選抜大会
白い羽が、ふわりふわりと落ちていく。
ミリアが教会の鐘楼から腕を差し出すと、その羽の持ち主は、お行儀よくミリアの腕に止まった。
真っ白な羽毛の伝書鳩である。
その足には、王都からの書簡入りの筒が括り付けられていた。
「ご苦労」
その筒を外して、伝書鳩を労えば、鳩は一鳴きして、また青空へと飛び立った。
ミリアは、筒から書簡を抜き出し、広げて読んだ。
「ああ、もうそんな時期か」
ミリアにとっては懐かしの文字を見とめて、彼女にしては珍しく、感慨深い声を出す。
「“選抜大会”ですか」
書簡の内容など知りようはずもないカシィラ神父が、当たり前のように言ってくる。
鐘塔から戻ってきたミリアは、目を眇めた。
時期からしてあたりをつけたのか、それとも。
だが、心のうちに起こった疑念を封じ込めて、ミリアは頷いた。
「ええ。スキル否定派に狙われたこの村で、開催するか否か。教皇庁でも揉めたようですが、開催に舵を切ったようですね」
“スキル判定の儀”と、“選抜大会”は、通常、セットで行なわれるものである。
二つの行事は、王都にある教皇庁がおおもとで、“スキル判定の儀”で十歳に達した子供達のスキルを判定し、特に優れている何人かが、“選抜大会”に挑むことができるのである。
「……まだスキル否定派の残党が彷徨いているかもしれないのに、呑気なことです」
この村の村長、およびその娘のドロシィ、そして、レドの証言から察するに、残党は四人。
村長の家を襲撃した人間が三人に、スウェンに成り代わっていた者が一人だ。
ーー森からの入り口を固めていたのに、侵入されたことからして、もう一人いそうだがな。
姿を消すスキルとでも言おうか。
それの保持者が、襲撃犯の三人の中にいなかったとすれば、もう一人増えることになる。
「計五人が、未だにあなたの命を狙っているのですカシィラ神父。あなたはそれが、怖くはないのですか」
問いながら、ミリアは彼の答えをわかっていた。
眼鏡の奥の目を細めて、カシィラ神父は緩やかに、首を横に振った。
「私には、神の御加護がありますから」
そう言っていたのに、とある教会関係者は、スキル否定派に無残にも殺されたのである。
が、それは言わないでおく。
ミリアが率いるハイドレーン騎士団は、教会直属ではないにしろ、教会の息がかかった王家直属の騎士団である。
そんなことを言えば、ミリアは異端審問にかけられてしまうだろう。
「そうですか、神父様には神の御加護があるのですね」
「ミリアさんは、神を信じてはいないのですか?」
ミリアは、鎧の上から自分の胸に手を当てた。
「信じていますよ。非常に都合が良い。神様は、とても良い機会を設けてくださいました。寂れた村の村娘だった私を、騎士団長の地位にまで押し上げるスキルを与えてくれた」
ミリアは、自分が秀でた存在であることを自覚しているが、同時に、それはスキルのおかげであることを理解している。
「このスキルがなかったら、私は貧困に喘ぎ、短い一生を、村で終えていたでしょうね。その意味では、非常に感謝しています」
「ミリアさんは、不思議な感性をお持ちなのですね」
不思議。
レドに言ったことが、自分に返ってくるとはつゆほどにも思わなかったミリアは、目を見開いた。
ミリアの護衛対象は、ゆっくりと、部屋の中を歩きました。
まるで、士官学校の教師みたいに。
「人の運命は決まっているのですよ。万に一つ、あなたが故郷の村で一生を終える可能性というものはありません。あなたが、今のスキルと違ったものを持って生まれてくる可能性など、何一つないのです」
「村で一生を終える私は、存在しなかったと?」
「ええ。スキルというものは、運命と密接に結びついています。あなたの運命は、“スキル判定の儀”の日から確定しているのではなく、生まれた時から決まっているのです」
「それならば、なぜ子供達は、十歳になるまで自分のスキルを知ることができないのですか」
なぜ、教会を通してスキルを知らされるのですか、と、ミリアは心の中で付け加えた。
しばしの沈黙。窓から鳥の声が聞こえ、そして風が吹き込んでくる。ミリアはそれを見送った。
ぴたりと、カシィラ神父は、足を止めていた。
「確かに運命は、生まれた時から決定しています。逆に問いましょう。自分の子供が、希望のないスキルを与えられて生まれてきたとして。悲観しない親が、いると思いますか?」
沈黙の後に与えられたのは、ミリアの沈黙を生む答えだった。神父はまた歩き出す。
「その点で、我々は、神のご意志を捻じ曲げています。そのえい児は、母親にくびり殺され、父親に、人知れず土の中に埋められるかもしれません。それもまた神の定めた運命と、我々は思うことができませんでした」
「だから、子供が成長した時に、“スキル判定の儀”を行なうのですね」
「その通りです。十年は猶予期間です。何も知らずに、純粋に育つことのできる」
ミリアはちらと、カシィラ神父の横顔を盗み見た。彼の目は、恍惚に満ちていた。
「人間としての、猶予期間」
その知らせは、瞬く間に村じゅうを駆け回った。
レドは、日課のランニングの最中に聞こえてきた会話に、興奮を隠せなかった。
ーー“選抜大会”が開催される!
今年は安全のためも兼ねて、王都から派遣されたミリアも、神父様と一緒に大会を観戦するらしい。
でも、何よりもレドを興奮させたのは、ドロシィが“選抜大会”に出ることだ。
“選抜大会”は、王都に行くための切符と言っても過言ではない。ドロシィの実力なら、選抜大会を通さなくても王都に行けるだろうけれど、そこで優勝しておいた方が名が売れる。
行くのはまだまだ先になるだろうけれど、ドロシィが一歩ずつ、王都への道を歩いているのが、レドは嬉しかった。
ランニングを終えて、レドは、自分の足でドロシィの家に向かった。「選ばれておめでとう」と言いたかったからだ。
「……だよね」
だが、それを考えたのは誰しもで、ドロシィの家の前は人でごったがえしていた。
レドは、すごすごと家への帰り道を歩いた。
そうだ、最近、ドロシィと距離が近かったからすっかり忘れていたけれど、ドロシィとレドの距離は、本来はこんなものだったのだ。
だからといって、ドロシィを泣かせないというレドの目標に、変わりはないけれど。
「ただいまー」
言いながら、レドは、玄関の扉を開けた。両親の声が返ってくることはない。それはいつものことだ。
ランニングを止められないだけ良いことだと、レドは思っている。が、
「おかえり、レドっ!!」
何かがレドの体に向かって突進してきて、抱きついた。何かはわかっている。
「ど、ろしぃ……ここにいたの?」
「うん! レドの声をいの一番に聞きたくて、その……」
ドロシィは、珍しくしどろもどろだった。
「う、うん。僕も、ドロシィに言いたかったんだ。“選抜大会”出場おめでとう、ドロシィ」
「うん、ありがとうッ、私、たっくさん頑張って、レドのために、優勝するからね!」
と、その時までは。
レドは、自分のことのように、ドロシィの大会出場を喜んでいたのだ。




