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新たな派遣者

通常、“選抜大会”が開催されるのは、“スキル判定の儀”のすぐ後である。


十歳の子供が、スキルをもらってすぐに戦わなければならないのは、純粋にスキルの力を測るため。


戦術や戦法は、神の意志に背くもの、余計なものとして扱われる。

求められるのは、才能のみ。


初めから光り輝いている人間だけが、王都に行くことを許されるのだ。


「だが、幸運なことに。お前さんには、二ヶ月という時間がある」


走り込みをする中で、応援をしてくれるようになったおじいさんが、ホットミルクの入ったカップを、レドの前のテーブルに置いた。


レドはお礼を言って、ホットミルクに口をつけた。おいしい。思わず笑みがこぼれる。


おじいさんは、その様子を見て満足げに頷き、自分もミルクをおいしそうに飲んだ。


「それは、あの騎士団長様が悪党を捕まえる時間じゃて。悪党どもには、感謝せにゃならんかもしれんのう」

「ごほっ」


レドはびっくりして、咳き込んだ。


「なんてことを言うんですか!」


おじいさんが口にしたのは、神様への冒涜だ。 


本来すぐに行われるべき“選抜大会”を捻じ曲げたのは、スキル否定派の人たちなのに。


だが、レドの慌てようをのんびりと観察していたおじいさんは、「事実じゃろうが」と言ってのける。


「たしかに、ワシの言っていることは神様の意に沿わぬかもしれない。じゃがワシは、それで良いと思っておる」

「良い、って」

「神様の意に沿うなら。ワシは、お前を見下さなければならん。だが、それはできそうにない」


おじいさんは、妙にさっぱりした顔をしていた。残っていたミルクを、ぐいっと一気に煽る。


「お前さんをこうして家に招き入れている時点で、もう手遅れじゃ。実はワシは、神様のことなんて、信じていなかったのかもしれん……お前さんと話すうちに、そう思った」


そうして、おじいさんは少しだけ話してくれた。

レドの鍛練の邪魔にならないように、短い間だけ。


「ワシは、この村で生まれ育った。大半の人間がそうだろうが、王都になんぞ、行ったこともない……この村で生き、この村で死んでいく……」




「レド?」


おじいさんとの会話を思い出していたレドは、ことりと首を傾げるドロシィの声で、我に返った。


おなじ、“選抜大会”に選ばれたものとして、これからレドの家に行きやすくなると、喜び勇んでレドの家に来たドロシィは。


「ねえ、ドロシィ。君は」


『それは、正しいことだと信じて生きてきた。人の一生は、スキルによって左右される。だがお前さんの姿を見ていると、それが、揺らぎそうになる。スキルは恩寵だが、同時に』 


