約束
「おかしい」
地面に並べられた三人の死体を見て、ミリアは困惑していた。左から、血を操るスキル、音を操るスキル、それから、植物を操るスキルの保持者である。
「ん、わかる。手応えがなかった」
腰に手を当て語るセンディ。残念ながら、彼女とミリアの考えていることは違う。ミリアは、エリーズの方を見た。エリーズは、こくりと頷いて。
「この中の誰も、高速で動いてなかったよ」
さきほど使っていた、探索スキルの結果を教えてくれた。そう、この中の誰も、身体強化系のスキルを持つ者はいなかったのである。
これは一体どういうことなのだろうか。想定していたスキルを、誰も持っていないとは。
「まだ、身体強化系スキルを持つ人間が隠れている……?」
「でも、風の精霊たちはこれで全部って言ってるよ」
エリーズがお手上げというふうに肩をすくめる。ホレグ・ラツァの一件で、エリーズの探索スキルは確かなものだとわかっている……。ということは、一応は、討伐完了というわけだろうか。
どうも釈然としない。ミリアは、森を見渡した。木々の間を縫って、そよ、と風が吹く。レドと二回目に会った時に吹いた風だ。そして、神父と会っている時にも。ミリアは笑った。安心させるように。
「ああ、大丈夫。なにも、心配することはないさ」
「だから、君は君のできることをするんだ」
村長宅にて。討伐完了のことを知らせたミリアは、ドロシィの肩に手を乗せて、できるだけ穏やかに言った。
「いざとなったら手を貸してくれるつもりだったんだろう」
「う……」
“魔法使い”スキルを持ち、時折、風の精霊を森に送っていたドロシィの顔色は悪かった。彼女は気まずそうに、ミリアの方を見た。
「気付いてたん、ですか?」
「君は、不自然なところで風を吹かせすぎる。私たちが不甲斐ないばかりに、済まない」
ミリアは深々と頭を下げた。自分がもっと信頼のできる人物であったならば、“選抜大会”に出る彼女の手を煩わせることはなかっただろうに。
ミリアが反省をしていると、ドロシィが、決然とした顔になった。
「こちらこそ、貴方たちのことを疑うようなことをしてごめんなさい。でも、気付かれちゃったなら、その、貴方たちが思ってる疑問を解決できる……かもしれません」
「ほ、本当か!?」
勢いこんで言ったミリアに臆することもなく、ドロシィはこくりと頷いた。
「彼らは移動手段を考えていました。たぶん、エリーズさんが見たのはその時のことだと思います」
「ふむ」
あわあわとしている村長とその夫人。当の娘は、椅子に座り、背筋を伸ばして、なめらかに話し出す。
「植物を操るスキルの人がいたでしょう? その人が、森の植物を進化させて……音を操る人を乗せて、森じゅうを移動させてたんです」
「……」
ミリアの思考は、一瞬固まった。
なんだそれは。なんだその真相は。
ドロシィは、極めて真面目な顔だったので、それは冗談ではないことはわかっている。
だが、センディに出力最小限の炎で(無表情ながら嬉々として)焼かれた植物使いにしては、スケールの大きな話ではないか。ひと一人を乗せるように成長する植物など、とても作れるようなスキルには見えなかったが。
ミリアは、顎に手を添えた。
「たとえば、本番で使えるものではない……体力の消費が激しいものだとわかったなら使わない、か……?」
「けっこう便利そうな技なのに、それを使わないのは、よく、わかりませんけど。なにかのデメリットがあったんじゃないでしょうか」
なにせ、風はひと所に止まれないのだと、ドロシィは言った。偶然風を吹かせたところに彼らがいて、偶然それを知ってしまったのだと。
だが、その偶然が、残った疑問を解決することに役立っているのだ。ミリアは席を立った。
