村内作戦
「移動ペースが速い。森の端から端まで、一日で移動する? これ、相手側には、身体強化系とか、移動系のスキルがあるって考えた方が良いかも」
現在、森の中と、村の中にいる敵の割合は、三対二。
エリーズが注目しているのは、森の中に散らばる三つの点のうちの一つ。彼女によれば、ほかの二つは、それ相応の動きをしているのに、この一つの点だけは、森の端から端まで移動しているのだとか。
「このスキルは厄介だね。たしかに、ミリアちゃんの言う通り。森は焼かない方が良さそう」
ミリアは頷いた。
的が動かないでいてくれたらそれで良い話だが、今回の的は、活発に動く的だ。センディのスキルで、移動手段がない(と思われる)ほかの二人は捉えられるとして、もう一人は捉えることが難しい。それどころか、炎に乗じて、村に侵入される恐れもある。
「と、なると。村の方を先に?」
椅子に座り、自分の膝に頭を乗せるセンディを撫でながら、ローサが言う。ミリアは腕組みをした。
ーー神父に近いのは、村にいる二人。刺激はしたくないが、致し方あるまい。
「そうだな。村長」
「は、はいっ」
部屋の隅で、がちがちに固まっていた村長……あの才能ある少女・ドロシィの父親が、勢いよく返事をする。
「森の入り口を封鎖してください。いま、認識阻害または透明化のスキルを持つ人間は、村の中にいるので、森からは侵入されないでしょう。それからーー」
「はっ、はっ」
教会には、立派な結界が張られていた。それを横目に見ながら、レドは日課の走り込みをしていた。
「おぅい、レド坊」
すっかり仲良くなったおじいさん……トールが、家の外で手を振っている。レドも手を振りかえして、異変に気付いた。
「……騎士団の人?」
おじいさんの家に近づいてくるのは、重厚な鎧を着た二人の人物。彼らは、走っているレドを見とめるなり、ちょいちょいと手招きをした。
「トール・アシントンに、レド・ディアだな?」
「? はい」
「こちらに来ていただきたい」
「単純な話だよねぇ。村人全部を一箇所に集める。そうすれば、相手になり代わるスキルを持ってる人間も、自然とここに来るってわけ」
地図は、何枚も、エリーズのために刷られていた。村に散らばる点は、村人であり、騎士団であり、敵である。
「スウェン・クーパーを引いた村人の総数は、六十九人。で、私たち王都組は十三人だから、合計は八十二人。だけど、村には八十三人」
「スウェン分の補填、それと、認識阻害か透明化のスキルを持っている人間を入れて、ですね?」
「それはそうだけど、補填って」
ローサの言い方に、エリーズは顔を引き攣らせる。反射的に、諌めてくれるミリアを探してみるが、彼女は集会場の警備に行っているのだ。
「とにかく」
溜息混じりに言って、とんとんと地図を指で叩く。点の上には、ばつ印がつけられていた。
「この招集に応じたら、そのホレグって奴は、ミリアちゃんの懐に飛び込まなきゃいけない。招集に応じなかったら……これが一番楽かな。誰に化けているか、わかるってわけ」
ばつ印は、どんどん増えていく。悔しいが、ミリアの部下は優秀だ。あっという間に、村に散らばった村人が、一つところに集められていく。
エリーズは、古い地図を捨てて、新しい地図に、点を書き足していく。
「さあ、姿を現しなさいよ、スキル否定派さん……?」
「どうした、レド坊」
トールと一緒に集会場に来たレドは、きょろきょろと辺りを見回していた。
「いえ、その……」
ここには、たくさんの人間がいる。目当ての人間を探すことができなくたって、不思議じゃない。けれど、レドは妙な胸騒ぎを覚えていた。
「……ドロシィが、いないんです」
「ドロシィというと、村長の娘さんか?」
「は、はい。僕の、勘違いだったら、良いんですけど」
レドとトールを連れてきた騎士団の人によると、村長が村人を集めているということだった。当然、村長の娘であるドロシィも、それを知っていると思うのだけれど……。