……呪いでもあると。


ドロシィは、たくさんの人を助けられるとレドは思っている。


それが、ドロシィという器に与えられた役目で、神様からの愛なのだ。


それは変わりない。それはすばらしいことだ。 


「君は、ほんとうに王都に行きたいの?」


王都に行けば、学校に通える。


知識を手に入れられる。お金を手に入れられる。


名誉を手に入れられる。


とってもすばらしいことに思えるけれど、ドロシィに、王都に行かないという選択肢はあるのだろうか。


あの日、ドロシィが王都に行くべきだと思って約束してしまったレドは、ドロシィの逃げ道を塞いでしまったのではないか。


そんな思いが、おじいさんとの会話で浮かんできたのだ。


レドのベッドに座っているドロシィは、きょとんとした後、口元に手を当てて。


「あははっ、レド、なんでそんなに真剣な顔をしてるのっ?」


全身を使ってくすくす笑う。


レドは、口を尖らせた。


「し、真剣にもなるよ。あの時は考えてなかったけど、すごい力を持ってるからって、人の役に立たなきゃいけないってわけじゃない、と、思う、し……」 


言えば言うほど、レドは言葉の勢いをなくしていった。


自分にない、強力なスキルを持つドロシィが羨ましくて、使わないなんて勿体無いと思った。


だけど、ドロシィが森の中で見せた表情を思い出すと、それは違うように思えてくる。


「ありがと、レドはやっぱり優しいね」


お腹を抱えて笑っていたドロシィは、涙の滲んだ目元を拭って、レドの両手をとった。 


「王都に行きたいかっていうと、この前言った通り。私は、レドから離れたくなかった。でも、希望が見えてきた」


ドロシィの目は、きらきらしていた。


夢見るように、レドのことを見つめる。


「“選抜大会”に勝って、レド。そうしたら、私と一緒に王都に行けるから。なんなら、私が負けてもーー」

「それはダメだよ!」


レドが出してしまった大声に、ドロシィが、びっくりして肩を震わせる。


「ご、ごめんね。そうだよね、こんな上から目線なこと、言うべきじゃなかった……」

「こ、こっちこそごめん。ドロシィの気持ちは嬉しかったよ。そ、それに、僕が手を抜いてもらわないと勝てないのは確かだし。でも、すごく、驕ってるかもしれないけど」


ドロシィに握られている手を、握り返す。


「僕は君に勝ちたい」

「……っ」

「二ヶ月って期間が与えられたんだ。やれるところまでやってみたい」

「……うん、わかった」


ドロシィは、長いまつ毛をふせて、次に目を開いたときには。


「だったら私も、本気で戦うから! レドが泣いちゃうくらいに本気で!」

「う、うんっ! お互い、頑張ろうね!」


泣いちゃうくらいって、どのくらい? 


そう言いたかったレドだが、ドロシィの不思議な瞳に気圧されて、「うん」と頷いてしまった。





 

「何を見ておられるのですか?」


狙われているというのに、窓から身を乗り出して、遠くの山を見ているカシィラ神父に、ミリアは呆れながらそう言った。


いくら王都から派遣された、あのいけすかない結界術師が結界を張っているとはいえ。


「見てみますか?」


双眼鏡を渡されて、ミリアは神父と同じように、遠くの山を見た。山しか見えない。


「木々が葉をつけ始めていますね」

「ええ。春の兆しです」


ミリアから双眼鏡を受け取った神父は、またもや、遠くの山を覗き始めた。


まったく双眼鏡を動かさないその姿に、ミリアは、「春の兆しを見ているだけではないんだろうな」と思った。


この人は、何か別のものを見ているのだ。


ミリアには見えない何かを。 


それはきっと、秘匿されているカシィラ神父のスキルに関するものなのだろう。 


詮索しても仕方がないことである。


ミリアは、ため息をついた。


「“結界術師”の張った結界の外には出ないでください。ことが終わるまで、教会の外には出ないでくださいね」

「わかりました」


すんなりとした返事に、ミリアは、「本当にわかっているんだろうな」と思い、ジト目で神父を見て。


そして、一礼。


「部下は残していきます。では」


窓枠を掴んで、一気に教会の外壁を駆け降りる。


期限は二ヶ月。


二ヶ月で、スキル否定派の残党を狩る。


それは、無理なことのように思えるが、上の期限の設定には、きちんとした理由がある。


重い足を引きずって、ミリアは村の入り口へと向かっていく。


すでに、目的の人物たちは到着していた。


「来たぞ」

「あっれぇ〜? 護衛するしか能がないミリアちゃんじゃん! なんでこの村にいるのぉ?」


ミリアの血管は切れそうになった。


やたらと語尾を伸ばすこの女が、ミリアは昔からいけすかない。あの結界術師と同じくらいに。


だが、この女は、女たちは、王都でも指折りの実力者である。


「ミリアちゃんが頼りなさすぎて、大会開催できないから私たちが派遣されたんだよぉ。いっそがしい私たちが、こーんな田舎に来てあげたんだから、感謝してよね?」


意地悪く笑った女は、手持ちの杖で、手のひらをぽんぽんと叩いた。


「じゃ、さっさと始めよっか。二ヶ月なんて要らないよね! この天才“探索師”、エリーズちゃんが、悪党どもを引き摺り出してあげる!」

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