ドロシィの魔法
ドロシィと一緒に、レドは森の中を走った。
大人の足と子供の足。どちらが速いかは明白だが、幸い、レドは近道を知っていた。
ラーシュ達に森に連れてこられて、のろのろと帰るうちに、レドは森に詳しくなっていた。それが、役に立った。
「ドロシィ!」
レドは、自分の後ろをうつむいて走るドロシィを見た。
相当にショックを受けてしまったのか、ドロシィの足の動きは鈍い。レドは、ドロシィの手を握った。ドロシィが顔を上げて驚いた顔をする。
「はやく、みんなに知らせに行こう!」
ドロシィは、こくりと頷いた。
森から抜ける。
レドとドロシィは、怪しい集団よりも早く村に着いた。急いで二人で、ドロシィの家の戸を叩く。
「なんだ、騒がしい……ドロシィ! 今までどこに行ってたんだ!? レド、お前か? お前がうちの娘を……!」
怒り狂った村長の顔に、レドは後ずさろうとして、まだ自分が、ドロシィの手を握っていたことに気付いた。
そうだ、強くなると、決めたじゃないか。
レドは、眉を吊り上げた。
「罰ならあとからいくらでも受けます! だから、僕の話を聞いて!」
久しぶりに大声を出した自分に、レドは驚いたが、村長の方がもっと驚いていた。
少しの沈黙を逃すまいと、レドは捲し立てる。
「森の中に、変な人たちがいたんです! この村に来ようとしてて、“スキル信奉者の異端者ども”って!」
「なに?」
「殺してやるとも言ってました! はやく、どうにかしないと、みんな殺されちゃう!」
「嘘は言ってないだろうな?」
村長に睨まれて、レドは頷いた。レドの背後で、ドロシィも援護してくれる。
「お父さん、レドの言ってることは本当よ。深い赤のローブを着ていて、みんな、変な杖を持ってたの。あれって」
「王都を騒がせているという、スキル否定派の集団か……? だが、そんな奴らがどうして」
何かをぶつぶつ言っていた村長は、レドとドロシィを見た。
「二人とも、中に入っていなさい」
「お父さん、レドじゃなくて、私の言葉を信じた」
ベッドに座りながら。頬を膨らませて、隣のドロシィが言うのを、レドは「仕方ないよ」と笑った。
「僕みたいなやつの言うことなんて、信じたくないんだよ」
「レド」
「だから、ドロシィがいてくれて助かった。ドロシィが、僕を探しに来てくれて助かったよ。ありがと」
レドは、お礼を言うことで、ドロシィの言葉を封じた。
だって、これは事実なのだ。
ドロシィの父はああ言ってくれたけど、それはたぶん、彼が村長だからだ。あと、ドロシィの手前、そう言わなきゃいけなかった、というのもあるのだろう。
本当は、スキル無しのレドなんて、放っておきたいだろうに。
レドは、家に入った時の、ドロシィの母親の、あの嫌そうな目を思い出していた。
「ごめんね、うちのお父さんとお母さんが」
ドロシィの声は沈んでいた。レドは、首を振った。
「大丈夫だよ。伝えるべきことは伝えたから」
じゅうぶんに、勇気は出したと思う。
信じてもらえなかったけれど、村の危機を知らせることはできた。これは、レドにとって、少しの進歩だ。
「そういえば、ドロシィは、あの人たちのことを知ってたの? えーと、スキル否定派、だったっけ?」
「新聞で少しだけ。神様からスキルを授かること自体が間違ってるって主張の人たちらしいよ。王都でたくさん、スキルを使ったテロを起こしてるみたい」
「へぇえ」
やっぱり、ドロシィはすごいなとレドは思った。さすがは村長の娘。王都のことにも詳しい。
「そんな人たちがいるんだね。スキルがある方が、絶対便利なのに」
話を聞く限り、その人たちだってスキルを授かっているはずなのに。