「ぼ、僕っ、探してきます!」
「おい、レド坊!?」
すごく嫌な予感がする。レドは、人の波を抜け出そうとして……
「待てレド少年。そんなことをしたら、私は君を疑わなければならなくなる」
目の前に、大剣が突き立てられた。レドは腰を抜かしてしまった。ミリアが、険しい顔をして立っていた。
レドは、立ち上がった。
「ドロシィが! ドロシィがいないんです! どうしよう、敵に捕まっていたら」
「落ち着いてくれ。そういうことなら、大丈夫だ。私の同僚が、村にいる人たちを見逃すわけがない。悔しいが、腕の立つ同僚だ」
ミリアに諭すように言われて、レドは唇を噛んだ。
ーーそ、そうだ。僕よりも、すごい人が、大丈夫って言ってるんだ。
レドが肩の力を抜こうとしたとき。
「ドロシィっ、ドロシィ、どこだぁ!!」
「ドロシィ? ドロシィ!!」
必死にドロシィを探す声が聞こえて、レドは、そちらの方を振り向いた。
「おじさん、おばさんっ」
「お前っ」
「……」
村長は怒りの表情を、ドロシィの母は、レドのことをいないように見ていた。心が折れそうになりながら、レドは声を張った。
「ドロシィ、いないんですか!?」
「ああ……家を出ないようにと言っておいたのに、部屋はもぬけの殻だった」
「ああ、ドロシィ、無事でいて……」
崩れ落ちるドロシィの母を、村長が支えた。レドを見る。
「お前にできることなぞ、何もない。大人しく、ここにいろ。リグのところに帰れ」
「私も、彼と同意見だ。あの男が、今度いつ君に接触してくるかわからない」
ミリアが、同調するように頷く。レドは下を向いて……
ごうっ!
風が強く吹いて、レドの前髪を浚っていく。くるくると、遊ぶように、レドの周りを回り続ける。
「これっ、て……」
「精霊か?」
ミリアの髪も、風は弄んでいるようだ。ミリアは、苦笑していた。
「……案内してくれるの?」
あの夜、ドロシィが家の中の様子を知るために使った風は、そっと、レドの肩を叩いた。
「あと、二つ」
いよいよここまで来た! エリーズは、すう、はあと、息を吸っては吐いた。地図上のとある部分には、まだ集会場に来ていない人間を表す点が二つ、並んでいる。
スキル否定派の一人は、認識操作か透明化の能力を持っている。ホレグとやらの姿も消して潜伏しているのなら、未だに騎士団に見つかっていないことにも納得がいくが……、
「ということは、この家を焼き払ったらよろしいのですね?」
早計ではなく、欲望を隠しもしないローサに、エリーズは首を横に振る。
「でも、万が一ってことがあるからそれはダメ」
「万が一?」
「この二つの点が、スキル否定派と、村人だった場合。その場合は……やっぱり焼き払って良いかも」
エリーズは、そっと、目を伏せた。王都でのスキル否定派の行動は、他人を巻き込んだ自死をも厭わなかった。
「……犠牲が一人なら、まだ良い方かな……って、ええ!?」
風の精霊が教えてくれた情報に、エリーズは大声を出した。ミリアの配置位置から、ミリアと思われる人間が、どんどん離れていく。一人の人間を引き連れて。
「あのイノシシ! これだから熊に育てられた人間はダメなんだってば!!」
「どうしましょう。警備が足りませんねぇ?」
おっとりと、しかし期待の眼差しを向けてくるローサに、エリーズはぐしゃりと地図を握りつぶした。
「わかったわよ!! 疑わしい人間、全部燃やそうとして良いから!!」
「そう来なくては。センディ、起きなさい。出番ですよ」
「んむ……わかったぁ、ローサ様」
ーーこいつら、動かしたくなかったのに!
こんなのが村人の前に出てきたら、村人たちに余計な恐慌を招いてしまう。もしもスキル否定派が混ざっていた場合、刺激もしてしまうが……同時に、抑止力になりうる。
彼女らは、王都が送ってきた切り札であるのだから。
エリーズは、ぎり、と歯を軋ませた。
「これだから、エンビスおじさまに育てられた人間は……」




