誰よりも自由な
エリーズちゃんは比較的常識人枠です
……ノエスは、スキル否定派の仲間になった日のことを思い出していた。
神とやらは理不尽だ。ノエスにはクズスキルしか与えてくれなかったくせに、今対面している敵には、こんなにも強力なスキルを与えてくれているのだから。
「くそっ、くそくそくそっ」
ドロシィと、レドとかいうガキを追い詰めた時とはまったく反対の状況で、ノエスは追い詰められている。鬱蒼と茂る木々の間に隠れても、見えない斬撃は飛んでくる。
「はぁ……なんっか、やりがいがないな」
そんなことを言いながら、赤毛の男は槍を振るう。見えない獣がまた、ノエスを襲った。
「くそっ、くそがぁああ!!」
ノエスは肌から血を吹き出させながら叫んだ。決して浅くない傷だ、受けるにしても限界がある。焼けるような痛みが体じゅうを襲って、どくどくと血が地面に流れ出ていく。
ーーはやく、はやく。
霞む意識との競争だ。ノエスは自分の血をじっと見つめた。赤毛の男が槍を振るう。ノエスは最後の力を振り絞って、地面を転がった。その瞬間、自分の血が光るのを見た。
ーー勝った。
ノエスの唇には、笑みが刻まれていた。リスクは大きいがリターンも大きい。これが、ノエスのスキルである。
ノエスの血は燃える化け物になって、赤毛の男に立ちはだかった。赤毛の男が槍を振るう。ノエスの生み出した化け物は、槍の攻撃を受けて一瞬三分割されるが、すぐに元の形を取り戻す。
「へぇ、血を流す代わりに炎の精霊でも召喚してるのか? 不便なスキルだなぁ!」
だが、赤毛の男は驚くでもなく、むしろ、嬉しそうだった。ノエスの背筋は冷えた。
ーーなんだ、こいつ。
今まで、この炎の化け物で多くの人間を殺してきた。この化け物と相対した人間は、恐怖に囚われて何もできずに死ぬか、無様に逃げるだけだった。
「おい、アルマ」
「わーってますよ。でもほら、死ぬ前にスキル特定できて良かったでしょ」
アルマと呼ばれた男は、槍を担ぎ直す。
「スキル否定派がどこで生まれるのか、スカウトされるのか。流れを掴むのに役立ちますよこれは。生かしておいた甲斐がありましたよ」
「言わせておけばべらべらと……!」
完全に上から目線のアルマに、ノエスの頭は怒りで沸騰しそうだった。炎の化け物に命じて、アルマを襲わせる。
炎の化け物は俊敏だ。アルマをあっという間に包み込み、焼き殺そうとする。
はず、だった。
「こんなカススキルで殺せるの、格下ぐらいだよ」
心底馬鹿にしたような声。炎の化け物が一刀両断される。槍を振るってすらいないのに。
「なんで」
「なんでって、槍を振るってるからだよ」
呆れたような声が返ってくる。アルマが今度こそ振るった槍は、化け物を六分割にし、それから、それから……。
アルマは、自身の赤毛を撫で付けて、嫌な笑みを向けてきた。
「まぁー、お前には見えないか、僕の斬撃は」
もはや火の粉となってしまった化け物が、ぽとぽとと地面に落ちていくのを、ノエスはあっけに取られて見つめていた。
「僕が三撃振るったらようやく見えるレベルだもんな?」
「……っ」
ノエスは急速に理解した。獣の爪痕だと思っていたのは、アルマが神速とも言える速さで槍を三回振るっていたから。槍を一回振るうだけならば、アルマは、炎の化け物のスピードも凌駕できるのだ。
ーーこれが、騎士団の力。
アルマの肩に光るディ・リノア騎士団の紋章。それを近くで見ながら、今度こそ、ノエスは息を引き取った。
「てぇことで、あと二人なんですけど〜、そちらさんはまだ誰も殺せてないんですねぇ」
堂々と死体を見せつけてくる、ディ・リノア騎士団のアルマ・ノーストン副団長。の、頭をごちんと殴る騎士団長パーク・スウェイ。
パークは、深々とミリアたちに頭を下げた。
「すまない、こんなことで張り合っているのは、このバカだけだ。まったく、リノア様に申し訳ないと思わないのか……」
一見常識人に見えるが、パークは狂信者である。なにせ、自分の騎士団の名前に、女神リノアの名を冠させているくらいだ。
「……」