「続きは教皇庁だな。“スキル判定の儀”のリストと、スキル否定派の能力の特徴を照らし合わせれば、具体的なスキル内容もわかってくる。なぜ本番で、植物による移動をやめてしまったのか、そこから想像もつくだろう」
「それにはどのくらい時間がかかるんですか?」
ドロシィは不安そうだった。
「実を言うと、一ヶ月かかる。ドロシィ嬢には一ヶ月、疑問を抱えてもらうことになるが……」
それだと、“選抜大会”当日も、疑問を抱えたまま出場しなくてはいけなくなるだろう。
だが、ミリアの懸念をよそに、ドロシィは、それはそれは綺麗な笑みを浮かべて、言った。
「よかった」
それから、「あ」と目を丸くして、小さな手で口を塞いだ。
「ごめんなさい。実は、最近たくさんたくさん、選抜大会のことを考えちゃってて……何かで気を紛らわしたいと思ってたから……レドとも、遊べてないし」
どよん、とした目をするドロシィ。目下の悩みはそれだろう。
ミリアは、ドロシィの頭に手を乗せていいか考え、結局、手を乗せる。
「大丈夫だよ、ドロシィ嬢。レド少年も、同じような悩みを抱えているはずさ」
すべては、選抜大会が終われば解決するのだ。
勿論、ミリアは“選抜大会”を見届けるつもりだった。
偶然の出会いにすぎないが、少年少女の行く末を、見届けたいと思っていたからだ。
「……」
教会にて。
王都から帰ってきた鳩が足に結びつけていた手紙。それを無言で見るミリアに、カシィラ神父は穏やかに話しかけてくる。
「手紙にはなんと?」
「王都に帰ってこいとのことです。騎士団クラスの人間が殺害されているそうです」
「それは大変だ。すぐに、王都に帰還してください」
カシィラ神父はそう言うが、それすなわち、自分の護衛を放棄しろということである。
危機は去った。だが、ミリアをこの村に繋ぎ止めるのは、既に違うものとなっているのだ。
「気になりますか? 彼らの行く末が」
そんなミリアの心中を察したようなカシィラ神父。ミリアは素直に頷こうとした。
が、とあることを思いついて、首を横に振った。
「いいえ、気になりません。なぜならーー」
「君が将来行く場所を、安全な地にしてみせる」
ぽかんとするレドに、ミリアは力強くそう言った。
「きっと君は、王都に行くことができる。私はそのために、地ならしをしておこう」
ミリアは小指を立てて、レドに向けた。レドは、おずおずと、ミリアの小指に小指を絡めてくれた。
「約束だ、レド少年。私が王都を均しておくから、絶対に、王都に来てくれ。縁故採用でも何でもしてやる」
「えんこさいよう……?」
「コネ、知り合いの特権。そんなものだ」
そう言うと、レドはぶるぶると、雨に濡れた犬のように体ごと頭を震わせた。
「そ、そんなの絶対にダメです!」
「ははっ、そう言うと思った」
「ミリアさん……」
珍しく、拗ねたようなレドに、ミリアもまた、珍しく柔らかな笑みを浮かべてしまう。
「ぼ、僕じゃあ戦力にならないし……っ、じゃ、なくて」
弱々しく自己を卑下していたレドは、今度は、力強く頭だけを震わせて。
「はい、約束です! 王都で会いましょう!」
満面の笑みでそう言ってくれたのであった。
「言わせただけじゃん。レド君、空気読んでくれただけじゃん」
「うるさいぞ、エリーズ」
そのやりとりを陰から見ていたジト目のエリーズ。彼女の正論を感情論だけで跳ね除けて、ミリアは王都への帰路へついていた。
すでに、ディ・リノア騎士団の面々は王都へと向かっている。ハイドレーン騎士団と、エリーズ達は、少し遅れて出発したのだ。
森を抜ければ、もう、村は見えなくなった。ミリアは名残惜しく、村の方向を見る。
「ミリアちゃん」
「わかっている」
心の中でレドにエールを送り、ミリアは次の戦場に旅立ったのであった。




