選抜大会、二ヶ月前
『神父様、お話があります』
沈鬱な表情を浮かべながら教会を訪れたのは、たしか、あの少年の父親だったはず。
初めて会った時はそうは感じなかったが、確かにレドと血がつながっているらしい。
後ろめたいことがあるようで、ミリアと視線が合うとすぐに目を逸らした。
『できれば、二人きりで』
『許可できませんね』
ミリアは冷たく聞こえるように言った。
敵に、変身と、おそらく透明化のスキルがある以上、今ここにいるレドの父親が、本物とは限らない。
それに。
あの夜、村の男たちの中にいなかったレドの父親は、ミリアの中で疑われるべき人物だ。
ーー村長に聞いても知らないの一点張りだった。まるで何かを隠してるように。
『私は、神父様を守らなければなりません。話をするだけなら、私も同席して良いでしょう』
『それは……』
『何か、後ろめたいことでも?』
ミリアは、剣の柄に手をかけた。
一般人相手にやりすぎだとは思うが、これが一番効果的だ。
『ミリアさん、リグさんが怖がっていますよ』
まあまあ、と、自分のことなのに、カシィラ神父はミリアを宥めた。レドの父親……リグに向き直る。
『話しづらいことなのでしょう。わかりました、私の部屋で、二人きりでお話ししましょう』
『神父様!』
『そういうことですから、ミリアさん。しばらく扉の外で待っていただいて良いでしょうか?』
穏やかな笑みを向けられるが、ミリアの心境はちっとも穏やかではない。
どうしてこの男はわからないんだ、教皇のお気に入りで、死んだら代わりになるスキルはないと言われているのに。
ミリアはいよいよ、剣を抜いた。
『許可できません、と言ったはずですが。リグ殿だけではない、私は貴方に対しても言ったつもりですよ、カシィラ神父殿』
『それは困りました。ではここでお話しましょう、リグさん』
『えぇっ』
情けない声を出したリグは、ミリアの方をちらちらと見ながら、話を切り出した。
『実は、我が息子のレドを、“選抜大会”に出してほしいのです……』
そのようなわけで、ミリアは王都に鳩を送った。
きっかり三名分の名前が書かれた手紙を。
青空に吸い込まれるように消えていく鳩を見送って、ミリアは鐘楼から降りた。
とん、とんっ、と壁を蹴り、地面に着地したミリアを、護衛を連れたカシィラ神父は困り顔で見つめている。
「ミリアさん、鐘楼はそのように降りるものではありません」
「ああすみません、鍛錬ができるところが少ないもので」
教会でカシィラ神父に付き従っていたら、体が鈍ってしまう。鐘楼は絶好の鍛錬スポットである。
カシィラ神父は、ついさっきまでミリアがいた鐘楼の天辺を、眩しそうに見上げた。
「今のは、スキルによるものではないのでしょう?」
「ええ。私のスキルは、身体強化ではありませんから」
世の中には身体強化の類のスキルを持った人間がいて、出会ったらミリアなんかひとたまりもない。
だが、「差」を縮めることはできるとミリアは考えている。
同じ倒されるという結果だとしても、一秒でも、二秒でも長く。そのわずかな時間で守れるものがきっとある。
ーーはず、ですよね。お義父様。
今はもういない恩人の姿を脳裏に思い浮かべ、ミリアはカシィラ神父を護衛していた部下を持ち場に戻らせた。
「ところで、ミリアさんなら絶対に反対すると思っていたのですが、反対しませんでしたね」
ぽかぽかと陽が当たる教会敷地を、ミリアと神父は並んで歩いていた。
「止めた方が良かったですか?」
あのとき。
レドの父親であるリグが持ち出した条件は、神への冒涜と言っても良いものだった。
神に与えられたスキルを判定する“スキル判定の儀”。それを基に、神に武闘を捧げる“選抜大会”。
二つの儀式は一連の儀式となっていて、前段階である“スキル判定の儀”でふるいにかけられたレドが、“選抜大会”に入り込む余地はない。