そんなだから、教皇庁の反逆者、ローサは複雑そうな目をしていた。センディはローサの感情を読み取って、野良犬よろしく唸っている。
「別に気分は害していません。早々の討伐、頼もしい限りです」
ミリアは半分本音を言って、パークと握手をした。この世からスキル否定派が一人でも減るのは、ミリアにとっての復讐でもある。
「しかし、そちらには探索系のスキル保持者がいるのですか? よくスキル否定派の一員を見つけましたね」
「お恥ずかしい話、こちらのアルマが手当たり次第に斬撃を飛ばした結果、釣れただけでして……」
「さすがは、ノーストン家のご出身でいらっしゃる」
「ミリアちゃん!」
咎めるようなエリーズの声。自分は何かまずいことを言っただろうか。
「このアホ……じゃないアルマって人は、長男なのに家督を継げなかったんだから、センシティブな話題はダメだよ!」
むしろ、エリーズの方が失礼ではないだろうか。納得いかないミリアである。とりあえず謝ろうとアルマの方を見ると。
「ふ、ふ、ふ……」
顔を伏せて、なにやら怪しい笑いを浮かべていた。
「まあ、スキルに囚われた愚かな家族にはわからないでしょうが? 僕の方が、実力があるんですよねぇ」
こういうとき、ミリアはどういう反応をして良いかわからない。わからないので、殺気を感じた時、助かったと思った。
敵の攻撃と思われる大音響の中。
「嘘だろ、二大騎士団相手に仕掛けてくるとか」
何が楽しいのか、アルマは笑っている。パークは溜め息を吐いている。お互い、部下には苦労しているらしい。
「言っとくけどミリアちゃんも大概だからね」
エリーズの呆れたような目。
「楽しそうな顔しちゃって。ほんっと、あの人に」
残念ながら、後半は聞こえなかった。
「きっと今頃、ミリアさんも頑張ってるんだ」
そう思いながら、レドは日課の走り込みをしていた。おじいさんから聞かされた秘策は、正直上手くいくかはわからなかったけれど、やるだけやってみようと思う気持ちになっている。
ーー不思議だ。
レドは、選抜大会前の、もっと言えば、おじいさんと、ミリアと会う前の自分を思った。
以前の自分だったら、村中を走り回ることに抵抗を覚えていた。どうせやったって無駄だ。そう思えていたのに、今はこうやって、陰口を叩かれながらも走れている。冷たい視線も刺さるけれど、今は気にならない。なにせ、レドには目標がある。
ーー僕は、ラーシュに勝たないといけないんだ。
“剣聖”のスキルを貰ったラーシュに。
そう思うと体が震えてくるけれど、そのぶん、レドは力一杯走った。ラーシュと戦うことは怖い。だけどそれを力にして、レドは走る。
『スウェンに化けている時、俺は、この世界はやっぱり間違っていると思ったよ。お前のような、優しくて努力を怠らない人間が、スキルがないだけで馬鹿にされる。救いようがない』
不意に、頭の中に、彼の言葉が蘇ってきた。レドは頭を振ろうとして、やめた。
土の中に埋まっていたという彼に向かって、レドは力強く微笑んだ。
ーー救いようがないのはそうかもしれません。だけど、それだけで終わりたくはない。
レドには、世界が間違っているとか、間違っていないとかはわからない。だけど、レドを生かしてくれたあの人に、何かを見せたいとは思う。
それが、何なのかは、まだ掴めないけれど。
「スキルがなくてもーー」
「スキルが無い方が、よかった」
風精霊を使って、音を操るスキル否定派の男は、そう言って息絶えた。ミリアには、彼のスキルから生み出された音よりも、その声の方が耳に残った。
スキルが無い方がよかった。
スキルがあることで、人は生き方を限定される。ミリアはそれに救われたけれど、救われなかった者もいる。“持っている”ということは、“背負う”ことでもある。
ーーある意味。
一人の少年の、不器用な笑みを思い浮かべる。
ーーある意味、レド少年の方が。
スキルを持っていない少年の方が、誰よりも、自由なのかもしれない。
それは、“持っている”人間の傲慢な考えなのかもしれないが。
三人目の敵を放心状態で斬ったミリアは、少し引いた目をしてくるエリーズを見ながら、思っていた。