レドが逆立ちしても手に入れられないスキルを嫌うなんて、贅沢な話だと思う。
「自分の望むスキルを得られなかったから、っていうのも、あると思う」
ここにはレドしかいないのに、ドロシィは、誰かに聞かれるのを恐れるように、小声で言った。
「私みたいに。自分の欲しいスキルと、授かったスキルが違う、とか」
「ドロシィは、その人たちの気持ちがわかるんだね」
「少しだけね」
持っていたら持っていたで、なんだかたいへんなのかもしれない。
そうしたら、ラーシュは幸せ者だなあと、レドは苦笑してしまった。
「おじさん、大丈夫かな」
「大丈夫よ。お父さんは、炎術師のスキルを持っているから」
ドロシィの声は、ひどく落ち着いていた。
「な、なんですか貴方たちっ、きゃあっ!?」
ドロシィの母の悲鳴が聞こえ、レドとドロシィは、顔を見合わせた。
足音が近づいてくる。
「レド」
ドロシィは、ベッドの下に視線を遣った。
心臓が、大きな音を立てていた。レドとドロシィは、ベッドの下に身を隠していた。
ドロシィのベッドは低い。大人は入れないが、子供ならなんとかもぐって、隠れられる高さだ。
窓が、かたかたと揺れて、部屋に風が入ってくる。レド達は窓から逃げたと、錯覚させるためだ。
これは、ドロシィが考えた。ドロシィはやっぱりすごいなと、こんな時でも、レドは呑気に思ってしまった。
ばんっ!
ドロシィの部屋の扉が勢いよく開いて、予想通り、スキル否定派が入ってくる。森で見た時よりも、彼らの赤黒いローブは、より不気味に見えた。
「村長の子供は?」
「窓から逃げたか」
ドロシィの作戦はうまく行っているようだ。スキル否定派の男たちは、レドたちが隠れているベッドを通り越して、窓のほうに向かって行っている。
このまま、このまま。
ーーこのまま、見つかりませんように!
この男たちがこの家から出て行ったら、すぐに逃げよう。レドはごくりと唾を飲み込んで、
急に現れた顔に、びくりと体を揺らした。
「なぁんてな!」
「レド!」
ぐいっと髪を引っ張られて、レドはベッドの下から引き摺り出された。
べろりと舌なめずりした男が、ベッドの下にいるドロシィを見る。
「このガキはともかく、そっちの可愛い子は村長の娘のドロシィだな?」
ドロシィも、同じようにベッドから引き摺り出された。
「おいおい、村長の娘が、一丁前に男とベッドにいるとか!」
おもしろおかしそうに笑う男は、レドのことをしっかりと掴んだまま、離そうとしない。
「残念だったな異端者のガキ。死ねーー」
「っ、“きて”!」
そのとき。男とレドの間に、炎が立ち上った。男は咄嗟に、レドを放り投げた。レドはげほげほと咳き込んだ。
ドロシィは、すぐに、自分も同じようにして逃れた後、レドの手を取った。
「逃げよ、レドっ」
「でも、どうやって?」
「こうやって!」
ドロシィは、レドの手を引いたまま、窓から飛び降りた。ここは二階だ。飛び降りるには、高すぎるーー風が、レドの身を包んでいた。
「これ、って」
「うん。私のスキル。お父さんの炎魔術を見てるから、炎のほうが得意だけど、風も少しは操れるんだ。成功するか心配だったけど。レド、私の手を離さないでね」
「う、うんっ」
ドロシィは、器用に地面に着地した。
「お父さんはどうしたんだろう」
「ねえ、ドロシィ」
「なぁに?」
「おばさんを、助けにいかない?」
あの悲鳴。何かあったに違いない。ドロシィの魔法なら、きっと、ドロシィの母も助けられるだろう。
他人任せな考えだが、レドがそう言うと。
「うん。いいよ」
ドロシィは、笑って言ってくれたのだった。