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残党討伐

「スキル否定派は村からいなくなり、あとは森の残党を狩るだけ」


ホットミルクの入ったカップを持ちながら、おじいさんはなぜか、渋い顔をしていた。


「王都の連中は優秀じゃて。二ヶ月といわず、二週間で討伐が終わりそうじゃな」

「はい。頼もしい限りです」

「優秀すぎるのもどうしたもんか」


間違いなく。レドとは違い、おじいさんは不貞腐れていた。眉間に皺を寄せ、窓の景色なんかを見たりしている。


「もう少し時間を稼いでくれたら、レド坊の練習期間も稼げるんじゃがのう」

「あはは……」


レドは、どうやって答えたら良いのかわからなかった。たしかに、レドの練習期間は、スキル否定派の討伐あってのものだ。おじいさんは、レド以上に、レドに肩入れしてくれている。


「こうなったら、アレを教えるしかあるまい」


神妙な顔をしたおじいさんは、ぶつぶつと、何かを呟き始めた。


「ワシが大会で幼馴染に放ったあの技を」


レドは、おじいさんの言葉に、ホットミルクを吹き出しそうになった。


「ちょ、ちょっと待ってください! ああ、あの、まさか、大会に出たことがあるんですか!?」

「ん? ああ、言ってなかったかの。そうじゃ、ワシも十歳の頃に、選抜大会に出たんじゃよ」


けろりとして、おじいさんはそう言った。


「あの時に選ばれたのは、ワシと、幼馴染のグリフじゃった。まあ、ワシがここにいるのがわかる通り、グリフが勝って、王都にスカウトされたんじゃが。元気にしてるかのう」

「す、すごいですね。大会に選ばれるなんて……」

「お主も選ばれとろうが」

「ぼ、僕のはお情けというか……」


そういえば、レドの父がしたお心付けというのは、本当なのか嘘なのか。神事にそれは通じないと思うけれど。


レドが下を向きそうになった時。「はぁ〜」とため息が降ってきた。おじいさんが、半目になりながら、手を伸ばしてきた。


ぐりぐりと、レドの頭を撫でてくれる。


「お情けでもなんでも、大会に出ることに変わりはない。そうじゃろうが」

「は、はい」

「だったら堂々としてーー嬢ちゃんを安心して王都に行かせてやれ」 

「……!」


卑屈な心が一気に晴れた。そうだ、レドは、ドロシィと約束したのだ。






……もう何十年も前の話である。


元気よく家を飛び出したレドの後ろ姿を見ながら、トールは窓辺でため息を吐いた。誰にともなく、呟いた。


「わかっとるわい、嬢ちゃんとレド坊は、そうはならん。レド坊はワシじゃない。嬢ちゃんは……グリフじゃあない」


年相応の物忘れも増えてきた。けれど不思議なことに、何十年も前の記憶だけは、鮮明に焼き付いている。


この村は狭い。生まれ育った子供たちは、全員が幼馴染と言っても良いだろう。ならば、とりわけ仲の良いグリフとトールは、親友とも呼ぶべき関係性だった。


グリフもトールも、強力なスキルを持っていた。「どっちが勝っても恨みっこなし」と、選抜大会前にはしゃいでいたものだが……。


トールは、目を伏せた。あの思い出は、鮮明に焼き付いている。


『残念だよ、トール』


心の底からの軽蔑。トーンの落ちた声。文字通り、二人の間には亀裂が走った。目の前が暗くなって、トールは敗北した。


“選抜大会”さえなかったら。そう思うことがある。あれさえなかったら、トールはグリフと、ずっと親友でいられたのだろうに。


「いいや」


遅かれ早かれ、グリフとは決別していただろう。それくらい、彼と自分の価値観は違ったのだ。


……さて、レドと、ドロシィの価値観は?


トールは願わずにはいられない。どうか、あの二人が、“選抜大会”で離れ離れにならないように。失った自分の青春を重ね合わせて、トールはそう思い……だからこそ、レドにそれを託した。






だからこそ、スキルがある世界は美しい。自分の手のひらの上で、人間が憎み、殺し合うのを見るのは、とても楽しいものだ。


「森に潜む残党を討伐してきます」


鐘楼を鍛錬のための何かだと勘違いしている騎士団長様は、麗しい顔を引き締めてそう言った。


「あちらには身体強化の類のスキルを持つと想定される人物がいるので、村内作戦よりも時間はかかるかもしれません。念のため、“結界術師”であるアウロラ・ヒズバーンは貴方の元に残していきますが、彼女は非戦闘員です。絶対に、結界の外に出ないように」

「ええ、わかりました」


“結界術師”は、代々そんなものである。それは、カシィラ自身がよぉく知っている。

所詮、運命なんてそんなものである。決める側のカシィラは、よぉく知っている。


運命を合理的に信じているミリアは、恐れ多くも教皇庁から派遣されたカシィラに、怪訝な顔をしている。立場こそ違うが、彼女もまた、スキル否定派と同じ考えを持っているのだ。


カシィラは、いつものように双眼鏡を持ち、彼を見た。スキルを与えられなかった彼は、一所懸命、村じゅうを走っている。スキルという絶対的な価値観が蔓延るこの村で、唯一。


ーー彼だけが






神父に報告に行った後。ミリアは、森への入り口へと向かった。

そこには、同じく王都から派遣された、エリーズ、ローサ、センディが待っていた。エリーズは腰に手を当て。


「あ〜っ、ミリアちゃんおそーいっ」

「まだ集合の三十分前だと思うが」

「ちっ、引っかかると思ったのに……」


相変わらず性根の腐っている女である。


「それで、作戦としては、今朝話した内容で間違いありませんか?」


おっとりとしたローサが聞いてくる。ミリアは頷いた。


「ああ。すでに王都からの増援が森に待機しているはずだ。私たちは村から出て、スキル否定派の残党を返り討ちにするだけ」

「だけ、ですか。相変わらず、自信に満ち溢れていますね?」

「私たちが、負けるはずが無いだろう?」

「ん。ローサ様が負けるはずがない」

「あらあら……嬉しいことを言ってくれますね、センディ」


隣に立つセンディの頭を、ローサは撫でた。


「ですが、油断は禁物ですよ。スキル否定派もまた、あの神のご加護を受けているのですから」

「……?」

「どうしましたか、ミリア・ハイドレーン」

「いや」


なんだか言い方が引っかかる。具体的には言えないけれど。


「そうだな、油断はしないようにーー確実に、森にいる残党を殺そう」






「……たった三人を殺すだけに、こんなに戦力を投入する必要あります? ハイドレーン騎士団長が来てるんでしょう。彼女に手柄を持っていかれて終わりですよ」


へらへらと笑う赤毛の副団長は、森の入り口を見つめながらそう言った。隣に立つ団長が、眉を顰める。


「新聞を読めバカタレ。そうやって油断していた者が、奴らに殺されたんだ」

「弱い奴が油断してやられるのは当然でしょう」


副団長は肩をすくめた。 


「僕は強いから油断して良いんです」


呆れ顔を向けてくる団長に、副団長はふふんと笑ってやる。虚勢でも何でもない。これは、純然たる事実なのだから。


背後に控える部下たちに、副団長は威勢よく叫んだ。


「ほら、行くぞお前ら! 雑魚狩りの時間だ!」


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