スキルが無くても、君を
「お、こころづけ、って」
「金だ。お前は、他の子供たちとは違う。金で選ばれたんだよ」
「お金で? 神父様が?」
レドの頭の中に、神父様の優しい笑顔が浮かんで、そして、がらがらと音を立てて崩れていく。
「ずっと、お前を諦めさせるにはどうしたらいいか考えていた」
レドと父は、机を挟んで向かい合い、椅子に座った。父が、机の上で手を組む。
「お前が朝、走り込みに行く姿を見ながら。どうやってやめさせようかと考えていた」
「……」
そんなことを、考えていたのか。
レドは、机の上で、ぎゅっと拳を握りしめた。なんにも言ってこないのは、興味がないからで。レドのことを認めてくれなくても、見逃してくれてると思っていたのに。
「結果、考えたのが“選抜大会”だ。神聖なる行事をこんなことに使ったら、天罰が下るだろうが……あの二人に負けることで、無駄な努力をやめさせられると思った。レド、お前は、皆が見ている前で、惨めに負けるんだ。その惨めさが、お前と彼らの差だ。人生をかけても、追いつくことができない」
「……どうして、そんなこと言うの?」
「俺と母さんは、お前に期待していないからだ。レド、お前は……」
ばんっ! とレドは机を叩いて立ち上がった。
「座りなさいレド、話はまだ」
「いつか、認めてくれるって思ってたのに!!」
自分でもびっくりするような大声で、レドは目に涙を溜めながら、はじめて、父に向かって叫んだ。
「スキルがなくてもがんばってれば、認めてくれるって思ってたのに! 僕には、努力することしかないのに、どうしてそれを邪魔するの!」
「レド」
「わかってるよ! お父さんが言ってることくらい! だから! 僕は誰よりも無能で、頑張らなくちゃいけないのに! 頑張ることも許してくれないの!?」
「待ちなさいレド、どこに行く!?」
レドは答えずに、家の玄関の扉を開けて、外に出た。父の声が後ろから聞こえたが、それを無視して走った。
体力は、ついてきた方だと思う。
それなのに、これは無駄なことだと、父は言うのだ。
レドの積み上げてきた努力を、いとも簡単に抜いていってしまう。それがスキルだ。
スキルの前に努力なんて無駄なこと。ドロシィと約束してしまったけれど、ラーシュになんて勝てるわけない。
そんなこと、わかっている。
「お父さんはわからないんだ、スキル持ちだから……お母さんもそう、みんなもそう……」
自分の背丈ほどある草をかき分けながら、レドは、森の中を進んだ。
一人になりたいと思って選ぶのが、いつもラーシュにいじめられている森の中だなんて。
自分の卑屈さに、レドは笑えてきた。
「みんなにはスキルがあるのに、どうして僕にはないんだろう」
そのうちに視界が滲んできて、レドは鼻を啜った。
「スキルなんて、ない方が良かった……!」
レドがそう言った時だった。
近くの草むらが動いた気がして、レドは肩を跳ねさせた。恐る恐るそこに行って、草をかき分けてみるが、誰もいない。
レドは、ふうと息を吐いた。
大きな木を探して、根元にうずくまる。
「これから、どうしよう……」
あんなことを言ってしまったから、家には帰れない。衝動的に飛び出してきてしまったから、なんにも持っていない。
太陽をぼんやり眺めているうちに、レドはうつらうつらし始めた。
散々泣いて、散々走って、疲れたのだと、重い瞼を閉じるときに思った。
なんにも、体力なんてついてない。
そうして、レドは夢を見た。
“スキル判定の儀”の前の幸せな記憶。
レドの頭を交互に撫でて、父と母は言ってくれたのだ。
『お前がどんなスキルを持っていてもいい。ただ、笑っていてくれたら』
『お父さんとお母さんは、レドがいてくれるだけでいいのよ』
嘘つき。
スキルを持ってない僕のことが嫌いなくせに。
神様に見捨てられた僕のことなんて、どうでもいいくせに。
「嫌いだ、お父さんなんて、お母さんなんて嫌い……」
ゆらゆら揺れている。
幸せな記憶であればあるほど、今の状況との差が激しくて、レドは夢を見ながら、涙を流していた。
「嫌いだ」
口にするたびに、体がどんどん重くなっていく。
「ごめんね、スキルを持ってなくて。気が弱くて。ラーシュみたいな、自慢の息子じゃなくて」
夢の中の自分は、体がとっても軽いのに。成長した現実の自分は、こんなにも重い。
「……僕なんか生まれてこなきゃ」
「レド」
ゆっくりと、瞼を開ける。広い背中が見えて、目線がとっても高かった。
そこでようやく、レドは、父におぶられていることに気付いた。
「……下ろして」
「レド、聞いてくれ。俺と母さんは、お前に期待してないんだ」
「わかってるよ! 僕に期待してないことくらい!」
せっかく引っ込んだ涙が、また出てきそうになって、レドはぐしぐしと目元を拭った。
みっともなく、泣き喚く。
「ディア家の恥さらしで、役立たずで! 生きてる価値がないことくらい!」
「そうじゃない、そうじゃないんだレド」
「じゃあ何だっていうの!」
「お前は、何もしなくてもいいんだよ、ああもう違う!」
投げやりな言い方をする父に、レドは目を見開いた。そんな調子の言葉を聞くのは初めてだった。
「どうしてこうなんだ俺は……適切な言葉が見当たらん……レドを悲しませてばかりだ、良かれと思ったことなのに……」
「……」
「レド。これは、神様への不敬だ。不信心だが、俺は、お前にスキルが無くても、別に良いんだ。神様に愛されていなくても」
「だって、スキル以外に頼れるものはないって」
「それは真実だ。この世界ではスキルが絶対で、それ以外の全てが無駄だ。それは変えられないんだ。だからお前は、期待に応えようとしなくていい。スキルが無いからと、他のことで取り戻そうとしなくていいんだよ。俺たちは、お前がスキルを持ってなくても愛してるんだから」
「嘘だ」
レドがそう言うと、父の声が震えた。
「嘘じゃない。言っただろう、笑っててくれたらいい、いてくれたらいい、と。神様の教えには背いているかもしれないが、俺たちは、スキルを持っていないお前が大切なんだ。レド、何かになろうとしなくても良いんだ、お前が俺たちに引け目を感じているのなら……」
「お父さん」
レドが呼びかけると、父は黙った。気まずいのか、耳を傾けてくれているのかわからない。
レドは、くすりと笑った。
「さっきはああ言っちゃったけどね。本当は、僕が頑張ってるのは、好きな女の子を泣かせたくないからなんだよ」
レドは、訥々と話した。
自分が傷を負って、ドロシィを泣かせてしまったこと。ラーシュに勝つと言ってしまったこと。
父はレドの話に、時折、頷いてくれた。
「さっきは、認めてほしいって言っちゃったけど、いちばんはそれなんだ。僕は、好きな女の子に、笑ってて欲しいんだ」
「……そうか、お前も、そうだったのか」
父は歩みを止めた。
いつのまにか、森の入り口まで来ていた。
父は、レドを地面に下ろした。
それが、父の精一杯なのだと、今のレドにはわかる。
誰にも見られていない森の中だからこそ、父は、レドを背負ってくれたのだと。
森から出る直前、父は、小さい声で言った。
「今まですまなかったな、レド」
靴紐を結ぶ。とんとんと靴のつま先を整えて、レドは、くるりと振り返った。
「じゃあ、行ってきます!」