「……神父様の前で言うのもなんですが、彼は神様に背いてでも、それをしようとしたのです。私が止められるわけありません」
おそらく、リグとしては、レドを“選抜大会”に出させることで、いま積み重ねている努力をやめさせたいのだろう。
お前がやっていることは無駄な事だと、突きつけたいのだろう。
「それに」
教会の入り口前まで来て、ミリアは不敵に笑った。
「レド少年の足跡を、私は信じていますから」
“選抜大会”は、二ヶ月後。
その時になれば、今とは違って、気温的にも良好で動きやすい季節になる。
ーー僕は、二人に勝てるんだろうか。
ドロシィとラーシュ。
選ばれた二人は、二人ともすごいスキル持ちだ。
ーードロシィは炎と風の魔法が使えるし、ラーシュは剣聖スキルを持ってる。
ドロシィのスキルは、この前のスキル否定派の襲撃で目の当たりにした。子供とはいえ、人をふたり宙に浮かすことができて、大人たちでさえ消すことができない炎を作ることができる。
ラーシュは……まだスキルを見たことがないけれど、神父様が言ったことが確かならば、ドロシィに匹敵するようなスキルに思えた。
ーーでも。ドロシィに言ったんだ。ラーシュに勝ってみせるって。
息を切らせながら、レドは早朝のランニングに勤しんでいた。
今日も、父と母に「行ってきます」が言えた。二人とも、レドを見送ってくれた。
家の中でしか、二人はその姿を見せてくれないけれど、レドの心は軽かった。
「おう、レド坊。ちょっと休憩していかんか」
ひょっこりといった雰囲気を醸し出しているが、さっきからレドがここに来るのを家の壁に隠れて見ていたお爺さんが誘ってくれる。
レドは笑顔で頷いた。
「ドロシィ、最近、森に行っているようだが……危ないからやめなさい」
「うん、わかった!」
ドロシィが明るく返事をすると、父はほっとしたように息を吐いた。
椅子に座って、足をぶらぶらさせながら、ドロシィはまだまだだな、と思った。
森に行くところを見られるなんて、まだまだだ。
「お父さん。スキル否定派は、どこかに行っちゃったのかな?」
「そうだと良いが、騎士様によれば、奴らにとってカシィラ神父の命は、なによりも重要なものらしい。だから、諦めることはないだろうと」
「ふぅん。カシィラ神父は、王都でどんなことをしてたのかな?」
「ドロシィ」
テーブルに皿を置いた母が、ドロシィのことを優しく見る。
「教皇庁の方々がしていることは、神聖なことなの。私たちの考えなんて及ばないわ」
「それもそっかぁ。あ、ご飯美味しそう!」
「ふふっ、召し上がれ」
「ラーシュ」
スプーンが止まった。
ラーシュが恐る恐る顔を上げると、厳格な父親が、こちらを射抜いていた。
「“選抜大会”では、レドはもちろん、ドロシィを抑えて優勝をしろ」
「……はい」
「お前には才能がある。お前のやっていることは知っているが、私は口出しするつもりはない」
「……はい」
「歴代の『剣聖』スキルを持った人物は、皆、“選抜大会”で選ばれ、王都にて最期まで戦ったそうだ。お前も、ニカルメ家の名を広めるために王都に行け」
「……はい」
「それで良い。期待しているぞ」
なにに、とは言えなかった。ラーシュはこくりと頷いた。
父が見ているのは、ラーシュじゃない。その背後、ずっとずっと前の代の、ご先祖様の輝かしい栄光だ。
ーー嬉しいはずなのに。
あのレドよりもずっと恵まれていて、期待されていて、幸せなはずなのに。
ーークソが。
お情けのまばらな拍手に囲まれて、照れたように顔を赤くするレドの姿が、頭から消えない。
どんなに苛めてやっても、ラーシュがただしくないことを示すかのように、何度でも立ち上がってくる少年のことが。
ラーシュはスプーンを握った。
ーー今度こそ息の根止めてやる。神様は、俺に味方してるんだ。




