遠くなった幼馴染
努力する主人公が書きたいなあと思って衝動的に書きました。
口から漏れたのは、卑屈な声だった。
「おめでとう、ドロシィ……ドロシィはすごいや。僕と違って、すごいスキルを授かったんだから」
本当は、純粋な気持ちで祝いたかったのに、レドは口元を半端に釣り上げて、優秀な幼馴染を見たくない一心で目を細めた。
拍手は拍手と呼べるものか怪しいくらいに頼りない音を響かせて、虚しく教会の天井に吸われていく。
どんっ!
レドは、自分の体が突き飛ばされるのを感じた。
「すごいやドロシィ! やっぱり、ドロシィには何かがあるって信じてた!」
「ドロシィ様は神様に選ばれた存在なのよ!」
「しょ、将来は王都に行くの!?」
あっという間に、村の子ども達に囲まれるドロシィ。尻餅をついたレドに声をかける者はいない。レドは、ズボンを払って立ち上がった。
誰よりも近くにいたと思った幼馴染は、誰よりも遠くに行ってしまった。あまりにも眩しすぎる光景から、レドは目を逸らした。
思えば、あの時から、ドロシィとは疎遠になってしまった。
どさっ!
レドは、地面に投げ出された。
「この村から出てけよ、レド」
手に持った木の棒で、自分の肩をぽんぽんと叩きながら、ラーシュが意地悪く笑った。
「神様からスキルをもらえなかった落ちこぼれ。もう奴隷になるしかないんじゃねーの?」
「いやいやラーシュさん、奴隷だってスキルを持ってるんですよ。奴隷になったとして、コイツを買う奴なんていませんよ!」
「そうか、そうだな! あはははは!」
ラーシュは、村の権力者の息子だ。教会でおこなわれた、スキル判定の儀の日から。もともとレドをいじめていたのが、さらにひどくなった。
スキルをもらえなかったレドは、村の鼻つまみ者だ。
教会で判定されるスキルは、神様からの贈り物とされていて、そのスキルがすごければすごいほど、神様からの寵愛を受けていると言われている。
なんのスキルももらえないレドは、背神者だと、神父様に言われてしまった。スキル判定の儀の前は、庇ってくれていた両親も、今はレドを庇ってくれなくなってしまった。
だから、こうしてラーシュ達に森に連れてかれて、暴力を振るわれても、誰も助けてくれない。神様から嫌われたレドは、誰にも助けてもらえない。
「神父様に泣きついてみろよ! 金を積めば、スキルを偽造してくれるかもよ? まあお前の家は貧乏だから、それはできねえけど!」
“剣聖”スキルを持ったラーシュは、レドを散々なぶった後、そんなことを言って、去っていった。
……夜。気を失っていたレドは、虫のように丸めていた体を、ゆっくりと起こした。
「いてて……」
こういう時、回復系のスキルがあったら、肉が見えるくらいのひどいこの傷も、あっという間に治ってしまうんだろう。
だが、レドには、そんなスキルはない。
膝がじんじん痛むのを我慢して、つめたい両親が待つ家へと、歩き出した時だった。
「やっと見つけた!」
ひどく焦った声が聞こえて、そっちを見ると、女の子がレドのところに走ってきていた。
茶色の長い髪をおさげにして、スカートをたくしあげて息を切らせているのは、今や遠い存在となったドロシィである。
「レドが、森に連れていかれたって聞いて……大丈夫!?」
「いつものことだよ」
「いつも、こんなことされてるの!?」
しまった、口を滑らせた。レドは、ドロシィから、ふいと目を逸らした。そのレドの頬を両手で挟み、ドロシィは、レドのことをじっと見る。
「こたえて」
「……僕が、無能だから。こんなことでしか、役に立てないから」
答えにはなっていなかった。
「ドロシィには関係ないよ。来てくれたことには感謝するけど、僕といたら、変な子に思われちゃうよ」
ドロシィは、レドとは全く違う。
村長の娘で、“魔法使い”のスキルを授かった。おまけに可愛くて性格が良いから、村のみんなに好かれている。
「ドロシィは、優しいから、僕のことを気にかけてくれるんだろうけど」
わかっている。変わったのは、レドの方だ。
もともと、弱気な性格だったのが、もっと弱気になった。
ドロシィは変わらない。
相変わらず、正義感が強くて、物語の中に出てくる偉人みたいに、弱きものを助け、強き者を挫いている。
こんなレドを、見捨てないでいてくれる。
だからこそ、ドロシィのことを、解放してあげないと。
レドは、ドロシィの手に手を重ねて、自分の頬からどけさせた。
「はっきり言って、迷惑なんだよ。幼馴染だからって、変なぎぜんを発揮するのはやめてよ」
村の人が言っていた。ドロシィがお前を気にするのは、ぎぜんの心からだ、と。
「レド……」
「ドロシィは、将来すごい人になるんだからさ、こんな僕のことなんて放っと」
レドが言葉を止めたのは、ドロシィに、抱きしめられたからだ。ドロシィの体は震えている。嗚咽が聞こえた。
「偽善なんかじゃない。私が貴方を気にかけてるのは、放っておけないのは、貴方のことが大事だからだよ」
「なんで、ドロシィが泣くのさ。おかしいよ……」
「おかしくない。ごめんね、私が、“回復術師”じゃなくて。レドの傷を、治してあげられない……」
「泣かないでよ、ドロシィ。ドロシィに泣かれたら」
ラーシュにいじめられていた時に我慢していたものが込み上げてくる。いつもの卑屈な笑いを浮かべようとしていたレドは、ぼろぼろと雫をこぼした。
下を向いていると涙が溢れて仕方がないから、上を向いた。ぼんやりとした月は、はっきりとした輪郭を取り戻していく。
レドは誓った。
ーー強くならなきゃ。
ドロシィが、泣かなくて済むように。
……眠い。
久しぶりに、あんなに泣いたから、疲れてしまったんだろう。
レドは、ドロシィを抱きしめたまま、うつらうつらとしていた。
そんな微睡がやぶられたのは、声が聞こえてから。
ーーまずい。
決意したのは良いものの、この光景を見られるのはまずいと、レドはドロシィを揺り起こした。
「ドロシィ、ドロシィ」
「ん?」
眠そうなドロシィは、目を擦ってレドを見た。
「誰か来てる、どこかに隠れよう」
「なんで?」
「なんで、って」
レドは、答えに困った。また卑屈なことを言ってしまいそうになって、頭を振った。
「ほ、ほら、子供二人だけが森にいたら、変な心配されちゃうでしょ?」
「そっかぁ」
ドロシィの頭は回っていないみたいで、苦しい言い訳にも納得してくれたみたいだ。
「じゃあ、早くここから……」
言いかけて、レドは口を閉じた。声の主達が近付いてきたからだ。
何人いるんだろう、とレドは思った。ドロシィと二人、草むらに隠れていると、その姿が見えてきた。
「……!」
ドロシィが、息を呑むのがわかった。レドも、声を上げそうになるのを我慢した。
ーー誰だ? あの人たち。
村の大人かと思ったのに、違った。こどもの自分でもわかる、怪しい雰囲気を纏った集団は、赤黒いローブを羽織って、一人一人が、違う杖を持っていた。
「目的の村は?」
「この森を抜ければすぐです」
「そうか。待っていろ、スキル信奉者の異端者ども。すぐに」
殺してやるからな。