しくてしょうがないんです」

「はぁ、村いちばんの変わり者じゃの。お前さんは」


おじいさんは肩をすくめた。


「だったらワシは何も言わん。頑張ってこいーーお前さんは、ワシのようになってほしくないと思っていたが、どうも、ワシよりも強いらしい」




こうして、レドの胸には、約束三つと、それから、楽しさが宿った。


「前の僕では、考えられない」


レドは、安全性を確認され、出入りを解禁された森の中で呟いた。


枝が多い森の中で修行するのは、『剣聖』ラーシュとの戦いを想定する上で重要なことだ。


ラーシュのスキル“剣聖”は、どんな物でも名剣に変えるスキルである。


たとえば、レドが今拾った枝。細くてすぐ折れそうな枝でも、ラーシュは名剣に変えてしまう。


“選抜大会”では、ありがたいことに、持ち込みが許されている。“剣聖”が剣を持ち込むことを許されていないのなら、スキルを十分に発揮したとは言えないからだ。それは、人間のスキルを見たい神への不敬にあたる。


だから、ラーシュはおそらく、本物の剣と、それから、持ち運びできる枝のようなものを持ってくるはずだ。子供のラーシュが、複数の剣を持つのは重すぎる。ここは、自分のスキルを活かして、軽くてすぐ手に入る枝を体に忍ばせておく……レドはそう考えた。


だから、レドが走り込みと同時にやらなければならないのはーー。




足元には、たくさんの枯れ枝がある。


軽くて、水分が抜けた小枝は、持ち運ぶのにもちょうど良い。


ぱきっ。


それを、レドは素手で二つに割る。もう大分、力の入れ方もわかってきて、綺麗に割れるようになってきた。


小枝はレドの手の中に収まる長さになった。親指と人差し指じゃないと、先端をつまめない長さだ。


これこそが、“剣聖”攻略の鍵。どんなものでも名剣に変えるスキルを持つとはいっても、当たらなければ意味がない。それならば、剣自体を短くしてしまえばいい。


ラーシュに散々いじめられたレドは、しっかりとそれを見ていた。


“剣聖”の剣は使い捨てだ。ついさっきまで、レドの体を痛めつけていた木の棒が、ただの棒に戻るのを、レドは見ていたのだ。


ーー“剣聖”の手から離れたものは、名剣でなくなるんだ。


レドはそれに、勝機を見出した。




おびただしい数の枝が、レドの隣に積まれていた。森の中はすっかり夕暮れだ。心地よい疲労感と共に、レドは“剣聖”について考えていた。


「ラーシュも、英雄になるのかな」


あんまり想像できなくて、ふふっと笑ってしまう。


だから、だろうか。


「……だめだ、……しないと」

「……!?」


ラーシュのことを考えていると、その本人の声が聞こえて、レドは体をびくっとさせた。


幸い、声は遠い。レドはじっとして、耳を澄ませた。今度は声がはっきり聞こえた。


「これじゃだめだ、もっと努力しないと。じゃなきゃ、父上は、俺を認めてくれないっ……」

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