誘い
風が、二人の間を吹き抜けた。
レドは、あたりを見回したが、そこに人影はなかった。ちょうど、建物の影になる部分なのだ。
「誰かを呼ぼうとしているな?」
レドの目線をしっかりと捉えていた男は、気を悪くする風でもなく、苦笑したのみ。
「ぼ、僕を殺しにきたんですか?」
「そう見えるか?」
男は、レドの言葉に、疑問を返した。レドは、頷こうとして……曖昧に、首を横に振った。
騎士団長……ミリアは、当初こう言っていた。レドは、殺されるはずだった、と。実際、レドの前に現れたのは、口封じのため、と考えるのが普通だろう。
だけど、レドは、そうは思えなかった。あの夜に手をつないで、レドを家に送り届けてくれた男が、そんなことをするなんて、思えなかったのだ。
だけど、この人が、スウェンを殺したのも事実。
「スウェン、さんじゃなくて、えっと」
「ホレグだ。ホレグ・ラツァ」
レドが、どう呼べばいいか迷っていたのを感じ取って、ホレグは名前を教えてくれた。どこまでも穏やかな口調で。
「ホレグさん、どうして、スウェンさんを殺したんですか?」
「この村の戦力を見たかったからだ。村人になりすませば、情報を得られると思った」
「……今も、誰かに成りすましてるんですか?」
ホレグがなぜ、スウェンの姿でレドの前に現れたか。それは、たぶん、今成りすましている人を特定させないためだ。
レドの質問に、今度はホレグが、曖昧に笑うのみ。スウェンを殺して、今度はもう一人殺した。
「……殺した人を、どこに置いてきたんですか?」
「それを訊いてどうする?」
「せめて、お墓を作らないと」
レドは、実際に、スウェンの遺体を見ていない。だけど、暗い森の中、朝になるまで放置されるなんて、あんまりだと思った。せめて、ホレグに殺された人も、早く見つけられて、明るい太陽の下、弔ってあげられたら。
すると、ホレグは口元に手を当てた。全身が小刻みに揺れている。笑いを噛み殺しているように。
「場所を教えたら、俺が誰に化けているか教えてしまうようなものだろう」
「それは……」
「だが、そうだな」
ホレグが、不意に、体を折り曲げた。見上げるだけだった目が近くに来て、レドは驚いた。
目の前に、差し出される手。
「お前がこちらに来てくれたら、教えてやってもいい」
「……え?」
レドは、器用ではない。
だから、ホレグに手を差し出されて、体が固まってしまう。
「どうして、僕なんですか?」
絞り出したのは、時間稼ぎの言葉だったのかもしれない。けれど、辛抱強く手を差し出したまま、ホレグは「そうだな」と言って。
「お前だけは、殺したくないと思ったからだ」
……レドの肌が、一気に粟立った。唾が出なくなって、無意味に喉を動かした。
レドは、腕を擦りながら言う。
「お、王都の人たちが来ています。村の人たちを殺すことは、で、できないはずです」
それは、ホレグを説得するというより、自分を安心させるための言葉だった。だが。
「できるさ」
ホレグは、確信の言葉を口にした。
「そのために、俺たちはこの村に来たのだから」
「……」
ホレグの言っていることを、レドは理解できなかった。この村に、一体何があるというのだろう。
「レド。スキルがなければ、お前はもっと、自由な人生を歩んでいた」
「……!」
心の奥底で思っていたことだ。
レドは、目を見開いた。
みんなが当たり前に持っているものを持っていない。そんな苦しみがない世界に生まれていたら。
レドの人生はきっと、少しだけマシだったんじゃないか、と。
「スウェンに化けている時、俺は、この世界はやっぱり間違っていると思ったよ。お前のような、優しくて、努力を怠らない人間が、スキルがないだけで馬鹿にされる。救いようがない」
眉根を寄せ、吐き捨てるように言うホレグは、次の瞬間、「だから」と優しい顔つきになった。
「お前だったら、俺達のことも理解してくれるし、俺たちもお前のことを理解してやれる。そう思って、誘っているんだ。頼む、レド。仲間になってくれ」
「ごめんなさい、できない、です」
レドの言葉に、ホレグの表情が固まった。レドは、それに恐怖を覚えながら、言葉を紡ぐ。
「たしかに、僕は、村の人たちに馬鹿にされてるけど……僕のことを応援してくれてる人もいるし……みんなが、敵じゃないから。それに」
脳裏に浮かぶのは、幼馴染の女の子の笑顔だった。
「ドロシィと、約束しちゃったから」
「……約束、か。随分と甘いことだ」
差し出していた手を引っ込めて、ホレグは立ち上がった。遠くで、おじいさんの声がする。
ひらりと手を振って、ホレグはレドの視界から消えた。そこで、レドは理解した。もう一人、いた。
「また会おう、レド。今度は、良い返事を期待してるよ」
「おい、大丈夫かレド坊」
緊張の糸がほぐれて、座り込んだレドを発見したのは、いつも応援してくれるおじいさんだ。
レドは、おじいさんに、今あったことを話した。おじいさんは、難しい顔をしていたが、「任せておけ」と言って、レドの肩を叩いた。
「確定、だね」
エリーズが、突如作戦会議に乱入してきた老人の言葉に、満足げに頷く。
「私の探索結果のとーり。森の中には三人で、そこの、レド君に接触してきた、ホレグって男と、透明化か認識操作のスキルを持ってる人間が、村にいたってわけ!」
エリーズに圧され気味のレドが、老人の服の裾を掴み、ぺこりと頭を下げる。それに、にっこりと微笑みながら、エリーズが机を叩いた。
「森の中の人数は変わってない。さっき、村にいる人の数を風の精霊に探索させたけど、一人多い」
「敵は二手に分かれているというわけですか」
頬に手を当てながら、ローサが呟く。
「森に合流してはくれないのでしょうね。一つのところに集まった方が、殺すには楽なのですが」
「ローサ」
「あら失礼。小さな子供がいる前で」
ミリアが嗜めると、ローサがおっとりと笑って、レドの目線に合わせてしゃがんだ。髪を撫でる。それに、過剰に反応するセンディ。
「大丈夫ですよ、レド君。不届き者は、私たちが排除しますから」
どうやっても包みきれない殺意に、ミリアは頭が痛くなった。と、同時に。この村にやってきた当初、ドロシィを怒らせた発言が、いかにまずいものだったかをわからせられた。
目線だけをレドに遣り、微笑む。
「神父様だけではない、村の人たちも守ってみせる。だから安心して、“選抜大会”に臨むと良い」
報告を聞いたカシィラ神父は、ひとつ、頷いた。そして、悲しげに顔を歪ませた。
「村人の中から、犠牲者が……」
教会に結界を構築し終わった“結界術師”アウロラ・ヒズバーンは、そんなカシィラ神父の様子に、胸を痛ませた。
カシィラ神父は、つと、懐から双眼鏡を取り出した。このようなところに閉じ込められている彼の楽しみは、祈りを捧げることと、景色を見ることだけである。
つられて、アウロラも窓の外の景色を見る。だから、彼女は気付かない。
双眼鏡を覗くカシィラ神父の口の端が、そっと、吊り上げられたことに。




